はじめに
日本で経理をやっている人がベトナムの会計制度に触れると、最初に感じるのは「窮屈さ」だろう。
日本では、勘定科目の番号も名称も企業が自由に設計できる。財務諸表の表示も、重要性の原則に基づいてある程度柔軟にアレンジできる。自社の業態に合った科目体系を作り、見やすい形で報告する。それが日本の常識だ。
ベトナムは違う。
勘定科目の番号は財務省が決めた統一番号を使わなければならない。財務諸表の様式も法定フォーマットが指定されており、企業が勝手に項目を追加したり統合したりすることは原則できない。会計ソフトも電子インボイスも、この統一体系に基づいて設計されている。
「なぜこんなに不自由なのか」と思うかもしれないが、ベトナムの事情を考えれば理解できる。すべての企業が同じ科目番号・同じ様式を使うことで、税務当局は膨大な数の企業の申告を効率的にチェックできる。勘定番号を見れば、どの企業の帳簿でも何の科目かが即座に分かる。行政の効率化のための設計なのだ。
この記事では、ベトナム会計基準(VAS)、企業会計制度(Circular 200/2014、そしてその後継であるCircular 99/2025)、そして電子インボイス制度の全体像を解説する。
第1章 VAS ― 20年以上更新されていない26の基準
VASとは何か
VAS(Vietnam Accounting Standards / Chuẩn mực kế toán Việt Nam)は、ベトナム財務省が2001年から2005年にかけて公布した26の会計基準である。当時のIAS/IFRS(国際会計基準)を参考に策定されたが、ベトナムの経済状況に合わせてカスタマイズされている。
問題は、公布後20年以上にわたって一度も改訂されていないことだ。その間にIFRSは大幅に改訂され、IFRS 9(金融商品)、IFRS 15(収益認識)、IFRS 16(リース)、IFRS 13(公正価値)など、会計の根幹に関わる新基準が次々と導入された。VASにはこれらの対応がない。
IFRSとの主な乖離
VASとIFRSの乖離は、大きく分けて3つのカテゴリーに整理できる。
カテゴリー1:VASに「ない」もの
IFRSには存在するが、VASにまったく対応する基準がないもの。
公正価値測定(IFRS 13): IFRS 13は資産・負債の公正価値を測定するための包括的なフレームワークを提供する。3段階のヒエラルキー(市場価格→観察可能なインプット→観察不能なインプット)で公正価値を決定する仕組みだ。VASにはこの概念がない。有価証券の評価に限定的な指針があるだけだ。
資産の減損テスト(IAS 36): IFRSでは減損の兆候がある場合に回収可能価額テストを行い、帳簿価額が回収可能価額を超えていれば減損損失を計上する。VASにはこの体系的な減損テストの規定がない。棚卸資産や有価証券に対する引当金の計上規定はあるが、固定資産全般への体系的な減損テストとは性質が異なる。
金融商品(IFRS 9): IFRSでは金融商品を償却原価・公正価値(OCI経由)・公正価値(損益)に分類し、予想信用損失(ECL)モデルで貸倒引当金を計算する。VASにはこの包括的な基準がなく、Circular 228/2009に基づく引当金計上(取得原価マイナス引当金)のみである。
カテゴリー2:VASが「古い」もの
VASに対応する基準はあるが、その後のIFRS改訂に追いついていないもの。
リース会計(VAS 6 vs IFRS 16): VAS 6は旧IAS 17(2019年に廃止済み)をベースにしている。IFRSでは、ほぼすべてのリースについて借手が使用権資産とリース負債を認識するが、VAS 6ではオペレーティングリースはオフバランスのままだ。工業団地の土地リース、オフィスリース、設備リース ― すべてがバランスシートに載らない。
収益認識(VAS 14 vs IFRS 15): IFRS 15は5ステップモデル(契約の識別→履行義務の識別→取引価格の算定→配分→充足時に認識)を採用する。VAS 14はリスク・報酬の移転基準という旧来のアプローチだ。ただし、2026年1月施行のCircular 99/2025では「支配の移転」基準に変更される予定であり、IFRS 15に近づく。
カテゴリー3:概ね整合しているもの
