はじめに

ベトナムで工場を建てようとして、最初に知るべき事実がある。ベトナムでは土地を「買う」ことはできない

日本では当たり前のように土地の所有権を取得し、登記し、永久に保有できる。しかしベトナムでは、すべての土地は「全人民の所有」であり、国家が管理する。企業や個人が手に入れられるのは「土地使用権(Land Use Right)」のリースだけだ。

外国投資企業の場合、リース期間は原則最長50年(大規模プロジェクトは最長70年)。延長は1回のみ可能。つまり、100年持てば上出来という世界だ。さらに、2025年1月に施行された新しい土地法(Land Law 2024)により、リース料の算定が市場価格ベースに変わり、コストが上昇するリスクも出てきた。

この記事では、ベトナムの土地制度の基本から、工業団地での具体的なリース手続き、そして日系企業が注意すべきポイントまでを解説する。

第1章 ベトナムの土地制度 — 「所有」ではなく「使用」

全人民所有の原則

ベトナム憲法は、土地を「全人民の所有に属し、国家が所有者の代表として管理する」と定めている。社会主義体制の根幹を成すルールであり、これが変わる見込みは当面ない。

個人も企業も、国家から「土地使用権」の付与を受ける形で土地を利用する。ベトナム人と外国人・外資企業では、付与される権利の範囲が大きく異なる。

ベトナム人・国内企業:土地使用権の付与(Allocation)を受けることができ、一定の条件下で譲渡、相続、担保設定が可能。住宅用地は無期限の使用権が認められる場合もある。

外国投資企業:原則として土地使用権のリース(Lease)のみ。期間は最長50年(大規模プロジェクトは最長70年)。

第2章 工業団地でのリース — 2つの支払方法

一括払いと年払い

工業団地内の土地をリースする際、支払方法は2つある。

一括払いリースは、リース期間全体のリース料を前払いする方式。初期投資は大きいが、土地使用権の譲渡や担保設定が可能になる。工場建設のための銀行融資を受ける際に、土地使用権を担保として提供できるのは大きなメリットだ。

年払いリースは、毎年リース料を支払う方式。初期投資を抑制できるが、土地使用権の譲渡や担保設定はできない。融資の際に土地使用権を担保にできないため、他の担保が必要になる。

土地法2024の新ルール

2025年1月施行の土地法2024で注目すべき変更がある。年払いリースから一括払いリースへの切替えが認められるようになった

これは実務的に大きな柔軟性をもたらす。設立当初は資金に余裕がないため年払いで始め、事業が軌道に乗ったら一括払いに切り替えて、土地使用権を銀行融資の担保に活用する——という戦略が可能になった。

リース期間

工業団地内のリース期間は最長50年。特定の大規模プロジェクトでは最長70年。期間満了前に延長申請を行えば、1回の延長が認められる。

ただし、延長は「権利」ではなく「申請に基づく許可」であることに注意。延長が認められない可能性もゼロではない。

第3章 工業団地デベロッパーとの契約

デベロッパーが介在する構造

ベトナムの工業団地は、民間のデベロッパー(Infrastructure Developer) が開発・運営している。デベロッパーは国家から土地使用権のリースを受け、インフラ(道路、電力、排水、水道等)を整備した上で、入居企業にサブリースする。

つまり、外資企業が直接国家と契約するのではなく、デベロッパーとのサブリース契約が実際の取引形態となる。

サブリース契約のチェックポイント

サブリース契約は外資企業にとって最も重要な契約の一つだ。以下の条項を慎重に確認する必要がある。

リース料:USD/m²で提示されることが多い。一括払いの場合は総額、年払いの場合は年額を確認。管理費(Management Fee)が別途かかるケースが多い。

インフラ利用料:電力引込み、排水処理施設の利用、廃棄物処理等の費用。リース料に含まれるのか、別途請求されるのかを確認。

建築制限:容積率、建蔽率、建物高さの制限。工場の設計に直接影響するため、設計着手前に確認必須。

環境要件:排水基準、排気基準、騒音基準。デベロッパーが独自の基準を設けている場合がある。

契約解除条件:どのような場合に契約が解除されるか。投資義務(一定期間内に工場建設を開始する等)が課されていることが多い。

リース料の目安

地域やデベロッパーの格付けによって大きく異なるが、本記事の参照時点(2026年3月)で実務上言われている水準を目安として並べておく。公的な統計ではなく、実際の条件は個別の交渉で決まる。

地域 一括払い目安 年払い目安
ホーチミン市近郊 USD 150〜250/m² USD 1.5〜3.0/m²/年
ハノイ近郊 USD 100〜180/m² USD 1.0〜2.0/m²/年
地方の工業団地 USD 40〜130/m² USD 0.5〜1.5/m²/年

これに管理費が加わるのが一般的で、同じ参照時点でUSD 0.3〜0.8/m²/年程度と言われる。相場は短期間で動くため、金額はデベロッパーの見積書で確認しておきたい。

