ベトナムでは今、国のかたちを大きく変える可能性のある、大規模な行政改革が進められています。その核心にあるのが「地方主義(tính cục bộ)」という、非常に根深い問題です。

一見すると「地元愛」のようなポジティブなものに聞こえるかもしれません。しかし、この「地方主義」は、歴史的に地域の強靭性を生み出す一方で、現代ベトナムが目指す効率的で公正な国家建設を阻む、大きな壁にもなっています。

この記事では、この「地方主義」とは一体何なのか、その歴史的背景から現代社会に与える影響、そしてベトナム政府がどう立ち向かっているのかを、掘り下げてみたいと思います。

第1章:「地方主義(tính cục bộ)」を解き明かす

まずはじめに、「地方主義」という言葉そのものの意味と、その歴史的なルーツを探ってみましょう。これは単なる地方分権の話ではなく、ベトナムの統治構造に深く根ざした、複雑な課題です。

言葉の意味:「ローカル」から「排他的な郷土主義」へ

ベトナム語の「cục bộ」は、文脈によって意味が大きく変わる言葉です。

中立的な意味では「局所的」「部分的」と訳されます。例えば、「ローカルエリアネットワーク(mạng cục bộ)」や「局所性虚血(thiếu máu cục bộ)」のように、特定の範囲を示すごく普通の形容詞です。

しかし、これが政治や行政の文脈で「tính cục bộ(地方的な性質)」「địa phương chủ nghĩa(地方主義)」として使われると、強い否定的な意味合いを帯びます。特に「địa phương chủ nghĩa」は、「自分の地方の利益だけを考え、国全体の利益を顧みないイデオロギー」を指し、これこそがベトナムの統治における核心的な課題とされています。

これは、英語の「parochialism(視野の狭い考え)」や「sectionalism(地域対立主義)」に近い概念で、地域の自立性を重んじるあまり、国全体との協調を欠いてしまう危険性をはらんでいます。

文化の深層:「王の法も村の掟には及ばず」

ベトナムの地方主義の根強さは、歴史と文化に深く根ざしています。その象徴が、次のことわざです。

phép vua thua lệ làng(王の法も村の掟には及ばず)

これは、中央政府の権威に対する、地方共同体の伝統的な自律性や抵抗心を表す言葉です。ベトナムでは古くから村(làng xã)が社会の基本単位であり、歴代王朝、フランス植民地時代、そして現代に至るまで、この「村の掟」が人々の意識に強く影響を与えてきました。

共産党と国家は、個人の利益よりも国家・民族の利益を優先するよう公式に教えていますが、人々の心に深く刻まれた地元への忠誠心との間には、常に緊張関係が存在するのです。

地方主義の地図:地域ごとの違い

「地方主義」は、ベトナム全土で一様ではありません。地域によってその強さや現れ方が大きく異なります。

ある分析によると、以下のような傾向があるとされています。

  • 山岳地帯の出身者:故郷を離れて働くことが多いためか、地方主義的な傾向は最も少ない。

  • 紅河デルタ(北部):比較的順応性が高い。

  • 北中部の一部の省:地方主義が非常に強く、典型例とされる地域。

  • 南中部沿岸地域:より調和的で、傾向は弱い。

  • 南部(Nam Bộ):非常に寛容な気風だが、特定の省というより「南部人」としての一体感という、独特の地方主義が存在する。

このように、地域の歴史や経済、文化の違いが、多様な「地方主義」のかたちを生み出しているのです。


第2章:現代の病理:既得権益と「影の国家」

現代のベトナムにおいて、「地方主義」は単なる文化的な名残ではありません。政治と経済の領域で、国家の統治システムそのものを脅かす強力な力となっています。

権力の癒着:「利益集団」と「裏庭企業」

地方主義が最も有害な形で現れるのが、「利益集団(lợi ích nhóm)」「裏庭企業(doanh nghiệp sân sau)」の存在です。

  • 利益集団:これは正当な圧力団体とは異なり、権力を持つ役人と不正な企業家が結託し、違法な利益を追求する排他的なネットワークを指します。個人的なつながりや地元びいきを基盤に、政策や人事を歪めて私腹を肥やします。

  • 裏庭企業:利益集団が儲けるための"実行部隊"です。表向きは役人の親族などが経営していますが、実質的にはその役人が支配しています。公共事業を不正に受注したり、有利な条件で土地を手に入れたりして得た利益が、利益集団に還流される仕組みです。

近年のベトA社事件やフックソン・グループ事件といった大規模な汚職事件は、地方レベルでの役人と「裏庭企業」の深刻な癒着構造を白日の下に晒しました。これらは単なる経済犯罪ではなく、地方の統治システムそのものを蝕む「影の統治(shadow governance)」と化しているのです。

土地問題:腐敗の震源地

ベトナムで地方主義が最も露骨に腐敗と結びつくのが土地管理です。土地の収用、評価、転用といったプロセスは、地方の利益集団にとって莫大な不正利益を生む温床となってきました。

特に「社会経済開発のため」という曖昧な名目での土地収用は、農民から不当に安く土地を奪い、それを企業が高値で転売して役人と業者が巨利を得る、という構図を繰り返し生んできました。

土地をめぐる国民の不満は非常に根強く、行政への不服申し立ての大部分を占めています。この状況を受け、2024年の改正土地法では透明性の確保や手続きの厳格化が図られましたが、地方に深く根を張った利益集団の抵抗を乗り越えられるかが、今後の大きな課題です。


