はじめに

ベトナムに子会社を作った。事業が軌道に乗って利益が出た。さあ、日本の親会社に利益を送還しよう——。

ところが、ここで壁にぶつかる。外為管理関連の通達に基づく実務では、ベトナムで利益送還ができるのは原則として年1回とされる。しかも、すべての税務義務を履行し、監査済み財務諸表を作成し、納税証明を取得してからでなければ送金できないのが通例だ。さらに、累積繰越損失が残っている間は、利益が出ていても送還できないとされる。

日本では、海外子会社からの配当受取りは株主総会で決議すればいつでも可能だ。ベトナムのこの制限は、キャッシュフロー計画を根本から見直す必要があることを意味する。

ベトナムの外為管理制度は、資本取引を厳格に管理する仕組みだ。外国投資に関連するすべての資金は、専用口座を通じて流れなければならない。この記事では、ベトナムで事業をするなら避けて通れない外為管理の全貌を解説する。

第1章 DICA — 資金の「唯一の出入口」

直接投資資本口座(DICA)とは

ベトナムで外国直接投資(FDI)を行う企業は、直接投資資本口座(DICA / Tài khoản vốn đầu tư trực tiếp) という専用の銀行口座を開設することが義務付けられている(外為管理関連の通達による)。これは国家銀行(SBV)が監督する特別な口座で、外国との間の資金の流入・流出はすべてこの口座を通じて行う。

DICAの開設義務がある企業:外国投資家の出資比率が50%超の企業とされる。100%外資子会社はこれに該当する。

DICAで取り扱う取引

  • 日本からの資本金の送金(払込み)
  • 日本への利益の送還
  • 親子ローンの受入れと返済
  • 技術移転料・ロイヤルティの送金
  • 投資の清算・回収に伴う送金

DICAを経由しない国際送金は外為管理規制に違反するとされる。これが最も重要なルールだ。日本の銀行から直接ベトナムの事業用口座に入金する、あるいはベトナムの事業用口座から直接日本に送金する——こうした資金の動きは規制違反と判断され、行政処罰の対象になり得る。

開設のタイミング

DICAは、投資登録証(IRC)の取得後、資本金の払込み前に開設する。通貨はUSD建てが一般的だが、JPY建ても可能。取引銀行は、外為業務のライセンスを持つベトナム国内の銀行から選定する。

資本金の払込み期限

企業登録関連の規定では、企業登録証(ERC)の取得後90日以内に定款資本金をDICA経由で払い込むことが義務付けられている。この期限を過ぎると、投資登録証の取消事由となる可能性がある。

第2章 利益送還 — 年に一度のチャンス

基本ルール

外為管理関連の通達に基づく実務では、ベトナムから日本の親会社に利益を送還するために、以下の条件をすべて満たすことが求められる。

  1. 当該会計年度の確定申告が完了していること
  2. すべての税務義務(CIT、PIT等)が履行済みであること
  3. 監査済み財務諸表が作成済みであること
  4. 税務局から納税証明(Tax Clearance Certificate) を取得していること
  5. 累積繰越損失が残っていないこと(残っている場合は先に相殺する扱いとされる)

条件5が特に重要だ。設立初期の赤字が積み上がっている場合、たとえ当期に黒字を計上しても、累積損失が残っている限り利益送還はできないとされる。日系企業がベトナムに進出して「最初の利益送還まで3〜5年かかった」という話も実務ではよく聞かれる。

手続きの流れ

  1. 会計年度の確定申告を完了する
  2. 独立監査法人による財務諸表の監査を受ける
  3. 税務局で納税証明を取得する
  4. 法定積立金を控除する(当期純利益の5%、定款資本の10%に達するまで、とされる)
  5. 送還可能額を算定する
  6. DICAを通じて取引銀行に送金依頼を提出する
  7. 銀行が書類を確認し、合法性を確認した上で送金を実行する

法定積立金

ベトナムでは、企業は毎年の当期純利益の**5%を法定積立金として積み立てるものとされ、積立金が定款資本の10%**に達するまで継続するのが一般的な運用だ。積立ての要否と率は会社形態や定款の定めによっても変わるため、自社に適用される根拠は現行の一次資料で確認しておきたい。

例えば定款資本VND 100億の企業であれば、積立金がVND 10億に達するまで、毎年の利益から5%を控除して積み立てる。この分は利益送還の対象外となる。

第3章 外国借入 — 親子ローンの罠

SBVへの登録義務

日本の親会社からベトナム子会社への貸付(親子ローン)は「外国借入」として、SBVの管理下に置かれる。

中長期借入(1年以上):借入契約締結後30営業日以内にSBVへ登録することが義務付けられている(外国借入の登録・管理に関する通達による)。登録のない借入は外為管理規制に違反するとされ、送金の実行段階で銀行に止められることもある。

短期借入(1年未満):原則として登録不要。ただし、短期借入を借り換えて長期化する場合や、返済が遅延して結果的に長期化する場合は登録が必要になる。

移転価格の問題

親子ローンの金利は「独立企業間価格(Arm's Length Price)」でなければならない。市場金利と大きく乖離した金利設定は、移転価格税制(Decree 132/2020)に基づいて否認されるリスクがある。

過少資本税制(Thin Capitalization)

