諸君、急成長に沸くベトナムの現状を、表面的な数字だけで判断してはいないかね? GDP成長率だ、外資導入額だ、と楽観論が飛び交う裏側で、この国の未来そのものである若者たちが、深刻なメンタルヘルスの危機に喘いでいる。これは単なる社会福祉の問題ではない。ベトナムの将来の人的資本、国家競争力を根底から揺るがしかねない、極めて重大な「経営課題」なのだ。
私自身、ベトナムを愛し、ベトナム人の妻との間に授かった二人の子供たちがこの国で育っている。だからこそ、この問題は決して他人事ではない。単なる分析や評論に留まらず、この「静かなる危機」の本質を抉り出し、具体的な処方箋を示さねばならないと痛感している。
本稿では、問題を生み出す「構造」― 教育、社会、家庭、文化、制度 ― に容赦なくメスを入れ、なぜ若者が追い詰められ、支援の手が届かないのか、その根本原因を解き明かす。そして、国家レベルの戦略だけでなく、我々一人ひとりが家庭や地域社会でできることは何か、具体的な行動についても言及していく。
1. データが示す「不都合な真実」:曖昧さと格差が示す構造欠陥
まず、現実を直視しよう。ベトナムの若者(12~29歳)のメンタルヘルス問題の有病率は、調査によって12%から40%と、信じられないほどの幅がある。ユニセフは「5人に1人」が何らかの課題を抱えているとも指摘する。この数字の「ばらつき」自体が、国家レベルで標準化された信頼できるデータ収集システムが存在しないという、深刻な構造的欠陥を物語っている。正確な現状把握なくして、有効な戦略など立てようがないではないか。
さらに深刻なのは、特定の層にリスクが集中している「格差」の存在だ。
性差: 女子は不安や抑うつを抱えやすく、自殺念慮の割合も男子より著しく高い。一方、男子は行動障害の割合が高い傾向にある。行動障害とは、単なる子供のいたずらや反抗期を超え、他人を傷つけたり、ルールを破ったり、嘘をついたりといった反社会的、攻撃的、挑戦的な行動が持続的に見られ、日常生活や学習、人間関係に深刻な支障をきたす状態を指す。これらは異なるアプローチが必要であることを示唆している。
年齢: 自殺念慮は18~21歳でピークを迎える。しかし、これは決してその年齢を過ぎれば問題が解決するという意味ではない。 むしろ、若年期に適切なケアを受けられなかった問題が、形を変えて継続、あるいは悪化する可能性も十分に考えられるのだ。
地域: 農村部はサービスのアクセスにおいて圧倒的に不利だ。
少数民族・移住者・LGBTQ+: 貧困、差別、文化的障壁などにより、特に高いリスクに晒されている。
画一的な対策は無意味だ。国全体の平均値だけを見ていては、本当に支援が必要な若者たちを見捨てることになる。
2. 若者を蝕む「複合的ストレッサー」:四重苦の構造
なぜ若者は追い詰められるのか? それは単一の原因ではなく、「学業」「社会」「家庭」「文化」という四つの重圧が複合的に作用する構造があるからだ。
学業プレッシャー: 学歴偏重社会が生む「受験地獄」。過剰な期待と熾烈な競争が、若者の精神を蝕む最大の要因だ。教育システム自体が、短期的な成績と引き換えに若者の心を犠牲にしている。
社会的プレッシャー: 蔓延るいじめ(ネット含む)や、SNSによる比較・同調圧力が、孤立感や不全感を増幅させる。学業ストレスがいじめを助長するという負のスパイラルも存在する。私自身の会社でも、社員の中に精神的に不安定そうな者が少なからずいる。自ら積極的に行動を起こせない、あるいは変化を恐れる背景には、こうした精神的な足かせがあるのではないかと感じている。残念ながら、職場内でのいじめに近い人間関係の問題も散見される。これが日本と比べてどうかという比較は難しいが、問題が存在することは確かだ。
家庭からの期待と力学: 儒教的価値観に基づく「家のため」「メンツのため」という過大な期待、コミュニケーション不足、時には虐待やネグレクトが、安らぎの場であるはずの家庭をストレス源に変えてしまっている。
文化的背景:「メンツ」の呪縛: 「メンツ(面子)」を重んじ、恥を恐れる文化が、悩みや弱さを語ることを抑制させ、精神疾患へのスティグマ(偏見)を強固なものにしている。助けを求めることすら「メンツを失う」行為と見なされかねない。
この四重苦に、貧困やパンデミックの影響、メンタルヘルスに関する知識不足が追い打ちをかける。特に「メンツ」の文化は根深く、成功しなければならないプレッシャーと、弱さを見せられないプレッシャーの板挟みとなり、若者を声なき苦しみに閉じ込めているのだ。
3. 自殺という「最終手段」:見過ごされる女子の苦悩と国際比較
追い詰められた若者が自殺を選ぶ悲劇も後を絶たない。ベトナムの公式な自殺死亡率は、人口10万人あたり7人台(2019年: 7.5人)と報告されており、これは例えば韓国(同28.6人)や日本(同15.3人)と比較すると低い水準に見える。しかし、フィリピン(同2.2人)やインドネシア(同2.4人)よりは高い。
