日商簿記3級を、物語×Excel連動で学ぶ連載です。全20回の予定で、演習用のExcelファイルは各回の末尾から取れます。私自身がAIと教材を作りながら学び直している側なので、「教える」というより「一緒にさわる」スタンスで書いていきます。

想定読者

簿記の知識ゼロの方向けです。仕訳・勘定科目という言葉を知らなくても読めるように作っています。むしろ、入門書の最初の章で挫折した経験がある方にこそ合うかもしれません。

この連載の全体像

  • 物語形式 — ベトナム赴任が決まったのに簿記ゼロの藤原ケン(31歳)が、本社経理部長・中島恵の特訓で、出国までの数ヶ月で簿記3級を身につけていく「東京編」
  • Excel連動 — 概念を読むだけで終わらせず、Excelのセルを自分で埋めて数字のつながりを体感する
  • 全20回の構成 — プロローグ(Day 1〜2)→ 日々の取引(Day 3〜10)→ 帳簿と集計(Day 11〜12)→ 決算(=1年の締めくくり作業。Day 13〜19)→ 総合演習(Day 20)

内示の夜 ― 「数字で語れないと、本社は動かせないぞ」

2025年10月、東京本社。藤原ケン(31歳)は、精密電子部品メーカー ASTRA Manufacturing の生産管理部で働いている。営業4年、その後志願して生産管理5年。現場の数量管理には自信がある。

その日の夕方、ケンは会議室に呼ばれ、来年4月に新設されるハノイ工場の拠点長への抜擢を内示された。嬉しさより先に、冷や汗が出た。拠点長は、工場の損益に責任を持つ。そしてケンは、簿記を学んだことが一度もない。

内示のあと、関係部署への挨拶回りで経営企画部長の村上に言われた一言が、胸に刺さったまま抜けない。

「藤原くん。数字で語れないと、本社は動かせないぞ」

翌週から、週2回・夜の会議室で、経理部長の中島恵による特訓が組まれた。人事部経由で聞いた話では、中島部長みずから「私がやります」と手を挙げたらしい。今日はその初日。

中島: 藤原さん、時間どおりですね。では始めましょう。最初に確認します。簿記の勉強をしたことは?

Ken: …正直に言うと、ゼロです。大学は商学部でしたが、会計の授業は単位を取っただけで、中身は何も覚えていません。すみません。

中島: 謝る必要はありません。ゼロなら、変な癖がついていない分だけ話が早いです。では最初の質問です。簿記は、何のためにあると思いますか?

Ken: うーん…お金の計算、ですか?

中島: 半分だけ合っています。簿記は、会社の活動を記録して、決まった形の表にまとめて、報告するための技術です。ポイントは「決まった形の表」という部分。表は2つしかありません。

Ken: 2つ、ですか。

中島: はい。1つめは貸借対照表。ある時点で、会社に何がどれだけあるかを写した表です。写真だと思ってください。2つめは損益計算書。ある期間に、会社がどれだけもうけたか、その中身を示す表です。こちらは期間の記録なので、動画に近い。

Ken: 写真と動画…。えっと、決算書とか財務諸表とかいう言葉は聞いたことがありますが、それのことですか?

中島: そうです。この2つの表が財務諸表の中心で、簿記3級のゴールは「この2つの表を自分の手で作れるようになること」です。今日は作りません。今日はもっと手前、この2つの表に載るものは、たった5種類しかないという話をします。

Ken: 5種類。少ないですね。

中島: 少ないんです。だから最初に覚えることも少ない。藤原さん、私の簿記の教え方の方針を先に言っておきます。簿記は暗記ではなく、分類です。

Ken: 分類…。

中島: 会社で起きることを、5つの箱のどれに入れるか。それが判断できれば、あとの手続きは機械的に流れます。今日はその5つの箱だけ持って帰ってください。


今日の3ポイント

① 簿記とは ― 会社の活動を記録して「2つの表」にまとめる技術 ② 5つの箱 ― 資産・負債・純資産・収益・費用 ③ 利益の二面性 ― 2つの表は「もうけ」でつながっている


