「ワールドカップ、ブラジル対日本の戦力分析」をAIにやらせた、という投稿を読んだ。記事自体は読んでいない。別のことが気になった。
――これ、AIへの聞き方ひとつで、分析結果は変わるんだろうか?
AIチャットは文章を作るAIだ。だから聞けば、それっぽい分析文を返してくる。でも、過去のスタッツや戦術の型を集めてPythonで計算させたら、結果は変わるのか。気になったので、実際に手を動かして並べてみた。
実験①:AIに「文章で分析して」と頼む
まず素直に、文章で分析させてみる。返ってきたのは、こんな文章だ。
ブラジルは個の質で上回り、ヴィニシウスらの推進力は脅威。一方の日本は組織的な守備と連動したプレスで対抗し、トランジションから一瞬の隙を突ければ十分にチャンスはある。鍵を握るのは中盤の主導権争い。総合的に見れば地力に勝るブラジルがやや有利だが、近年の日本の成長を思えば一筋縄ではいかず、もつれた展開になれば何が起きてもおかしくない。
流暢だ。もっともらしい。……が、よく読むと、この文章には致命的な性質が三つある。
反証できない。 「やや有利」「何が起きてもおかしくない」は、ブラジルが勝っても日本が勝っても「当たってた」ことにできる。後から検証も修正もできない。
仮定が文章に溶けている。 どのデータをどれだけ重く見たのか、取り出せない。
数字を捏造できる。 ここで「日本のxGは1.3で」と添えれば説得力は増すが、AIはそれを事実確認なしに生成できてしまう。
中身は「サッカー言説の加重平均」であって、分析というより“それらしさ”の再構成だった。
実験②:スタッツを集めてPythonで計算する
次に、両チームの強さ(Eloレーティング)を入れて、得点をポアソン分布でモデル化してみた。今度は、こういう数字が返ってくる。
ブラジル勝ち 48.3% / 引き分け 25.5% / 日本勝ち 26.2%
期待得点:ブラジル 1.54 / 日本 1.06、最頻スコアは 1–1

そして文章版には絶対できないことがある。感度分析だ。「総得点を絞ったら」「日本のEloを過小評価とみて少し上げたら」と前提を動かすと、勝率がどう揺れるかを一覧で出せる。実際にやってみると、仮定を動かしてもブラジル勝率は47〜53%の幅に収まった。仮定がコード上に見えていて、誰でも突ける――これがこの方法の本体だった。
で、結果は変わったのか
面白いことに、方向性はほぼ一致した。 どちらも「ブラジル有利、でも日本は十分に生きている」と言う。だから“方向”を知りたいだけなら、聞き方で大きくは変わらない。
変わるのは、出力の“性質”だ。同じ「ブラジル有利」でも、文章版は反証できない物語で、Python版は48.3%という反証できる数字。前者は外れても言い逃れできるが、後者は外れたら直せる。違いは「正しさ」ではなく、“あとから検証できるか”にあった。
最近のAIは頼まなくてもPythonの分析を回してくれる
しかしこれは、問題が消えたのではなく移動しただけだ。AIがコードを回すと、危険はむしろ巧妙になる。「48.3%」という数字は文章より客観的に見えるけれど、その裏で――どのモデルを選び、どんな仮定を置いたか――は相変わらずAIの「それっぽい判断」に乗っている。白衣を着た、見せかけの精度。しかもコードもデータも、私はその場で読めない。「直接読めないAIの出力をどう信じるか」という問題が、文章からコードへ引っ越しただけだった。
だから、バックテストした
この袋小路を抜ける方法は一つしかない。過去の現実に当ててみることだ。
国際試合のオープンデータ(1872年以降の全試合)を持ってきて、Eloモデルを時系列に前進させながら、各試合を「その直前時点のレーティングだけ」で予測し、結果と突き合わせた。未来の情報は一切混ぜない。評価対象は2002年以降の 22,724試合。
結果はこうだ。
的中率(3択):58.9%。「出現率しか知らない無スキル基準」を11ポイント上回った。
そして本丸のキャリブレーション――モデルが「70%」と言ったとき、実際にそのチームが勝った割合は71.4%。「20%」と言えば実測およそ22%。予測と現実が、ほぼ対角線に乗った。

これが「数字が意味を持つ」の正体だった。実験②の「48.3%」は、較正していない時点ではただの出力だ。2万試合の現実と突き合わせて初めて、「これは本物の48%だ」と言える根拠ができる。
ちなみに、レーティングをゼロから自前で学習し直したモデルでも、この試合はブラジル約47%/日本約29%に着地した。独立に組んだモデルが同じ答えに収束したのは、それ自体が一つの傍証になる。
数字は、現実に当てて初めて意味を持つ。 ――これが、私のアームチェア実験の結論だった。
じゃあ、本物の代表コーチ陣はどう使ってるんだ?
