はじめに

ベトナムに進出する日本企業の多くは、投資の採算計算に「税制優遇」を組み込んでいる。「工業団地に入れば法人税が免除される」「優遇税率10%が15年間適用される」。こうした前提で事業計画を立て、本社の投資委員会を通してきた企業は少なくないだろう。

しかし、2025年のベトナムは、その前提が根底から覆る年になった。

CIT法(法人税法)の全面改正グローバルミニマム税(GMT)の導入という2つの爆弾が同時に炸裂したのだ。最も衝撃的な変更は、工業団地への立地のみを理由とする法人税優遇(2免4減)の廃止。そして、たとえ優遇税率を受けられたとしても、GMTにより実効税率が15%に引き上げられるケースが出てきた。

この記事では、2025〜2026年のベトナム投資優遇制度の全体像と、日系企業が知っておくべき「新しい現実」を解説する。


第1章 ベトナムの投資優遇は3本柱で成り立っている

ベトナムの投資優遇措置は、大きく3つのカテゴリに分かれる:

  1. 法人税(CIT)の優遇:税率の引き下げ、免税期間、減税期間
  2. 輸入関税の免除:工場設備・原材料の関税免除
  3. 土地使用料の減免:借地料の免除・減額

このうち、日系企業が最も重視してきたのが「法人税の優遇」だ。しかし、2025年の改正でこのカテゴリが最も大きく変わった。


第2章 法人税優遇の大改革 ― 「どこに」から「何に」投資するかへ

旧制度:工業団地に入るだけで「2免4減」

2025年9月末までの旧制度では、外資企業が工業団地(Industrial Zone / Khu công nghiệp)に進出するだけで、以下の法人税優遇が自動的に適用されていた:

  • 2年間の免税(利益が出始めた年から)
  • 4年間の50%減税(免税期間終了後)

標準税率が20%なので、最初の2年は0%、次の4年は10%、その後は20%という「2免4減」が、工業団地進出企業の共通言語だった。

新制度:工業団地は優遇対象から外れた

CIT法2025年(2025年10月1日施行)は、この常識を完全に覆した。

工業団地への立地のみを理由とする法人税優遇は、新規プロジェクトには適用されない。

つまり、2025年10月1日以降にIRC(投資登録証明書)を取得する新規プロジェクトは、工業団地内に設立しても、「2免4減」の恩恵を受けられない。

ただし経過措置がある。 2025年9月30日以前にすでにIRCを取得し、優遇を享受中のプロジェクトは、当初承認された期限まで従来の優遇を継続できる。

「何に投資するか」が新しい基準

新CIT法は、優遇の基準を「立地(どこに投資するか)」から「業種(何に投資するか)」にシフトさせた。

優遇カテゴリ 税率 適用期間 免税・減税 対象業種
最優遇 10% 最長15年 4年免税+9年半減 AI、半導体、再エネ、R&D、ソフトウェア
優遇 10% 最長15年 4年免税+9年半減 ハイテク裾野産業
準優遇 15% 経済困難地域への投資
中小企業A 15% 新設3年免税 年間売上30億VND以下
中小企業B 17% 新設3年免税 年間売上30億〜500億VND
標準 20% 上記に該当しないプロジェクト

中小企業向け税率の落とし穴

新設された15%/17%の中小企業向け税率は、一見魅力的だ。しかし、ここに日系企業特有の落とし穴がある。

この中小企業向け税率は、ベトナム現地法人単体の売上高で判定される。しかし、親会社が大企業に分類される場合、子会社もグループの一員として大企業扱いされ、中小企業税率の適用外となる可能性がある。

具体的な判定基準は施行規則の確定を待つ必要があるが、「ベトナム子会社は小さいから15%が適用されるだろう」という安易な想定は危険だ。


第3章 グローバルミニマム税 ― 優遇を「食う」新ルール

7.5億ユーロの閾値

2025年8月、ベトナム政府はDecree 236/2025/ND-CPを発行し、OECD Pillar 2に基づくグローバルミニマム税(GMT)の実施規則を定めた。

