はじめに
ベトナムで人を雇い始めたとき、日本の人事経験者がまず驚くのは「有期契約は1回しか更新できない」というルールだろう。日本では、有期雇用契約を複数回更新し、5年を超えた時点で無期転換権が発生する。しかしベトナムでは、有期契約を 1回更新した時点 で、次は自動的に無期雇用契約に転換される。年数ではなく更新回数で上限が切られている。ここが日本と決定的に違う。
ベトナムの労働法(Labor Code 2019 / 法律第45/2019/QH14号)は2021年1月に施行された。労働者保護の色彩が強く、雇用契約、試用期間、残業規制、解雇手続き、就業規則のすべてにおいて、使用者側に厳格な義務を課している。日本の労働基準法に慣れた目で見ると、「似ているようで全く違う」ポイントが多い。
この記事では、ベトナムで人を雇う際に知っておくべき労働法の基本構造を、日本との比較を織り交ぜながら体系的に解説する。
第1章 雇用契約 — 2種類しかない
無期と有期、それだけ
Labor Code 2019は雇用契約を 2種類 に整理した。旧法では季節労働契約という3つ目の類型があったが、廃止された。
無期雇用契約 は期間の定めのない契約で、ベトナム人労働者が対象。
有期雇用契約 は最長 36ヶ月(3年) の契約で、更新は 1回 のみ。2回目の契約が満了した後、30日以内に再度雇用契約を締結する場合は、無期雇用契約 でなければならない。30日を経過しても再契約しなければ、自動的に無期雇用契約に転換される。
つまり、最長でも 6年(3年×2回)で無期契約に移行する。年数だけを並べれば日本の5年ルール(労働契約法第18条)の方が短い。違うのは縛り方だ。日本は5年に達するまで更新の回数そのものは制限されないが、ベトナムは更新を 1回 しか認めない。契約期間をどう刻んでも2本目で打ち止めになる。
外国人労働者は別ルール
外国人労働者の雇用契約は、Work Permit(就労許可証)の有効期間内 かつ 最長2年 に限定される。無期雇用契約は締結できない。Work Permitが更新されれば、雇用契約も更新可能だが、常にWork Permitの有効期限と連動させる必要がある。
雇用契約の必須記載事項
ベトナムの雇用契約書には、以下の事項を記載しなければならない。
業務内容と勤務場所、契約期間、給与額・支払い方法・支払い時期、昇給の条件、労働時間・休憩時間、労働安全衛生に関する条件、社会保険・医療保険・雇用保険に関する事項。
雇用契約はベトナム語で作成する。外国人労働者の場合、ベトナム語と外国語の二言語で作成できるが、解釈に相違がある場合はベトナム語版が優先される。
第2章 試用期間 — 即日解除可能だが1回限り
職種によって異なる試用期間
ベトナムの試用期間は職種によって上限が異なる。
| 職種 | 最長試用期間 |
|---|---|
| 企業の管理職 | 180日 |
| 短大以上の専門技術職 | 60日 |
| 中級の専門技術職 | 30日 |
| その他 | 6営業日 |
管理職の試用期間が 最長180日(6ヶ月) と長いのが特徴だ。工場長や部門長クラスの採用では、この6ヶ月を有効に活用できる。
試用中の自由と制限
試用期間中は、使用者・労働者の双方が 事前通知なし・損害賠償なし で契約を解除できる。日本の試用期間では、本採用拒否に「客観的に合理的な理由」が求められるが、ベトナムでは試用期間中の解除は基本的に自由だ。
ただし重要な制限がつく。試用は 同一業務について1回限り。一度試用期間を終了して本採用した後に、同じ業務で再度試用に戻すことはできない。
試用期間中の給与は、同種業務の賃金の 85%以上 でなければならない。
第3章 労働時間と残業 — 日本より厳しい上限
週48時間の基本
ベトナムの通常労働時間は、1日 8時間以内、1週 48時間以内 だ。日本の法定労働時間(1日8時間、週40時間)と比べて、週の上限が8時間多い。
つまり、ベトナムでは土曜日に8時間勤務させても法定労働時間内であり、残業手当は不要だ。多くのベトナム企業は週6日勤務(月〜土)を採用している。
残業の上限はむしろ日本より厳しい
一方、残業については日本より厳しい上限が置かれている。
1日の残業は通常労働時間の50%以内(通常8時間の場合、最大4時間)。1ヶ月の残業は 40時間以内。1年間の残業は 200時間以内。
