※本稿は2026年3月時点の法令・制度に基づく一般的な情報提供であり、個別の法的助言を構成するものではない。具体的な対応にあたっては専門家への相談を推奨する。

はじめに

ベトナムに進出した日本企業の経理担当者や管理責任者が最初に直面する課題の一つが、「いつまでに何を出さなければならないのか」の全体像が見えないことだ。

日本であれば、法人税は年1回の確定申告(中間申告は任意)、社会保険料は翌月末納付、労基署への定期報告は限定的──と、長年の経験から体に染みついたリズムがある。しかしベトナムでは、毎月のVAT申告、四半期ごとのCIT暫定納付、半年ごとの労働報告、年次の企業報告と、申告・届出の頻度が日本よりはるかに高い。しかも、期限を1日でも超過すれば、翌日から自動的に日額0.03%(年率約10.95%)の延滞金が発生する。「知らなかった」「忘れていた」は通用しない。

本稿では、ベトナムに進出した外資系製造業が遵守すべき年間の法令カレンダーを月別に整理し、実務上の注意点を解説する。

第1章 ベトナム法令カレンダーの基本構造

事業年度は「暦年」が原則

ベトナムでは、事業年度は原則として暦年(1月1日〜12月31日)である。日本のように3月決算を選択する自由は基本的にない。事業年度の変更には財務省の承認が必要で、実務上は暦年を採用するのが標準だ。

三つの申告サイクル

ベトナムの税務申告は、月次・四半期・年次の三つのサイクルで回る。

  • 月次:VAT申告(月次を選択した場合)、PIT源泉徴収、社会保険料納付
  • 四半期:VAT申告(四半期を選択した場合)、CIT暫定納付、PIT源泉徴収
  • 年次:CIT確定申告、PIT確定申告(年末調整)、財務諸表提出、企業年次報告、労働報告

日本企業がつまずきやすいのは、CIT(法人税)の四半期暫定納付だ。日本では中間申告は任意だが、ベトナムでは四半期ごとの暫定納付が義務であり、年間累計が見込み税額の80%に満たないと、不足額に延滞金が発生する。

主要法令の根拠

税務申告の手続きはCircular 80/2021/TT-BTC、罰則はDecree 125/2020/ND-CP、税務管理全般はLaw on Tax Administration No. 38/2019/QH14が基本法令である。労働報告はLabor Code 2019およびDecree 145/2020/ND-CP、社会保険はSocial Insurance Law 2024が根拠となる。

第2章 月別カレンダー ── 12ヶ月の全義務を一覧化

毎月の定期義務

まず、毎月発生する義務を押さえておく。 表:table1

1月〜3月:年度末処理の集中期

1月は前年第4四半期のVAT・PIT・CIT暫定納付の期限が集中する。

2月はテト(旧正月)休暇に注意が必要だ。テト休暇は通常7〜9日間で、期限が休暇中に当たる場合は休暇明けの最初の営業日まで延長される。ただし、テト前後の慌ただしさの中で申告を忘れるケースは珍しくない。テト前に可能な限り前倒しで処理しておくのが鉄則だ。

3月31日は年間で最も重要な期限である。以下がすべて集中する:

  • 前年度CIT確定申告・納付
  • 前年度財務諸表の税務局への提出
  • 前年度PIT確定申告(年末調整)
  • 移転価格関連文書の準備完了・申告書提出

4月〜6月:第1四半期精算と中間報告

4月は第1四半期のVAT・CIT暫定納付の期限。5月末までに企業年次報告書を計画投資局に提出する義務がある。この報告を怠ると、3年連続で未提出の場合に法人登記が取り消されるリスクがある。

6月30日には半年に一度の労働利用状況報告を省級労働局(DOLISA)に提出する。

7月〜9月:中間期の落とし穴

7月は第2四半期の精算月。この時期は比較的落ち着いているように見えるが、実はここで上半期の帳簿・インボイスを自主点検しておくことが極めて重要だ。ベトナムの税務調査は通常、年度終了後に実施されるが、上半期の段階で問題を発見・修正しておけば、年度末の修正申告や追徴課税を回避できる。

9月には消防設備の定期点検報告も必要になる(該当する場合)。

10月〜12月:年度末の最終確認

10月は第3四半期のCIT暫定納付の期限であるとともに、年間のCIT暫定納付累計が見込み税額の80%以上に達しているかを確認する重要な月だ。不足していれば、第4四半期で調整するか、差額に対する延滞金を覚悟しなければならない。

