日商簿記3級を、物語×Excel連動で学ぶ連載です。全20回の予定で、演習用のExcelファイルは各回の末尾から取れます。私自身がAIと教材を作りながら学び直している側なので、「教える」というより「一緒にさわる」スタンスで書いていきます。
想定読者
簿記の知識ゼロの方向けです。今回から「仕訳」が登場しますが、前提はDay 1の「5つの箱」だけ。Day 1をまだ読んでいない方は、先にそちらをどうぞ。
前回のあらすじ
ベトナム赴任が決まったのに簿記ゼロの藤原ケン(31歳)は、経理部長・中島恵の特訓初日で「5つの箱」を学んだ。会社にあるものは資産・負債・純資産・収益・費用の5つに分類でき、分類すれば貸借対照表と損益計算書が立ち上がる。中島部長の言葉は「簿記は暗記ではなく、分類です」。そして今日、いよいよ仕訳が始まる――。
特訓2日目 ― 「借りてもいないのに、借方ですか?」
2025年10月、東京本社の会議室。特訓2日目の夜。ケンはノートの1ページ目に書いた「5つの箱」を見返しながら席についた。
中島: まず前回の復習からです。藤原さん、資産とは?
Ken: 会社が持っているものと、あとでお金をもらえる権利です。現金、普通預金、売掛金、商品、備品。
中島: 結構です。では今日は、その5つの箱への「記録のしかた」に進みます。仕訳です。
Ken: 仕訳。内示のあとにあわてて買った入門書の、最初に出てきて挫折しかけた場所です。
中島: 大丈夫です。Day 1の分類ができる人にとって、仕訳は新しい暗記ではありません。まず1つ、質問から。先週、私の部のノートパソコンを1台買い替えました。240,000円、現金払いです。このとき会社で何が起きましたか?
Ken: パソコンが増えて…現金が減りました。
中島: そうです。いま藤原さんは、1つの買い物を「増えたもの」と「減ったもの」の2つの側面で言いました。簿記はこの2つの側面を、1行の左と右に分けて記録します。それが仕訳です。
(借方)備品 240,000 /(貸方)現金 240,000
Ken: 出ました、借方・貸方。これが分からないんです。会社は誰からも借りてないのに、なぜ「借方」なんですか?
中島: いい質問です。答えを言うと、「借」「貸」の字に意味はありません。左側を借方、右側を貸方と呼ぶ、ただの記号です。昔の帳簿の習慣の名残で字が残っているだけと言われていて、現代の簿記では「左」「右」と読み替えて差し支えありません。
Ken: …意味、ないんですか。意味を探して入門書を3回読み返したんですが。
中島: 探さなくていいものを探すと、そこで止まります。覚え方だけ添えると、ひらがなの「かりかた」の「り」は左にはらい、「かしかた」の「し」は右にはねる。位置だけ覚えれば十分です。
Ken: り、は左。し、は右。…なるほど、字の形で覚えるんですね。
中島: そして仕訳には、絶対のルールが1つあります。左の金額の合計と、右の金額の合計は必ず一致する。 さっきの例なら、左も240,000、右も240,000。1つの取引を2つの側面から見ているだけなので、金額がずれることはあり得ません。
Ken: あ、それは生産管理の感覚で分かります。倉庫の移動伝票と同じですね。モノは湧いて出ないので、「どこから出て、どこへ入ったか」を必ずセットで書きます。出た数と入った数が合わなかったら、伝票のほうが間違っている。
中島: その感覚のまま進んでください。お金も湧いて出ません。では、残る問題は1つだけです。「増えたものを左右どちらに書くか」を、どう決めるか。
今日の3ポイント
① 仕訳とは ― 1つの取引を「2つの側面」に分けて、左と右の1行で記録する ② 借方・貸方は「左」「右」のただの記号 ― 金額は必ず左右で一致する ③ 左右ルール ― 増えたらホームポジション側、減ったら反対側に書く
概念解説
ポイント① 仕訳とは ― 取引を1行にする記録
仕訳は、取引を「何の勘定科目が、いくら変動したか」という形で、左(借方)と右(貸方)に分けて1行で記録する技術です。

