ベトナムでの生活において、ShopeeやLazadaといったEコマースはもはや欠かせないインフラです。バイクが道路を埋め尽くすこの国で、スマホ一つで翌日には荷物が届きます。

「便利になったな」

そう思っていました。少なくとも、バイクで運べるような「小さな荷物」に関しては。

しかし、ひとたびそのサイズが「バイクの荷台」を超えたまたは荷台に多く詰めない大きさになった瞬間、ベトナムの物流はその牙を剥きます。そこには、目には見えない、しかし断固として存在する「ラストワンマイルの壁」が立ちはだかっていたのです。

今回は、私が最近ハノイで直面した2つの「配送不能事件」——行方不明になったプリンタと、たった一度の電話で去っていったベッド——を皮切りに、なぜベトナムで大型貨物が届かないのか、その構造的な闇を徹底的に解剖してみたいと思います。

これは単なる愚痴ではありません。急速に発展するデジタル経済と、それに追いつけない物理インフラの悲鳴が聞こえる、ベトナム物流のリアルな現場報告です。


第1章:幻想の利便性 ——「届くもの」と「届かないもの」

驚異的なスピードで届く小物たち

まず公平を期すために言っておきますと、ベトナムの配送スピードは劇的に向上しています。

日用品、衣類、ガジェットの小物……これらをShopeeで注文すれば、早ければ翌日、遅くともその次の日には配送員がやってきます。彼らはバイクの機動力を活かし、渋滞をすり抜け、路地裏(ヘム)の奥深くまで入ってきます。

この体験に慣れきっていた私は、完全に油断していました。「ベトナムのEC物流はもう先進国並みだ」と錯覚していたのです。しかし、その認識は、少し大きな買い物(物理的に)をした瞬間に粉々に砕け散ることになります。

物流のブラックホールへようこそ

私が最近、立て続けに味わったトラブル。それは、物流倉庫までは来ているはずなのに、自宅までの「最後の数キロ」が永遠に繋がらないという不条理でした。


第2章:体験談① 消えたプリンタと共産党大会の影

1月16日、注文ボタンを押す

日本のようにコンビニコピーなどないので、印刷が必要になるとコピー屋さんへ行きます。引っ越し先は不便だったので、プリンタを買うことにしました。ハノイ市内のショップですし、すぐに届くだろうと高を括って注文したのが1月16日のことです。

ステータスは順調に進み、「配送業者の倉庫に到着」まではスムーズでした。

「交通規制」という免罪符

1月18日までには配達するというShopeeの注文管理画面。急ぎでもなかったので気長に待ちましたが、翌日には何事もなかったかのように19日までに配送と、その次の日には20日まに配送と1日ずつ遅れるだけ。荷物は動かないし、トラッキングでも動きなし。

Shopeeに問い合わせしてみると、AI返信みたいなやつで

「共産党大会に伴う交通規制の影響で、配送が遅延しています」

なるほど、これはベトナムあるあるです。国家的な重要イベントがある際、ハノイ中心部の道路が封鎖されたり、トラックの乗り入れが制限されたりするのは理解できます。

「数日の辛抱か」

私は大人しく待つことにしました。

倉庫という名の墓場

しかし、党大会が終わっても、私のプリンタは動きません。

Shopeeの管理画面も、”1月21日までに配送”という表示です。すでに26日ですが。

アプリの画面には、虚しく「倉庫に保管中」の文字が並び続けます。

何度も配送業者の荷物が集まる倉庫というか店を見たことあるが、日本の感覚で言ったらゴミ屋敷。いろいろな荷物が部屋の中やその前の路上に投げられている。これなら行方不明になっても不思議ではない。特に共産党大会やテト前で物流のニーズが多ければなおさら。何百何千という荷物の山の下に埋もれ、その上を人が歩く、座る、寝る、荷物を投げる。すでに壊れているかもしれないな私のプリンタは。

「これはもう、発見されない場所に行ってしまったのだ」と。

Shopeeには一度出発してしまった荷物にはキャンセルができません。キャンセルする方法はただひとつ、せっかく配達に来たシッパーに「いりません」ということ。これはShopee側にもお店側にも確認しました。なんてヒドイ…。

これ以上待っても無駄と考え断腸の思いでキャンセルボタンを押し、別の注文をしました。

これも一昨日、「今日は配達できないから、明日配達する」という電話があったが、昨日は配達されず、今日も来ない。これは永久に届かないかもしれないな。かと言って、インクジェットプリンタをどんなお店で購入したら良いのかは全然想像がつかない。

