想定読者と今日の位置づけ
Day 01〜03で工業簿記の骨組み(商業vs工業/費用分類/勘定連絡)を押さえました。Day 04からは第1部「月初に決めること」に入ります。Day 04のテーマは なぜ予定価格を使うのか の概念導入。
「実際原価は正確、だけど遅い」という実務上の問題を起点に、予定消費単価・予定賃率・予定配賦率の3兄弟を一度に俯瞰します。差異の詳細分析はDay 08(材料価格差異)/Day 10(賃率差異)/Day 14(配賦差異)で分解していくので、Day 04 では 総差異の概念まで。
教材全体像
- Excelファイル(Day04_Exercise.xlsx)― 予定vs実際(演習/完成見本)+総合問題MIRAI(演習/完成見本)の4シート。3系統の予定額・実際額・差異をSUMで集計、検証欄で即判定。
場面
2026年5月1日、朝。ASTRA Manufacturing ハノイ工場の経理室。4月の月次決算を終えた翌朝、LinhがKenを呼んだ。ノートパソコンの画面に4月の材料消費単価の動きがグラフで映っている。
Linh「おはようございます、ケンさん。4月の月次決算を終えて、一つ反省点が出ました。材料の消費単価が月末にしか確定せず、月中に出荷した製品の原価をその場で計算できなかったんです」
Ken「ああ、それ、経理チームがずっと『今の製造原価いくらですか?』って聞かれても月末まで答えられないって困ってましたね」
Linh「仕入単価が月内で@1,080から@1,100まで動いたので、4月末に集計してようやく材料消費価格が確定する。業務上のボトルネックです」
対話(抜粋)
Ken「本社にいた時、生産管理では『標準原単価』って呼んでたやつを使って即日原価計算してました。製品1個あたり材料いくら、作業時間いくら、って期首に決めておいて、月中はその単価で仮集計。その発想と似てますね?」
Linh「ええ、それが今日のテーマ『予定価格』です。生産管理で使っていた標準原単価と、簿記の予定価格は考え方が近い。月中は予定値で計算、月末に実際と突合、ズレは差異として認識する」
Ken「でも差異ってちゃんと処理しないと、P/Lで嘘の原価になりませんか?」
Linh「期末に売上原価へ振り替える決まりがあります。今日は『なぜ予定を使うか』と『差異の概念』まで。差異の分解はDay 08・10・14で詳しくやります」
今日の3ポイント
- 実際原価計算の弱点 ― 月末にしか単価が確定せず、月中の業務が滞る
- 予定価格法 ― 期首に予定単価を決めて、月中は予定単価で即時に原価計算する
- 差異の概念 ― 予定と実際のズレを「消費価格差異/賃率差異/配賦差異」として別途管理
概念解説(圧縮版)
① 実際原価計算の3つの弱点
- 原価確定の遅さ:月中に単価が確定しない → 出荷時に原価が出せない
- 単価変動:仕入時期で単価が変わる → 同じ製品のコストが月次で揺れる
- 月末集中:すべての計算が月末数日に集中 → 業務ボトルネック、月次報告が遅れる
② 予定価格の3兄弟
| 種類 | 対象 | ASTRA 2026年度予定値 | 決め方 |
|---|---|---|---|
| 予定消費単価 | 材料費 | @1,080/kg | 過去1年の仕入単価+来期見込み |
| 予定賃率 | 直接労務費 | @1,250/h | 年間賃金総額 ÷ 年間予定作業時間 |
| 予定配賦率 | 製造間接費 | @2,400/機械時間 | 年間予算製造間接費 ÷ 基準操業度 |
期首に決定し、1年間固定して使う。月中の仕訳はすべて予定額で切れる。
③ 差異の考え方
月末に実際額を確定し、予定額との差額を差異勘定で把握。
- 実際 > 予定 → 不利差異(借方残):想定より余計にコストがかかった
- 実際 < 予定 → 有利差異(貸方残):想定より少ないコストで済んだ
期末に差異勘定の残高を 売上原価 へ振り替える(不利差異 → 売上原価増、有利差異 → 売上原価減)。
ASTRA 2026年5月 3系統データ(今日のマスターデータ)
単位:千円(単価は円/kg・円/h)
| 系統 | 予定単価 | 実際単価 | 実際消費量 | 予定額 | 実際額 | 差異 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ①材料費(電子基板) | @1,080/kg | @1,100/kg | 1,000 kg | 1,080 | 1,100 | 20 不利 |
| ②直接労務費 | @1,250/h | @1,280/h | 2,200 h | 2,750 | 2,816 | 66 不利 |
| ③製造間接費 | @2,400/h | 実際発生1,260 | 520 h(機械) | 1,248 | 1,260 | 12 不利 |
| 合計(製造原価) | ― | ― | ― | 5,078 | 5,176 | 98 不利 |
5月は3系統すべて実際>予定で不利差異。合計98千円の不利差異が期末に売上原価へ賦課される。
間接費だけは「実際単価」ではなく「実際発生額(合計1,260千円)」を直接使う点に注意。間接費は細かい費用(間接材料+間接労務+間接経費)の合計なので、単価×数量の形にならない。
Excel演習の雰囲気(ウォークスルー抜粋)
配布Excelの「予定vs実際(演習)」シートは3系統×9列。D〜F列(予定単価・実際単価・実際消費量)は青文字で既に埋まっている。G〜I列が黄色セルで、学習者が数式を入れる。
Linh「G7セル(材料の予定額)に数式を入れます。予定額 = 予定単価 × 実際消費量 でしたね」