GMTの対象は、連結売上高7億5,000万EUR(約1,200億円)以上の多国籍企業グループだ。直近4年間のうち2年以上でこの閾値を超えるグループが対象となる。

対象企業のベトナム拠点は、たとえベトナム政府から0%や10%の優遇税率を付与されていても、実効税率が15%に満たない場合は差額がトップアップ税として追加課税される

2つのメカニズム

GMTには2つの課税メカニズムがある:

QDMTT(適格国内ミニマムトップアップ税): ベトナム政府が、ベトナム拠点の実効税率が15%に満たない場合に差額を追加課税する。これにより、トップアップ税の税収はベトナム政府に入る(親会社の所在国ではなく)。

IIR(所得合算ルール): 親会社の所在国(日本)が、海外子会社の実効税率が15%未満の場合にトップアップ税を課す。ベトナムがQDMTTを導入しているため、日本側のIIRは実質的に適用されないケースが多い。

「優遇税率がもらえても、実効税率は15%」という新常識

これまでの投資計算:

ベトナムの法人税 = 0%(免税期間)→ 10%(半減期間)→ 20%(通常期間)
→ 実効税率は平均で10%前後

GMTの導入後(対象企業の場合):

ベトナムの法人税 = 10%(優遇税率)+ 5%(QDMTTトップアップ) = 15%
→ 実効税率は最低15%

つまり、GMTの対象企業にとっては、ベトナムの法人税優遇は実質的に意味をなさなくなった。投資の採算計算は、実効税率**15%**を前提に行う必要がある。

「うちは対象外」と言える企業

GMTの対象は「連結売上高7.5億EUR以上」のグループだ。中堅・中小の日本企業は対象外となるケースが多い。対象外であれば、ベトナムの法人税優遇はそのまま適用される。

ただし、将来的にM&Aやグループ再編で閾値を超える可能性がある場合は、GMTの影響を織り込んだ長期計画が必要だ。


第4章 輸入関税の免除 ― 設備投資のコストを下げる

固定資産形成のための設備輸入

法人税優遇が縮小する中で、輸入関税の免除は引き続き活用可能な優遇措置だ。

投資プロジェクトの固定資産形成用の設備は、以下の条件を満たす場合に輸入関税免税の対象とされている(免税制度の詳細は本シリーズNo.23で扱う):

  1. 固定資産を構成する機械・設備であること
  2. IRCに記載された事業計画に基づく設備であること
  3. ベトナム国内で製造できない設備であること

3つ目の条件が実務上のポイントだ。ベトナム政府は「国内製造可能品リスト」を公表しており、このリストに含まれる設備は関税免除の対象外となる。一般的な工作機械(汎用旋盤・フライス盤等)はリストに含まれている可能性があるため、輸入前に確認が必要だ。

FTA特恵税率の活用

輸入関税免除の対象外となる原材料や部品についても、FTA(自由貿易協定)の特恵税率を活用することでコストを削減できる。

日本企業が活用できる主なFTA:

FTA 特恵税率の目安 注意点
CPTPP 段階的に0%へ 原産地規則の充足が必要
日越EPA 品目により0〜5% 原産地証明書が必要
RCEP 品目により段階的引下げ カバー範囲が広い

FTA特恵税率の適用には**原産地証明書(Certificate of Origin)**が必要であり、日本の輸出時に取得する。この手続きを怠ると、通常税率が適用されてしまう。


第5章 土地使用料の減免 ― 市場価格連動で「予測不能」に

土地法2024年の衝撃

2024年改正土地法(2025年1月1日施行)は、ベトナムの土地使用料の計算方法を根本から変えた。

旧制度: 政府が5年ごとに「土地価格枠」を設定し、省がその範囲内で土地価格表を策定。実勢価格を大幅に下回る価格で土地使用料が設定されていた。

新制度: 「土地価格枠」を廃止し、市場価格に基づく土地評価を義務化。土地価格表は毎年更新される(2026年1月1日から)。

年払い方式のリスク

工業団地の土地を年払い方式で借りている場合、次の更新周期で借地料が数倍に跳ね上がるリスクがある。市場価格が急騰している地域(ハノイ近郊やホーチミン市周辺)では、このリスクが特に高い。

