妻と二人で商売を始めようとしている。
テストとして最初に選んだのは近所の、Facebookグループだ。
そこで、最初の驚きが来た。
一つの団地に、商売のためのFacebookグループが、数えれば百近く、いや、数百だろうか。あった。
住民の市場。ママ友の会。グルメ情報。デリバリー専門。売買。棟ごとの住民グループ。
どこに投稿すればいいのか。 百のグループから、どれを選ぶのか。
その時点で、私はまだ何も分かっていなかった。
「みんなTikTok」と言うけれど
ここ最近、私はTikTokの話ばかり書いてきた。 ライブ配信で、4時間に50トンのライチが売れる、あの世界の話だ。
それは本当だ。 今のベトナムのECは、ShopeeとTikTok Shopの二強で、TikTok Shopは前年比148%で伸び、市場シェアは4割を超えた(Metric)。
でも、ここで一度、立ち止まりたい。
「ベトナムといえばFacebook」と言われるようになったのは、もう10年以上前からだ。私の記憶でも、2013年頃にはすでに「ベトナムで何かやるならFacebook」が合言葉だった。 それが今では、誰もが「いや、もうTikTokでしょう」と言う。
では、Facebookは終わったのか。
数字を見ると、話はそう単純ではない。
まず、人数。 2025年初頭のベトナムのFacebook利用者は、推計で7,000万〜8,000万人。人口のおよそ8割に達する(DataReportal/NapoleonCat)。そして調査会社Decision Labによれば、2025年第3四半期の時点でも、Facebookは全世代を通じて最も使われているプラットフォームだった(Decision Lab)。Z世代でこそTikTokが強いが、国全体で見れば、いまだFacebookとZaloが土台にある。
では「滞在時間」はどうか。 ここで、意外な数字が出てくる。 グローバルでは「TikTokが時間を奪った」と語られる。でもベトナムに限ると、Facebookの滞在時間はTikTokより長い、という調査がある。2024年のある集計では、月あたりFacebookが約28時間、TikTokが約21時間。
利用率でも一位。全世代でも一位。そして滞在時間でも、まだ負けていない。
もちろん、TikTokは本物だ。Z世代、短尺動画、そしてEC——この3つでは、猛烈に伸びている。 でも、国全体の「土台」として見ると、Facebookは、まだびくともしていない。
誰もがアカウントを持ち、近所とつながり、ニュースを読み、そして近所で、顔の見える相手とものを売り買いする——その土台は、いまもFacebookとZaloにある。
ただし、 2017年頃、ベトナム人の同僚と知り合うと、まず「FacebookとZalo、教えて」と聞かれた。連絡先交換の、名刺代わりの儀式だった。 でも、ここ5年ほど、それを聞かれた記憶が、ほとんどない。
廃れたのではなのかと思う。多分、Zaloが電話番号と一体の生活インフラになり、番号やQRさえ分かればすぐに。わざわざ「教えて」と聞く儀式が、消えた。 使われなくなったのではなく、空気になった。 数字の上で一位だと出るのは、たぶん、そういうことだ。
ベトナム人は、Facebookを「見ている」だけではない
ここが、日本から見ると、一番分かりにくいところだと思う。
日本でFacebookと言えば、「同窓会の連絡」か「中高年の近況報告」くらいの印象かもしれない。受け身で、眺めるだけのSNS。
ベトナムは違う。
ベトナム人にとってのFacebookは、ニュースを読む場所であり、友達とつながる場所であり、そして——ものを売り買いする場所だ。
そして、ベトナム人は「見ている」だけではない。
ベトナム人がソーシャルでものを買うとき、使うプラットフォームの第一位はFacebookで、94%。Zaloが49%、Instagramが31%、TikTokは23%だった(Decision Lab/MMA)。 TikTokがこれだけ騒がれても、「ソーシャルでものを買う」入口として、いまだ圧倒的に使われているのはFacebookなのだ。8割以上の人が「Facebookが一番買い物しやすい」と答えている。
念のため、前回の話と矛盾しないように、分けておきたい。 TikTok Shopで爆発的に売れているのは、知らない売り手から「動画を見て、配送で買う」EC。 一方、ここでFacebookが圧勝しているのは、顔の見える相手から「近所で、やりとりして買う」ソーシャルコマース。 同じ「買う」でも、別の階の話だ。 TikTokは空、Facebookは地面。だから、両方が同時に成り立つ。