第4章 土地法2024の影響 — 市場価格評価の義務化

最大の変更点

土地法2024の最大の変更点は、土地価格の評価方法が「政府公定価格表」から「市場価格ベース」に移行したこと。

旧法(2013年土地法)では、国家が5年ごとに土地価格表を作成し、これに基づいてリース料や土地収用の補償額が決まっていた。この公定価格は市場価格を大幅に下回っていることが多く、リース料が実態よりも安い状態が続いていた。

新法では、毎年、市場価格に基づいて土地価格を評価することが義務付けられた。これにより、リース料の透明性は向上するが、コスト上昇のリスクもある。

ここで一つ、混乱しやすい点を整理しておきたい。国が土地価格を評価・公表する頻度と、個々のリース契約の支払額が見直される頻度は別物だ。評価そのものは毎年更新される一方、年払いリースの単価は数年ごとの改定サイクルで契約に反映されるとされ、実務では5年ごとと言われることが多い。毎年の評価が、そのまま毎年の値上げになるわけではない。

外資企業への影響

年払いリースの場合、数年ごと(実務では5年ごとと言われる)の価格改定でリース料が上昇する可能性がある。一括払いリースの場合は、契約時に全額を支払い済みのため、将来の価格改定の影響を受けにくい。

これも一括払いリースを選択する理由の一つだ。長期的なコストの予見可能性を重視するなら、一括払いが有利。

第5章 土地使用権証書(Sổ đỏ)

「赤い本」の重要性

一括払いリースの場合、土地使用権証書(Giấy chứng nhận quyền sử dụng đất / 通称Sổ đỏ「赤い本」) を取得できる。これは日本の不動産登記簿に相当する証書で、土地使用権を公的に証明するものだ。

この証書があれば、土地使用権を銀行融資の担保に供することができる。また、将来的に事業を売却(M&A)する際にも、土地使用権が明確に証明されることで取引がスムーズになる。

年払いリースの場合は、この証書の取得が制限される。

日本との違い — 「日本の常識が通じない」ポイント

土地を「買えない」:日本では土地の所有権を永久に取得できるが、ベトナムではリースのみ。原則は最長50年(大規模プロジェクトは最長70年)で、延長1回を含めても100年前後が限度になる。

デベロッパーとの関係が決定的に重要:日本では自治体が造成した工業団地を分譲購入するのが一般的だが、ベトナムでは民間デベロッパーとの長期的な関係が不可欠。デベロッパーの経営が破綻すると入居企業にも影響が及ぶ。

リース料が将来変動する可能性:年払いリースの場合、土地法2024の市場価格評価により、数年ごとにリース料が改定されるとされる。日本の工業団地では購入後の追加費用は基本的にないが、ベトナムではコスト増のリスクがある。

ここが変わった(2025〜2026年)

土地法2024(2025年1月1日施行)

  • 市場価格に基づく土地評価の義務化
  • 外資企業の工業団地内での土地使用権譲受けの明示的容認
  • 年払い→一括払いへの切替え可能化
  • 土地収用補償の市場価格ベース化

改正投資法2025

ERC(Enterprise Registration Certificate、企業登録証明書)の先行取得が可能になり、土地リース契約と会社設立手続きの柔軟性が向上。

まとめ:やっておくべきこと

  1. 候補工業団地を複数視察し、リース条件を比較する。リース料だけでなく、インフラの質、デベロッパーの信頼性、入居企業の構成も確認

  2. リース形態(一括払い vs 年払い)を資金計画に基づいて決定する。銀行融資の担保ニーズと初期投資のバランスを考慮

  3. サブリース契約は署名前に弁護士のレビューを通しておく。特に契約解除条件、投資義務、インフラ利用料の条項を精査

  4. 建築制限を設計着手前に確認する。容積率、建蔽率、建物高さが工場の設計に適合するか

  5. デベロッパーの経営状態を確認する。過去の実績、入居率、財務状況を調査

  6. 年払いリースの場合、数年ごとの価格改定リスクを予算に織り込む。改定の周期と算定方法は契約書と管轄当局の運用で確認する

  7. 一括払いリースの場合、土地使用権証書(Sổ đỏ)の取得手続きを確認する

  8. 電力容量、水処理能力、排水処理施設の能力が工場の要求仕様を満たすか技術的に確認する

  9. 環境影響評価(EIA)の要否を確認する(No.27参照)

  10. 土地法2024の市場価格評価がリース料にどう影響するか、デベロッパーに具体的に確認する


参照時点と主要根拠法令

本記事は2026年3月時点の調査に基づいています。法令は改正されるため、実務の判断は現行の一次資料で確認してください。

主要根拠法令: ベトナム憲法(土地の全人民所有)/土地法2024(2025年1月1日施行)/2013年土地法(旧法)/改正投資法2025

なお、本文中のリース料・管理費の水準は法令に基づく数値ではなく、参照時点で実務上言われている相場感です。