勘定科目は、記録に使う共通のラベルです。「現金」「普通預金」「売掛金」「給料」…と、簿記の世界で名前が決まっています。会社ごとに「社長の財布」「例の銀行口座」と呼んでいたら集計できないので、共通言語にしてあるわけです。今日使う勘定科目は11個。すべてDay 1の5つの箱のどれかに属します。
| 5つの箱 | 今日の勘定科目 |
|---|---|
| 資産 | 現金、普通預金、売掛金、備品 |
| 負債 | 買掛金、借入金 |
| 純資産 | 資本金 |
| 収益 | 受取手数料 |
| 費用 | 給料、支払家賃、支払利息 |
「受取手数料」だけ初登場です。取引を仲介して受け取る手数料で、もうけの源なので収益。なお、商社の本業である「商品を仕入れて売る」仕訳は少し特別な型があるので、Day 4でじっくりやります。
ポイント② 借方・貸方 ― 左右の記号と、金額一致のルール
- 借方(かりかた)= 左側、貸方(かしかた)= 右側。字の意味は考えない
- 「かりかた」の「り」は左にはらう、「かしかた」の「し」は右にはねる、で位置だけ覚える
- 1本の仕訳の借方合計と貸方合計は必ず一致する(1つの取引を2つの側面から見ているだけだから)
この「左右一致」は、あとで強力な検算装置になります。何十本仕訳をきっても、左の合計と右の合計が合わなければ、どこかの仕訳が間違っている。Day 1の「B/Sの左右一致」と同じ思想が、記録の最小単位にも入っているわけです。
ポイント③ 左右ルール ― ホームポジションで決める
増えたものを左右どちらに書くか。ここでDay 1の「2つの表」がそのまま答えになります。

貸借対照表は、資産が左、負債と純資産が右。損益計算書は、費用が左、収益が右。この表の中の定位置=ホームポジションが、仕訳の左右を決めます。
- 増えたら(発生したら)ホームポジション側に書く
- 減ったらその反対側に書く
ルールはこれだけです。組み合わせを表にするとこうなります。

この表を丸暗記する必要はありません。覚えるのは5つの箱のホームポジションだけ。あとは「増えたか、減ったか」を判断すれば、左右は自動で決まります。
中島: ここまでを整理します。仕訳で頭を使うのは、実は2ヶ所だけです。①その取引で動いた勘定科目はどの箱か。②増えたのか、減ったのか。左右の位置は、ルールが勝手に決めてくれます。
Ken: 分類が2回あるだけで、暗記がない…。「簿記は暗記ではなく、分類です」って、そういう意味だったんですか。
中島: 本領はここからです。では手を動かしましょう。
【資料】今日の数字:Horizon Trading 東京オフィス・2025年10月の取引
中島: 今日もHorizon Tradingの東京オフィスに登場してもらいます。10月の1ヶ月分の取引を、教材用に簡略化した架空の数字で10本用意しました。

単位:円(教材用の架空の数値です)
| No | 日付 | 取引の内容 | 金額 |
|---|---|---|---|
| ① | 10/1 | 銀行から借り入れ、普通預金に入金 | 800,000 |
| ② | 10/2 | 普通預金から現金を引き出し | 300,000 |
| ③ | 10/5 | ノートパソコン(備品)を購入し、現金で支払い | 240,000 |
| ④ | 10/9 | 株主から追加の出資を受け、普通預金に入金 | 500,000 |
| ⑤ | 10/14 | 得意先から売掛金を現金で回収 | 400,000 |
| ⑥ | 10/17 | 仕入先に買掛金を普通預金から支払い | 250,000 |
| ⑦ | 10/20 | 取引の仲介手数料を現金で受け取り | 150,000 |
| ⑧ | 10/25 | 給料を普通預金から支払い | 350,000 |
| ⑨ | 10/28 | 事務所の家賃を普通預金から支払い | 200,000 |
| ⑩ | 10/31 | 借入金の利息を現金で支払い | 2,000 |
この10本を、Day 2全体(Excel演習・問題演習・総合問題)で一貫して使います。
Excel演習:仕訳10本をきると、5要素の増減が立ち上がる
配布ファイル「Day02_Exercise.xlsx」の「演習」シートを開いてください(ダウンロードは記事末尾)。青文字は入力済み、黄色セルが自分で埋める欄、薄青セルは自動計算、緑セルは検証です。

