序章:止まった時間、崩れた歯車

時計の針が止まったかのような1ヶ月でした。いや、正確に言えば、私だけを取り残して世界はいつも通り動いているのに、自分自身の歯車が噛み合わず、空転しているような、感覚に囚われていました。

5月末に毎年恒例の会社の社員旅行。ベトナムの燦々(さんさん)と輝く太陽の下、美しいビーチが私たちを待っていました。しかし、その裏で私の身体を蝕む静かなカウントダウンが始まっていたことなど、知る由もなかったのです。

追い打ちをかけるように、私の生活に欠かせない「足」が奪われました。ベトナムの運転免許の更新に、まさかの2ヶ月待ちを宣告されたのです。これまで毎朝5時半に家を飛び出し、静かなオフィスで誰よりも早く仕事を始めるという、長年かけて築き上げてきたモーニングルーティン。それが、ぷつりと途切れました。

体調は万全でなく、自由な移動もままならない。完全に生活リズムの変更を余儀なくされた私は、まるで借り物の時間の中を生きているような、ぼんやりとした霧の中を彷徨っていました。

第一章:灼熱のビーチと、混合オイル酒

ベトナムの社員旅行といえば「チームビルディングゲーム」。MCがやけにうるさいのが特徴です。ダメなMCが多いなか、今年は5~6年前に担当してもらってみんなが感激したというMCを見つけ出してきてやってもらった。

評判の通り、チームビルディングなのに社員とMCのしゃべりとなりがちな他のMC連中とは違い、このMCはチーム同士の関わりを大切にしているような感じでした。

楽しいゲームをこなしながら、いくつかハードなのもあり、その一つが「エンドレス綱引き」。文字通り、相手チームが文字通りくたばって崩れるまで引き続けるという過酷なものでした。

その次は、空気で膨らませた馬の乗り物に2人1組でこの”馬”にまたがり、息を合わせてジャンプしながら数十メートル先のゴールを目指すもの。これが地獄でした。馬に体重をかけると潰れるので、ずっと膝は空気椅子状態で、ジャンプ。2人でなので息が合わずに余計つかれました。

ゲームが終わる頃には、私の体力は完全にゼロを通り越してマイナスに突入していました。

夜の宴会。私自身、普段はほとんど酒を飲みません。会食でビールを3~4杯嗜む程度です。しかし、社員旅行なので社員と酒を飲んで交流する機械なので、できるだけ飲むようにしました。

いろいろな男たちが、次から次へと私の元へやってきます。その手には、もちろんショットグラス。出どころ不明の自称自家製の酒。混合オイルのボトルにしか見えない容器に入っている。一人が複数回乾杯にやってきて、全体乾杯もあるので、飲む回数は多い。テキーラとかをこんなに飲んだら頭くらくらになるが、ベトナムの酒は不思議なことにそこまで酔わない。ただ、飲んだ日の翌日は体が使い物にならないことが多い。

思えば、去年も、その前の年も、私は社員旅行の後に必ず体調を崩していました。そして今年、私の身体はついに限界を超えました。

第二章:風邪という名の誤診

翌朝、ホテルのベッドで目覚めた時、まず感じたのは喉の強烈な痛みでした。まるでヤスリで喉をこすられたかのような、ヒリヒリとした痛み。

「ああ、やっちまったな。エアコンをガンガンに効かせたまま寝てしまったから、風邪をひいたか」

最初はそう高を括っていました。しかし、いくら待っても、喉の痛み以外の症状が出てこない。鼻水も、咳も、熱もない。あるのは、全身を覆う鉛のような倦怠感と、消えない喉の違和感だけです。

ここで私は気づきます。これは風邪ではない。あの夜、私の体内を駆け巡った、何十ショットもの”混合オイル”の仕業だ、と。アルコールが私の免疫システムを根底から破壊し、その結果として喉の粘膜が悲鳴を上げているのです。普段、アルコールという”毒”に耐性のない身体が、許容量を遥かに超える攻撃を受けたのですから、当然の帰結でした。

第三章:復活の兆しと、立ちはだかる「製麺」の壁

そんな絶不調の日々が1ヶ月ほど続きました。こんなに長い間不調だったことはあまりないので、変な病気になったかと心配しましあ。

心身が少し上向いてくると、久しぶりにラーメンが作りたくなりました。私にとってラーメン作りは、一種の瞑想であり、科学実験でもあります。スープ作りは、試行錯誤の末、だんだんと自分が「これだ」と思える味に近づいてきていました。