第3章:なぜ改革は進まないのか?国家近代化の障害

ベトナムが目指す近代国家への道のりにおいて、「地方主義」はその進捗を根本から妨げる構造的な障害となっています。

失敗し続ける官僚機構のスリム化

ベトナム政府は長年、肥大化した官僚機構をスリム化しようと改革を試みてきました。しかし、その多くは地方の既得権益層の抵抗によって骨抜きにされてきました。

ゆっくりとした改革は、地方のエリートたちに抵抗し、改革を無力化する時間を与えてしまいます。例えば、汚職防止に繋がるはずだった「不動産登録法案」は、関係省庁間の利害対立により、2009年に審議がストップしてしまいました。

「改革を続けなければ、我々は負ける」という副首相の言葉は、この問題の深刻さを物語っています。

経済の足枷となる地方主義のコスト

地方主義は経済全体にも重い足枷となっています。不公平な競争環境や官僚主義的な停滞は、ベトナムが「中所得国の罠」に陥るリスクを高めています。

また、外国からの投資は、統治の質が高い一部の地域に集中しがちで、地方主義が蔓延する地域は発展から取り残され、深刻な地域間格差を生み出しています。

企業の視点から地方の統治の質を測る**「地方競争力指数(PCI)」**という指標があります。非公式な費用の多さや行政の不透明さなど、地方主義の悪影響は低いPCIスコアに繋がり、結果として投資を遠ざけ、経済発展を阻害しているのです。


第4章:国家の反撃:前例なき中央集権化キャンペーン

これまでの漸進的な改革の失敗を踏まえ、ベトナム指導部はついに抜本的な「ショック療法」へと舵を切りました。地方主義の牙城を崩すため、三位一体の強力な中央集権化キャンペーンが展開されています。

① 「燃える炉」:反腐敗闘争という名のメス

グエン・フー・チョン前書記長が始め、トー・ラム現書記長が引き継ぐ「燃える炉(đốt lò)」と呼ばれる反腐敗キャンペーン。これは単なる汚職撲滅運動ではなく、地方の権力を削ぎ、中央の統制を取り戻すための強力な政治的ツールです。

2021年以降、キャンペーンの主戦場は明らかに地方へと移りました。規律処分を受けた高級官僚の57.6%が地方官僚であるという事実がそれを物語っています。地方のトップである省党書記までもが逮捕されるなど、もはや「聖域」は存在しないという中央の断固たる意志が示されています。

② エリート層の再編:幹部交代で癒着を断つ

地方主義の温床となってきた、地元出身者がトップに就く慣行を改めるため、「幹部交代(luân chuyển cán bộ)」が強力に推進されています。

これは、特定の地域と縁のない「非地元出身者」を省のトップに任命し、地元企業との癒着ネットワークを断ち切ることを目的としています。非地元出身の省党書記の割合は、2020年の36.5%から2024年には3分の2にまで急増。共産党は、2025年までに地元出身の省党書記をゼロにするという野心的な目標を掲げています。

③ 壮大な再設計:省の大規模統合

そして、中央集権化キャンペーンの総仕上げとも言えるのが、行政区画そのものを再編する省合併計画です。

2025年6月に承認されたこの計画は、現在の63の省・市を約34にまで半減させ、県レベルを廃止するという、国家の統治構造を根底から変えるものです。

公式な目的は行政のスリム化ですが、真の狙いは、地方主義の基盤となってきた省という制度的枠組みと地域アイデンティティを根底から揺るがし、中央が主導する新たな開発モデルを強制することにあります。まさに、「王の法も村の掟には及ばず」という原則に対する、中央政府からの全面的な挑戦と言えるでしょう。


第5章:未来への提言:中央集権化のジレンマをどう乗り越えるか

この強力な中央集権化キャンペーンは、地方の腐敗に一定の打撃を与えた一方で、深刻な副作用ももたらしています。

中央集権化という「両刃の剣」

最も深刻な副作用が、「官僚主義的な麻痺」です。

反腐敗の「燃える炉」が作り出した恐怖の雰囲気は、地方官僚に「間違いを犯すことを恐れ(sợ sai)」させ、意思決定の停滞や公共投資の遅延を引き起こしています。汚職という非効率性を、今度は恐怖による麻痺という新たな非効率性と交換しているような状況です。

また、権力が中央に集中しすぎることは、ベトナムがこれまで維持してきた「集団指導体制」のバランスを崩し、長期的な政治の安定を損なうリスクもはらんでいます。

結論:村の門を超えて

ベトナムの「地方主義」は、歴史、文化、政治、経済が複雑に絡み合った、深く根強い挑戦です。国家の近代化を阻むこの課題に対し、ベトナム指導部が打ち出した強力な中央集権化キャンペーンは、これまでの失敗を踏まえた必然的な選択でした。

しかし、この「治療法」がもたらす副作用もまた深刻です。

ベトナムの長期的な成功は、中央と地方の綱引きにどちらかが勝つことではありません。地方の活力を脅威と見なして叩き潰すのではなく、透明性の高い制度というガードレールの中で、国家発展の力として活用する。

最終的な目標は、「村の門」を破壊することではなく、共有された国家の未来に向かって、その門を自発的に開かせることにあるのかもしれません。