始まりは、娘の「消せない」ノート

娘がベトナムの小学校に入学するまで、私は、ベトナムの教育は悪くないと信じていた。

仕事で接するベトナム人の同僚たちは、「自分の頭で考えて行動する」といったソフトスキルに欠ける面があるものの、計算、語学、会計知識、コンピュータスキルといったハードスキルは抜群に高い。事実、ベトナムはPISA(国際学習到達度調査)において、常に世界トップクラスの成績を収めている。

私自身の経験や、親戚の子どもたちが年とともに笑わなくなっていくのを見て、日本の教育(または人間関係)負の面を知る身であるし、ベトナム人の血を引く娘には、まずは母国語を形成するために生まれ育っているこの国の教育を、とある種の期待を持ってベトナムの学校を選んだ。ベトナムの教育が暗記中心の詰め込み教育で、その弊害が自分の頭で考えられない、本当に考えていることを伝えることができないと思っていたので、私立のバイリンガル教育の学校を選んだ。だが今、その選択を根本から否定したい気持ちに駆られている。

この3ヶ月弱で、日本人の視点から見過ごせない違和感が積み重なっていく。

1.常識を逸した宿題の量。 毎日平気で2時間かかる。日本ではまだ幼稚園に通っている年齢の子が、それだけの時間、集中し続けられるわけがない。

2.文字の練習が「書道」と化している。 正しく、美しく文字を書くことが絶対視される。しかも筆記体で、パターンが毎回微妙に違う文字を、1文字16マスほどに区切られた手本通りに完璧に写さなければならない。

3.入学直後から他の子供と比較される。 入学してたった1週間で、先生から「お宅の子供は読み書きが劣っている」と指摘された。「ちょっと待って、まだ入学したばかりでしょう?」と、私は耳を疑った。

そして、その違和感を決定的なものにしたのが、入学して3ヶ月程度が過ぎた今週、先生から子供に通達された、「鉛筆禁止令」だった。

第1章:モンテッソーリからの「断絶」

なぜ、娘は入学してたった1週間で「劣等生」のレッテルを貼られたのか。

今思えば、そこには親である私の「誤算」があった。ベトナムの幼稚園は詰め込み式で勉強ばかりさせるところが多いと聞き、私たちは「のびのび育ってほしい」「勉強は学校に入ってからで十分」と考え、娘の興味に任せるモンテッソーリの園を選んだ。

しかし、その決断が、意図せず娘を「断絶」に追い込んでいたのだ。

娘の幼稚園のクラスメイトの半分程度は、外国人の親を持つ子どもたちだった。彼らは卒業後、フランス人学校やアメリカンスクールといった、それぞれの国の小学校(つまり、幼稚園の延長線上にある環境)に進学していく。

一方、娘は、まったく異なるルールの世界――詰め込み式の競争社会に、急に放り込まれることになった。娘にとって、世界は文字通り「急に変わった」のである。

ベトナムの学校の宿題の多さは周囲から聞いて知っていたので、私立のバイリン学教育で先進的な取り組みをしている学校を選んだが、どこでも一緒だったようだ。

この環境の激変が、娘に最初のプレッシャーとしてのしかかった。そして、そのプレッシャーをさらに加速させたのが、「鉛筆禁止令」だった。

第2章:「Vở Sạch Chữ Đẹp」— 間違いを許さない規律

娘が持ち帰った「鉛筆禁止」の理由。それは、「間違いを犯してはならないことを学ぶため」だという。

人間は、誰でも間違いから学ぶ。科学的にも、トライ&エラーこそが学習の最も効率的なプロセスであるはずだ。それを真正面から否定する教育が、ここにある。娘は「間違えられない」というストレスで宿題に取り組めなくなっていた。

翌日、近所の文房具屋で消せるボールペンを買った。事前に調べた情報では、この消せるボールペンも、かつては不正の温床になるとして法律で輸入が規制されていたと知り、二重に驚くことになった。もちろん、先生が見つければ禁止されるだろう。このペンは、家で宿題をやるときだけ使うこととした。これを買ってから、娘は安心して宿題に取り組めるようになった。

なぜ、ベトナムの教育はこれほどまでに「間違い」を敵視するのか。

その根源を探ると、私たちは「Vở Sạch Chữ Đẹp」(清潔なノート、美しい文字)という、この社会に深く埋め込まれた文化的価値観にたどり着く。ベトナムには「nét chữ, nết người」(文字は人格を表す)という古い諺があり、美しい文字(習字)を書くことは、「規律、忍耐、優雅さ」の表れとして、道徳的な価値を持つと見なされているのだ。どうりでベトナム人の同僚の手帳のメモの字はいつも美しく、しかも箇条書きなわけだ。私のぐちゃぐちゃなノートは見せたくなかった。

