純利益 500 は、置いた数字か、出てきた数字か ── 見積財務諸表で予算を1枚に着地させる
この回で分かること
- 見積損益計算書の各行が、どの部門予算から流れてきたのかを指させる
- 売上原価予算を「1個あたり製造原価 × 販売数量」で組み立て、生産量と取り違えない
- 積み上げて出した予算と、目標から逆算した割り当てを、作り方の違いで説明できる
見積財務諸表 ── 積み上げた予算が、決算書と同じ形になる
来期の純利益は 500。同じ 500 でも、先に置いた 500 と、積み上げた末に出てきた 500 では、まったく別のものです。見分ける方法は1つしかありません。その 500 が、どの行から来たのかをたどれるかどうかです。
会議室で起きたこと
年度予算の締切まで2週間。本社から来た1行のメールを持って、ケンがCFOのリンの席に来た場面です。
ケン: リンさん、本社の中島部長から来期の指示が来ました。「純利益は 500 で」と一行だけです。この 500 から逆算して各部門に割り振れば、予算は完成ですよね。
リン: 逆算でも表は埋まるわ。ただ、それは予算ではなく割り当てね。
ケン: 違うものですか。出てくる紙は同じに見えますが。
リン: 紙は似ているの。違うのは、その数字を誰がどうやって作ったか。予算は、売る量から順に積み上げて、最後に純利益が出てくる。割り当ては、純利益を先に置いて、辻褄が合うまで上の行を削っていく。
ケン: でも、目標がないと締まらない気がします。
リン: 目標を持つのはいいのよ。順番の話をしているの。積み上げた結果が 430 だったとするでしょう。そこで初めて「500 にするには、どこを 70 動かすか」を議論できる。逆算から始めると、その 70 がどこから出たのか誰も説明できない紙が残るわ。
ケン: ……その紙、見たことがあります。営業のころ、Horizon Trading の Minh 社長に値引きを飲まされたときの見積です。原価を積む前に、先に売値のほうを決めていました。
リン: 同じ構造よ。今日は、その積み上げの最後の1枚を作るの。Day 17 で売る量と作る量、Day 18 で費用、Day 19 で現金。ばらばらの予算を、1枚の損益計算書と1枚の貸借対照表に着地させる。見積財務諸表(Pro Forma Financial Statements)と呼ぶわ。
ケン: 予算なのに、財務諸表の形にするんですか。
リン: そう。まだ起きていない1年を、決算書と同じ形で先に書いてみる。形が同じなら、実績が出たときにそのまま横に並べられるでしょう。
ケン: 並べて比べる……差異分析ですね。
リン: それは Day 25 以降でやるわ。今日は、比べる相手のほうを作る日。それと、貸借対照表まで作る理由がもう1つあるの。貸借が一致しなければ、どこかの予算が間違っている合図になる。
ケン: 予算そのものの検算になるわけですね。
リン: ええ。では Day 17 で出した 1,040個 から始めましょう。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| pro forma financial statements | 見積財務諸表。予算をもとに先に作る損益計算書・貸借対照表など |
| budgeted income statement | 予算損益計算書(見積損益計算書) |
| budgeted balance sheet | 予算貸借対照表(見積貸借対照表) |
| unit product cost | 製品1個あたりの製造原価 |
| build up a budget | 予算を積み上げて作る |
| back into a number | 数字から逆算する。答えを先に置いて途中を埋めること |
| plug | 辻褄合わせの数字。差額をそこに押し込むこと |
| the numbers tie out | 数字が突き合う、貸借が合う |
今日おさえる3つ
- 見積財務諸表は、各部門の予算を1枚の損益計算書と1枚の貸借対照表に着地させたもの
- 予算損益計算書のどの行にも上流の予算がある。売上原価は「1個あたり製造原価 × 販売数量」
- 予算は積み上げた結果。目標を先に置いて逆算した表は、予算の形をした割り当て
見積財務諸表とは何か
見積財務諸表Pro Forma Financial Statementsは、これから始まる1年を、決算書と同じ形で先に書いたものです。過去を集計する決算書と、行の並びは変わりません。違うのは、数字の出どころが実際の取引ではなく、各部門が置いた予算だという点だけです。
作る目的は3つあります。
- 着地点を見る ばらばらに作った予算を全部足したとき、利益がいくらになるのかを知る
- 検算する 貸借対照表の借方と貸方が一致しなければ、どこかの予算に誤りがある
- 比べる相手を作る 実績が同じ形で出てくるので、後から行ごとに突き合わせられる
3つ目が、このあとの差異分析につながります。予算と実績を比べるには、両者が同じ形をしている必要があります。予算だけが独自のフォーマットだと、比較の前に組み替えの作業が入り、そこで誤差が生まれます。
予算損益計算書は、どの予算から来るか
予算損益計算書に、新しく決める数字はほとんどありません。ほとんどの行は、すでに作った予算から運ばれてきます。
| 行 | 出どころ | 組み立て方 |
|---|---|---|
| 売上高Sales | 売上予算(Day 17) | 販売数量 × 販売単価 |
| 売上原価Cost of Goods Sold | 材料・労務費・製造間接費の各予算(Day 17〜18) | 製品1個あたり製造原価 × 販売数量 |
| 売上総利益Gross Profit | 上の2行の差 | 売上高 − 売上原価 |
| 営業費用Operating Expenses | 販管費予算(Day 18) | 変動販売費 + 固定販管費 |