概念解説

ポイント① 簿記とは ― 2つの表を作る技術

簿記は、会社の日々の活動を帳簿に記録し、最終的に2つの表にまとめる技術です。

何を表すか イメージ
貸借対照表(B/S) ある時点の財産の状態(何がどれだけあるか) 写真
損益計算書(P/L) ある期間のもうけと、その中身 動画

1つ注意があります。簿記が記録するのは、会社の財産が実際に動いたときだけです。

  • 商品の注文を「受けた」だけ → まだ何も動いていないので記録しない
  • 銀行に借入を「申し込んだ」だけ → 同じく記録しない
  • 火事で商品が燃えた → お金のやりとりがなくても、財産が減ったので記録する

日常語の「取引」と少しずれるところなので、Day 1のうちに触れておきます(今日の総合問題に出ます)。

ポイント② 5つの箱 ― 資産・負債・純資産・収益・費用

2つの表に載るものは、5種類に分類できます。

意味 載る表
資産 会社が持っているもの・もらえる権利 現金、預金、売掛金、商品、備品 貸借対照表
負債 あとで支払う義務 買掛金、借入金 貸借対照表
純資産 資産から負債を引いた正味の元手 資本金、繰越利益剰余金 貸借対照表
収益 もうけの源になる収入 売上高 損益計算書
費用 収益を得るための犠牲 仕入(売上原価)、給料、家賃 損益計算書

見慣れない言葉があっても、いまは大丈夫です。売掛金=商品を売ったがまだ回収していない代金(あとでもらえる権利なので資産)、買掛金=商品を仕入れたがまだ払っていない代金(あとで払う義務なので負債)。この2つだけ押さえれば、今日の演習は進められます。

ポイント③ 利益の二面性 ― 2つの表は「もうけ」でつながっている

損益計算書で計算した当期純利益(収益−費用)は、そのまま貸借対照表の純資産の中(繰越利益剰余金)に積み上がります。

損益計算書                    貸借対照表
 収益 ────┐                  資産 ───┐
 費用 ────┤                  負債 ───┤
          ↓                  資本金 ─┤
 当期純利益 ══════════════▶ 繰越利益剰余金
 (もうけ)   同じ金額!      (もうけの蓄積)

もうけは「期間の成果」として損益計算書に表れ、同時に「財産の増加」として貸借対照表に表れる。1つのもうけを2つの角度から見ているわけです。この記事のExcel演習は、この瞬間を自分のセルで確かめるために作りました。


【資料】今日の数字:Horizon Trading 東京オフィス

中島: 概念はここまで。手を動かしましょう。教材にはASTRAの数字…と言いたいところですが、うちの規模だと項目が多すぎます。藤原さんが営業時代によく通っていた、Horizon Tradingの東京オフィスを思い出してください。

Ken: ミンさんの会社の東京側ですね。小さい商社で、あのくらいの規模なら全体が見渡せそうです。

中島: そのイメージで、教材用に簡略化した架空の数字を用意しました。設立1年目・2025年3月期の決算、つまり「2024年4月から2025年3月までの1年間を締めくくった数字」です。

単位:円(教材用の架空の数値です)

科目 金額 科目 金額
現金 1,200,000 売上高 9,600,000
普通預金 2,800,000 売上原価 6,700,000
売掛金 1,500,000 給料 1,400,000
商品 900,000 支払家賃 600,000
備品 1,600,000 水道光熱費 180,000
買掛金 1,300,000 支払利息 20,000
借入金 2,000,000 資本金 4,000,000

この14項目を、Day 1全体(Excel演習・問題演習・総合問題)で一貫して使います。


Excel演習:14項目を分類すると、2つの表が立ち上がる

配布ファイル「Day01_Exercise.xlsx」の「演習」シートを開いてください(ダウンロードは記事末尾)。青文字は入力済みの数値、黄色セルが自分で埋める欄、薄青セルは自動計算、緑セルは検証です。

Step 1 14項目を5つの箱に分類する

中島: B列に科目、C列に金額が入っています。藤原さんの仕事はD列。D6からD19まで、リストから「資産・負債・純資産・収益・費用」のどれかを選んでください。まずD6の「現金」から。

Ken: 現金は…会社が持っているものだから「資産」。

中島: はい。次のD7、「売上高」は?