一方、一括払い方式で全期間分を前払いしている場合は、支払い済みの借地料は固定される。ただし、初期投資額が大きくなるデメリットがある。

支払い方式 メリット デメリット
一括払い 借地料が固定される、土地使用権の譲渡が可能 初期投資額が大きい
年払い 初期投資額を抑えられる 借地料の急騰リスク、土地使用権の譲渡不可

日本との違い ― 「日本の常識が通じない」ポイント

「工業団地誘致=税制優遇」は日本の常識、ベトナムの過去

日本の地方自治体は、企業誘致のために固定資産税の減免、設備投資補助金、雇用補助金などを提供する。「工業団地に入れば何かしらの優遇がある」のは、日本では今でも常識だ。

ベトナムでも2025年9月までは同じ常識が通用していた。しかし、CIT法2025年の改正により、工業団地内であることだけを理由とする法人税優遇は新規プロジェクトに適用されなくなった。「ベトナムに進出すれば税金が安い」という思い込みで投資判断すると、期待していた税メリットが得られないことになる。

「実効税率10%」の前提で作った投資計画は見直しが必要

GMTの対象企業は、ベトナムの実効税率が最低15%になる。「税率10%で15年間」を前提にNPV(正味現在価値)やIRR(内部収益率)を計算していた投資計画は、実効税率15%で再計算する必要がある。投資判断が変わる可能性がある。

土地代が「毎年変わる」という衝撃

日本の工業用地は、購入すれば固定資産税は変わっても地代自体は発生しない。借地の場合でも、長期固定契約が一般的だ。ベトナムの年払い方式では、毎年の土地価格表更新で借地料が変動する。日本企業が最も「予想外」と感じるリスクの一つだ。


ここが変わった(2025〜2026年)

項目 旧制度 新制度
工業団地の法人税優遇 2免4減が自動適用 新規プロジェクトは廃止
優遇の基準 「どこに」投資するか 「何に」投資するか
中小企業税率 なし 15%(売上30億以下)/ 17%(500億以下)
グローバルミニマム税 なし Decree 236でQDMTT・IIR導入(実効税率15%)
GMT閾値 連結売上7.5億EUR以上のグループ
土地価格表 5年ごとに更新 毎年更新(市場価格連動)
ハイテク企業優遇 従来どおり 拡充(AI・半導体・再エネ追加)

まとめ:やっておくべきこと

  1. 投資計画を「優遇なし」ベース(法人税20%)で再計算する。優遇が受けられた場合はボーナスと考え、受けられなくても採算が取れる計画にする

  2. GMTの対象か否かを判定する。親会社の連結売上高が7.5億EUR(約1,200億円)を超えるかどうかで、ベトナムの投資戦略が根本的に変わる

  3. 輸入関税免除を最大限活用する。IRCに記載する設備リストを詳細に作成し、関税免除の対象範囲を最大化する

  4. FTA特恵税率を活用する。日本からの原材料・部品にCPTPP・日越EPAの特恵税率を適用し、原産地証明書の取得体制を整える

  5. 土地の支払い方式を慎重に選択する。長期操業を予定する場合、市場価格連動リスクを避けるために一括払い方式を検討する

  6. 工業団地デベロッパーとの交渉で実質的な優遇を引き出す。法令上の優遇がなくても、デベロッパーは新規テナント誘致のために借地料の初期減額、インフラ整備、建設支援などの条件を提示することがある

  7. 「ハイテク」認定の可能性を探る。製品にIoT機能やAI技術を組み込むことで、ハイテク企業認定を取得し、10%税率の適用を目指す余地がないか検討する

  8. CIT法の施行規則の確定を待って最終判断する。経過措置の詳細、中小企業税率の適用基準、裾野産業の認定基準など、施行規則(Decree)で明らかになる事項が多い


参照時点と主要根拠法令

本記事は2026年3月時点の調査に基づいています。法令は改正されるため、実務の判断は現行の一次資料で確認してください。

主要根拠法令: CIT法2025(法人税法・2025年10月1日施行)/Decree 236/2025/ND-CP(グローバルミニマム税の実施規則)/土地法2024(2025年1月1日施行)