※本稿は2026年3月時点の法令・制度に基づく一般的な情報提供であり、個別の法的助言を構成するものではない。具体的な対応にあたっては専門家への相談を推奨する。

はじめに

ベトナムで工場を建てようとしている。用地は確保した、建築設計も進んでいる。ところが着工直前になって「環境影響評価(EIA)の承認がなければ建設許可が出ない」と言われた──こうしたケースは、日系企業の進出プロジェクトでしばしば発生する。

ベトナムの環境規制は、2022年に施行された環境保護法2020(Law No. 72/2020/QH14)により大幅に再編された。従来バラバラだった複数の環境許可が一本化され、プロジェクトのリスク分類に基づく新しい規制体系が導入された。さらに2025年1月の改正で審査権限の地方委譲が進み、手続きの実務が変化している。

本稿では、ベトナムで工場を建設・運営する際に必要な環境規制対応の全体像を解説する。

第1章 プロジェクトの4グループ分類 ── まず自分がどこに入るかを知る

環境保護法2020の最大の特徴は、すべてのプロジェクトを環境リスクに応じて4つのグループに分類し、グループごとに異なる許認可要件を課す仕組みにしたことだ。

グループI(高リスク)

大規模製造業、化学工場、廃棄物処理施設など。環境影響評価(EIA)の実施と環境許可証の取得が両方とも必須。自動連続モニタリングシステムの設置が求められる場合もある。

グループII(中リスク)

中規模の製造業や、環境敏感地域に近接するプロジェクト。EIAが必要なケースがあり、環境許可証の取得は必須。

グループIII(低リスク)

小規模な製造業で環境負荷が限定的なもの。EIAは不要だが、廃棄物処理が必要な場合は環境許可証の取得が必要。

グループIV(リスクなし)

環境負荷が極めて低い事業。EIAも環境許可証も不要。

分類は、事業の規模、土地面積、排出物の種類と量、環境敏感地域への近接性などに基づいて行われる。Decree 08/2022/ND-CPの附属書に具体的な基準が定められている。

金属加工や機械製造を伴う工場は、排水・排ガスが発生するため、一般的にグループIIに分類されることが多い。まずは自社の工場がどのグループに該当するかを確認することが、すべての出発点だ。

第2章 環境影響評価(EIA)── 工場建設の最初のハードル

EIAとは何か

環境影響評価(Environmental Impact Assessment / EIA)は、プロジェクトが環境に与える影響を事前に評価し、環境負荷を最小化するための対策を計画する手続きだ。グループIのプロジェクトは必ずEIAが必要であり、グループIIでも一定の条件で必要となる。

EIAの手続き

  1. 環境コンサルタントの選定:ベトナムでは、認可を受けた環境コンサルタントにEIA報告書の作成を委託するのが一般的。自社作成も法律上は可能だが、実務的にはコンサルタントへの委託が必須
  2. 現地調査:建設予定地の環境現況調査(大気質、水質、土壌、騒音等)
  3. EIA報告書の作成:環境影響の予測、対策の計画、モニタリング計画を含む報告書
  4. 住民協議:工業団地内のプロジェクトの場合、管理委員会のウェブサイトへの掲載とインフラ投資家への意見照会で足りる(一般の土地では地域住民への直接協議が必要)
  5. 審査委員会による審査:環境当局が設置する審査委員会がEIA報告書を審査
  6. 承認決定:承認、条件付き承認、または差し戻し

所要期間と費用

EIA報告書の作成から承認まで、通常3〜6ヶ月を要する。審査途中での追加資料の要求や報告書の修正指示が出ることも珍しくない。

費用は工場の規模や業種によるが、環境コンサルタントへの委託費用を含めて数百万〜数千万円が目安。大規模プロジェクトほど高額になる。

工業団地に立地するメリット

工業団地内のプロジェクトには、EIAの手続き上のメリットがある:

  • 住民協議の簡素化:管理委員会のウェブサイトへの掲載で足りる
  • 集中排水処理施設の利用:個別の排水処理施設の設置が不要になる場合がある
  • 環境インフラの共有:廃棄物収集、排水路等の基盤インフラが整備済み

第3章 環境許可証 ── 「一つの許可ですべてカバー」

従来からの大きな変化

環境保護法2020以前は、廃水排出許可、有害廃棄物処理許可、排ガス排出許可など、複数の環境関連許可を個別に取得する必要があった。新法ではこれらが単一の環境許可証(Giấy phép môi trường)に統合された。

行政手続きの40%以上の削減を目指した改革であり、企業にとっては手続きの簡素化と費用削減のメリットがある。

環境許可証の申請時期

  • グループI・II:建設工事着工前に取得が必要
  • グループIII:操業開始前に取得

つまり、工場を建て始める前に環境許可証を取得しなければならない。EIA承認と環境許可証の取得は、工場建設プロジェクトのクリティカルパス上にある。

2025年の改正で何が変わったか

Decree 05/2025/ND-CP(2025年1月5日施行)により、EIAと環境許可の審査権限が省級人民委員会に委譲された(2省以上にまたがるプロジェクトを除く)。