Ken「D7 が @1,080、F7 が 1,000kg。単位が『円×kg』だから結果は円。千円単位にするには1000で割る必要がありますね」
Linh「正解。G7 に
=D7*F7/1000を入力してください」Ken「1,080 と出ました。ASTRAマスターデータと一致しています」
Linh「続いてH7(実際額)は
=E7*F7/1000、I7(差異)は=H7-G7。検証J7が『OK』になれば完了です」
9行目(間接費)だけ例外:H9 には実際発生額1,260を直接入力する(E9の実際単価は「―」になっている)。
What-ifチャレンジでは「予定単価と実際単価を一致させたら差異はゼロになるか」「実際消費量を増やすと差異はどう拡大するか」「実際単価を予定より下げたら有利差異になるか」を手を動かして体感する。
問題演習(抜粋+総合問題の全文)
基礎編(例)
問1. 予定価格を使う主な理由として適切でないものはどれか。 A. 月中に原価を即時計算できる B. 単価変動の影響を平準化できる C. 月末の原価計算業務を分散できる D. 実際原価より必ず正確な原価計算ができる
解答:D 予定価格はあくまで予定値。実際よりも正確とは限らず、必ず差異が発生する。予定価格の目的は「速さ・安定性・業務負荷の平準化」。
計算編(例)
問9. 製造間接費差異(総差異)を計算しなさい。予定配賦率@2,400/機械時間、実際発生額1,260千円、実際機械稼働時間520h。
解答:12千円(不利差異) 予定配賦額 = @2,400 × 520h ÷ 1,000 = 1,248千円。実際発生額 = 1,260千円。差異 = 1,260 − 1,248 = 12千円(不利差異)。分解はDay 14で扱う。
仕訳編(例)
問11. 当月、電子基板1,000kgを製造ラインへ投入(直接材料として消費)。予定消費単価@1,080/kg。予定単価で仕掛品に振り替える仕訳を示せ。
借方 金額 貸方 金額 仕掛品 1,080 材料 1,080 予定価格法では月中の材料消費を予定単価で仕掛品へ振り替える。実際単価との差は月末に差異勘定で把握する(問12へ)。
総合問題(問15・本試験大問レベル)― 全文
問15. 以下はYUIMA Instruments(精密測定機器製造)の2026年9月に関する資料である。設問1〜6に答えなさい。原価計算期間は1ヶ月(9月1日〜30日)とする。会社は予定価格法を採用している。(単位:千円)
【資料】
- 直接材料(特殊合金)予定消費単価:@840 円/kg
- 直接材料 当月実際消費単価(月初〜中旬):@855 円/kg
- 直接材料 当月実際消費単価(月末補正後・採用値):@860 円/kg
- 直接材料 当月実際消費量:1,200 kg
- 直接工 予定賃率:@1,500 円/h
- 直接工 当月実際賃率:@1,480 円/h
- 直接工 当月実際直接作業時間:1,800 h
- 製造間接費 予定配賦率(機械時間基準):@2,100 円/h
- 製造間接費 当月実際発生額:1,120 千円
- 当月実際機械稼働時間:540 h
- 当月基準操業度(機械時間):600 h
- 販売員給料(当月):430 千円
- 本社一般管理費(当月):280 千円
- 支払利息(当月):40 千円
注意:
- (2)と(3)は同じ項目の異なる値。月末補正後の(3)@860を実際単価として採用する(ひっかけ)。
- (12)販売員給料、(13)本社一般管理費、(14)支払利息は製造原価ではない(ひっかけ)。予定価格法の対象外。
設問
- 直接材料の予定消費額を計算しなさい。
- 直接材料の実際消費額を計算しなさい(月末補正後の単価を採用)。
- 材料消費価格差異を計算し、有利/不利を示しなさい。
- 直接労務費の予定消費額・実際消費額・賃率差異を計算しなさい。
- 製造間接費の予定配賦額・実際発生額・製造間接費差異(総差異)を計算しなさい。
- 予定ベース製造原価合計・実際ベース製造原価合計・総差異を計算しなさい。
解答
- 1,008 千円(@840 × 1,200kg ÷ 1,000)
- 1,032 千円(@860 × 1,200kg ÷ 1,000)。(3)の採用値を使う。
- 24 千円(不利差異)(1,032 − 1,008)
- 予定2,700/実際2,664/賃率差異 36千円(有利差異)。@1,480 < @1,500 なので有利。
- 予定配賦1,134(@2,100×540h÷1,000)/実際1,120/差異14千円(有利差異)。基準操業度600hは配賦額計算には使わない。
- 予定4,842/実際4,816/総差異26千円(有利差異)。内訳:材料24不利 − 労務36有利 − 間接費14有利 = -26。(12)〜(14)は製造原価に含めない。
特に押さえる罠:
- (2)@855 ではなく (3)@860 を採用(月末補正後が実際単価)
- (12)(13)(14) を製造原価から除外(Day 02の大分類)
- 労務・間接費は有利差異。符号ミスに注意
- 基準操業度(11)は配賦額計算ではなく、予定配賦率算定に使う値
次回予告:Day 05 標準原価カードの作成
Day 05 では、予定価格の発展形である 標準原価 を学びます。予定価格が「年度の見込み単価」であるのに対し、標準原価は「科学的・統計的に算定した1個あたりの理想的なコスト」。ASTRA製品Aの標準原価カードを作成し、材料費・労務費・間接費を組み立てて1個あたり原価を積み上げます。Day 04 の予定価格との違いを意識しながら進みましょう。
演習Excel
この回の演習シートと完成見本が入った Excel です。手元に落として、数字を入れ替えながら読んでください。