はじめに

ベトナムに工場を建てて、日本から部品を輸入する。完成品をベトナム国内や第三国に出荷する。この「モノの出入り」には当然ながら関税がかかる。

ベトナムのMFN(最恵国待遇)関税率は、本記事の参照時点(2026年3月)で平均約**9.5%**とされる。これだけ聞くと「大したことない」と思うかもしれないが、年間の輸入額が数億円規模になれば、関税だけで数千万円の負担になる。逆に輸入額が数千万円規模なら、負担も削減余地も一桁小さい。この記事でいう「年間数千万円」は、輸入額が数億円規模の会社を想定した金額だと、先に断っておく。

ここで活用すべきなのがFTA(自由貿易協定)だ。ベトナムは世界で最もFTAに積極的な国の一つで、参照時点では18のFTAが発効しているとされる。日本との間ではVJEPA(日越経済連携協定)RCEPCPTPPの3つが使える。原産地証明書(C/O)を正しく取得すれば、多くの品目で関税ゼロになる。

にもかかわらず、「FTAを使っていない」日系企業は驚くほど多い。手続きが面倒、よくわからない、知らなかった——理由はさまざまだが、輸入額が数億円規模の会社であれば、FTAを使わないまま毎年数千万円規模の関税を払い続けることになる。

この記事では、ベトナムの関税制度の基本と、日系企業が活用すべき3つのFTAの使い分けを解説する。

第1章 ベトナムの関税制度

3つの税率体系

ベトナムに商品を輸入する際に適用される関税率は、大きく3つに分かれる。

MFN税率:WTO加盟国に対して一律に適用される税率。FTAを使わない場合はこの税率が適用される。参照時点で平均約9.5%とされる。

FTA優遇税率:ベトナムが締結しているFTAの条件を満たす場合に適用される低税率。多くの品目で0%。

一般税率:非WTO加盟国からの輸入に適用。MFN税率より高い。

関税以外のコスト

輸入時には関税に加えて以下のコストが発生する。

VAT(付加価値税):輸入時に課税。製造業の場合、仕入VATとして控除可能。

特別消費税:タバコ、酒類、自動車など特定品目に課税。一般的な製造業の部品・材料には該当しない。

環境保護税:特定の環境負荷品目に課税。

第2章 日系企業が使える3つのFTA

VJEPA(日越経済連携協定)

2009年に発効した日本とベトナムの二国間EPA。日本原産品をベトナムに輸入する場合に最もよく使われるFTAだ。

約**92%**の関税ラインが撤廃されているとされ、工業製品の多くが関税ゼロで輸入できる。原産地証明書はForm VJ(第三者証明)で、日本では日本商工会議所が発行する。

RCEP(地域的な包括的経済連携)

2022年発効の大型FTA。ASEAN10ヶ国+日本・中国・韓国・オーストラリア・ニュージーランドの15ヶ国が参加。

RCEPの最大の強みは累積規則だ。製品の原産性を判定する際に、RCEP加盟国すべての材料を「域内産」としてカウントできる。例えば、日本から部品を輸入し、中国から材料を輸入し、ベトナムで組み立てて韓国に輸出する場合、日本+中国+ベトナムの付加価値を合算して原産性を判定できる。

関税撤廃は20年程度かけて段階的に進むとされるため、参照時点ではまだMFN税率と差がない品目もある。品目ごとに現時点の税率を確認する必要がある。

CPTPP(環太平洋パートナーシップ)

2019年にベトナムで発効。**97〜100%**の関税ラインを撤廃するとされる野心的なFTAだ。

CPTPPの特徴は自己証明制度。第三者機関に原産地証明書を発行してもらう必要がなく、輸出者・生産者が自ら原産性を証明できる。手続きが簡素で迅速だ。

ただし、繊維・衣料品には「ヤーンフォワード」(糸から)という厳しい原産地規則があり、紡績・織布・染色・縫製のすべてをCPTPP域内で行う必要がある。

どのFTAを使うべきか

シナリオ 推奨FTA
日本からベトナムへの部品輸入 VJEPA(最も多くの品目で0%達成済み)
ASEAN・中韓からの材料も使う場合 RCEP(累積規則で有利)
ベトナムからカナダ・メキシコ等へ輸出 CPTPP
ベトナムからEUへ輸出 EVFTA

表に出てくるEVFTA(EU・ベトナムFTA)は2020年発効の協定で、EU向け輸出のときに使う。本記事では日本との取引で使う3つを中心に見ていく。

第3章 原産地規則 — FTA活用の「肝」

原産品であることの証明

FTAの優遇税率を受けるためには、輸入品がそのFTAの「原産品」であることを証明しなければならない。これが**原産地規則(Rules of Origin)**だ。

原産品と認められる基準は主に3つある。

完全生産品:その国で完全に生産・収穫されたもの。農産物、鉱物等。製造業の部品には通常該当しない。

関税番号変更基準(CTC):非原産材料を使って製造した場合、材料のHS番号と完成品のHS番号が一定レベルで変更されていれば「原産品」と認められる。

付加価値基準(RVC):域内で付加された価値が一定割合以上(通常40%以上)であれば「原産品」と認められる。計算式は「(製品の価格 - 非原産材料の価格)÷ 製品の価格 × 100」。

