はじめに

ベトナムに製造拠点を設立する際、最大の初期投資項目は機械設備の輸入だ。製造ライン一式で数億円、大規模工場なら数十億円に達する。ベトナムの一般的な輸入関税率(MFN税率)は品目ごとに定められており、実務では0〜30%程度の幅があると言われる(品目ごとの正確な税率は、現行の輸入関税率表で確認したい)。仮に10億円の設備に5%の関税がかかれば、それだけで5,000万円の負担だ。

しかし、ベトナムの投資優遇制度を正しく活用すれば、この関税をゼロにできる。輸出入税法(Law 107/2016/QH13)と政令134号(Decree 134/2016/ND-CP)に基づく固定資産形成のための輸入関税免税制度だ。

問題は、この免税を受けるための事前手続きが複雑で、知らずに設備を輸入してしまい、後から「免税を受けられなかった」というケースが後を絶たないことだ。免税リストの登録を忘れた、投資登録証明書(IRC)と整合しない設備を輸入した、中古機械の年式制限に引っかかった——いずれも実務で頻繁に起きるトラブルだ。

この記事では、外資系製造業が機械設備を輸入する際の関税免税制度の全体像と、失敗しないための実務ポイントを解説する。

第1章 輸入関税免税の基本構造

法的根拠

投資プロジェクトにおける機械設備の輸入関税免税は、以下の法令に基づく。

法令 内容
輸出入税法 107/2016/QH13 免税対象の基本規定(第16条)
政令 134/2016/ND-CP 免税の詳細条件・手続き(第14条〜第16条)
政令 18/2021/ND-CP 政令134号の改正・補充
政令 182/2025/ND-CP 政令134号の最新改正(2025年7月1日施行)
通達 38/2015/TT-BTC 税関手続きの詳細規定
通達 39/2018/TT-BTC 通達38号の改正・補充

免税の対象:「固定資産を形成するための輸入品」

免税を受けられるのは、投資優遇の対象となるプロジェクトの固定資産を形成するために輸入される物品だ。具体的には以下が該当する。

免税対象となる主な品目:

  • 製造ライン・生産設備一式
  • 個別の機械・装置(CNC旋盤、射出成形機、プレス機など)
  • 設備に付随するスペアパーツ(設備価格の一定割合以内)
  • 搬送設備(フォークリフトなど)
  • 品質検査・測定機器
  • 環境処理設備(排水処理装置、集塵機など)
  • 建設機械(工場建設用として一時輸入する場合は別制度)

免税対象外:

  • 国内で製造可能な物品(科学技術省および工業貿易省が公表するリストに基づく)
  • 事務用品・什器(デスク、PC等の一般的なオフィス用品)
  • 鉱物資源の採掘プロジェクト向け設備
  • 天然資源・鉱物の価格+エネルギー費が製品価格の51%以上を占める製品の製造プロジェクト
  • 特別消費税の対象物品を製造するプロジェクト

投資優遇の対象プロジェクトとは

すべての外資系企業が免税を受けられるわけではない。輸入関税免税は「投資優遇の対象」となるプロジェクトに限られる。投資法に基づく主な対象は以下の通りだ。

  • 工業団地(Khu cong nghiep)内の製造プロジェクト
  • 経済特区(Khu kinh te)内のプロジェクト
  • ハイテクゾーン(Khu cong nghe cao)内のプロジェクト
  • 社会経済的に困難な地域でのプロジェクト
  • 投資優遇業種(ハイテク、環境技術、裾野産業など)に該当するプロジェクト

実務上、日系製造業がベトナムの工業団地内に工場を設立するケースでは、多くの場合、投資優遇の対象となる。投資登録証明書(IRC)に優遇対象である旨が記載されていることを確認しよう。

第2章 免税リスト(Danh muc mien thue)の登録

免税リストとは何か

設備を免税で輸入するためには、事前に税関に対して**免税予定品目リスト(Danh muc hang hoa mien thue du kien)**を届け出なければならない。これは「これからこのプロジェクトのために、これらの設備を免税で輸入します」という事前通知だ。

最も重要なルール:免税リストの届出は、最初の免税輸入通関を行う前に完了していなければならない。 届出前に輸入した設備には、原則として免税は適用されない。

届出先と届出方法

免税リストの届出先は、企業が輸入通関を行う予定の**税関支署(Chi cuc Hai quan)**だ。

届出方法は以下の2つがある。

電子届出(推奨): ベトナム税関の電子システム(VNACCS/VCIS)を通じて行う。2024年以降は電子届出が原則だ。

書面届出: 電子システムが利用できない場合に限り、紙の書類で届け出ることができる。

届出に必要な書類

書類 備考
免税品目リスト通知書 所定様式。品名・数量・HSコード(関税分類番号)・推定価格を記載
投資登録証明書(IRC)の写し プロジェクトの投資優遇対象であることの根拠
企業登録証明書(ERC)の写し 法人としての存在証明
投資プロジェクトの説明資料 プロジェクト内容、生産品目、使用設備の関係を示す資料
設備の技術仕様書 輸入する機械の仕様が投資プロジェクトに合致することの証明
工場の設計図・レイアウト図 設備の設置場所・用途の根拠資料
設備供給契約書(ある場合) 設備メーカーとの売買契約書の写し