なぜ来ないのか。小さな荷物なら翌日には配達されているのに、1個だけでバイクの荷台の多くを占領してしまう大きさだと届かないのかという疑問のきっかけとなりました。


第3章:体験談② 1回の不在着信で即死したベッド

プリンタの傷も癒えぬ間に、第二の事件が起きました。今度は「ベッドのエクステンション(拡張パーツ)」です。

これもまた、バイクでは運べない「大型貨物」に分類されます。

2週間の忍耐

注文してから待つこと2週間。大型商品は配送準備にも時間がかかるのか、あるいは共産党大会の影響か、とにかく待たされました。

そしてようやく、「本日配送」のステータスに変わった日。

運命のワン・コール

その時、妻はほんの少し目を離していただけでした。料理中だったか、子供の世話をしていたか。

配送員からの電話が鳴りました。

妻が出られませんでした。

妻が気づいて折し電話した時には、「キャンセルにして送り返す」という配送員の言葉。

不在による再配達ではありません。「キャンセル」です。つまり、商品は即座に返品処理され、私たちの2週間の待ち時間は水泡に帰しました。あまりにシビアな「ワンストライク・アウト」のルール。

たった1回。たった1回の電話に出られなかっただけで、契約は破棄されたのです。配送員はアパートに来ていたとは考えにくいです。こういう大きなものや高額商品の場合、いるかどうかを確認するために配送する前にまず電話をします。

これはもう「配達したくない」「配達しない言い訳を作る」と考えて良いと思います。


第4章:Shopeeの自動応答という「絶望の壁」

この過程でも何度もShopeeのカスタマーサポートに連絡を試みました。しかし、そこで待っていたのは、解決策を持たないデジタルな壁でした。

チャットボットの無限ループ

問い合わせ窓口を開いても、出てくるのは自動応答のチャットボットだけです。

「配送状況を知りたいですか?」

用意された選択肢を何度タップしても、「なぜ倉庫から出庫されないのか」「どうやったら届けてもらえるのだろうか」「近くの倉庫にあるので取りにいけないか」という問いに対する答えはありません。

「ベストを尽くします」という虚無

苦労して人間のオペレーターに繋がったとしても、事態は好転しません。

彼らの回答は判で押したように同じです。

「大変申し訳ございません。配送業者に連絡し、ベストを尽くします」

「システム上で配送業者にアラートを飛ばすだけ」であり、現場のドライバーや倉庫の担当者が実際に動く保証はどこにもありません。

結局、問題は解決されず、人間オペレーターもできるだけ早くチャットを切ろうとします。


第5章:なぜ「大型貨物」だけが届かないのか? ——構造的要因の分析

私の体験は、決して「運が悪かった」だけではありません。

今回、ベトナムのEコマース物流に関する詳細な調査資料を読み解く中で、私が直面したトラブルの背後には、逃れられない構造的な要因があることが分かってきました。

ここからは、なぜベトナムで大型貨物(インクジェットプリンタなのでそんなに大きくはないが)のラストワンマイルがこれほど過酷なのか、その裏側をDeep Reserchで解明していきます。

要因1:都市規制の障壁 —— トラックは昼間走れない

私がプリンタを待っていた時、「交通規制」という言葉がありました。これは党大会だけの話ではありません。ハノイとホーチミンという二大都市において、トラックは基本的に「昼間走れない存在」なのです。

ハノイ市の規制(決定24/2020/QD-UBND)によれば、積載量2トン以上のトラックは、午前6時から午後9時まで市内中心部への通行が制限されています。

つまり、大型の家具や家電を積んだトラックが堂々と街を走れるのは、みんなが寝静まった夜9時以降か、早朝のみです。

しかし、夜の10時に「ベッドを届けに来ました!」と言われても、受け取る側も困るでしょう。

物流業者は、この「規制の隙間」を縫うか、規制対象外の小さなバンに無理やり荷物を詰め込むしかありません。これが配送効率を劇的に下げ、私のプリンタのように「タイミングを逃すと倉庫で塩漬け」になる原因を作っているのです。

しかし、私の家はハノイ中心部ではなく、郊外です。荷物は1週間前から近くの配送センターで寝ている状態だったため当てはまりません。

要因2:インフラの物理的限界 —— 「Hem(路地)」の悪夢

ベトナムの都市部の特徴である、迷路のように入り組んだ狭い路地「Hem(ヘム)」。

バイク文化の象徴とも言えるこの路地が、大型物流にとっては地獄となります。

トラックは大通りにしか停められません。しかし大通りは駐停車禁止エリアだらけです。

ドライバーは違法駐車のリスクを冒してトラックを停め、そこから台車や手持ちで、何百メートルも先の路地の奥にある顧客の家まで、30kgのベッドや冷蔵庫を運ばなければなりません。

これがどれほどの重労働か想像できるでしょうか?