品目ごとに規則が異なる

原産地規則は品目(HS番号)ごとに異なる。あるFTAの原産地規則では原産品と認められるが、別のFTAでは認められない——ということがある。品目ごとに最適なFTAを選択する必要がある。

累積規則の活用

特にRCEPの累積規則は強力だ。複数のRCEP加盟国から調達した材料を組み合わせても、それらすべてを「域内産」として計算できる。グローバルサプライチェーンを構築する製造業にとって、この柔軟性は大きなメリットだ。

第4章 原産地証明書(C/O)の取得

C/Oの種類と取得方法

FTA C/O形式 発行機関 自己証明
VJEPA Form VJ 日本:日本商工会議所 / ベトナム:MOIT・VCCI 不可
RCEP Form RCEP 同上 将来的に可能
CPTPP 自己証明 輸出者・生産者が自ら作成

C/O取得のポイント

事前準備が重要:C/Oの発行には実務上3〜5営業日程度かかると言われる。輸出スケジュールに余裕を持って申請したい。

書類の正確性:C/Oの記載内容(品名、HS番号、数量、金額)が商業インボイスや船荷証券(B/L)と完全に一致していなければ、輸入国の税関で受理されない。

事後検証への備え:C/Oを利用して優遇税率で輸入した場合、税関当局は事後的に原産性を検証する権限を持つ。検証で問題が見つかると、過去に遡って関税が追徴されることがある。原産性を証明する書類(材料調達記録、製造工程記録等)は、関税関連法令で5年間の保管が義務付けられている。

第5章 実務的なFTA活用戦略

ステップ1:輸入品のHS番号を特定する

すべてのFTA活用は、正確なHS番号の特定から始まる。HS番号の分類を誤ると、適用されるFTA税率が変わったり、原産地規則が異なったりする。

ベトナム税関の事前教示制度を活用し、主要輸入品のHS番号分類を事前に確認することを強く推奨する。

ステップ2:最適なFTAを選択する

品目ごとに、VJEPA・RCEP・CPTPPのどのFTAが最も有利かを比較する。税率だけでなく、原産地規則の充足しやすさ、C/O取得の手間も考慮する。

ステップ3:サプライチェーンをFTAに合わせて設計する

FTA活用を前提にサプライチェーンを設計することで、関税コストを最小化できる。例えば、原産地規則の付加価値基準を満たすために、一部の材料調達先をFTA域内に変更するなど。

日本との違い — 「日本の常識が通じない」ポイント

FTA活用は「企業の自己責任」:FTAの優遇税率は自動的に適用されるわけではない。企業が自らC/Oを取得し、輸入申告時に提示しなければ、MFN税率が適用される。「知らなかった」は通用しない。

HS番号の分類が日本と異なる場合がある:同じ製品でも、日本の税関とベトナムの税関でHS番号の解釈が異なることがある。事前教示で確認するのが安全。

C/Oの事後検証が厳しくなっている:ベトナム税関は近年、FTA活用の適正性に対する検証を強化している。書類の保管と記録の正確性が重要。

ここが変わった(2025〜2026年)

Decree 167/2025

外資子会社が「その場輸出(On-spot Export)」スキームに参加できるようになった。ベトナム国内の2企業間で、実際にはモノが国境を越えないにもかかわらず「輸出・輸入」として扱う仕組み。加工貿易や委託製造で活用される。

FTA税率の段階的引下げ継続

RCEP、CPTPPともに段階的な関税削減スケジュールが進行中。毎年確認して最新の税率を適用すること。

まとめ:やっておくべきこと

  1. 主要輸入品目のHS番号と各FTA税率の一覧を作成する。品目ごとにVJEPA・RCEP・CPTPPの税率を比較

  2. 事前教示制度を活用してHS番号の分類を確認する。特に境界的な品目は事前に税関に照会

  3. C/O取得の手続きフローを整備する。日本側(日本商工会議所)とベトナム側(MOIT/VCCI)の手続きを確認

  4. 通関代行業者(Customs Broker)を選定する。FTAに精通した業者を選ぶことが重要

  5. 原産性証明書類を5年間保管する体制を構築する。材料調達記録、製造工程記録、C/Oのコピーを体系的に保管

  6. FTA活用による年間関税削減効果を試算する。「使わなかった場合」との差額を経営に報告

  7. サプライチェーンをFTA活用の観点から最適化する。材料調達先の選定にFTAの原産地規則を考慮

  8. 年次でFTA税率の改定を確認する。段階的な関税削減により、毎年新たに0%になる品目がある

  9. 「その場輸出」スキームの活用可能性を検討する。加工貿易や委託製造を行う場合に有効

  10. FTA活用は「コスト削減の投資」と考える。輸入額が数億円規模なら、C/O取得の手間よりも関税削減額のほうが大きくなりやすい。まずは自社の規模で試算してから判断する


参照時点と主要根拠法令

本記事は2026年3月時点の調査に基づいています。法令は改正されるため、実務の判断は現行の一次資料で確認してください。関税率・譲許率・FTAの発効数は年次で動くため、品目ごとの税率は輸入のたびに最新のものを確認してください。

主要根拠法令: Decree 167/2025/ND-CP(その場輸出)/VJEPA(日越経済連携協定、2009年発効)/RCEP(2022年発効)/CPTPP(ベトナムでは2019年発効)/EVFTA(2020年発効)/原産性証明書類の保管義務は関税関連法令による