ここまでは、しょせん素人の手遊びだ。でも、やり終えて引っかかった。実際に世界と戦うスタッフは、もっと洗練された使い方をしているはず。気になって、公開されている事例を片っ端から漁ってみた。そこで見えてきたのは、予想とは少し違う光景だった。
プロは「AIに勝敗を聞く」ことを、ほとんどしていない。 AIは「どっちが勝つ?」と尋ねる相手ではなく、意思決定の場面ごとに分かれた、専用の道具の束として使われていた。順番に見ていく。

① スカウティングと映像解析 ―― AIは「探す」係
意外なほど人力なのが、この領域だ。カタールW杯の日本代表で対戦相手分析を担ったテクニカルスタッフの寺門大輔氏は、日経のインタビューで、スカウティングのために訪れた国は「50くらい、いやもっと」だと語っている。グループの3チームだけでなく、ベスト16や準々決勝で当たるかもしれないチームまで、複数のスタッフで手分けして映像を見続ける。代表レベルでも、土台は今なお泥臭い。
ではAIは何をするのか。「膨大な映像の海から、見たい場面を一瞬で引いてくる」役だ。ドイツ代表はSAPと組んで“ビデオコックピット”と呼ばれる仕組みを作り、試合とトレーニングの映像を各種データと統合している。象徴的なのは2014年大会の逸話で、DFのボアテングが「ロナウドがボックス内でどう動くか見せてくれ」と頼んだという。AIがやるのは、その場面だけを抜き出すこと。判断するのは、人間のままだ。
② セットプレー最適化 ―― AIが“提案”まで踏み込む頂点
私の実験に一番近い「AIが戦術を出す」例が、ここにある。
GoogleのDeepMindとリヴァプールが共同開発した TacticAI は、コーナーキックに的を絞ったAIだ。誰がボールを受けるか、シュートにつながる確率はどれくらいかを予測したうえで、「こう配置したらどうか」という代替案そのものを生成してみせる。Nature Communicationsに載った検証では、人間の専門家がTacticAIの提案を、実際に使われたプレーよりも90%の頻度で好んだという。
なぜコーナーなのかという理由が、また示唆的だ。コーナーは静的で反復可能、選手の開始位置も決まっている。だから少ないデータでも学習しやすい、AIにとって理想的なテストケースなのだ。(オープンプレーへの拡張はパルメイラスが先行採用しているが、コーナーと違ってまだ査読付きの公開データはない、という点は割り引いておきたい。)
守備側にも同じ発想がある。ドイツ代表のSAP Penalty Insightsは、ノイアーのようなGKが、相手のPKキッカーがどの方向を狙う癖があるか、プレッシャー下で傾向がどう変わるかを事前に研究するためのものだ。
③ フィジカルとトラッキング ―― 数字で身体を読む
光学カメラや装着センサーで、走行距離・スプリント・プレス強度を数値化する。象徴的な数字がある。ドイツ代表はSAPの分析を導入した後、平均ボール保持時間を2010年の3.4秒から1.1秒へと縮めたと報告している。「速く動かす」という抽象的な目標が、数字で管理できるようになった。
④ 選手発掘と編成 ―― 主観に、客観のレイヤーを足す
巨大なデータベースを機械学習で走査し、有望な選手を探す。ドイツサッカー協会は、コーチ陣がシーズン平均1,500試合を見てレポートを量産しており、その膨大な記録から選手の成長や比較を判断する作業をAIで楽にしたい、と語っている。ここでもAIは主観を置き換えるのではなく、客観のレイヤーを足す役回りだ。