ライブ配信に「chốt đơn(注文確定)」とコメントを打ち込んで買う。 住民グループで、隣の棟の誰かから、手作りの料理を買う。 そして自分も、何かを、誰かに売っている。
ベトナム人の旺盛な商売っ気が、無数の売買グループを生んだ。そこで人々は日々、買い、売り、注文を確定させている。
受け身のSNSではない。 全員が、客であり、同時に店でもある。
そういう土地だ。
だからこそ、Facebookは「地面」なのだ。 TikTokという派手な空がどれだけ広がっても、近所の商売は、いまもこの地面の上で回っている。
そして地面の方が、私のような小さな売り手には、ずっと近い。
まず、コピペ地獄にぶつかった
百のグループ。 良さそうなものを選んでも、十も二十も残る。
そこに毎日、同じ文章と、同じ写真を、手でコピーして、貼って、また次のグループを開いて、貼って——を繰り返す。
考えただけで、気が遠くなった。
だから最初に考えたのは、当然こうだ。
「これ、AIで自動化できないのか」
できなかった。
調べて分かったのは、Facebookが2024年4月に、外部からグループへ投稿するための窓口(API)を、完全に閉じていたことだ。 BufferもHootsuiteも、名の知れた自動投稿ツールは軒並み、グループに投稿できなくなった。理由は、スパム対策だという。
つまり今、グループに投稿する合法的な方法は、ただ一つ。
人間が、手で貼る。
ロボットに丸投げする道は、もう塞がれている。
だから、手作業を限界まで軽くする道具を作った
自動化が無理なら、手作業のムダだけを、限界まで削る。
AIに相談したら、HTMLファイルを作ってくれた。
中身を説明する。
選んだグループの一覧が並んでいる。 グループの情報そのものは、別の表計算ファイル(Excel)に置いてある。「事実は一か所」。道具は、それを読むだけ。グループを足したり減らしたりは、全部Excel側でやる。
各グループに、ボタンが一つ。 押すと、今日の投稿文がコピーされ、同時にそのグループが新しいタブで開く。 あとは、開いた投稿欄に貼り付けるだけ。
写真も、ワンクリックでクリップボードにコピーできるようにした。 タブを切り替えて、貼り付ける。それだけ。
グループは「共感向き」と「告知向き」に色分けして、相手に合う方の文が自動で選ばれる。 投稿し終えたグループには、チェックがつく。パソコンを閉じても、消えない。 だから翌日に開いても、「どこまでやったか」を忘れない。
使わないと決めたグループは、その場で外せるようにした。 不動産や求人のグループは、そもそも関係ない。同じ名前の市場グループも、いくつもある。 百あったグループは、こうして少しずつ、本当に意味のある十数個に絞られていく。 最初から正解は分からない。やりながら、選び、削る。それを記録に残せる道具がほしかった。
そして一つだけ、ブレーキを付けた。 短い時間に何十グループも連投すると、Facebookにスパムと見なされ、アカウントごと凍結される。だから、前回の投稿からの時間を見て、急ぎすぎると警告を出すようにした。
派手な仕組みではない。 でも、これで百のグループが、ようやく現実的な作業に変わった。
二つ目の驚き ―― 投稿には、値段がついていた
道具ができて、いざ投稿を始めて、ある大きな謎に気づいた。
宣伝をしている多くの投稿には、一行目に「#」から始まる番号がついている。 誰の投稿にも、それぞれ違う番号が。
AIに聞くと、「これは管理番号で、店側が投稿を管理するためにつけています」と説明してくれたが、本当にそうだろうか?こんなに多くの店が何のために自分の投稿に管理番号をつけるのか?と引っかかっていた。
あるグループの説明文を読んでいたときに理解できた。その番号は、金を払った印だった。
ベトナムの住民・市場系グループの多くで、管理者は「投稿料」を取っている。 仕組みはこうだ。決められた番号やコードを書く(呼び方はグループによって違う)。リストに載っていない投稿は、審査待ちの列に並ばされるか、1日1〜2本までに絞られる。
私が見たあるグループでは、4つのグループに自動承認で投稿できるコードが、月50万ドンだった。
その管理者の投稿をたどると、同じ人物が束ねる団地グループのリストが出てきた。 十八。
販売の投稿には、ほぼ例外なく、番号がついていた。 一つの管理者ネットワークが、団地の市場をまとめて押さえている。 最初は「参加済みなのに投稿欄が出ない」という小さな違和感だった。それを引っ張っていったら、団地の地下水脈のような仕組みが、丸ごと姿を現した。