棚卸資産(VAS 2 / IAS 2)、外国為替の影響(VAS 10 / IAS 21)、借入費用(VAS 16 / IAS 23)、後発事象(VAS 23 / IAS 10)などは、概ね整合している。ただし、細部の規定で差異がある場合がある。
第2章 Circular 200 ― 「統一勘定科目」の世界
勘定科目番号は「法律」で決まっている
Circular 200/2014/TT-BTC(2014年12月22日公布)は、ベトナムの企業会計制度を規定する通達である。すべての企業が従うべき勘定科目体系、帳簿様式、財務諸表の様式を定めている。
勘定科目の体系は以下のとおりだ。
| 分類 | 勘定番号範囲 | 内容 |
|---|---|---|
| 第1類:短期資産 | 111〜171 | 現金、預金、売掛金、棚卸資産、前払費用 |
| 第2類:長期資産 | 211〜244 | 有形固定資産、無形固定資産、投資不動産、長期投資 |
| 第3類:負債 | 311〜344 | 買掛金、借入金、未払税金、前受金 |
| 第4類:資本 | 411〜421 | 投資資本金、利益剰余金、準備金 |
| 第5類:収益 | 511〜515 | 売上高、金融収益 |
| 第6類:費用 | 621〜642 | 製造原価、販売費、管理費 |
| 第7類:その他収益 | 711 | 固定資産売却益等 |
| 第8類:その他費用 | 811 | 固定資産売却損等 |
| 第9類:損益計算 | 911 | 損益振替勘定 |
日本のように「うちの会社では売上高を4100番台にしよう」「交通費は8320にしよう」といった自由な設計はできない。すべての企業で、売上高は511番、現金は111番だ。
財務諸表も「テンプレート」が決まっている
ベトナムの法定財務諸表は4種類。
- 貸借対照表(Bảng cân đối kế toán) ― 様式B01-DN
- 損益計算書(Báo cáo kết quả hoạt động kinh doanh) ― 様式B02-DN
- キャッシュフロー計算書(Báo cáo lưu chuyển tiền tệ) ― 様式B03-DN
- 注記(Bản thuyết minh Báo cáo tài chính) ― 様式B09-DN
これらの様式はCircular 200で指定されており、項目の追加や統合は原則できない。VASではキャッシュフロー計算書は直接法が推奨される(日本やIFRSでは間接法が一般的)。
第3章 Circular 99/2025 ― 新時代の幕開け
2026年1月1日から「Circular 200」は引退する
2025年10月27日、財務省はCircular 99/2025/TT-BTCを公布した。2026年1月1日から施行され、Circular 200/2014を全面的に置き換える。
約11年ぶりの大改訂であり、実務に直結する変更が多い。
主な変更点
1. 収益認識基準の変更
最大の変更だ。Circular 200では「リスク・報酬の移転時」に収益を認識していたが、Circular 99では「支配の移転時」に認識する。IFRS 15の考え方に近づいた。インボイス発行時や入金時ではなく、履行義務の完了と支配の移転が認識のトリガーになる。
製造業で受注生産を行う企業には影響が大きい。
2. 勘定科目の自主性拡大
Circular 200では勘定科目の追加に財務省の許可が必要だったが、Circular 99では2次・3次レベルの勘定科目を企業が自由に追加できるようになった。1次レベル(3桁)の番号は変更できないが、その下の詳細科目は企業の管理ニーズに合わせて設計できる。
本社ERPとの連携がやや容易になるだろう。
3. 具体的な勘定科目の変更
| 勘定 | Circular 200(旧) | Circular 99(新) |
|---|---|---|
| 112 | 銀行預金 | 普通預金に名称変更。定期預金は128へ移動 |
| 155 | 完成品 | 製品に名称変更。半製品を含む広い概念に |
| 215 | (なし) | 生物資産を新設(IAS 41対応) |
| 137 | (なし) | 契約資産を新設(建設・不動産向け) |
| 419 | 自己株式(資産) | 自己株式(資本の控除) |
4. 帳票様式の削減