日本の36協定による上限(月45時間・年360時間)と比べると、月間はやや厳しく、年間は大幅に厳しい。特定の業種・状況では年間 300時間 まで延長可能だが、労働当局への届出が必要。
残業手当の割増率
| 残業の時間帯 | 割増率 |
|---|---|
| 通常労働日の残業 | 150% |
| 週休日の残業 | 200% |
| 祝日・有給休暇日の残業 | 300% |
| 深夜勤務(22:00〜6:00) | 通常の130% |
祝日に残業させた場合の割増率が 300% というのは日本(135%)と比べて際立って高い。年末の追い込み生産で祝日出勤を多用すると、人件費が爆発的に膨らむ。
第4章 有給休暇と祝日
年次有給休暇は12日から
12ヶ月以上勤務した労働者には、年 12日 の有給休暇が付与される。勤続5年ごとに1日ずつ加算されるため、勤続20年で16日になる。
1年未満の場合は勤務月数に応じて按分される。日本の年次有給休暇(初年度10日、最大20日)と比べると、初年度は多いが上限が低い。
祝日は年間11日
ベトナムの法定祝日は年間 11日 で、テト(旧正月)の5日間が最大の連休となる。
外国人労働者には追加で、自国の旧正月 1日 と自国のナショナルデー 1日 が付与される。日本人駐在員であれば、日本の正月(1月1日はベトナムでも祝日なので重複)と建国記念日(2月11日)等が対象になり得る。
第5章 解雇 — 簡単にはできない
使用者からの解除は限定列挙
ベトナムの労働法は労働者保護が強い。使用者が一方的に雇用契約を解除できるのは、以下の限定された事由のみだ。
病気・負傷で長期間業務復帰できない場合(有期契約では契約期間の半分以上、無期契約では12ヶ月連続)。天災・不可抗力による人員削減。構造改革・技術変更による人員削減。就業規則に基づく懲戒解雇。
「能力不足」を理由とする解雇は直接的には認められていない。能力不足の労働者を解雇するには、配置転換の試みや教育訓練の提供を経て、それでも改善しない場合に「業務要件を満たさない」として契約を終了する手続きが必要であり、かなりハードルが高い。
解雇の事前通知
事前通知期間は契約種類によって異なる。無期契約は 45日、12ヶ月以上の有期契約は 30日、12ヶ月未満の有期契約は 3営業日 だ。
通知期間を守らない場合、使用者は通知期間相当分の給与を支払わなければならない。
退職手当は法定義務
勤続12ヶ月以上の労働者が退職する場合、使用者は 勤続1年あたり月額給与の半月分 の退職手当を支給する義務がある。日本では退職金は法律上の義務ではないが、ベトナムでは法定だ。
ただし、社会保険に加入していた期間はこの退職手当の計算から除外される。外国人労働者で社会保険加入期間がある場合も同様。
第6章 就業規則 — 届出しないと効力がない
DOLISAへの届出が法的効力の条件
10名以上 の労働者を雇用する使用者は、書面による就業規則を作成し、管轄の DOLISA(Sở Lao động - Thương binh và Xã hội / 労働傷病兵社会局) に届出する義務がある。
日本では就業規則を労働基準監督署に届け出るが、届出がなくても就業規則自体の効力には原則として影響しない。しかしベトナムでは、DOLISAに届出して初めて 就業規則の法的効力が生じる。届出なしに就業規則を根拠とした懲戒処分を行うと、処分が 無効 とされるリスクを負う。
就業規則には、労働時間・休憩、職場の規律、労働安全衛生、セクシャルハラスメント防止措置、企業秘密の保護、懲戒処分の種類と手続きなどを含めなければならない。
第7章 労働組合 — 設立しなくても2%は取られる
労働組合費は使用者負担
労働組合法(法律第50/2024/QH15号)第29条 は、強制社会保険の算定基礎となる給与総額の 2% を、使用者が労働組合経費として拠出することを定めている。企業に労働組合が設立されているかどうかは関係ない。組合が設立されていれば企業内組合と上部組織に配分され、設立されていなければ上部組織(ベトナム労働総連合 VGCL)に全額納付する。
日本では組合費は組合員本人が負担し、使用者が組合費を負担する仕組みはない。この2%は実質的な追加人件費なので、予算計画に最初から織り込んでおきたい。
独立した従業員代表組織
