※本稿は2026年3月時点の法令・制度に基づく一般的な情報提供であり、個別の法的助言を構成するものではない。具体的な対応にあたっては専門家への相談を推奨する。
はじめに
ベトナムに子会社を持つ日本企業の経営層・管理部門にとって、現地の税務・会計・労務制度を正しく把握することは、適切な経営判断の前提条件だ。
ところが、ベトナムの制度は日本とかなり異なる。VAT申告は月次、法人税の仮納付は四半期ごと、外資系企業は規模を問わず全社監査義務がある。日本の制度を前提に現地の報告を見ると、「なぜこんなに頻繁に申告があるのか」「なぜ監査にこれほど時間がかかるのか」といった疑問が生じやすい。
本稿では、ベトナム現地法人の法令環境を、日本の制度との比較を交えながら体系的に整理する。現地から届く月次・四半期報告を読み解くための基礎知識として活用いただきたい。
第1章 現地法人から届く報告の構造
月次報告の三層構造
ベトナム現地法人の月次報告は、一般に以下の三層構造で構成される。
層1:財務サマリー
ベトナム会計基準(VAS: Vietnamese Accounting Standards、Circular 200/2014/TT-BTC)に基づくP/LとB/Sが報告される。ベトナムの勘定科目体系は日本と異なるため、前払法人税や建設仮勘定の区分など、日本基準との差異に注記が付く。
層2:税務ステータス
VAT申告状況(仕入VAT還付の進捗含む)、PIT源泉徴収状況、CIT四半期仮納付額、外国契約者税(FCT)の源泉徴収状況が一覧で報告される。
層3:法務・コンプライアンス事項
労働契約の更新状況、ワークパーミットの有効期限、各種ライセンスの管理状況、法令改正の影響メモが記載される。
月次申告スケジュールの違い
ベトナムの月次申告期限は毎月20日(VAT、PIT源泉徴収)であり、日本の翌月10日(源泉所得税)とはタイミングが異なる。現地からの月次報告が日本本社に届くのは通常翌月中旬以降となるのは、このスケジュール上の制約による。
第2章 日本と異なるベトナム税制の主要ポイント
法人税(CIT)── 税率は低いが、運用ルールが厳格
ベトナムのCIT標準税率は20%で、日本の実効税率(約30%)より10ポイント低い。しかし、以下の点が日本と大きく異なる。
四半期仮納付:ベトナムでは四半期ごとにCITを仮納付し、年間税額の80%以上を仮納付しないと不足分に延滞利息(日利0.03%、年率約11%)が発生する。日本の中間申告(年1回)とは頻度もペナルティの水準も異なる。
損金算入の三点セット:ベトナムでは (1) 適格電子インボイス、(2) 銀行振込証明(VND 20百万超の取引)、(3) 関連契約書の三つが揃わないと損金算入が否認される。日本では「通常必要な経費」として広く認められる支出でも、ベトナムではインボイス1枚の不備で否認されることがある。
繰越欠損金:日本は10年だが、ベトナムは5年。進出初期の赤字をどこまで活用できるかの計画に直接影響する。
VAT ── 消費税とは似て非なる制度
ベトナムのVAT(10%、2025年末まで一部8%軽減)は日本の消費税に相当するが、運用面で大きな違いがある。
月次申告:日本の消費税は原則年4回だが、ベトナムのVATは毎月申告。現地経理部門の月次業務負荷が大きい理由の一つだ。
還付審査の長さ:輸出中心の企業は仕入VATの還付を受けられるが、還付審査に40〜60日かかり、事前税務調査が入ることもある。還付が完了するまでの間、現地法人の資金繰りに影響が出る点を理解しておく必要がある。
2025年7月のVAT法改正:VAT法2024(Law No. 48/2024/QH15)により、税率区分の見直しや電子商取引への課税強化が予定されている。
移転価格 ── 規模を問わず全社に文書化義務
ベトナムの移転価格規制(Decree 132/2020/ND-CP)で日本と最も異なるのは、関連者間取引があるすべての企業に文書化義務がある点だ。日本では国別報告書の提出義務に連結総収入金額1,000億円以上という閾値があるが、ベトナムにはそのような閾値がない。
