はじめに
ベトナムの法人税(Corporate Income Tax / CIT)は、標準税率20%。日本の法人税実効税率(約30%)に比べれば低い。
しかし、税率の低さに安心して「日本と同じ感覚で」経理を回していると、想定外の損金不算入が積み上がり、実効税負担が跳ね上がる。
その最大の落とし穴が、2025年10月に施行されたCIT法2025年(Law 67/2025/QH15)で導入された非現金払い閾値の引下げだ。従来のVND 2,000万(約12万円)から**VND 500万(約3万円)**に引き下げられた。
VND 500万以上の取引を現金で支払うと、その費用はCITの損金にもVATの仕入控除にもならない。3万円。日本の感覚では「小口現金で処理する」レベルの金額だ。だが、ベトナムではこの3万円が損金不算入の境界線になる。
この記事では、CIT法2025年に基づく法人税の申告スケジュール、損金算入の要件、そして日本人が特に注意すべきポイントを解説する。
第1章 税率 ― 標準20%、でも「15%」もある
標準税率は変わらず20%
CIT法2025年でも、標準税率は**20%**に据え置かれた。石油・ガス事業(25〜50%)、希少鉱物資源(40〜50%)は特殊な高税率だが、一般的な製造業・サービス業は20%が適用される。
中小企業優遇税率が新設された
CIT法2025年の目玉の一つが、中小企業向けの優遇税率だ。
| 年間売上高 | 税率 |
|---|---|
| 30億VND以下(約1,800万円) | 15% |
| 30億VND超〜500億VND以下(約3億円) | 17% |
| 500億VND超 | 20%(標準) |
日本の中小法人の軽減税率(年800万円以下の所得部分に15%)は「所得」基準だが、ベトナムは「売上高」基準である点に注意。利益が出ていなくても、売上高が500億VNDを超えていれば標準税率が適用される。
工業団地の「自動優遇」が廃止された
これは重大な変更だ。
従来のCIT法では、工業団地に立地する新規投資プロジェクトは、所在地を問わず**自動的にCIT優遇(2免4減など)**を受けられた。企業は「工業団地に入りさえすれば税金が安くなる」と考えて立地を選んでいた。
CIT法2025年で、この自動優遇が廃止された。工業団地に立地しているだけでは優遇の根拠にならない。
優遇を受けるには、以下のいずれかに該当する必要がある。
- 経済的に困難な地域に所在する工業団地
- 特定の奨励業種(半導体、AI、データセンター、サイバーセキュリティ、自動車製造など)に該当
- 既存プロジェクトの場合は経過措置により継続
これから工業団地に進出する企業は、「その工業団地がCIT優遇の対象かどうか」を投資登録前に確認する必要がある。
第2章 四半期予定納税 ― 「80%ルール」に要注意
四半期ごとに暫定的に納税する
ベトナムのCITは、年に1回の確定申告で完結するのではない。四半期ごとに予定納税を行い、年末に確定申告で精算する。
| 四半期 | 対象期間 | 納付期限 |
|---|---|---|
| Q1 | 1〜3月 | 4月30日 |
| Q2 | 4〜6月 | 7月30日 |
| Q3 | 7〜9月 | 10月30日 |
| Q4 | 10〜12月 | 翌年1月30日 |
各四半期の実際の利益に基づいて暫定的なCIT額を計算し、上記の期限までに納付する。
年間確定税額の80%以上を予定納税でカバーしなければならない
ここが重要だ。
4四半期の予定納税の合計額が、年間CIT確定税額の80%以上でなければならない(Decree 126/2020 第9条第6項)。
80%未満だった場合、不足額に対してQ4の納付期限(翌年1月30日)から延滞税が課される。率は実務では日割り0.03%と言われるが、これはCITではなく税務管理の一般ルール側で定められている。適用時点の規定を確認しておきたい。年度末の確定申告時に「予定納税が足りなかった」と判明しても、延滞税はQ4期限から遡って計算される。
よくある失敗: Q4(10〜12月)に大型受注が入り、年間利益が予想を大幅に超えた場合。Q1〜Q4の予定納税合計が確定税額の80%に満たなくなり、「儲かったのに延滞税を取られる」という事態になる。
対策: 四半期ごとに利益見通しを更新し、年間80%ルールを常に意識して予定納税額を調整する。Q3の時点で年間見通しを上方修正した場合、Q3・Q4の予定納税額を多めに設定しておく。
第3章 年次確定申告 ― 期限は「3か月以内」
申告期限
会計年度終了日から3か月以内に年次CIT確定申告書を提出し、確定税額を納付する。
暦年(1〜12月)の場合は翌年3月31日。