Labor Code 2019の大きな変更点として、VGCL傘下の企業内労働組合とは別に、独立した従業員代表組織 を設立する権利が認められた。これはTPP(現CPTPP)やEVFTA(EU・ベトナム自由貿易協定)などの自由貿易協定の条件として導入されたもので、結社の自由を拡大する趣旨とされる。
ただし、具体的な運用規則の整備はまだ完了しておらず、実務上はVGCL傘下の労働組合が引き続き主流だ。
日本との違い — 「日本の常識が通じない」ポイント
有期契約の管理が全く違う
日本では有期契約を何度も更新し、5年超で無期転換権が発生する仕組みだが、ベトナムでは更新1回で実質的に無期転換。最長6年で全員が無期契約になる。
週の法定労働時間が8時間多い
日本は週40時間が上限だが、ベトナムは週48時間。土曜出勤を含む週6日勤務が法定内。一方で残業の年間上限は日本より厳しい(200時間 vs 360時間)。
解雇のハードルは日本と同等かそれ以上
日本でも解雇は「客観的に合理的な理由」が必要だが、ベトナムも同様に限定列挙された事由でしか解雇できない。「能力不足」による解雇は特に困難で、手続きを間違えると無効になる。
退職手当が法定義務
日本の退職金は会社の任意制度だが、ベトナムでは勤続1年あたり半月分が法定。
ここが変わった(2025〜2026年)
定年退職年齢の段階的引上げ
Labor Code 2019による定年退職年齢の段階的引上げが進行中。男性は毎年3ヶ月ずつ(2028年に62歳到達)、女性は毎年4ヶ月ずつ(2035年に60歳到達)引き上げられる。2026年の定年は男性61歳6ヶ月、女性57歳0ヶ月。
省庁再編の影響
Resolution 176/2025 による省庁再編は2025年2月に実施され、MOLISA(労働傷病兵社会省)は内務省(Bộ Nội vụ)へ統合された。地方でも労働行政の所管が省の内務局(Sở Nội vụ)へ移っており、外国人労働者の手続きの所管変更は Decree 128/2025/NĐ-CP で整理されている。
したがって、本記事で「DOLISA」と書いている窓口は再編前の名称にあたる。就業規則の届出先も労務相談の窓口も再編後の部局に変わっているので、書類を出す前に管轄の現行名称を確認してほしい。
社会保険法改正との連動
2025年7月1日に施行された 社会保険法(法律第41/2024/QH15号) により、外国人労働者の強制社会保険の適用範囲が整理された。同法第2条2項は、ベトナムの使用者と 12ヶ月以上の有期雇用契約 を結ぶ外国人を強制加入の対象とし、企業内転勤者・契約締結時点で定年年齢に達している者・条約に別段の定めがある場合を除外している。雇用契約の期間設定が、そのまま社会保険の要否に直結する。
まとめ:やっておくべきこと
雇用契約書のテンプレートを作成する — ベトナム人用(無期・有期)と外国人用(有期のみ)の両方を準備する
有期契約の更新管理台帳を整備する — 更新1回限りのルールを徹底し、無期転換のタイミングを見落とさない
就業規則を作成し、DOLISAに届出する — 従業員10名以上になる前に準備を完了する
残業の管理体制を構築する — 月40時間・年200時間の上限を超えないよう、シフト管理と勤怠記録を徹底する
労働組合費2%を人件費予算に組み込む — 組合の有無に関わらず拠出義務がある
解雇手続きのマニュアルを策定する — 法定の事由と手続きを正確に理解し、文書化する
試用期間の評価基準を明文化する — 試用期間中の解除は自由だが、トラブル防止のため評価プロセスを文書化する
退職手当の計算方法を整理する — 社会保険加入期間との調整ルールを理解する
外国人労働者の雇用契約とWork Permitの連動管理を確立する — 期限切れによる違法就労を防止する
現地の労務弁護士と顧問契約を締結する — 労務トラブル発生時に即座に対応できる体制を整える
参照時点と主要根拠法令
本記事は2026年3月時点の調査に基づいています。法令は改正されるため、実務の判断は現行の一次資料で確認してください。
主要根拠法令: 労働法(Labor Code 2019 / 法律第45/2019/QH14号)、労働組合法(法律第50/2024/QH15号)、社会保険法(法律第41/2024/QH15号)、Resolution 176/2025(省庁再編)、Decree 128/2025/NĐ-CP(内務分野の権限分担)