Circular 200の45種類からCircular 99では42種類に削減された。

第4章 電子インボイス ― 紙の時代は終わった
2022年7月から全企業義務化
Decree 123/2020/ND-CPおよびCircular 78/2021/TT-BTCに基づき、2022年7月1日からベトナムの全企業に電子インボイス(Hóa đơn điện tử / e-invoice)が義務化された。紙のインボイスは原則廃止である。
すべてのインボイスはXML形式の電子データで発行・保管する。電子署名(Digital Signature)が必須(POSレシートを除く)。
2つのタイプ
税務当局コード付き(Có mã): 発行時にリアルタイムで税務当局のシステムを通じてコードが付与される。中小企業向け。
税務当局コードなし(Không có mã): 発行日と同日中に税務総局(GDT)に報告。大企業向け。
会計ソフトとの連携が前提
電子インボイスは単独では機能しない。会計ソフトと電子インボイスプロバイダー(Viettel・VNPT等の認定事業者)がシステム連携し、売上計上→インボイス発行→税務当局への報告が一気通貫で行われる仕組みだ。
Excelで帳簿を管理している場合、この連携ができない。VAT仕入控除の要件として有効なe-invoiceの保管が必須であり、e-invoiceと帳簿の整合性が取れないと税務調査で指摘を受ける。
第5章 法定監査 ― 外資企業は「初年度から全件義務」
売上ゼロでも監査は必要
ここは日本人が最も油断しやすいポイントだ。
日本では、会社法上の大会社(資本金5億円以上 or 負債200億円以上)に対して会計監査人の設置義務がある。中小企業は法定監査の対象外だ。
ベトナムでは、外国投資企業(FIE)は企業規模を問わず法定監査の対象とされる。売上がゼロの設立初年度であっても、監査法人を選定し、監査済み財務諸表を提出するのが実務の前提になっている。
期限と手続き
- 会計年度終了日から90日以内に監査報告書と監査済み財務諸表を提出するのが期限とされる
- 会計年度は暦年(1月〜12月)が一般的だが、3の倍数月(3月・6月・9月・12月)を期末とすることもできるとされる
- 設立初年度は最長15か月まで1会計年度として扱える取り扱いがある
- 監査法人はベトナム財務省に登録された法人のみが実施可能
これらの期限や会計年度の定め方は、会計法2015をはじめとする会計・監査関連の法令で定められている。条文の細部は改正で動くため、監査法人と契約する段階で現行の条文を確認しておきたい。
監査法人の選択肢
Big 4(PwC・Deloitte・KPMG・EY)のベトナム法人は日本語対応チームを持っている場合が多い。中堅(Grant Thornton・Crowe・BDO)もコストパフォーマンスの面で選択肢になる。
日系企業の場合、日本語で監査報告の説明を受けられるかどうかは、監査法人選定の重要な判断材料だ。
第6章 帳簿の保存期間 ― 10年間は「捨てるな」
会計法2015年に基づき、会計帳簿・証憑書類の保存期間は以下のとおりである。
| 書類の種類 | 保存期間 |
|---|---|
| 年次財務諸表 | 永久保存 |
| 会計帳簿(元帳・補助簿) | 会計年度末から10年 |
| 財務諸表作成に使用した証憑 | 会計年度末から10年 |
| 電子インボイスデータ | 10年 |
| 月次・四半期財務諸表 | 会計年度末から10年 |
10年保存のルールは、税務調査でさかのぼって確認され得る期間(実務では最大10年と言われる)と整合している。「古い書類だから処分しよう」は厳禁だ。特に撤退時(No.06参照)には、過去のすべての帳簿が精査される。
第7章 連結パッケージ ― VASからJ-GAAP/IFRSへの組替
なぜ組替が必要か
日本の親会社が連結財務諸表を作成するためには、ベトナム子会社のVASベースの数字をJ-GAAP(日本基準)またはIFRSに組み替える必要がある。VASとJ-GAAP/IFRSの間にはギャップがあるため、「組替仕訳(Adjustment Entries)」を計上しなければならない。
主要な調整項目
固定資産の減損: VAS上は減損テストがないが、J-GAAP/IFRSでは必須。連結パッケージ作成時に別途計算し、減損損失を認識する必要がある。