これは、別に新しい商売ではないようだ。 ベトナムでは何年も前から報じられてきた、すっかり定着した慣行だ。 ある管理者は14のグループを束ね、月5万ドンで全部に自由投稿、目立つ位置への固定なら月50万ドン、という値付けをしていた。交流の薄いアカウントは1日1〜2投稿まで、という上限まである。
つまり、こういうことだ。
Facebookという土地の上で、管理者が「場所代」を取っている。 ザッカーバーグがプラットフォーム代を取り、その上でさらに、無数の管理者が露店代を取る。二段構えだ。
ザッカーバーグもびっくりの、草の根の集金システム。
よく考えれば、日本のオンラインサロンも構造はそう遠くない。 人が集まる場所を作った者が、その場所の使用料を取る。それだけのことだ。
そして肝心なのは――これだけ多くの商売の投稿に番号がついているということは、皆、金を払っている。
人は、効果がなければ、毎月は払わない。
買っているのは、量ではない。 速度と、販路の数だ。
(団地グループは月5万ドン前後と安く、転売や小売が集まる大型のジャンル別グループほど高い。月15万ドンから、大きいところでは一回の投稿に数百万ドンすることもある。)
私の住んでいるエリアでは、人口は4万人ほどだが、これらのグループには8万人や9万人が属している。これはグループを売るために数字を大きく見せるために買われたアカウントの数だろうか?
この地面で商売するために学んだこと
ベトナムで商売をはじめるために、学んだことがいくつかある。
一つ。Facebookは、TikTokとは違う商売の場所だ。 TikTokは、知らない大勢へ一気に届ける「空中戦」。 Facebookグループは、近所の、顔の見える人に届ける「地上戦」。 あなたの商品が「近所の信頼」で売れるものなら、地上戦の方が効く。
二つ。会社のページより、個人で出る方が強い。 グループの多くは、企業ページからの投稿を弾く。そして何より、「近所の誰か」として個人で出した方が、はるかに信用される。
市場系グループでは、投稿に自分の棟と部屋を添える人がいる。 「私はこの団地の、本物の住民です」という、信頼の名札だ。 コードが「金を払った業者」の印なら、これは「本物の隣人」の印。
これは、私が見つけた作法ではない。 コロナ禍に、ハノイの大型団地で住民だけのオンライン市場が一斉に生まれた。外に出られない一週間でも、必要なものが玄関先に届く。その仕組みを守るために、グループの側が「部屋番号・価格・商品の出所を明記」「住民以外は売買禁止」を規約にした。番号は、その名残であり、信頼の核なのだ。
三つ。金は、すぐに払わなくていい。 管理者のルールをよく読むと、無料の道もちゃんと書いてある。「いいね、コメント、住民に役立つ投稿で交流すれば、承認を増やす」と。 金ではなく、関係で承認を得る道だ。 毎日、たくさんのグループに出し続けたい人には、月額は安い投資だろう。でも、まず小さく試す段階の人は、交流から入って、効果を自分の目で測ればいい。
四つ。注文の出口は、Facebookの外に作る。 Facebookで見つけてもらい、Zaloで直接つながる。リピートは、そこで取る。プラットフォームに手数料を払い続けないために。
五つ。これからは、「顔が見えること」が、もっと効く。 2024年末、ベトナムはSNSの規制を強めた(政令147号)。アカウントは電話番号での本人確認が必須になり、商用のライブ配信には実名確認が要るようになった。 匿名で大量にさばく商売には、向かい風だ。 でも、近所に実在し、顔と名前で売る売り手には——むしろ追い風になる。 規制は、本物の隣人を、制度の側から後押しし始めている。
外から眺めている時間は、もう短い
4時間で50トンのライチが売れる国の、同じ空の下に、 一つの団地に百のグループがひしめき、投稿に番号がつき、近所のお母さんが今日も何かを売っている世界がある。
ベトナムの売り場は、二層になっている。
空には、TikTokの、猛烈に回る縦長の画面。 地面には、Facebookの、静かだが途切れない、近所の市場。
外から見れば、どちらも混沌に見える。 でも、商売を始める人間にとっては、混沌の中にこそ、隙間がある。
大きな資本はいらない。 完璧なチームもいらない。 妻と二人と、一枚のHTMLと、近所のグループからでも、始められる。
まだ間に合う。
ただし、昔のベトナムを見ていては間に合わない。 そして、TikTokだけを見ていても、足元を見落とす。
スマホの中で、空でも地面でも、もう次の売り場は始まっている。