11月〜12月は翌年度の準備期間でもある。最低賃金の改定(通常7月施行)を反映した賃金テーブルの改定、就業規則の見直し、棚卸し、Work Permit(就労許可)の有効期限確認を年内に済ませておくことが推奨される。

12月31日には年次労働報告、環境モニタリング年次報告など、年に一度の報告期限が集中する。

第3章 遅延の代償 ── 罰則と延滞金

ベトナムの税務罰則は、Decree 125/2020/ND-CPに詳細が規定されている。

税務申告の遅延

表:税務申告の遅延

税金の延滞納付

期限翌日から日額0.03%の延滞金が自動発生する。年率換算で約10.95%にのぼり、日本の延滞税率と比較しても高い。しかも、この延滞金には猶予期間がなく、期限翌日からカウントが始まる。

その他の罰則

  • 財務諸表の未提出:5,000,000〜10,000,000 VND
  • 労働報告の未提出:5,000,000〜10,000,000 VND
  • 企業年次報告の未提出:10,000,000〜15,000,000 VND。3年連続未提出で法人登記取消リスク

罰金額自体は日本と比較して少額に見えるが、問題は罰則そのものよりも、申告遅延が税務調査の引き金になることだ。ベトナムの税務当局は、申告遅延を繰り返す企業をハイリスクと分類し、税務調査の対象に選定する傾向がある。

第4章 日本との違い ── 日本の感覚では危ない

申告頻度の違い

日本の法人税は年1回の確定申告が基本だが、ベトナムではCITの四半期暫定納付が義務である。年間4回の暫定納付に加えて年1回の確定申告、さらにVATの月次または四半期申告、PIT源泉徴収の申告と、日本の数倍の申告頻度がある。

猶予期間の不存在

日本では申告期限後に一定の延長手続きや猶予制度があるが、ベトナムでは期限翌日から自動的に延滞金が発生する。「1日遅れたからまあいいか」が通用しない制度設計になっている。

企業年次報告の義務

日本では法人登記の変更がなければ登記関連の年次報告は不要だが、ベトナムでは毎年の企業年次報告が義務付けられている。しかも、3年連続で未提出の場合は法人登記が取り消されるという、日本にはない厳しい制裁がある。

労働報告の頻度

日本では労働基準監督署への定期報告は限定的だが、ベトナムでは半年・年次の労働利用状況報告が義務である。外国人従業員の雇用状況も含めた詳細な報告が求められる。

ここが変わった ── 2025年の法改正

Social Insurance Law 2024(2025年7月施行)により、社会保険の加入対象が拡大された。月14日以上勤務するパートタイム労働者も強制加入の対象となり、これまで対象外だった短時間勤務の従業員についても保険料の計算・納付が必要になった。

Circular 99/2025/TT-BTCにより電子税務申告プラットフォームが更新され、一部の申告書様式が変更されている。会計事務所と連携して新様式への対応を確認する必要がある。

移転価格規制の執行も年々強化されており、移転価格文書(Master File、Local File、Country-by-Country Report)の準備は実質的に必須となっている。親会社との取引がある外資企業は、初年度から移転価格文書を整備しておくことが強く推奨される。

まとめ:やっておくべきこと

  1. 年間法令カレンダーを社内で共有する:本稿の月別カレンダーをベースに、自社の事業内容に合わせたカスタマイズ版を作成し、経理・人事・工場管理の各部門で共有すること

  2. 会計事務所との月次レビュー体制を確立する:税務申告は会計事務所に任せきりにせず、月次で進捗確認のミーティングを実施すること。特に3月のCIT確定申告期は、年明け早々から準備に着手すること

  3. CIT暫定納付の80%ルールを意識する:四半期ごとのCIT暫定納付額の累計が年間見込み税額の80%以上になるよう、第3四半期時点で調整すること

  4. テト前の前倒し処理を習慣化する:テト前後は官公庁・銀行もスローダウンする。申告・納付はテト前に済ませておくのが鉄則

  5. 企業年次報告を忘れない:金額的なインパクトは小さいが、3年連続未提出で法人登記取消というリスクは致命的。必ずリマインダーを設定すること

  6. 移転価格文書は初年度から準備する:親会社との取引がある場合、税務調査で移転価格が論点になるリスクは極めて高い。後から作成するのは困難かつコストが大きいため、初年度から準備体制を構築すること

  7. 罰則よりも税務調査リスクを意識する:申告遅延の罰金自体は少額だが、遅延の繰り返しは税務調査の引き金になる。「コンプライアンス・スコア」を意識した法令遵守が、中長期的にはコスト削減につながる