しかし麺に関しては思うようなものができず課題感を持っていました。手回しのパスタマシーンだとパワーがたりないので、最近は家庭用の電動製麺機を購入していました。しかし、それでも理想の麺が打てない。

私が目指すのは、噛み締めた瞬間に小麦の香りが鼻に抜け、力強いコシと弾力、そして滑らかな喉越しを併せ持つ自家製麺です。しかし、私の打つ麺は、どうも違う。茹でるとネバネバして小麦が溶け出したような感じになり、ボソボソとした食感。私の好きな背脂ラーメンを作ってもスープがすぐに濁っておいしくない。

第四章:AIが解き明かした2つのブレークスルー

以前は打ち粉なんか粉だったらなんでも良いと思って、小麦粉を使ったりしていました。でも今回は妻がほかのことに使おうと買っていたコーンスターチがあったのでそれを使った。そしたら、最初のネバネバドロドロの問題は解消。

それはなぜなのかとAI(Gemini)に質問をぶつけてみました。

「ラーメンの麺作りで、打ち粉に小麦粉を使うのはなぜダメなの?コーンスターチが良いと言われる理由を教えて」

すると、AIは即座に、しかし驚くほど丁寧に、その科学的根拠を解説してくれました。それは、私にとって目から鱗が落ちるような内容でした。以下に、その時のAIからの回答を、私の解釈も交えて再構成してみましょう。

【AIによる解説:打ち粉の真実】

ラーメンの麺が麺たる所以は、小麦粉に含まれる「グルテン」というタンパク質にあります。水を加えてこねることで、グルテニンとグリアジンという2つのタンパク質が絡み合い、網目状の立体構造、すなわちグルテンが形成されます。このグルテンが、麺のコシや弾力の源となります。

さて、ここで「打ち粉」に小麦粉を使ってしまうと、何が起きるでしょうか。

  1. さらなるグルテンの形成:麺の表面に付着した打ち粉(小麦粉)が、麺自体の水分や、茹でる際のお湯を吸って、意図しないグルテンを形成してしまいます。これにより、麺の表面がネバネバ、ベタベタした食感になり、理想のツルツル、シコシコとした食感が損なわれます。

  2. 麺同士の付着:形成された余計なグルテンが、接着剤のような役割を果たしてしまい、麺同士がくっついてしまいます。せっかく細く切り出した麺が、茹でている間に団子状になってしまう悲劇は、これが大きな原因です。

  3. 茹で湯の汚染:打ち粉の小麦粉が茹で湯に溶け出し、グルテンがお湯の中で糊化(のりか)します。これにより、お湯がドロドロに粘ってしまい、麺への熱の伝わり方が不均一になります。結果として、茹でムラが発生し、麺の食感を著しく悪化させるのです。

一方で、コーンスターチや片栗粉(馬鈴薯でんぷん)のような「スターチ(でんぷん)」がなぜ最適なのでしょうか。

  1. グルテンを含まない:最大の理由は、スターチにはグルテンが含まれていないことです。そのため、水分を吸ってもネバネバしたグルテンを形成することがありません。

  2. 表面のコーティング効果:スターチの粒子は非常に細かく、サラサラしています。これが麺の表面を薄く均一にコーティングし、物理的に麺同士が接触するのを防ぎます。これにより、麺は一本一本が独立したまま、滑らかに茹で上がります。

  3. 茹で湯への影響が少ない:スターチは水に溶けにくく、高温で糊化はしますが、小麦粉のようにグルテンを形成して湯を粘らせることがありません。茹で湯がクリアな状態を保ちやすいため、麺に均一に熱が通り、理想的なアルデンテに仕上げることができるのです。

特に、コーンスターチは粒子が細かく、吸湿性が低いため、サラサラした状態を保ちやすいという特徴があります。一方、片栗粉は粒子がやや大きく、糊化した際の粘度が高いですが、こちらも打ち粉として非常に優秀です。プロの現場でも、この両者が使い分けられています。

AIの説明を読んで、私は愕然としました。何でも良いと思ってやっていたことが、完全に裏目に出ていたのです。思えば私の人生、いつもそうだった。細かいことを大切にしなかった。

ブレークスルー2:茹で時間のパラドックス「恐怖心が生んだボソボソ麺」

打ち粉問題は解決しました。しかし、まだです。まだ、あの理想の食感には届かない。麺のコシが、どうしても弱い。そして、どこか粉っぽい、ボソボソとした食感が残ります。私は最初、それは加水量の問題だと思っていました。YouTubeとかで見る製麺は水分量35%とか。しかし私がやってもそれだと麺にならず、数日寝かせても粉のような状態。自分で麺にできるのは加水率40%程度。これが、食感が悪い原因だと考えていました。