この文脈において、「消しゴムで消せる鉛筆」は、単なる便利な文房具ではない。「間違いを簡単に消して書き直せる」という利便性が、生徒の「不注意」を助長し、さらにはノートの「完璧性」を汚す、道徳的な脅威と見なされる。

学習プロセスで避けられない「知的な間違い(Error)」と、倫理的に非難されるべき「道徳的な不正(Fraud)」が、ここでは明確に区別されていない。

「鉛筆禁止」は、生徒に対し「間違い=悪」であり、学習の記録(ノート)は完璧で無謬(むびゅう)であるべきだ、という強力なメッセージを発する。これが、ベトナムの生徒たちの間に「tâm lý sợ sai」(間違いへの恐怖)という心理的傾向を深く植え付けていく。

第3章:「沈黙の文化」と受動的な学習者

「間違いへの恐怖」と、「過重な負荷(毎日2時間の宿題)」。この二つが組み合わさった教室で、何が生まれるか。

それは、私が職場で日々直面している「受動性」の源泉、すなわち「văn hóa im lặng」(沈黙の文化)である。

幸い、娘の学校はまだ低学年だからか、一方通行の教育ではないようだ。毎日どれだけ手を上げて発言したかを誇るように教えてくれる。

ただ、幼稚園のときはアパートの警備員やハウスキーパー、お店の店員などだれとでも話していたが、最近はシャイになってきた。これは学校の影響なのかはわからない。ただ、幼稚園ではちょくちょくプレゼンテーションをやっていたようで、私が驚くくらい自分の体験や考えを明確な言葉にしてしかも、準備なしで話していた。こういう能力はなくなっていくなと思う。

一般的なベトナムの教育は「間違い=悪」という規律のもと、生徒は授業が理解できなくても質問することを極度に恐れる。なぜなら、質問は自らの「無知(間違い)」を公に露呈する行為であり、教師から「問題児」の烙印を押されるリスクを伴うからだ。

この教育は、ベトナム国内の批評家から「giáo dục nhồi nhét」(詰め込み教育)と呼ばれる。生徒に期待される役割は、教師や教科書といった絶対的な権威の言葉を疑うことなく暗記し、試験で正確に再生すること(rote memorisation)だけ。異なる意見や疑問を提示することは、システムの効率性を妨げる「ノイズ」として許容されない。

私が職場で見てきた「自分の意見を言えず、指示がないと行動できない大人たち」は、この「沈黙の文化」の中で、PISAトップクラスのハードスキルを身につけた、システムの「成功例」だったのだ。

結論:改革のジレンマと、一人の父としての「救い」

ベトナム政府もこの深刻な問題を認識していないわけではない。

GDPT 2018(新一般教育プログラム)」という野心的な改革を打ち出し、従来の「知識の伝達」から、「学習者の能力と資質の開発」へと舵を切った。特に「批判的思考(tư duy phản biện)」の導入を明確に掲げ、暗記中心の受動的な学習からの脱却を目指している。

しかし、このトップダウンの改革は、現場の根強い「儒教的文化(教師中心主義)」と、より深刻な「ガバナンスの構造的欠陥」に阻まれている。教育改革を推進する「教育訓練省(MOET)」には、それを実行するための予算や人事の「権限」がほとんどない。予算は「財務省」が、教師の人事は「内務省」が握っているという「責任と権限の分離」が、改革の実行性を無力化しているのだ。

私が直面した、娘の「鉛筆禁止」という小さな、しかし衝撃的な出来事。

それは、ベトナムが「PISAの高学力」という輝かしい成果を達成するために採用した、「間違いの徹底的な排除」という教育メソッドの象徴だった。そして、その代償として「主体的に行動できる市民」の育成を犠牲にしているシステムの縮図でもあった。

この国の未来を担う子どもたちにとって、真に必要な教育とは何なのか。

これだけのプレッシャーと文化的断絶の中に放り込まれながら、親として「唯一の救い」がある。あれほど戸惑っていた娘が、最近では「自分から宿題をやるようになった」こと、そして何より「学校や先生が大好きだ」と毎日笑顔で話してくれることだ。

子どもの適応力は、大人の葛藤やシステムの矛盾を、いとも簡単に超越していく。

ベトナムが「PISAのパラドックス」を解消し、その潜在的な人的資本を真に開花させるためには、「間違う権利」を学習プロセスの本質として受容するという、根本的な文化的パラダイムシフトが不可欠だろう。一人の父親として、そしてベトナムを愛する一人の住民として、私はその変化の訪れを強く願っている。