確定申告時に関連者間取引の詳細を記載したForm 01を提出する義務があり、日本の移転価格文書より詳細な情報が求められる。設立初年度から適切な対応が必要だ。
PIT ── 控除が少ないため実効税率は高い
ベトナムのPIT最高税率は35%で、日本の45%(+住民税10%)より低く見える。しかし、基礎控除が月額VND 11百万(約6.6万円)のみで、日本のような配偶者控除、扶養控除、社会保険料控除等がほぼないため、実効税負担は日本と同等かそれ以上になることがある。
会社がPITを負担する「グロスアップ契約」の場合、負担額自体も課税対象となり税額がさらに膨らむ。駐在員の税コストは、赴任前の想定を大きく上回ることがある。
第3章 本社が把握しておくべき制度上の特徴
外資系企業の全社監査義務
日本では中小企業の会計監査は任意だが、ベトナムでは外資系企業は規模を問わず法定監査が義務付けられている。監査人は電子インボイスの有効性を1件ずつ税務当局のシステムで照合し、移転価格文書の整合性もチェックする。会計帳簿はベトナム語で作成されるため、日本語/英語への翻訳にも追加時間がかかる。法定監査報告書の期限は決算日から90日以内だ。
申告スケジュールの比較
【ここに表画像を挿入: No34_なぜ申告スケジュールが日本と違うのか.png】
ベトナムは全般的に申告頻度が高い。特にVATの月次申告と、CITの四半期仮納付は日本にない業務負荷である。現地経理部門が少人数でこれらを処理している状況を理解しておくことが重要だ。
関連者間取引への当局の関心
ベトナム税務当局は外資系企業の「利益移転」を重点調査項目としている。2024年1月発効の新日越租税条約により日越間の情報交換がより容易になり、税務当局の調査能力も向上している。2023年〜2024年には大型の移転価格追徴事例も報道されており、設立初年度から適切な対応が求められる。
第4章 四半期コンプライアンスの全体像
四半期ごとに現地法人が管理すべきコンプライアンス項目の全体像は以下のとおりだ。
【ここに表画像を挿入: No34_table2.png】
現地法人からの四半期報告では、各項目の「済/未/N/A」ステータスと、未完了項目の対応状況が示される。
第5章 日越会計・税務制度の比較一覧
【ここに表画像を挿入: No34_第5章_日越会計税務の比較対照表.png】
決算期のずれ(日本は3月末が多いが、ベトナムは原則12月末)は連結決算のタイミングに直接影響するため、報告スケジュールの調整が必要となる。
ここが変わった ── 2025〜2026年の注目改正
Circular 99/2024/TT-BTC(2025年1月施行)により税務申告手続きの様式が変更された。またVAT法2024(Law No. 48/2024/QH15)は2025年7月施行で、VAT税率区分の見直しと電子商取引課税の強化が含まれる。
新日越租税条約(2024年1月発効)により、配当・利子・ロイヤルティの源泉税率が変更され、情報交換条項が強化された。本社からの技術指導料やロイヤルティの送金コストに影響する改正だ。
会計法の改正も2025〜2026年に審議予定であり、IFRS導入の段階的計画やデジタル会計の法制化が検討されている。
まとめ:押さえておくべきポイント
- ベトナムは申告頻度が高い:VAT月次、CIT四半期仮納付は日本にない負荷。現地経理体制の人員確保が重要
- 損金算入ルールが厳格:インボイス・銀行振込証明・契約書の三点セットが必須。日本より否認リスクが高い
- 移転価格は規模を問わず全社対象:日本のような閾値がないため、設立初年度から文書化が必要
- 外資系企業は全社監査義務:規模に関わらず法定監査が必須。監査対応の工数とコストを見込む必要がある
- 繰越欠損金は5年:日本の10年と比べ短い。進出初期の赤字回収計画に影響する
- 駐在員の税コストは想定以上に高い:PIT控除が少なく、グロスアップ契約ではさらに膨らむ
- 四半期ごとのコンプライアンス確認:税務・労務・会計の主要項目を定期的にモニタリングする体制が必要
- 外部専門家の活用:ベトナム進出に実績のある会計事務所による定期レビューを推奨。特に移転価格は設立初年度から着手する