処理期間の目安

税関が完備した書類を受領してから、免税リストの受理通知までの期間は以下の通り。

段階 所要期間
書類の受理確認 最大3営業日
書類補正の要求(不備がある場合) 受理確認と同時に通知
免税リストの正式受理 書類完備から2時間〜数営業日

実務上の注意点として、書類に不備がなければ比較的迅速に処理されるが、書類不備による差し戻しが頻繁に発生する。特にHSコードの記載ミス、技術仕様書の不足、IRCとの不整合が多い。初回は1〜2週間かかることを見込んでおきたい。

いつ届出を開始すべきか

推奨タイムライン:

時期 アクション
設備発注の2〜3ヶ月前 免税リストの草案作成を開始
設備発注の1〜2ヶ月前 税関への届出を実施
設備の船積み前(余裕をもって) 免税リストの受理を完了
設備到着時 免税リストに基づいて通関

受理の期限を「船積み前」に置くのは、日本からの海上輸送に2〜4週間かかるためだ。船積み前に受理まで終えていれば、輸送中に不備が見つかっても到着までに手を打てる。逆に船積み後に届出を始めると、書類の補正が1回入っただけで貨物が港で待つことになる。

免税リストの届出は、一度にプロジェクト全体分を行うことも、段階別・設備ライン別に分割して行うことも可能だ。大規模プロジェクトでは、フェーズ1・フェーズ2と分けて届け出るのが一般的だ。

第3章 免税の条件と注意点

IRCとの整合性

免税を受けるための最も基本的な条件は、輸入する設備が投資登録証明書(IRC)に記載されたプロジェクト内容と一致していることだ。

例えば、IRCに「電子部品の組立」と記載されているのに、食品加工用の機械を免税で輸入しようとすれば、免税が認められない可能性が高い。

よくある問題は、IRCの記載が曖昧で、後から追加した設備がプロジェクト範囲内かどうか争いになるケースだ。IRCの事業目的と生産品目の記載は、できるだけ具体的かつ広めに設定しておくのが鉄則だ。

固定資産としての使用義務

免税で輸入した設備は、当該投資プロジェクトの固定資産として使用しなければならない。つまり、以下の行為は原則として認められない。

  • 免税設備を第三者に売却する
  • 免税設備を他のプロジェクトに転用する
  • 免税設備を無償で譲渡する
  • 免税設備をリースに出す

免税設備を売却・転用した場合のペナルティ

免税で輸入した設備を売却または目的外に転用した場合、以下の義務が発生する。

  1. 免除された輸入関税の全額追徴
  2. 遅延利息(延滞金)の支払い(輸入時点から起算)
  3. 行政罰金の賦課(悪質な場合)

ただし、以下の場合は例外的に認められる。

  • 投資プロジェクトが完了し、5年以上使用した後の売却
  • 税関に事前届出を行い、関税を納付した上での売却
  • プロジェクトの清算に伴う処分(税関への届出が必要)

年次報告義務

政令18/2021の改正により、免税で輸入した物品を使用する企業は、毎年度の使用状況報告書を税関に提出する義務がある。報告期限は、会計年度終了後90日以内だ。

報告内容は、免税輸入した設備の使用状況、保管場所、目的外使用の有無などだ。この報告を怠ると、今後の免税適用が制限される可能性がある。

第4章 VATの取扱い

輸入時のVATは免税か?

固定資産形成のための設備輸入について、輸入関税は免税だが、VAT(付加価値税)は原則として課税される。ただし、以下のケースではVATも非課税となる。

ケース VAT
国内で未製造の専用機械・設備(固定資産として計上するもの) 非課税
科学研究・技術開発に直接使用する機械・設備 非課税
上記以外の一般的な設備 10%課税(仕入VAT控除可能)

実務上のポイントは以下の通りだ。

VATが課税される場合でも、損にはならない。 輸入時に支払ったVATは、企業の仕入VAT(input VAT)として記録され、売上VAT(output VAT)から控除できる。投資段階で売上がまだない場合は、累積した仕入VATが一定額に達した時点でVAT還付申請の対象になり得る(実務では300百万VNDが目安とされる)。還付の金額基準と要件はVAT関連法令で定められており改正もあるため、申請の前に現行規定で確認したい。