関連者からの借入に対する利息の損金算入には上限がある。**EBITDA(税引前利益+減価償却費+利息費用)の30%**が損金算入の上限だ。

例えば、EBITDAがVND 10億の場合、関連者からの借入利息として損金算入できるのは最大VND 3億。それを超える利息は損金不算入となり、法人税(CIT)の負担が増える。

第4章 技術移転料・ロイヤルティ

外為管理上の手続き

日本親会社との技術移転契約やブランドライセンス契約に基づくロイヤルティは、DICAを通じて送金する。取引銀行に契約書とインボイスを提示する。

税務上の取り扱い

ロイヤルティの送金には外国契約者税(FCT) が課される。

  • CIT相当分:技術移転料の場合**10%**とされる
  • VAT相当分:製造業向け技術移転の場合は免税となるケースがある

適用される料率は契約の内容や取引の区分で変わるため、個別の契約ごとに現行のFCT規定で確認したい。

FCTはベトナム子会社が源泉徴収して納付する。

移転価格リスク

ロイヤルティ料率が合理的であることを文書化する必要がある。一般的な製造業のロイヤルティ料率は売上高の**1〜5%**程度だが、業種や技術の内容によって大きく異なる。独立企業間価格としての合理性を移転価格文書で説明できなければ、税務調査で否認されるリスクがある。

第5章 日常的な外為取引

VND建ての原則

ベトナム国内での商取引は原則としてVND建て。外貨建ての取引は限定的な場合にのみ認められる(例:外国人労働者への給与支払い、外資企業間の取引)。

為替レート

VND/USDの為替レートはSBVが日次で参考レートを公表し、銀行はこの参考レートから一定の変動幅の範囲内で取引レートを決定する。本記事の参照時点(2026年3月)では、この変動幅は**±5%**とされていた。変動幅はSBVの決定で見直されるため、実際の取引前にはSBVの公表内容を確認したい。日本円建ての取引の場合は、クロスレート(JPY→USD→VND)で換算されるのが一般的。

為替ヘッジ

ベトナムではデリバティブ市場が未発達のため、為替ヘッジの手段は限られる。一部の銀行がフォワード契約を提供しているが、流動性は低い。為替リスクへの対応策として、取引通貨をUSD建てにする、売掛金の回収サイクルを短くする、などの実務的な対策が重要になる。

日本との違い — 「日本の常識が通じない」ポイント

利益送還が年1回に制限される:日本では配当金の送金はいつでも可能(株主総会決議があれば)。ベトナムの年1回制限はキャッシュフロー計画を根本的に変える。

累積損失がある限り送還できない:日本にはこのような制限はない。設立初期の赤字が長引くと、利益送還まで数年かかる。

外国借入にSBV登録が必要:日本では親子ローンに行政への登録義務はない。ベトナムでは1年以上の借入は登録が義務付けられている。

すべての国際送金がDICAを経由:日本では海外送金は通常の銀行口座で行える。ベトナムでは専用口座(DICA)を経由しない送金は外為管理規制に違反するとされる。

ここが変わった(2025〜2026年)

Circular 03/2025(2025年6月施行)

目的コードと書類要件の標準化により、銀行間での外為取引の手続きが統一された。DICAを通じた送金の透明性が向上し、手続きの予見可能性が高まった。

改正投資法2025

改正投資法は2026年3月施行とされていた(本記事の参照時点では施行前。現況は一次資料で確認を)。これによりIRC(投資登録証)の取得手続きが変わり、DICA開設のタイミングにも影響するため、最新の手続きを確認しておきたい。

まとめ:やっておくべきこと

  1. IRC取得後すぐにDICAを開設する。取引銀行は外為業務に強い大手銀行を選定する。USD建てが一般的

  2. ERC取得後90日以内に資本金を送金する。期限超過は投資登録証の取消事由になりうる

  3. 利益送還のスケジュールを年次計画に組み込む。確定申告→監査→Tax Clearance→送金という一連の手続きには数ヶ月かかる

  4. 累積損失の解消時期を見積もる。利益送還可能になるまでの期間を事業計画に反映させる

  5. 親子ローンが必要な場合は、SBVへの登録を30営業日以内に完了する。登録のない借入は外為管理規制に違反するとされる

  6. 親子ローンの金利を独立企業間価格で設定する。市場金利をベンチマークとして文書化

  7. Thin Capitalization(EBITDA30%制限)の影響を事前にシミュレーションする。借入過多の場合、利息の損金不算入で税負担が増加

  8. ロイヤルティ・技術移転料の送金手続きを整理する。FCTの源泉徴収、移転価格文書の整備を忘れない

  9. DICAを経由しない国際送金が発生していないか、定期的にチェックする。経路を外れた送金は重大なコンプライアンス違反として扱われ得る

  10. 為替リスクへの対応策を検討する。取引通貨の選択、回収サイクルの短縮、予算レートの設定など


参照時点と主要根拠法令

本記事は2026年3月時点の調査に基づいています。法令は改正されるため、実務の判断は現行の一次資料で確認してください。

主要根拠法令: Ordinance on Foreign Exchange(No.28/2005/PL-UBTVQH11、2013年改正)/Investment Law 2020(No.61/2020/QH14)/Circular 06/2019/TT-NHNN(FDI企業の外為管理)/Circular 12/2022/TT-NHNN(外国借入の登録・管理)/Circular 03/2025/TT-NHNN(2025年6月施行)/Decree 132/2020(移転価格・過少資本)