Step 1 最初の1本を、一緒にきる
中島: 6行目、取引①「銀行から800,000を借り入れ、普通預金に入金した」。手順どおりにいきます。まず、動いた勘定科目は?
Ken: 普通預金と…借入金です。
中島: それぞれ、どの箱で、増えましたか、減りましたか。
Ken: 普通預金は資産で、増えた。借入金は負債で、これも増えた。
中島: では左右は?
Ken: 資産のホームは左だから、増えた普通預金は左。負債のホームは右だから、増えた借入金は右。…D6に「普通預金」、E6に 800000、F6に「借入金」、G6に 800000。
中島: それで1本目の仕訳が完成です。科目はセルの▼リストから選べます。
Step 2 残りの9本を自分できる
中島: ②から⑩まで、同じ手順で埋めてください。迷いそうなところだけ先に言っておきます。
- ②の引き出しは、現金が増えて普通預金が減る。資産の中でお金が移動しただけなので、左も右も資産です
- ⑤の売掛金の回収で、右を「売上」にしないこと。売上はその商品を売った時点ですでに計上済みです。ここで減るのは「あとでもらえる権利=売掛金」
- ⑦の手数料は収益の発生なのでホームの右、⑩の利息は費用の発生なのでホームの左です
Ken: …⑩まで入りました。慣れると「箱はどれか、増えたか減ったか」の2択を繰り返すだけですね。
Step 3 左右一致の検証
中島: 16行目を見てください。借方合計と貸方合計が自動で出ています。
Ken: どちらも 3,192,000。17行目の検証セルが「OK」になりました。

中島: 10本すべての左右が一致した証拠です。どこか1本でも金額を片側だけ間違えると、ここがNGに変わります。
Step 4 5要素の増減が立ち上がる
中島: 下の2つの表は全部自動です。左の「科目別集計」は、各科目が左右どちらにいくら出たか。右の「5要素の増減」は、それを箱ごとにまとめたものです。
Ken: 資産の増加2,390,000、減少1,742,000…。現金の行を見ると、左に850,000、右に242,000。つまり現金は10月に608,000の純増ですか。
中島: そのとおりです。仕訳は1本1本はただの記録ですが、集計すると「この1ヶ月で何がどれだけ動いたか」が見えてくる。次回以降にやる「勘定」や「試算表」は、この集計を帳簿の形に整えたものです。今日は「仕訳10本が、5つの箱の増減として集計できた」という体験を持ち帰ってください。
What-ifチャレンジ
シート下部の3問を試してください。
- ① ⑧の給料を 350,000 → 400,000 に借方だけ変えると、どの検証セルがNGになる?(仕訳は必ず左右同額)
- ② ④の出資を「普通預金」ではなく「現金」で受け取ったことにすると、どの集計が変わり、どの検証は変わらない?
- ③ ⑩を「借入金100,000の返済と利息2,000をまとめて現金102,000で支払った」に変えると、1行に収まる?(複合仕訳の予告。Day 3以降に登場します)
問題演習
今日の問題はすべて、上の【資料】2025年10月の取引10本と同じ世界の数字を使います。各問題の直下に解答を置いているので、自分の答えを出してから読み進めてください。
基礎編(問1〜5)
問1. 仕訳の説明として最も適切なのはどれか。 A. 会社の1年間のもうけを計算する表 B. 取引を、変動した勘定科目と金額で借方・貸方に分けて1行で記録すること C. 商品の在庫を数えて記録すること D. 銀行口座の残高を照合すること
▼ 解答 B。1つの取引を2つの側面に分け、左(借方)と右(貸方)の1行にするのが仕訳です。
問2. 借方・貸方について正しいものはどれか。 A. 借方はお金を借りたときに使う欄である B. 貸方は左側、借方は右側である C. 借方は左側、貸方は右側を指す、ただの記号である D. 借方と貸方は取引の重要度で使い分ける
▼ 解答 C。「借」「貸」の字に意味はありません。「かりかた」の「り」は左へ、「かしかた」の「し」は右へ、と字の形で位置を覚えるのがおすすめです。
問3. 1本の仕訳について、必ず成り立つものはどれか。 A. 借方の金額合計と貸方の金額合計が一致する B. 借方には資産の科目しか書けない C. 勘定科目は左右で同じものを書く D. 金額の大きい側を借方に書く
▼ 解答 A。1つの取引を2つの側面から見ているだけなので、左右の金額は必ず一致します。B:借方には「増えた資産」も「減った負債」も「発生した費用」も来ます。
問4. 「勘定科目」の説明として最も適切なのはどれか。 A. 会社ごとに自由な名前を付けてよい記録用のメモ B. 簿記の記録に使う、名前の決まった共通のラベル C. 銀行口座の種類のこと D. 税金の計算にだけ使う分類
▼ 解答 B。「現金」「売掛金」「給料」など、共通言語として名前が決まっています。共通のラベルだから、誰が記録しても同じように集計できます。
問5. 資産が減少したとき、その勘定科目を書く位置はどこか。 A. 借方(左) B. 貸方(右) C. どちらでもよい D. 書かない
▼ 解答 B。資産のホームポジションは左。増えたらホームの左、減ったら反対側の右です。
計算編(問6〜8)
問6. 【資料】の10本すべてを仕訳したとき、借方の金額合計を求めなさい。
▼ 解答 800,000+300,000+240,000+500,000+400,000+250,000+150,000+350,000+200,000+2,000=3,192,000円(貸方合計も同額になります)
問7. 【資料】の10本のうち、費用の発生として借方に記録される金額の合計を求めなさい。
▼ 解答 給料350,000+支払家賃200,000+支払利息2,000=552,000円(⑧⑨⑩の3本です)
問8. 【資料】の10本を仕訳したとき、「現金」が借方に出る合計と貸方に出る合計をそれぞれ求め、現金が10月に差し引きいくら増えたか(純増額)を答えなさい。
▼ 解答 借方(増加):②300,000+⑤400,000+⑦150,000=850,000円 貸方(減少):③240,000+⑩2,000=242,000円 純増額:850,000−242,000=608,000円
仕訳編(問9〜12)
次の取引の仕訳を示しなさい(勘定科目は本文の11個から選ぶこと)。
問9. 銀行から600,000円を借り入れ、普通預金に入金した。
▼ 解答 (借方)普通預金 600,000 /(貸方)借入金 600,000 資産の増加は左、負債の増加は右。【資料】①と同じ型です。
問10. 事務用のデスク90,000円を購入し、代金は現金で支払った。
▼ 解答 (借方)備品 90,000 /(貸方)現金 90,000 備品(資産)が増えて左、現金(資産)が減って右。左右どちらも資産の仕訳です。
問11. 取引の仲介手数料80,000円を現金で受け取った。
▼ 解答 (借方)現金 80,000 /(貸方)受取手数料 80,000 収益の発生はホームの右。現金という資産が増えた側面が左です。
問12. 得意先から売掛金200,000円を普通預金への振り込みで回収した。
▼ 解答 (借方)普通預金 200,000 /(貸方)売掛金 200,000 貸方を「売上」にしないこと。売上は商品を売った時点で計上済み。ここで減るのは「あとでもらえる権利=売掛金」です。
総合問題(問13)
Horizon Trading 東京オフィスの2025年11月の記録メモには、次の8項目が書かれていた。ただし、この中には仕訳が不要なものが2つ混ざっている。