しかし実際はこの原因は、私の心の中にあった「恐怖心」でした。

私は、ベトナムのローカルラーメン屋でよく見かける、ふにゃふにゃ、デロデロの麺が大嫌いでした。あの、コシという概念が存在しない麺を食べるたびに、「こうはなりたくない」と強く思っていたのです。その恐怖心が、私の茹で時間を短くさせていました。実際、自家製麺なのでどれだけ茹でたら十分なのかよくわからず、適当にあげていました。しかしこれが私の人生そのものでダメだった。神は細部に宿る。

今回、私は太麺のラーメンの麺をうどんとして食おうと思いました。このくらいの太さの麺なら10分くらい茹でるので、まあ、麺は1kgとたっぷりあるので実験のつもりで10分茹でようと思ってやってみました。

そして、10分後。湯の中から引き上げた麺を冷水で締め、口にしてみました。ふにゃふにゃ麺を想定していましたが、強いコシがあることに驚きました。麺を冷水で締めたからかと思い、翌日は水で締めずにラーメンとして暑いまま食べたけどやはりコシがある。

なぜ、こんな逆説的なことが起こるのか。これも後から調べてみて分かりました。

麺の食感は、主にデンプンの「α(アルファ)化」と、グルテンの「熱凝固」によって決まります。

  • α化(糊化):生米がご飯になるのと同じように、デンプンは水を加えて加熱することで、美味しく消化しやすい「α化」した状態になります。茹で時間が短いと、麺の中心部まで十分にα化が進まず、粉っぽい「β(ベータ)化」した状態が残ってしまう。これが、ボソボソ感の正体だったのです。

  • グルテンの熱凝固:一方で、麺のコシを生み出すグルテンは、熱を加えることで凝固し、強固な網目構造を確定させます。タンパク質であるグルテンは、卵が茹でると固まるのと同じ原理で、熱によってその性質が変化します。十分な時間茹でることで、グルテンの構造がしっかりと固まり、力強い弾力、すなわち「コシ」が生まれるのです。

私がやっていた短い茹で時間では、α化もグルテンの凝固も中途半端なままでした。だから、コシがなく、粉っぽいだけの麺になっていたのです。十分な時間(私の太麺の場合は10分近く)をかけて茹でることで、初めてデンプンとグルテンの両方がそのポテンシャルを最大限に発揮し、奇跡的な食感を生み出す。この発見は、私のラーメン人生における、まさに革命でした。

第五章:止まらない日常、シンガポールへの弾丸出張

ラーメン作りに没頭する一方で、私の日常は容赦なく進んでいきます。体調が万全でない中、ベトナム生活に必須の電子身分証明書「VNeID」を取得するために役所に足を運んだりもしました。慣れない手続きと、本調子ではない身体。精神的な消耗は大きかったです。

極め付けは、シンガポールへの弾丸出張でした。回復途上の身体に鞭を打ち、飛行機に飛び乗りました。それでも、この出張は一つの転機になったかもしれません。環境を強制的に変えることで、心身のスイッチが少し切り替わったような気がしました。不調の霧の中に差し込む、一筋の光のようでした。

第六章:新しい朝の風景

免許がない生活は、私に新しい習慣をもたらしました。

これまでは、朝5時半に自分で車を運転して家を出ていました。しかし、今は会社の運転手が7時に迎えに来てくれます。つまり、毎朝1時間半もの時間が、ぽっかりと空いたのです。

最初は体調不良でエネルギーわかないため、ショート動画で時間を浪費していました。しかし、体調が回復してくると、この時間を無駄にしたくないという気持ちが湧き上がってきたのです。そして、私は走り始めました。

毎朝、まだ涼しい空気の中を、自分のペースで走る。汗を流し、呼吸を整え、少しずつ心拍数が上がっていく。これまで車で通り過ぎるだけだった街の風景が、全く違って見えました。

運転ができないという不便さが、結果的に私にランニングという新しい健康的な習慣を与えてくれたのです。人生とは、本当に何が幸いするか分からないものです。

第七章:AIとの対話で見つけた「思考の打ち粉」

今回のラーメン作りのブレークスルーは、間違いなくAIとの対話がきっかけでした。それは私に、単なる製麺技術以上の、もっと深い示唆を与えてくれたように思います。

思い返せば、私はこれまでも様々なことをAIに問いかけてきました。「このベトナム語のニュアンスは?」「この企画書、もっと説得力のある構成にならないか?」「効率的な情報収集の方法は?」