Ken: もうけの源だから「収益」ですね。D8の「買掛金」は…仕入れてまだ払っていないお金だから、あとで払う義務。「負債」。

中島: その調子です。迷いそうなものだけ先に言っておくと、D14の「売上原価」は売った商品の仕入代金なので費用、D16の「商品」はまだ売っていない在庫なので資産です。同じ「商品」に関わる金額でも、売った分は費用、残っている分は資産。ここがDay 1でいちばん間違えやすい分類です。

Ken: 在庫は…生産管理の感覚だと「お金が形を変えて倉庫に置いてある」ものなので、資産と言われるとしっくりきます。売った瞬間に費用側へ移るんですね。

中島: その理解で進めて問題ありません。14個すべて選ぶと、右の「5要素の集計」(G6〜G10)が自動で埋まります。

Ken: …できました。資産8,000,000、負債3,300,000、純資産4,000,000、収益9,600,000、費用8,900,000。

中島: SUMIF関数(条件に合うものだけを合計するExcelの関数)が、D列の分類を拾って合計しています。分類を1つ間違えると、ここの数字がずれる。分類がすべての土台だと分かる仕掛けです。

Step 2 損益計算書 ― もうけを計算する

中島: 右下の損益計算書ブロックへ。G23に収益合計、G24に費用合計が自動で入っています。G25(黄色)に =G23-G24 と入れてください。

Ken: 入れました。700,000。これが当期純利益ですか。

中島: はい。Horizon東京は1年目に70万円もうけた。これで動画(期間の記録)は完成です。

Step 3 利益が貸借対照表へ渡る

中島: 左下の貸借対照表ブロックへ。C23資産合計、C24負債合計、C25資本金までは自動です。C26(黄色)に =G25 と入れてください。

Ken: 損益計算書の利益を、そのまま持ってくるんですか?

中島: そうです。もうけた70万円は、誰かに配らない限り会社の中に残ります。それが繰越利益剰余金。損益計算書のゴールが、貸借対照表の部品になる瞬間です。

Ken: 入れました。同じ700,000がB/S側にも表示されました。

Step 4 表が締まるかを検証する

中島: 最後にC27(黄色)に =SUM(C24:C26) 。負債・純資産の合計です。

Ken: 8,000,000。…あ、C23の資産合計と同じ数字です。

中島: C28の検証セルを見てください。

Ken: 「OK」です。G26の検証も「OK」になっています。

中島: 資産合計8,000,000 = 負債3,300,000 + 資本金4,000,000 + 繰越利益剰余金700,000。左右が一致するように、簿記の仕組み全体が設計されています。今日はこの「分類したら2つの表が立ち上がって、利益でつながった」という体験だけ持ち帰ってください。仕訳もルールも、明日からです。

What-ifチャレンジ

シート下部の3問を試してください。数字を変えると、2つの表がどう連動するかが見えます。

  • ① 支払家賃を 600,000 → 900,000 にすると、当期純利益と貸借対照表のどこが動く?
  • ② 借入金を 2,000,000 → 2,500,000 にすると、検証セルはどうなる?(本来は現金も同時に増えるはず。片方だけ動かすとNGになる=表が「ズレを検知する」体験)
  • ③ 売上高を 9,600,000 → 9,000,000 にすると、2つの表のつながりがどう見える?

問題演習

今日の問題はすべて、上の【資料】Horizon Trading 東京オフィスの数字を使います。各問題の直下に解答を置いているので、自分の答えを出してから読み進めてください。

基礎編(問1〜5)

問1. 簿記の最も基本的な役割はどれか。  A. 会社の広告を作る  B. 会社の活動を記録し、決まった形の表にまとめて報告する  C. 従業員の勤務時間を管理する  D. 商品の在庫数を数える

▼ 解答 B。記録して、2つの表(貸借対照表・損益計算書)にまとめて、報告する。これが簿記の仕事です。

問2. 次のうち、5つの箱(簿記の5要素)に含まれないものはどれか。  A. 資産  B. 収益  C. 利益  D. 費用

▼ 解答 C。利益は要素ではなく、収益から費用を引いた差額として計算されるものです。5要素は資産・負債・純資産・収益・費用。

問3. 貸借対照表が表すものとして最も適切なのはどれか。  A. ある期間のもうけの中身  B. ある時点の財産の状態  C. 1年間の売上の推移  D. 従業員の給料の一覧