設問1. 仕訳が不要な2項目を指摘し、理由を述べなさい。
設問2. 残り6本の仕訳を示しなさい。
設問3. 設問2の仕訳全体で、借方合計と貸方合計が一致することを確かめなさい。
設問4. 11月に「現金」は差し引きいくら増減したか答えなさい。
▼ 解答
設問1. 11/5の「注文を受けた」と11/15の「借入を申し込んだ」。どちらもまだ財産が動いていないので、簿記上の取引ではありません(Day 1の総合問題と同じひっかけです。仕訳の世界でも、記録するのは財産が動いたときだけ)。
設問2. 仕訳は次の6本です。
11/1 (借方)普通預金 500,000 /(貸方)借入金 500,000
11/8 (借方)備品 180,000 /(貸方)現金 180,000
11/12 (借方)現金 350,000 /(貸方)売掛金 350,000
11/20 (借方)普通預金 120,000 /(貸方)受取手数料 120,000
11/25 (借方)給料 350,000 /(貸方)普通預金 350,000
11/30 (借方)買掛金 150,000 /(貸方)普通預金 150,000
設問3. 借方合計=貸方合計=500,000+180,000+350,000+120,000+350,000+150,000=1,650,000円で一致。仕訳不要の2項目を混ぜて集計すると、この検算が崩れます。
設問4. 増加:11/12の350,000円。減少:11/8の180,000円。差し引き170,000円の純増です。
Next: Day 3 → 現金と預金 ― 会社のお金の置き場所
プロローグはここまで。Day 3からは「日々の取引」編に入り、勘定科目を1つずつ攻略していきます。最初はいちばん身近な現金と預金。ただし簿記の「現金」は、財布の中のお札より少し範囲が広い――他人振出の小切手が「現金」になる、3級定番のひっかけが待っています。
さわる簿記3級(東京編) ― Day 2 / 20 プロローグ:内示の夜(Day 1〜2)― 完
演習Excel
この回の演習シートと完成見本が入った Excel です。手元に落として、数字を入れ替えながら読んでください。