非課税の場合は注意が必要。 「国内で未製造の専用機械」に該当するかどうかは、財務省が公表するリストに基づいて判断される。曖昧な場合は、事前に税関に確認しておきたい。

第5章 中古機械の輸入ルール

年式制限

ベトナムでは中古機械の輸入に年式制限がある。これは首相決定18/2019/QD-TTg(決定28/2022/QD-TTgで改正)に基づく規制だ。

機械の種類 最大年式
一般的な機械・設備 製造から10年以内
機械工学、木材加工、製紙業界の特定機械 製造から15〜20年以内

10年超の機械を輸入するには

年式制限を超える機械であっても、以下の条件をすべて満たせば、科学技術省(MOST)の個別承認を得て輸入できる。

  • 設計能力の85%以上の残存能力があること
  • エネルギー消費量が設計値の115%以下であること
  • ベトナムの国家技術基準(QCVN)、ベトナム規格(TCVN)、またはG7諸国・韓国の関連規格に適合していること

品質検査(Quality Inspection)

中古機械の輸入には、科学技術省が認定した検査機関による品質検査証明書が必要だ。検査項目は以下の通り。

  • 安全性(Safety)
  • エネルギー効率(Energy efficiency)
  • 環境保護基準への適合(Environmental protection)
  • 残存能力の評価

注意: 品質検査は輸入前に日本で実施することも、輸入後にベトナムで実施することも可能だが、検査結果が出るまで通関が保留される場合がある。スケジュールに余裕を持つこと。

中古機械と関税免税の併用

中古機械であっても、上記の年式制限・品質基準を満たし、かつ投資プロジェクトの固定資産として使用する場合は、関税免税の適用を受けることができる。ただし、税関での審査はより厳格になる傾向がある。

第6章 建設機械の一時輸入

一時輸入・再輸出制度

工場建設のために一時的に使用するクレーン、掘削機、杭打機などの建設機械は、「一時輸入・再輸出(Tam nhap - Tai xuat)」の制度を利用できる。

この制度では、輸入関税・VATともに免除される。ただし、以下の条件がある。

条件 内容
使用期限 通関完了から一定期間(実務では60日とされ、延長申請が可能)
再輸出義務 使用後は再輸出しなければならない
目的制限 投資プロジェクトの建設目的に限定
届出先 国境税関支署

使用期限の日数や延長の扱いは税関関連法令で定められ、貨物の形態によっても異なる。一時輸入を計画する段階で、現行規定と管轄税関の運用を確認しておきたい。

延長が必要な場合は、期限前に税関支署に書面で延長申請を行う。工場建設が1年以上かかるケースも多いため、計画的な延長手続きが重要だ。

一時輸入した建設機械をそのまま残したい場合

工場建設後も建設機械をベトナム国内に留めたい場合は、輸入形態の変更手続きを行い、通常の輸入関税・VATを納付する必要がある。免税リストに登録されている場合は、固定資産としての免税輸入に切り替えることも検討できるが、個別に税関と協議が必要だ。

第7章 よくあるミスと遅延の原因

免税リストでつまずく典型パターン(よくある失敗を組み合わせた架空の例)

以下は、実務でよく聞く失敗を組み合わせた架空の例だ。特定の企業の事例ではない。工業団地に新工場を設立する日系製造業が、日本から製造ライン一式を輸入する場面を想定している。次のようなつまずきが重なると、免税の適用や通関が数か月単位で遅れることがある。

  1. 免税リストの届出が抜ける:設備メーカーとの契約を先に進め、船積みスケジュールが決まってから免税手続きの存在に気づく
  2. IRCの記載が足りない:生産品目の記載が曖昧で、輸入する設備との関連性を税関に認めてもらえない
  3. HSコードの分類を誤る:設備のHSコードを間違えて申告し、税関から差し戻される

よくあるミス TOP10

# ミスの内容 結果
1 免税リストの届出前に輸入してしまう 免税適用不可、関税全額納付
2 IRCの事業内容と輸入設備が不一致 免税却下、IRC変更手続きが必要
3 HSコードの分類ミス 書類差し戻し、通関遅延
4 技術仕様書の不足・不備 補正要求、1〜2週間の遅延
5 中古機械の年式制限の見落とし 輸入不可、返送または廃棄
6 中古機械の品質検査証明書の未取得 通関保留、港での保管料発生
7 スペアパーツを免税リストに入れ忘れ スペアパーツのみ課税
8 免税品の年次報告を怠る 今後の免税適用に悪影響
9 免税設備を無断で転用・売却 関税追徴+延滞金+罰金
10 通関業者への丸投げ 書類不備の発見が遅れる