▼ 解答 B。貸借対照表は「時点の写真」。期間のもうけ(動画)を表すのは損益計算書です。

問4. 「商品を仕入れたが、代金をまだ支払っていない」ときの、その未払いの代金を何と呼ぶか。  A. 売掛金  B. 買掛金  C. 貸付金  D. 資本金

▼ 解答 B。あとで払う義務が買掛金(負債)、あとでもらえる権利が売掛金(資産)。向きで覚えるのがおすすめです。

問5. 次のうち、簿記で記録する出来事(簿記上の取引)はどれか。  A. 商品800,000円分の注文を受けた  B. 火事で商品100,000円分が燃えた  C. 銀行に借入500,000円を申し込んだ  D. 新しいアルバイトの採用を決めた

▼ 解答 B。注文・申込・採用の決定は、まだ財産が動いていないので記録しません。火災は、お金のやりとりがなくても財産(商品)が減ったので記録します。日常語の「取引」との感覚のズレを突く、3級の定番論点です。

計算編(問6〜8)

問6. 【資料】のうち資産に分類されるものを合計しなさい。

▼ 解答 現金1,200,000+普通預金2,800,000+売掛金1,500,000+商品900,000+備品1,600,000=8,000,000円

問7. 【資料】のうち費用に分類されるものを合計しなさい。

▼ 解答 売上原価6,700,000+給料1,400,000+支払家賃600,000+水道光熱費180,000+支払利息20,000=8,900,000円

問8. 当期純利益を計算しなさい。

▼ 解答 収益9,600,000 − 費用8,900,000 = 700,000円

総合問題(問9)

Horizon Trading 東京オフィスの2025年3月期について、担当者が科目リストを作ったが、簿記で記録すべきでないものが2つ混ざっている

【リスト】現金1,200,000/普通預金2,800,000/売掛金1,500,000/商品900,000/備品1,600,000/買掛金1,300,000/借入金2,000,000/資本金4,000,000/売上高9,600,000/売上原価6,700,000/給料1,400,000/支払家賃600,000/水道光熱費180,000/支払利息20,000/追加で銀行に申し込んだ借入500,000(まだ実行されていない)受注済みの注文800,000(商品は未引渡し)

設問1. 記録すべきでない2項目を指摘しなさい。 設問2. 資産合計・負債合計を求めなさい。 設問3. 当期純利益と、純資産合計(資本金+繰越利益剰余金)を求めなさい。 設問4. 「資産合計=負債合計+純資産合計」が成り立つことを確かめなさい。

▼ 解答 設問1. 「申し込んだだけの借入500,000」と「受注しただけの注文800,000」。どちらもまだ財産が動いていないので、簿記上の取引ではありません。これを負債や収益に入れてしまうと、設問4の左右が一致しなくなります。 設問2. 資産合計 8,000,000円/負債合計 3,300,000円(借入金は実行済みの2,000,000のみ) 設問3. 当期純利益 700,000円/純資産合計 = 資本金4,000,000+繰越利益剰余金700,000 = 4,700,000円 設問4. 8,000,000 = 3,300,000 + 4,700,000 で一致。ひっかけ項目を混ぜたまま集計すると一致しないので、左右一致は検算装置としても働いてくれます。


Next: Day 2 → はじめての仕訳 ― 左と右のルール

今日は仕訳を一切出しませんでした。Day 2では、5つの箱の増減を「左と右」に書き分けるルール=仕訳を学びます。今日の分類ができていれば、仕訳のルールは5要素×増減の組み合わせに整理できます。中島部長の「簿記は暗記ではなく、分類です」の本領は、むしろDay 2からです。


さわる簿記3級(東京編) ― Day 1 / 20 プロローグ:内示の夜(Day 1〜2)

演習Excel

この回の演習シートと完成見本が入った Excel です。手元に落として、数字を入れ替えながら読んでください。

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