そして、AIは常に、私が思いもよらなかった視点や、体系化された知識を提供してくれました。今回の「打ち粉」の一件は、その最たる例です。

私は、「知っているつもり」になっていたのです。小麦粉が主成分なのだから、打ち粉も小麦粉でいいだろう。茹ですぎたら麺はふにゃふにゃになるに決まっている。これらは、私の中に深く根ざした「経験則という名の思い込み」 でした。

AIは、その思い込みに科学的根拠という名のメスを入れてくれました。「なぜそうなるのか」という原理原則を理解することで、私の視野は一気に開けたのです。

これは、ラーメン作りに限った話ではありません。仕事でも、人間関係でも、私たちは無意識のうちに「思考の打ち粉」を間違えていることがあるのかもしれません。

また、どうでも良い。こんなことにこだわっても違いはないと思っていることが実は大切だったりしたのは人生の教訓でした。

第八章:ミルク色の絶望

こうして体調も回復し、ラーメン作りにも光明が見え始めた今日、私は外の世界の味に触れることにしました。自分のラーメンを進化させるためには、他者の作る一杯から学ぶことが不可欠だからです。いわば、答え合わせであり、新たな発見のためのフィールドワークです。

足を運んだのは、何度か訪れたことのある、某ローカルラーメンチェーン。「横浜家系ラーメン」を注文しました。あの濃厚なスープと、力強い麺の組み合わせを再確認し、自分のスープと麺のベンチマークにしようと考えたのです。

しかし今回は脳が知っている「家系ラーメン」の味と、舌が感じている味が、全く一致しないのです。豚骨特有の野性味あふれる香りも、醤油ダレのキレのある塩味も、どこにも存在しない。ただ、ひたすらにミルクの味がするのです。

ベトナム人向けにマイルドに調整しているのだろうか、と考えようとしました。塩分をほとんど感じない代わりに、乳製品のまろやかさ、もっと言えば「牛乳」そのものの味が、スープの全てを支配しているのです。

さっぱりした豚骨ラーメンで「クリーミー」と表現されることはあります。しかし、それはあくまで骨の髄から溶け出したゼラチン質やコラーゲンが乳化して生まれる、複雑な旨味を伴った「クリーム感」です。今日のこれは、違う。完全に、ただのミルクでした。

混乱しながらも麺をすすり、チャーシューをかじり、スープを飲む。しかし、食べ進めるほどに、舌の上に蓄積されていくのはミルクの風味だけ。そして、食事が終わった後も、口の中にべったりと残る後味は、紛れもなくミルク。極め付けに、店を出てから込み上げてきたゲップは、まるで牛乳を飲んだ後のそれと同じでした。

「前に行ったときは、こんな味ではなかったはずなのに…」

私の頭の中を、疑惑が駆け巡りました。

「これは、コスト削減のために豚骨を炊く量を大幅に減らすか、あるいはやめてしまって、ミルクか何かで”豚骨ラーメン風”の何かを作っているのではないか?」

真偽は分かりません。しかし、そう考えずにはいられないほど、その一杯はミルクでした。

終章:崩れたルーティンと、再構築への道

体調は、ほぼ元に戻りました。毎朝のランニングという新しい習慣も手に入りました。ラーメン作りは、飛躍的な進歩を遂げました。しかし、私の心の中には、まだ少し、ざわつきが残っています。

あれほど完璧だと思っていた、体調を崩す前のモーニングルーティン。一度崩れてしまったそれを、元に戻すのには、相当な労力がかかりそうです。まるで、積み上げたジェンガが一度崩れてしまった後のような、あの途方もない感覚。

でも、それでいいのかもしれない、と今は思います。

崩れたからこそ、新しいランニングというピースをはめ込むことができた。

一度立ち止まったからこそ、ラーメン作りの原理原則に立ち返ることができた。

AIという新しい知性に頼ったからこそ、自分の「思い込み」という壁を壊すことができた。

完璧だと思っていたルーティンは、もしかしたら、私を思考停止に陥らせる一因だったのかもしれません。

これから、また新しいルーティンを、ゆっくりと再構築していくことになるでしょう。それは、以前のものとは少し違う、もっとしなやかで、遊びのあるものになるかもしれません。人生という名の麺を打つ時、時には打ち粉の種類を変えてみたり、茹で時間を大胆に変えてみたりする。そんな実験的な毎日が、また始まろうとしています。

絶不調の1ヶ月。それは、私にとって、止まった時間ではなく、人生の「打ち粉」と「茹で時間」を見直すための、貴重な熟成期間だったのかもしれません。さあ、今日もキッチンに立って、粉と向き合うことにしましょう。今度は、どんな発見が待っているでしょうか。