遅延を防ぐためのチェックリスト

  • IRCの事業目的・生産品目の記載は十分に具体的か
  • 免税リストの草案を作成したか
  • HSコードの分類は正確か(通関業者と事前確認)
  • 技術仕様書は日本語からの翻訳が完了しているか
  • 中古機械の場合、年式制限をクリアしているか
  • 中古機械の品質検査を手配したか
  • 税関への届出と受理は、余裕をもって設備の船積み前に完了するか
  • スペアパーツも免税リストに含めたか
  • 通関業者と免税手続きの段取りを事前に打ち合わせたか

第8章 実務タイムライン — 設備輸入のスケジュール設計

標準的な流れ(新規工場設立の場合)

IRC取得
  ↓(1〜2週間後)
ERC取得
  ↓(同時並行)
免税リスト草案作成 ← 設備仕様・HSコード確定
  ↓
税関への免税リスト届出
  ↓(3営業日〜2週間)
免税リスト受理
  ↓(並行して設備発注・製造)
設備船積み
  ↓(海上輸送 2〜4週間)
ベトナム到着・通関(免税適用)
  ↓
工場へ搬入・据付
  ↓
固定資産計上

重要なポイント

免税リストの届出は、IRCが発行されていなければできない。 IRCの取得が遅れれば、免税リストの届出も遅れ、設備の輸入スケジュール全体に影響する。

設備発注と免税手続きは並行して進める。 設備の製造には通常3〜6ヶ月かかるため、発注と同時に免税リストの準備を開始するのがベストだ。

第9章 関連法令の最新動向

政令182/2025号の施行(2025年7月1日)

2025年7月1日に施行された政令182/2025/ND-CPは、政令134/2016号(政令18/2021号で改正済み)をさらに改正するものだ。主な変更点は以下の通り。

  • 科学技術・イノベーション関連の免税対象の拡大:デジタル技術産業、イノベーションセンター向けの輸入品に対する免税規定が追加された
  • ハイテク企業認定との連携強化:ハイテク企業証明書、科学技術組織認定書などの追加書類が求められるようになった
  • 旧規定の一部廃止:政令134/2016号の第19条が全文削除された

税関法改正(決議90/2025/QH15)

2025年には税関法と輸出入税法の改正も行われ、税関手続きの簡素化と投資家向け優遇措置の拡充が図られたとされる。新規定は2026年2月施行とされていたが、本記事の参照時点では施行前であり、その後の現況は一次資料で確認してほしい。なお、この改正の文書番号・区分(決議90/2025/QH15)は資料によって表記が分かれるため、引用する際は一次資料に当たりたい。

今後の注意点

法令改正が頻繁に行われるため、設備輸入の計画段階で最新の法令を確認することが不可欠だ。特に通関業者や法務コンサルタントには、政令182/2025号への対応状況を確認しておきたい。

まとめ — 機械設備の免税輸入を成功させる5つの鉄則

1. 免税リストの届出は「最初にやること」 設備の仕様が決まったら、発注より先に免税リストの準備に着手する。届出が遅れれば、設備到着時に免税が使えない。

2. IRCとの整合性を徹底チェック 投資登録証明書に記載された事業目的・生産品目と、輸入する設備の関連性が明確であること。曖昧な場合はIRCの変更を先に行う。

3. HSコードの分類は専門家に確認 HSコードの分類ミスは最も多いトラブルの原因。通関業者と事前に確認し、税関に事前裁定(Advance Ruling)を求めることも検討する。

4. 中古機械は年式と品質を事前に確認 10年超の機械は原則輸入不可。例外承認を得るにも時間がかかるため、早期に対応を開始する。

5. 年次報告を忘れない 免税設備の使用状況報告は毎年の義務。怠ると次のプロジェクトでの免税適用に悪影響が出る。


免責事項: 本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的アドバイスを構成するものではありません。実際の手続きにあたっては、通関業者、税務コンサルタント、または弁護士にご相談ください。


参照時点と主要根拠法令

本記事は2025年12月時点の調査に基づいています。法令は改正されるため、実務の判断は現行の一次資料で確認してください。

主要根拠法令: 輸出入税法(法律第107/2016/QH13号)/Decree 134/2016/ND-CP/Decree 18/2021/ND-CP/Decree 182/2025/ND-CP(2025年7月1日施行)/Circular 38/2015/TT-BTC/Circular 39/2018/TT-BTC/Decision 18/2019/QD-TTg(Decision 28/2022/QD-TTgで改正)/決議90/2025/QH15(税関法・輸出入税法の改正。文書区分は一次資料で要確認)