| 営業利益Operating Income | 上の2行の差 | 売上総利益 − 営業費用 |
| 営業外収益・費用Other Income / Expenses | 資金予算・投資計画(Day 19) | 受取配当・支払利息・資産売却の見込み |
| 法人税等Income Tax | 税務の見積り | 税引前利益に見込みの税率を掛ける方法もある |
| 当期純利益Net Income | ここが着地点 | 税引前利益 − 法人税等 |
売上原価に掛けるのは、販売数量のほう
この回でいちばん間違えやすいのが、売上原価の行です。ASTRA の来期は、売る数が 1,000個、作る数が 1,040個でした(Day 17)。売上原価に掛けるのは、このうち 1,000 のほうです。
作った 1,040個ぶんの製造原価は、いったん全部が製品在庫に入ります。そこから売れた 1,000個ぶんだけが費用になり、残りの 40個ぶんは資産として貸借対照表に残ります。生産量 1,040 を掛けてしまうと、まだ売れていない在庫の原価まで費用に混ぜることになります。
製品1個あたり製造原価という一枚の橋
Day 17 と Day 18 で作った予算は、単位がばらばらでした。材料は kg、労務費は時間、製造間接費は配賦率です。これを損益計算書に載せるには、いったん「製品1個あたりいくらか」に揃える必要があります。
製品1個あたり製造原価 = 1個あたり材料費 + 1個あたり直接労務費 + 1個あたり製造間接費
この1行が、量の世界(個・kg・時間)と金額の世界(損益計算書)をつなぐ橋になります。橋を渡ったあとは、掛ける相手を売った数にするか作った数にするかだけを間違えなければ、売上原価も期末の製品在庫も同じ単価から出せます。
予算貸借対照表は、どの予算から来るか
貸借対照表のほうは、期首の残高に予算年度の増減を足していきます。行ごとに、増減の出どころが決まっています。
| 行 | 出どころ | 置き方 |
|---|---|---|
| 現金Cash | 資金予算(Day 19) | 資金予算の期末残高をそのまま持ってくる |
| 売掛金Accounts Receivable | 売上予算と回収条件 | 売上高予算のうち、期末までに回収されない分 |
| 製品在庫Finished Goods | 生産予算の在庫方針(Day 17) | 期末製品在庫の数量 × 1個あたり製造原価 |
| 材料在庫Raw Materials | 材料購入予算の在庫方針(Day 17) | 期末材料在庫の数量 × 材料単価 |
| 有形固定資産PP&E, net | 設備投資計画と減価償却 | 期首 + 取得 − 減価償却 − 売却分 |
| 買掛金Accounts Payable | 材料購入予算と支払条件 | 材料購入予算のうち、期末までに支払わない分 |
| 利益剰余金Retained Earnings | 予算損益計算書と配当方針 | 期首 + 予算純利益 − 配当予定額 |
一番下の利益剰余金の行が、2枚をつなぐ接続点です。Day 1 で見た Articulation(財務諸表の連結)が、予算の世界でもそのまま働きます。予算損益計算書の純利益が、予算貸借対照表の利益剰余金へ流れる。この経路は、実績でも予算でも同じです。
貸借が一致しないときに疑う場所
予算貸借対照表を組んで借方と貸方が合わないとき、真っ先に疑うのは次の3つです。
- 在庫の単価 製品在庫を売価で評価していないか。載せるのは原価のほう
- 掛ける数量の取り違え 売上原価に生産量を掛けていないか
- 現金と利益の混線 資金予算の期末現金と、予算損益計算書の純利益をどちらかで二重に使っていないか
差額をどこかの行に押し込んで一致させる操作を、英語で plug と呼びます。手が早い人ほどやりがちですが、押し込んだ瞬間に、この表は検算の道具ではなくなります。
積み上げか、逆算か
冒頭の対話に戻ります。「純利益 500」から逆算しても、表は埋まります。売上原価も販管費も、500 に着地するように置けばよいからです。それでも予算と呼べないのは、次の2つが失われるためです。
| 積み上げて作る | 目標から逆算する | |
|---|---|---|
| 順番 | 販売数量 → 生産量 → 費用 → 利益 | 利益 → 費用 → 生産量 → 販売数量 |
| 純利益は | 計算の結果として出てくる | 最初に置かれている |
| 差が出たとき | どの行を動かせば届くかを議論できる | どこが不足なのか誰も言えない |
| 実績と比べると | 行ごとに原因をたどれる | 比べても打ち手が出てこない |
目標を持つこと自体は否定されません。積み上げた結果が目標に届かないとき、その差をどの行で埋めるかを決めるのが経営の仕事です。順番を逆にすると、その議論の材料そのものが無くなります。
なお、予算の作り方には、部門が積み上げる参加型と、上位が数値を示す権威型があります(Day 13)。どちらの進め方であっても、最後に見積財務諸表を組み立てるときは、行ごとの出どころをたどれる状態にしておくのが原則です。
実績が出たあとの話
見積財務諸表は、作った時点では誰の成績表でもありません。値打ちが出るのは、1年後に実績が同じ形で並んだときです。売上総利益が予算どおりなのに営業利益が届かなかったのなら、原因は販管費の行にあります。売上高が予算どおりなのに売上総利益が痩せたのなら、1個あたり製造原価か販売数量構成のどちらかです。
この「どの行で差がついたのか」を分解する作業が差異分析Variance Analysisで、Day 25 以降で扱います。今日作るのは、その比較の基準になる1枚です。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturingほか)と人物、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)