日本の法人税確定申告の法定期限が「事業年度終了の日の翌日から2か月以内」(延長申請で3か月)であることと比べると、ベトナムは最初から3か月の猶予がある。
必要書類
- CIT確定申告書
- 監査済み財務諸表(外資企業は必須 ← No.07参照)
- 関連者間取引の移転価格申告書(Decree 132/2020に基づく)
- 繰越欠損金の明細
- 優遇税率適用の根拠書類(該当する場合)
第4章 損金算入の3条件 ― 一つでも欠けたらアウト
条件①:実際に発生した費用であること
事業活動に直接関連し、実際に発生した費用であること。帳簿上だけの架空費用は当然不可だが、「事業に関連する」の証明も重要だ。
たとえば、日本人駐在員の住居手当が「事業に関連する費用」として認められるかどうかは、雇用契約や福利厚生規程に明確に記載されている必要がある。
条件②:適法な証憑書類(e-invoice)があること
法律が要求する適切かつ完全なインボイス・証憑書類が添付されていること。2022年7月以降、ベトナムでは電子インボイス(e-invoice)が全企業に義務化されている(Decree 123/2020/ND-CP)。
e-invoiceがない費用は、原則として全額損金不算入。たとえ経済的実態があっても、適法なe-invoiceがなければ税務上は「存在しない費用」として扱われる。
e-invoiceには以下が正確に記載されている必要がある。
- 買手企業の正式名称(ベトナム語)
- 税コード(Mã số thuế)
- 住所
会社名のベトナム語表記が一文字でも間違っていると、そのe-invoiceは無効とされる可能性がある。
条件③:非現金払いの証拠があること(VND 500万以上)
VND 500万(約3万円)以上の取引は、銀行振込・クレジットカード等の非現金払いの証拠が必要。
この閾値は、CIT法2025年で従来のVND 2,000万(約12万円)から大幅に引き下げられた。
| 旧法(〜2025年9月) | 新法(2025年10月〜) | |
|---|---|---|
| 非現金払い閾値 | VND 2,000万(約12万円) | VND 500万(約3万円) |
| 違反の効果 | VAT仕入控除が否認 | VAT仕入控除**+CIT損金算入**の両方が否認 |
3万円。文房具の大量購入、タクシー代の月間合計、出張先のホテル代 ― 日本の感覚では「小口現金」で処理するレベルの金額でも、ベトナムでは銀行振込が必要だ。
第5章 損金にならない費用 ― 主要な項目
行政罰金・違約金
税務罰金、交通違反罰金、環境関連の行政罰金など、すべての行政罰金は損金不算入。日本でも損金不算入だが、ベトナムではこの規定が厳格に適用される。
従業員福利厚生費の上限
従業員の福利厚生費(社員旅行、冠婚葬祭手当、食事補助等)は、年間で平均給与1か月分が上限とされる。これを超える部分は損金不算入として扱われる。
日本では福利厚生費に明確な上限はなく、「社会通念上相当な範囲」であれば損金算入が認められる。ベトナムの「1か月分」という上限は、福利厚生を手厚くしたい日系企業にとって制約になる。
帳簿上計上されているが実際に支払われていない人件費
賞与や手当を帳簿上は計上しているが、実際にはまだ従業員に支払われていない場合、その金額は損金不算入。日本の「未払費用」の感覚で期末に賞与を計上しても、実際の支払いが翌期にずれるとその分は損金にならない。
税務上の法定耐用年数を超える減価償却
ベトナムでは固定資産の減価償却について、Circular 45/2013で法定耐用年数が定められている。会計上の耐用年数が税務上の法定耐用年数より短い場合、その差額は損金不算入。逆に長い場合は問題ない。
第6章 親会社への支払い ― ロイヤルティ・管理費の損金算入
移転価格がすべてのカギ
ベトナム子会社が日本の親会社にロイヤルティ、技術サービス料、管理費配賦を支払う場合、Decree 132/2020/ND-CPに基づく移転価格規制の対象となる。
損金算入が認められるための要件は厳格だ。
独立企業間価格(Arm's Length Price): 関連者間取引の価格が、非関連者間の取引と同等の条件であること。「親会社が決めた価格だから」では通らない。
経済的実態とサービスの証拠: 管理費配賦の場合、親会社がベトナム子会社に対して実際にどんなサービスを提供したかを文書で証明する必要がある。「本社が経営管理しているから当然」という論理は通用しない。報告書、メール、作業記録、出張記録など、具体的な証拠が求められる。
受益性テスト: ベトナム子会社が当該サービスから実際に経済的利益を受けていることの証明。たとえば、本社のIT部門が提供するシステム管理サービスが、ベトナム子会社のIT運用コストの削減に貢献しているという定量的な証拠。
