作成日: 2026年3月21日
はじめに
2025年10月27日、ベトナム財務省はThong tu(通達)99/2025/TT-BTCを公布した。2026年1月1日施行のこの通達は、2014年から10年以上にわたりベトナム企業会計の基盤であったThong tu 200/2014/TT-BTCを完全に置き換える、ベトナム会計史上最大級の制度改革である。
日系企業にとって、この変更は単なる帳簿の書式変更ではなく、会計制度の根本的な哲学転換を意味する。本稿では、Circular 99の主要変更点と日系企業が取るべき対応を解説する。
1. 何が変わるのか:「指示遵守」から「自律と責任」へ
1.1 最大の変化は「哲学」
Circular 99の最も重要な変化は、個別の会計処理ルールの変更ではなく、制度全体の哲学的転換にある。
従来のCircular 200は、勘定科目体系、証憑様式、帳簿様式のすべてを財務省が詳細に規定し、企業はそれに「従う」ことで法令遵守を果たす仕組みであった。勘定科目の変更にすら財務省の事前承認が必要であり、企業の裁量は極めて限定的であった。
新しいCircular 99は、この「指示に従う遵守」(compliance by instruction)を廃止し、「原則に基づく自律」(compliance by principle)に転換する。企業は自社の事業特性に応じて勘定科目を追加・変更し、証憑・帳簿の様式を自主設計できる。財務省への事前承認制度は廃止された。
1.2 自律の裏にある「責任」
自由度の拡大と引き換えに、企業には重い責任が課される。
- 内部会計規程(Quy che ke toan noi bo)の策定・公布が義務化
- 会計処理の合理性について企業自身が完全な法的責任を負う
- 取引の承認・記録・レビューの責任分担を明文化する義務
- 内部統制の枠組みを自社で構築する義務
つまり「自由にやっていい。ただし全責任はあなたにある」という制度設計である。
2. 具体的な変更点
2.1 勘定科目体系の柔軟化
企業には2つの選択肢が与えられた。
日系企業にとって選択肢2は大きな恩恵である。日本本社の勘定科目体系をベースにベトナム法定科目との対応表を作成することで、連結調整仕訳の工数を大幅に削減できる可能性がある。
主な勘定科目の変更:
- 勘定科目611(購入物品)及び631(生産原価)が廃止され、152-154-621-622-627-632の体系に統合
- 生物資産の新勘定科目215の追加
- 配当・利益分配の勘定科目332の新設
- 税関連費用の詳細科目(6275、6415)の追加
2.2 財務諸表の名称変更
これはIFRS(国際財務報告基準)の"Statement of Financial Position"に対応するものであり、ベトナム会計基準のIFRS接近を象徴する変更である。
2.3 証憑・帳簿の自主設計
企業は証憑(chung tu)、電子証憑(e-voucher)、会計帳簿の書式を自社で設計できるようになった。ただし、法定必須記載事項の保持、真正性・検証可能性・追跡可能性の確保が条件となる。
2.4 内部会計規程の義務化
Circular 99第3条に基づき、すべての企業は以下を整備しなければならない。
- 内部統治規程(Quy che quan tri noi bo)
- 会計勘定科目開設規程(Quy che mo tai khoan ke toan)
- 各部門・個人の権限・義務・責任の明文化
- 取引の承認・記録・レビュー手続の文書化
3. 廃止される法令
なお、Circular 200の一部規定はCircular 99第31条第2項により引き続き有効とされている。
4. 日系企業が取るべき対応
4.1 新規進出企業(2026年以降設立)
2026年以降に設立する企業は、設立初日からCircular 99を全面適用する。旧制度からの移行は不要だが、以下の準備が必要である。
- 設立時に内部会計規程を策定・承認する(設立登記とほぼ同時期)
- 日本本社の勘定科目体系とのマッピングテーブルを作成
- 会計ソフトウェア(MISA AMISなど)のCircular 99対応版を導入
- 証憑・帳簿様式を自社で設計し、内部会計規程に明記
4.2 既存企業(Circular 200からの移行)
2026年1月1日以降の事業年度から新制度に移行する。
- 既存の勘定科目体系の見直し(廃止科目の移行、新科目の追加)
- 内部会計規程の新規策定
- 会計ソフトウェアのアップデート
- 経理スタッフへの研修
4.3 会計ソフトウェアへの影響
MISA AMISを含む主要な会計ソフトウェアベンダーは既にCircular 99対応を進めている。具体的には以下の対応が見込まれる。
- 新勘定科目体系への対応
- 新財務諸表様式(財政状態報告書)への対応
- 証憑・帳簿のカスタマイズ機能強化
- ERPデータフローの簡素化(勘定科目611・631廃止に伴う)
5. 実務上の留意点
5.1 「自律」のリスク
Circular 99が付与する裁量権は、適切に行使しなければ逆にリスクとなる。
- 内部会計規程が不十分な場合、税務調査時に会計処理の合理性を説明できないリスク
- 勘定科目の自主設計が不適切な場合、財務諸表の信頼性に影響
- 内部統制の不備は会計不正のリスクを高める
5.2 外部専門家の活用
内部会計規程の策定は、ベトナム会計制度に精通した外部会計事務所のサポートを受けることを強く推奨する。特に以下の点で専門家の知見が不可欠である。
- ベトナム法令と日本本社の会計方針の整合性確保
- 税務当局が受け入れ可能な勘定科目設計
- 製造業特有の原価計算体系の構築
まとめ
Circular 99は、ベトナム企業会計の「ルールブック」を書き換える画期的な制度改革である。日系企業にとっては、日本本社の勘定科目体系をベトナム法人にも適用できる可能性が開かれた点で大きなメリットがある一方、内部会計規程の策定という新たな義務が生じる。
2026年に新規進出する企業は、設立準備の段階から内部会計規程の策定を計画に組み込むことが不可欠である。
本稿は一般的な情報提供を目的としており、法的助言を構成するものではありません。具体的な会計処理の判断にあたっては、専門家への相談を推奨します。