だが、この数字だけで判断するのは危険だ。データの信頼性の問題に加え、特に注目すべきは女子における自殺「念慮」と「未遂」の割合が男子に比べて圧倒的に高いという事実だ。死に至るケースは男子が多いかもしれないが、死にたいほどの絶望を経験しているのは女子の方が多い。これは、女子特有のストレス要因(対人関係、文化的圧力など)と、苦しみを内面に溜め込みやすい傾向を示唆している。彼女たちの「見えない苦しみ」に、社会はもっと目を向けなければならない。自殺の引き金は、学業、いじめ、家庭問題、そして「誰にも相談できない」孤立感であり、先に述べたストレッサーと直結している。
4. 「見えざる壁」:スティグマと機能不全の支援システム
助けを求めようにも、そこには二つの巨大な壁が立ちはだかる。
スティグマという名の「呪縛」: 精神疾患は「異常」「弱さ」「恥」であり、「メンツに関わる」という偏見が社会に深く根付いている。これが問題を隠蔽させ、相談や治療をためらわせる最大の障壁だ。
脆弱すぎる支援システム: 専門家(精神科医、心理士等)は圧倒的に不足し、都市部に偏在。サービスは高額で、多くの人がアクセスできない。そもそも国民のメンタルヘルスリテラシーが低く、どこに相談すれば良いかすら知られていない。システム自体も重度疾患偏重で、若者に多い一般的な問題に対応できていない。
この「スティグマ」と「機能不全のシステム」が相互に作用し、若者を必要な支援から遠ざけている。治療ギャップは拡大する一方だ。
5. 政府・教育機関の取り組み:「場当たり的対策」の限界
政府や教育機関も対策を講じてはいるが、その実態は「計画倒れ」「実行力不足」と言わざるを得ない。国家戦略は存在するものの、予算不足、優先順位の低さ、現場との乖離により、ほとんど機能していない。学校での介入プログラムも、一部での試行に留まり、教師の能力不足や専門職の不在といった根本的な問題が解決されないままでは、持続的な効果は望めない。これは典型的な「戦略なき戦術」だ。
6. 結論:行動を起こさないことの「莫大なコスト」と我々にできること
この危機を放置するコストは計り知れない。精神疾患による生産性の低下は、国家経済に莫大な損失をもたらす。これはもはや社会福祉の問題ではなく、国家の持続的成長を左右する最重要の「経営課題」なのだ。
【大前研一的処方箋:国家と社会、そして我々がすべきこと】
国家レベルでは、以下の戦略的改革を断行すべきだ。
精神保健を国家戦略の「最優先課題」に格上げし、予算と実行体制を確保せよ。
重度偏重から脱却し、「地域・プライマリケア中心」の「使える」精神保健システムを構築せよ。人材育成を急げ。
教育現場を「プレッシャー発生装置」から「セーフティネット」へ転換せよ。教員養成、専門職配置、カリキュラム改革は待ったなしだ。
「スティグマ打破」を国家プロジェクトとして、文化に根差した粘り強い国民運動を展開せよ。
信頼できるデータ収集・分析体制を確立し、戦略に基づいた政策決定(EBPM)を行え。
当事者(若者)と家族の声を政策に反映させる仕組みを作れ。
しかし、諸君、国家や専門家だけに任せていては、この根深い問題は解決しない。評論家のように嘆くだけでは何も変わらん。我々一人ひとり、特にベトナムに繋がりを持つ者、親として子供たちの未来を案じる者には、家庭や地域社会で「今すぐ」できることがあるはずだ。
【家庭・コミュニティでできること:小さな行動が未来を変える】
以下に挙げることは、私自身が二人の子供を持つ親として、またベトナム社会の一員として、責任を持って実践していきたいと考えていることでもある。
対話の扉を開く: まずは家庭内で、子供の話を否定せず、最後まで聞く姿勢を示すことだ。「メンツ」を気にして本音を隠すのではなく、「どんなことでも話していい」という安心感を育む。成績や結果だけでなく、プロセスや努力、そして子供自身の感情に関心を寄せる。
過剰な期待を手放す: 学業での成功だけが人生ではない。子供の興味や個性を尊重し、多様な価値観を認める。親自身の「メンツ」のために、子供に過剰なプレッシャーをかけるのは今すぐやめるべきだ。
正しい知識を身につけ、広める: 精神疾患は特別なことではない。風邪をひくのと同じように、誰でも心の不調をきたす可能性がある。まずは親自身が正しい知識を学び、地域や学校でメンタルヘルスリテラシー向上のための勉強会などを開くことも有効だろう。
地域の繋がりを強化する: 親同士、地域住民同士が気軽に悩みを相談し、支え合えるコミュニティを作る。孤立を防ぎ、「助けて」と言いやすい雰囲気を作ることが重要だ。SNSなども活用できるだろう。
学校との連携: 学校任せにせず、保護者として積極的に学校と連携し、子供たちの心のケアについて共に考える。スクールカウンセラーの配置や、メンタルヘルス教育の導入を働きかけることもできる。
これらは地道な活動だが、一つ一つの家庭、一人ひとりの意識が変われば、それはやがて大きなうねりとなる。
ベトナムが真の持続可能な発展を遂げるためには、経済成長というエンジンと同時に、その未来を担う若者の「心のインフラ」を強固にしなければならない。この「静かなる危機」への対応は、国家、社会、そして我々一人ひとりに課せられた、待ったなしの挑戦なのである。行動を起こすのは、今しかない。