利子費用は二方向から見られる
親会社からの借入に対する利子費用は、金額の上限と金利の水準という2つの角度から見られる。
- EBITDA 30%ルール: 関連者間の借入利子費用はEBITDAの30%が上限(Decree 132/2020/ND-CP)。超過分は5年間繰り越し可能
- 金利水準の妥当性: 借入金利そのものも独立企業間価格の観点から見られる。実務では国家銀行(SBV)の基準金利の一定倍率を超える部分は否認されやすいと言われるので、金利の設定根拠は文書で残しておきたい
第7章 欠損金 ― 5年で消える
繰越は最長5年
ベトナムの欠損金の繰越期間は5年間。日本の10年と比べると半分だ。
設立初年度に大きな赤字が出ることは珍しくない。設備投資、人件費、立ち上げ費用が先行し、売上はまだ立たない。この赤字を翌年以降の黒字と相殺できるのが繰越欠損金だが、5年以内に使い切らなければ消滅する。
繰戻し還付はない
日本では、中小法人に限り1年間の繰戻し還付(前年に納付した法人税の還付)が認められている。ベトナムでは繰戻し還付は一切認められない。
活動別の制限
税務優遇を受けている事業活動の利益と、他の活動で発生した欠損金を相殺することは原則不可。不動産譲渡損益は他の事業活動と相殺可能だが、鉱物資源関連は別会計で相殺不可。
日本との違い ―「日本の常識が通じない」ポイント
非現金払いのルール
日本:支払方法に関わらず損金算入可能。 ベトナム:VND 500万(約3万円)以上の現金払いは損金不算入。
予定納税の精度要求
日本:前年の税額の2分の1を中間納付。精度は問われない。 ベトナム:4四半期の合計が確定税額の80%以上でなければ延滞税。
繰越欠損金の期間
日本:10年。 ベトナム:5年。
工業団地の税務優遇
日本:特別な立地優遇はない(地方自治体の個別優遇を除く)。 ベトナム:従来は工業団地に自動優遇があったが、CIT法2025年で廃止。
ここが変わった(2025〜2026年)
CIT法2025年(2025年10月1日施行)
- 中小企業優遇税率の新設: 15%(売上30億VND以下)、17%(売上30億VND超〜500億VND以下)
- 非現金払い閾値の引下げ: VND 2,000万→VND 500万
- 工業団地の自動優遇廃止
- 奨励業種の拡大: 半導体、AI、データセンター、サイバーセキュリティ、自動車製造
- R&D超過控除: 適格R&D費用の200%損金算入
- 環境費用の損金算入: カーボンニュートラルに向けた温室効果ガス削減費用
Decree 320/2025/ND-CP(2025年12月15日施行)
- CIT法2025年の施行細則
- 非損金算入費用の詳細リスト
- 優遇制度の具体的な適用条件
Circular 20/2026/TT-BTC(2026年3月12日施行)
- CIT法2025年のガイダンス
- 2025年課税年度から適用
まとめ:やっておくべきこと
VND 500万以上の全支出を銀行振込にする経理ルールを設立初日から徹底する。 現金払いは損金不算入の最大のリスク。小口現金の使用を最小限に抑える
四半期ごとの利益見通しを管理し、80%ルールを常に意識する。 Q3の時点で年間見通しを更新し、予定納税額を調整する仕組みを作る
工業団地のCIT優遇が「自動適用」でないことを本社に共有する。 投資登録前に、立地する工業団地が優遇対象かどうかを確認する
親会社との関連者間取引の移転価格文書を初年度から準備する。 ロイヤルティ・管理費配賦・借入利子は、すべて移転価格の論点になる
繰越欠損金は5年で消えることを前提に事業計画を立てる。 設立初年度の赤字を5年以内に使い切れるかシミュレーションする
e-invoiceと帳簿の整合性を常に維持する。 e-invoiceがない費用は損金不算入。仕入先から受領するe-invoiceの会社名・税コードは、受領した時点で確認しておきたい
SME優遇税率の適用可否を確認する。 売上規模によっては15%または17%の税率が適用される可能性がある
R&D費用の超過控除(200%)を活用する。 研究開発やDXに関連する費用があれば、200%の損金算入が可能
参照時点と主要根拠法令
本記事は2026年3月時点の調査に基づいています。法令は改正されるため、実務の判断は現行の一次資料で確認してください。
主要根拠法令: CIT法2025年(Law 67/2025/QH15)/Decree 320/2025/ND-CP/Circular 20/2026/TT-BTC/Decree 126/2020/ND-CP/Decree 132/2020/ND-CP/Decree 123/2020/ND-CP/Circular 45/2013/TT-BTC