⑤ 予測モデリング ―― 私がやった、あれ
xG(ゴール期待値)や勝率の推定。私が前半でElo+ポアソンで組んだのは、まさにこれだ。もはや特別な技術ではなく、現場の前提インフラになっている。
⑥ 生成AIとLLM ―― いま広がりつつある新しい層
ここが2025〜26年の新顔だ。
報道ベースの情報なので割り引いて読む必要があるが、FIFAは2026年大会に向けて Football AI Pro という生成AIアシスタントを用意したとされる。3億を超えるデータポイントと専用の“フットボール言語モデル”で構築され、出場48チームが使える。コーチがチャットで「相手の最終ラインは、直近3試合でハイプレスにどう反応した?」と尋ねると、映像クリップと3D可視化つきの要約が返る――という触れ込みだ。
学術の側でも、面白い手法が出てきている。“Wordalisation”と呼ばれる、機械学習モデルが弾き出した数値を、LLMが自然言語のスカウト記述に翻訳するアプローチだ。これは「数字はML、言葉はLLM」という役割分担そのもので、前半で私が見た構図――文章を作るAIと、計算するモデルは別物――を、そのまま制度化している。
一貫して出てくる「現実」
事例を漁るほど、繰り返し同じ線が浮かび上がってきた。AIは意思決定の“支援”であって、決めるのは人間だ、という線だ。
TacticAIですら、位置づけは“アシスタントコーチ”。提案は判断に使う材料であって、命令ではない。
そもそも、選手のプレー評価そのものが、まだ発展途上だ。サッカーのAI研究に取り組む名古屋大学の藤井慶輔氏は、選手のプレー評価は今なお基礎研究の段階だと指摘する。イベントデータとトラッキングデータの両方が要り、とくに守備やオフ・ザ・ボールの動きの評価が難しい。将棋や囲碁のAIのように「解けて」はいないのだ。
加えて代表サッカーには、相手の蓄積データが乏しいという構造的な弱点がある。技術を駆使したドイツが2018年にメキシコに敗れたのは、その象徴だろう。個の閃きは、データでは予測できない。
そして藤井氏のこの一言が、私の実験の結論と完全に重なった。――目的が曖昧なまま技術だけを取り入れても、成果には結びつかない。データの質、前処理、評価の設計、そして現場の文脈を理解して説明責任を担う人間の役割がそろって初めて、データは意思決定の材料になる。
これは、私が前半で「バックテストと較正」で確かめようとしたことを、現場に近い研究者が言語化してくれたものだった。
AIをバックテストしているのは、当然私だけじゃなかった。
ケルン大学が「LLM SoccerArena」というものを立ち上げている。GPT-5.5、Claude、Gemini、Grokといった主要なLLMに2026年W杯の全試合を予想させ、実際の結果と照合してランキングをつける、という試みだ。
私が前半でやった「AIの予想を現実に当てて検証する」は、いま研究者が大真面目にやっている最前線だった。素人の思いつきが、たまたま本筋を踏んでいたらしい。
だから――
AIに「どっちが勝つ?」と聞くのは、たぶん一番もったいない使い方だ。
AIは答えを出す機械ではない。材料を出す道具だ。そしてその材料が信用できるかどうかは、較正して、現実に当てて、初めてわかる。世界と戦う代表のコーチ陣が教えてくれたのも、突き詰めれば、その一点だった。
私たちが日々の仕事でAIに向き合うときも、たぶん同じことが言えるはずだ。



