ベトナムで一人飯は珍しくない。フォーの店でも、ブンボーの屋台でも、10年前から一人でさらっと食べている人はいた。それは「一人行動」ではなく、ただの昼飯だ。

では今、何が変わっているのか。

TikTokで「ăn một mình ở Sài Gòn(サイゴンで一人飯)」を検索すると、数百本の動画が出てくる。でもそこに映っているのは屋台のフォーではない。一人でしゃぶしゃぶを頼む、一人でオマカーズのカウンターに座る、一人で焼き肉のコンロに火をつける——本来「グループで来る場所」に、一人で乗り込んでいる映像だ。コメント欄には「#mộtmìnhthôi(一人でいいじゃないか)」のタグがあふれている。

変わったのは「一人で食べること」ではない。グループ前提だった場所に、一人で来ることを選ぶ、という行動だ。

「みんなで来る場所」に一人で来る

ベトナムの飲食文化において、鍋料理(lẩu)や焼き肉は特別な場所だった。友人グループ、家族、同僚——誰かと一緒に来るものであり、一人で来る人間は店側も想定していなかった。

それが変わり始めたのは、ここ2〜3年のことだ。

ホーチミン市のレストランウィーク(2025年)は、既にキャッチコピーに「家族や友人と、あるいは一人で楽しむ」という文言を加えていた。一人客を明示的に歓迎するメッセージは、以前はなかった。一人前のしゃぶしゃぶセットや、カウンター式の焼き肉を提供する店が都市部で増えている。

飲食だけではない。旅行もそうだ。「一人旅パッケージ」の需要が増え、一人でダラットやフーコック島に行き、その道中をTikTokに投稿するコンテンツが増えている。友人を誘わないのではなく、一人で行くことを最初から選んでいる

なぜ「わざわざ一人」なのか

機能的な理由ではない。フォーを一人で食べるのは早くて便利だからだ。でも焼き肉を一人で食べることに機能的な理由はない。むしろ手間がかかる。

この行動を読み解く鍵は、消費の話ではなく、人生設計の話にある。

2025年11月、Tuổi Trẻ(ベトナム最大の若者向けメディア)が「4 không(4つのNO)」と題した特集を組んだ。ベトナムの若者の間で広がる価値観——「không yêu(恋愛しない)、không kết hôn(結婚しない)、không sinh con(子供を持たない)、không lập gia đình(家族を作らない)」——を取り上げたものだ。記事はSNSで広く拡散され、賛否両論を呼んだ。

「4つのNO」がどこまで本当に広がっているかは測定が難しい。だが、結婚や出産を急がない、あるいは選ばないという選択肢を、以前より声に出しやすくなったのは確かだ。DINKs(共働き・子供なし)というライフスタイルへの関心も都市部で高まっている。

この価値観の変化が、消費行動に直結している。

「いつか結婚する」「子供のためにお金を残す」という前提が薄れると、今の自分のために使う理由が生まれる。一人でしゃぶしゃぶを食べに行く。一人でダラットに旅行する。それは贅沢ではなく、「今の自分の時間を、自分のために使う」という選択だ。

マーケティング調査会社ThinkDigital(2026年)はこの世代の消費軸を「Me-first(自分優先)」と表現する。かつての「ブランドを持つことがステータス」「みんなと同じ場所に行くことが普通」という発想が薄れ、「自分がやりたいことを、自分のペースでやる」という行動原理に移っている。

一人で焼き肉を食べてそれをTikTokに投稿する行為は、「一人でも楽しめる自分」を表明することでもある。同調圧力から距離を置き、自分の時間を自分でコントロールしているという宣言だ。これは孤立ではない。TikTokのコメント欄では他者とつながっている。一人でいながら、コンテンツを通じてコミュニティの中にいる。

数字にも変化が出ている。ベトナムの若い消費者のオンライン支出は、2023年の約45億ドルから2028年には約203億ドルへ拡大すると予測されている(Campaign Asia)。TikTok Shopの流通額は前年比99%増で伸びており、その中心を担っているのがこの層だ。

「家族と住みながら、一人で選ぶ」構造

ここで、日本・韓国との重要な違いに触れておく必要がある。

日本や韓国のソロ消費は「一人暮らしの増加」と連動している。物理的に一人で住み、必然的に一人で消費する。単身パックの冷凍食品や1人用家電は、そこから生まれた市場だ。

ベトナムは構造が違う。働き始めた若者の多くは、まだ家族と同居している。ハノイでもホーチミン市でも、就職後も実家から通う姿は珍しくない。家族のつながりは、収入が増えても簡単には変わらない。

にもかかわらず「わざわざ一人」の消費が起きているのは、住まいの単身化ではなく、意思決定の個人化が先に進んでいるからだ。

家族と食卓を囲んでいても、週末の過ごし方は自分で決める。親の意見を聞かず、TikTokで見つけたコスメを自分のスマホで注文する。家に帰っても、自分の部屋でデリバリーを一人で食べる。「一緒に住んでいる」と「一緒に消費している」は、もう同じではない。

市場調査会社Decision Labのデータによれば、TikTok Shopを中心とするソーシャルコマースの購買のうち約45%を、20代前半の層が占める。この数字は購買チャネルの話だが、その背景にあるのは「自分で探して、自分で納得して、自分で買う」という意思決定の完全な個人化だ。

ビジネスにとって何を意味するか

この変化を見落とすと、設計がずれる。

商品・サービスの単位。4人前のセット、家族向けパッケージ、グループ割引——これらが有効なターゲット層と、そうでない層が分かれてきた。「一人でも成立するか」を問うことが、商品設計の前提になりつつある。

空間の設計。カウンター席はあるか。一人で座っても居心地が悪くならないレイアウトか。一人客を歓迎していることが、外から見てわかるか。飲食だけでなく、サービス空間全体の問い直しが必要になる。

チャネルの設計。「わざわざ一人でやった体験」はTikTokのコンテンツになる。つまり、一人客を取り込むことは広告予算なしのコンテンツ流通につながる可能性がある。一人で来やすい設計をした店が、TikTokで勝手に拡散される、という構造だ。

ただし、正直に言えばこのトレンドはまだ都市部(ハノイ・ホーチミン市)の話であり、データが追いついていない部分も多い。「増えている」という感覚はあっても、市場規模を示す数字はまだ整備されていない。

それでも、「みんなで来るもの」だった場所に一人で来ることを選ぶ若者が増えているのは、街を見ていれば感じることだ。その感覚が数字になるのは、もう少し先かもしれない。


参考ソース