作成日: 2026年3月21日


はじめに

2025年6月14日、ベトナム国会は法人所得税法(Luat Thue thu nhap doanh nghiep: CIT Law)の改正を可決し、2025年10月1日から施行された。本改正の最大のインパクトは、工業団地(Khu cong nghiep: Industrial Zone)に所在することのみを理由とするCIT優遇措置の全面廃止である。

ベトナムへの新規進出を検討する日系企業にとって、この変更は投資計画に直接影響する重大な制度変更である。本稿では、廃止の内容と背景、経過措置、及び代替的に利用可能な優遇措置を解説する。


1. 何が廃止されたのか

1.1 従来の工業団地CIT優遇

改正前のCIT法では、工業団地に所在する新規投資プロジェクトに対し、以下の立地ベース(location-based)の優遇が自動的に付与されていた。 表:業種プロジェクトベースの優遇 いわゆる「2免4減」(2 nam mien, 4 nam giam)スキームと呼ばれ、工業団地に入居するだけで自動的に適用されていた。

1.2 廃止の範囲

改正CIT法により、工業団地は優遇立地(dia ban uu dai)のリストから除外された。2025年10月1日以降に投資登録証明書(IRC: Investment Registration Certificate)を取得する新規投資プロジェクトは、工業団地に所在するという理由だけではCIT優遇を受けられない。

重要な点として、この廃止は「工業団地に所在すること」に対する優遇のみであり、経済的に困難な地域やハイテク産業など、他の要件に基づく優遇は引き続き有効である。


2. なぜ廃止されたのか

2.1 グローバルミニマム税(GMT)への対応

政令236/2025/ND-CPにより、ベトナムはOECD/G20のBEPS Pillar 2に基づくグローバルミニマム税率15%を導入した。

連結売上高7.5億ユーロ(約1,200億円)以上の多国籍グループに属する企業が対象で、ベトナムでの実効税率が15%を下回る場合、差額は親会社所在国(日本企業の場合は日本)でトップアップ税として追加課税される。

つまり、大規模グループの日系企業にとっては、ベトナムで免税・減税の優遇を受けても、その分が日本で課税されるため、優遇の実効性がそもそも限定的であった。

2.2 工業団地の「普及」

ベトナム全土に工業団地は400カ所以上存在し、もはや「特別な立地」ではなくなっていた。「どこにいるか」ではなく「何をするか」に基づく優遇体系への政策転換が進められた。

2.3 税収確保

工業団地優遇による税収減が国家財政に与える影響が無視できない規模に達していた。


3. 経過措置

改正法は遡及適用されない。既存プロジェクトと新規プロジェクトで取扱いが異なる。 表:グローバルミニマム税との関係 既に工業団地で操業中の日系企業は、従来の優遇を残余期間まで引き続き享受できる。影響を受けるのは2025年10月1日以降に新規進出する企業である。

また、企業は改正前のCIT規定に基づく優遇と改正後のCIT規定に基づく優遇(適格であれば)のうち、有利な方を選択適用できる。


4. 代替的に利用可能な優遇措置

工業団地優遇は廃止されたが、以下のカテゴリの優遇は引き続き有効である。

4.1 立地ベースの優遇(縮小版)

表:財務的影響の試算 工業団地の所在地が「困難な地域」に指定されている場合、工業団地優遇とは別の根拠で同等の優遇を受けられる可能性がある。工業団地所在地の行政区分(県・区: huyen)が困難地域リストに含まれるか、個別に確認する必要がある。

4.2 業種・プロジェクトベースの優遇

表:table1

4.3 R&Dスーパーディダクション

政令320/2025/ND-CP(2025年12月15日施行)により、適格なR&D費用は実際の支出額の最大200%まで損金算入が認められる。

これは業種を問わず適用可能であり、製品開発・改良、生産工程の効率化研究、省エネ技術開発など、幅広いR&D活動が対象となり得る。ただし、適格R&D費用の定義と文書化要件を事前に確認する必要がある。


5. 日系企業が取るべき対応

5.1 新規進出企業(2025年10月以降)

2025年10月1日以降に新規進出する企業は、以下の手順で優遇措置の適用可能性を検討すべきである。

(1) 工業団地所在地の「困難地域」指定確認

  • 投資先の工業団地が所在する行政区分が、「経済的に困難な地域」リストに含まれるかを確認
  • 含まれる場合、17%優遇税率・2免4減が工業団地優遇とは別根拠で適用される可能性

(2) ハイテク企業認定の可能性検討

  • 製造工程にIoT・自動化・AI等の先端技術を導入する場合、ハイテク企業認定の取得可能性を検討
  • 認定取得には相応の準備期間が必要であり、早期に検討を開始すべき

(3) R&D活動の文書化

  • R&Dスーパーディダクション(200%損金算入)の活用に向け、適格R&D活動を特定・文書化
  • 研究開発部門の設置やR&D費用の独立管理体制の構築

(4) 投資登録証明書(IRC)での優遇記載確認

  • IRC申請時に、適用可能な優遇措置の記載を投資当局と交渉・確認

5.2 既存企業

既に工業団地で操業中の企業は、従来の優遇を残余期間まで享受できる。ただし、以下の点に留意すべきである。

  • 優遇期間の残余年数を正確に把握
  • 拡張投資を検討する場合、既存プロジェクトの残余優遇期間内に拡張投資を完了する利点の検討
  • 改正前・改正後の優遇規定の有利選択

6. グローバルミニマム税との関係

GMT対象企業(連結売上高7.5億ユーロ超)にとっては、ベトナムでの優遇によって実効税率が15%を下回っても、差額が日本側で課税される。 表:table2 自社グループがGMT対象か否かを確認し、それに応じた税務計画を立てることが重要である。


7. 財務的影響の試算

標準税率20%適用(優遇なし)と、困難地域認定を受けた場合の比較: 表:table4 この差額は、工業団地選定や事業計画策定において無視できない要素である。


まとめ

改正CIT法(2025年10月1日施行)による工業団地CIT優遇の廃止は、2025年10月以降に新規進出する日系企業に直接的な税負担増をもたらす。

ただし、以下の代替手段により税負担を軽減できる可能性がある。

  • 工業団地所在地が「困難地域」に指定されている場合の立地優遇
  • ハイテク企業認定による業種優遇
  • R&Dスーパーディダクション(適格R&D費用の200%損金算入)

新規進出の計画段階から税務顧問と協力し、利用可能な優遇措置を網羅的に検討することが不可欠である。


本稿は一般的な情報提供を目的としており、税務助言を構成するものではありません。具体的な税務判断にあたっては、専門家への相談を推奨します。