これにより、地方での審査手続きが迅速化される一方、地方当局の審査能力のばらつきという新たな課題も指摘されている。

第4章 操業開始後の義務 ── 許可を取って終わりではない

排出基準の遵守

環境許可証に記載された排出基準を遵守し続ける義務がある:

  • 廃水:処理施設の適切な運転管理、定期的な水質モニタリング
  • 排ガス:処理装置の維持管理、排出基準値の遵守
  • 固形廃棄物:分別保管、認可処理業者への委託
  • 有害廃棄物:特別な保管基準の遵守、認可処理業者への委託、管理簿の作成
  • 騒音・振動:基準値の遵守

定期モニタリングと報告

定期的に環境モニタリングを実施し、結果を環境当局に報告する義務がある。グループIのプロジェクトでは、廃水や排ガスの自動連続モニタリングシステムの設置が求められる場合がある。

環境検査への対応

環境当局による定期的な検査(立入検査)に対応する義務がある。検査では、環境許可証の条件の遵守状況、排出基準の遵守、廃棄物管理の適正性などが確認される。

第5章 拡大生産者責任(EPR)── 製造者の新たな責任

環境保護法2020は拡大生産者責任(EPR)制度を導入した。製品の製造者・輸入者は、使用済み製品や包装材のリサイクルに責任を負う。

対象製品は段階的に拡大されており、自社製品が対象に含まれるかどうかの確認が必要だ。対象に含まれる場合、自らリサイクルを行うか、または環境保護基金に拠出金を納付する義務が生じる。

第6章 想定される失敗パターン

パターン1:スケジュールの見積もり誤り

工場建設のスケジュールを立てる際にEIAの所要期間を過小評価し、着工予定日に間に合わない。EIA承認なしには建設許可が出ないため、プロジェクト全体が遅延する。

パターン2:環境コンサルタントの選定ミス

安価なコンサルタントに委託したが、EIA報告書の品質が低く、審査委員会から繰り返し差し戻される。結果として、コスト以上の時間とお金を浪費する。

パターン3:操業後の基準違反

環境許可証を取得して操業を開始したが、排水処理施設の管理が不十分で排出基準を超過。環境検査で指摘され、操業停止命令を受ける。

パターン4:有害廃棄物の不適切な処理

金属加工に伴う廃油や化学薬品を、認可のない業者に廃棄物処理を委託。後日、不法投棄が発覚し、排出元の企業も責任を問われる。

日本との違い ── 「日本の常識が通じない」ポイント

  1. 許認可の統合

日本では水質汚濁防止法、大気汚染防止法、廃棄物処理法などが別々の法体系を構成するが、ベトナムでは環境許可証に統合されている。一つの窓口で済む反面、一つの不備で全体が止まるリスクもある。

  1. EIA承認の予測可能性

日本のアセスメントは手続きが標準化されているが、ベトナムのEIA審査は審査委員の裁量が大きく、予測可能性が低い。余裕を持ったスケジュール設定が不可欠だ。

  1. 工業団地の環境メリット

日本では工業専用地域でも環境規制の大幅な緩和はないが、ベトナムの工業団地では住民協議の簡素化や集中処理施設の利用など、実質的なメリットが大きい。

  1. 環境コンサルタントへの依存度

ベトナムではEIA報告書の作成から申請手続きまで、環境コンサルタントに一括委託するのが標準的な実務。日本よりもコンサルタントの役割が大きい。

ここが変わった(2025〜2026年)

表:ここが変わった20252026年

まとめ:やっておくべきこと

  1. 環境コンサルタントを早期に選定し、プロジェクトのグループ分類を確定する。 これが環境規制対応の出発点

  2. EIAが必要な場合、建設着工予定日の6ヶ月以上前にEIA作成を開始する。 審査の遅延リスクを考慮して余裕のあるスケジュールを組む

  3. 工業団地の環境インフラ(排水処理施設、廃棄物収集)の利用条件を確認する。 リース契約交渉の段階で確認しておくべき事項

  4. 環境許可証はEIA承認後速やかに申請する。 建設着工の前提条件であることを忘れない

  5. 操業開始後の排出モニタリング体制を事前に設計する。 モニタリング機器の選定、委託先の決定を操業開始前に完了させる

  6. 有害廃棄物の処理業者を認可を受けた業者から選定する。 無認可業者への委託は排出元企業の責任を問われるリスクがある

  7. EPR制度の対象製品リストを確認し、自社製品・包装材が対象に含まれるかを把握する