もし顧客が電話に出なければ、ドライバーはこの苦行を無駄にするリスクを負うことになります。

「電話に出ない? じゃあ次に行こう。やってられない」

要因3:2025年問題と「三輪車」の禁止

これまで、狭い路地への大型配送を支えていたのは、「Xe Ba Gác(セー・バー・ガック)」と呼ばれる三輪トラックや、改造バイクでした。小回りが利き、安価に運べる彼らは、庶民の物流の主役でした。

しかし、ホーチミン市当局は2025年以降、これらの車両を「粗悪な輸送車両」として全面的に禁止する方針を打ち出しています。

代替手段はあるのでしょうか? ありません。

軽トラックは路地に入れません。三輪車は禁止されます。

結果として、「路地の入り口から家までの手運び」距離はさらに伸び、ドライバーの負担は増し、配送拒否や遅延はさらに悪化することが予測されています。


第6章:オペレーションの闇 —— 「偽装配送」とインセンティブの歪み

なぜドライバーは電話を1回で切るのか?

調査レポートによると、ベトナムの配送ドライバー(Shipper)の給与体系は、基本給が低く、配送完了件数に応じたコミッション(歩合)の比率が高いそうです。

ここ重要なので繰り返しますが、「完了件数」が全てです。

重いベッドを汗だくになって30分かけて搬入・設置しても、軽いTシャツを1分手渡しても、配送件数は同じ「1件」としてカウントされるケースが多いのです(あるいは割増料金が労力に見合っていません)。

もしあなたがドライバーならどうするでしょうか?

面倒な大型貨物、路地の奥、電話に出ない客……これらに時間を費やすより、さっさと「不在扱い」にして、次の楽な荷物を配りに行った方が稼げるのです。

これが、私が体験した「ワンストライク・アウト」の正体であり、ベトナムで横行する「偽装配送(家にはいたのに不在通知が来る)」のメカニズムです。彼らにとって、大型貨物の配送失敗は、経済的合理性に基づく行動なのです。

倉庫での選別 —— 「運びたくない荷物」たち

私のプリンタが倉庫から出てこなかった理由もここにあるかもしれません。

倉庫内でも、手作業による仕分けが主流です。運びやすく、さばきやすい小型荷物が優先され、かさばる大型荷物は後回しにされます。

繁忙期や交通規制で荷物が溢れかえった時、真っ先に「後回し=放置」の対象になるのは、スペースを占有する私のプリンタのような荷物なのです。


第7章:解決の糸口はあるのか? —— 私たちができる自衛策

レポートによれば、物流各社も手をこまねいているわけではありません。

Viettel Postなどの大手は、自動仕分け機の導入や、大型ハブの建設を進めています。Shopeeも外部パートナー(J&T CargoやNinja Vanなど)と連携し、大型貨物専門のラインを強化しようとしています。

しかし、2025年の規制強化やインフラの未整備を考えると、劇的な改善にはまだ時間がかかるでしょう。

私たちユーザーが、この「ラストワンマイルの壁」の前で生き残るためにできることは何でしょうか?

1. 「電話」が命綱

大型商品を注文したら、その期間はスマホを肌身離さず持つこと。トイレに行くときも、シャワーを浴びるときもです。配送員からの電話は、一度きりのチャンスだと思った方がいいでしょう。

2. COD(代引き)の活用……は諸刃の剣

「届くまで金を払わない」というCODは、ドライバーに「届けないと金が回収できない」というプレッシャーを与える意味で有効かもしれません。しかし、逆に「受取拒否されるリスクが高い」と判断され、配送の優先順位を下げられる可能性もあります。

3. Shopeeのステータスを過信しない

「配送中」とあっても、実際にはまだ倉庫かもしれませんし、逆に突然家の前に来ているかもしれません。あくまで目安と考え、能動的に動く必要があります。

4. 心の準備

「届かないかもしれない」「遅れるのが当たり前」というマインドセットを持つこと。これが最大の防衛策かもしれません。


第8章:結論 —— それでもベトナムの成長は止まらない

今回のプリンタとベッドの件は、確かにストレスフルでした。Shopeeの自動返信には殺意すら覚えました。

しかし、この混沌(カオス)こそが、急成長するベトナム経済の「成長痛」なのだとも思います。

デジタル経済の欲望が、物理的な道路や規制の限界を超えて膨張しようとしています。その歪みが、私のプリンタの遅延であり、妻の電話に出られなかった一瞬のキャンセル劇なのです。

かつて日本もそうだったように、いずれベトナムもこの壁を乗り越える日が来るでしょう。

トラック規制に対応したEVバンの導入、スマートロッカーの大型化、ドライバーの待遇改善……解決策は模索されています。

それまでの間、私はもう少し気長に待つことにしようと思います。

ここベトナムでは、ラストワンマイルを繋ぐのは、システムでもAIでもなく、最終的には「執念」なのですから。


(この記事は、2026年1月時点での筆者の体験と、公開されている市場調査レポートに基づいて構成されています。ベトナムの規制や物流事情は日々変化しているため、最新情報は常にご自身でご確認ください。)