リース会計: VAS上はオペレーティングリースがオフバランスだが、IFRSでは使用権資産とリース負債をオンバランスに計上。工場の土地リースやオフィスリースが該当する。
退職給付: VASでは法定退職金の計上のみだが、J-GAAP/IFRSでは数理計算に基づく退職給付引当金の計上が必要(IAS 19)。
売掛金の貸倒引当金: VASではCircular 228の規定に基づく引当率で計算するが、IFRSでは予想信用損失(ECL)モデルで計算する。方法論がまったく異なる。
勘定科目のマッピング: VASの統一勘定番号と本社ERPの勘定科目体系を対応させるマッピングテーブルが必要。
実務上のアプローチ
多くの日系企業は、連結パッケージの作成を現地の会計事務所・監査法人に外注している。月次・四半期・年次の連結パッケージを作成するフローを設立時に設計し、組替仕訳の一覧を作成しておくことが重要だ。
日本との違い ―「日本の常識が通じない」ポイント
勘定科目の自由度
日本:企業が自由に設計。 ベトナム:財務省の統一番号を使用。1次レベルは変更不可。
法定監査の対象
日本:大会社のみ(資本金5億円以上 or 負債200億円以上)。中小企業は対象外。 ベトナム:外資企業は企業規模を問わず全件義務。
財務諸表の様式
日本:重要性の原則に基づき柔軟にアレンジ可能。 ベトナム:法定フォーマット(B01-DN等)が指定されており、変更不可。
減損テスト
日本・IFRS:固定資産の減損テストは基本中の基本。 VAS:減損テストの包括的な規定がない。
ここが変わった(2025〜2026年)
Circular 99/2025/TT-BTC(2026年1月1日施行)
約11年ぶりの大改訂。収益認識基準がIFRS 15に近い「支配の移転」基準に変更。企業の勘定科目設計の自主性が拡大。新勘定科目(生物資産・契約資産)の追加。帳票様式の削減(45→42種類)。
IFRS適用の義務化
2024年11月にベトナム国会がIFRSの適用方針を承認したと報じられている。2026年以降、上場企業・国有企業・大規模未上場公開会社に連結財務諸表でのIFRS適用を求める方向とされ、外資企業は個別財務諸表での任意適用が可能と説明されている。ただし決議番号や適用対象の細部は本記事の参照時点で確定情報を確認できていない。自社が対象になるかどうかは監査法人に確認してほしい。
まとめ:やっておくべきこと
勘定科目のマッピングを設立前に設計する。 VASの統一勘定番号と本社ERPの勘定科目の対応表を作り、月次で自動マッピングできる仕組みを構築する
監査法人を設立前に選定する。 外資企業は初年度から法定監査が義務。設立後に「監査法人どこにしよう」と探していては遅い
会計ソフトとe-invoiceプロバイダーを設立時に導入する。 Excelでの帳簿管理は、e-invoiceとの連携ができずリスクが高い
連結パッケージのフローを設計する。 VAS→J-GAAP/IFRSの組替仕訳の一覧を作成し、月次で対応できる体制を整える
帳簿は10年間、完全に保管する。 税務調査でさかのぼられる期間は最大10年と言われる。設立初年度からの完璧な書類管理が、撤退時のリスクに直結する
Circular 99/2025の変更点を理解する。 2026年設立の企業は最初からCircular 99を適用。旧制度(Circular 200)の知識だけでは不十分
現地経理スタッフの採用基準にCircular 99の理解度を含める。 制度が切り替わった直後は、旧制度(Circular 200)での実務経験しかない候補者に出会うこともある。新制度を理解しているかどうかは重要な採用基準
会計年度は暦年(1〜12月)を選択する。 税務申告との整合性が最も取りやすい
参照時点と主要根拠法令
本記事は2026年3月時点の調査に基づいています。法令は改正されるため、実務の判断は現行の一次資料で確認してください。
主要根拠法令: 会計法2015/Circular 200/2014/TT-BTC/Circular 99/2025/TT-BTC/Decree 123/2020/ND-CP/Circular 78/2021/TT-BTC/Circular 228/2009/ベトナム会計基準(VAS 1〜26)



