利益は 800 出る。それでも手元の現金は減る ── 資金予算という4つの箱
この回で分かること
- 資金予算を4つの区分(現金収入・現金支出・資金の過不足・財務)に分けて組み立てられる
- 売上と入金、仕入と支払のズレを回収率・支払率の形で予算表に置ける
- 減価償却費を資金予算に入れない理由を、費用と支出の違いから説明できる
資金予算の4区分 ── 入る現金・出る現金・過不足・そして財務
Day 17 と Day 18 で、来期の売上と費用の予算が組み上がりました。営業利益は 800 出る計画です。それなのに、同じ数字を並べ替えるだけで「期末の現金は今より減る」という結論が出てきます。並べ替えたものが資金予算です。
会議室で起きたこと
来期の予算パッケージを本社へ提出する前日。ケンが、CFOのリンにシートの束を持ってきた場面です。
ケン: リンさん、売上予算から営業費用予算まで全部埋まりました。営業利益は 800 出ます。これで提出できますよね。
リン: あと1枚あるわ。本社の中島部長から、資金予算(Cash Budget)を付けるようにと言われているはずよ。
ケン: 資金予算……利益が 800 出ているのに、まだ何を見るんですか。
リン: ケンさん、来期に売る 4,000 のうち、いくら現金で入ってくると思う?
ケン: 4,000 ……ではないですね。うちは請求してから入金まで時間がかかります。
リン: そう。実績では売った年度のうちに回収できているのは 8割。残りは翌年度に売掛金として繰り越されるの。逆に、前年度に売った分の残りが来期に入ってくる。
ケン: 入る側がずれるなら、出る側もずれますね。材料の支払いも翌月ですし。
リン: その通り。そして来期は、材料と製品の在庫を積む方針を立てたわね。買う量が使う量より多い期は、現金だけが先に出ていく。しかも新しい設備の代金 280 の支払いと、配当と、長期借入の返済もあるでしょう。
ケン: ……あ。設備は損益計算書には 280 として出てきません。減価償却費として少しずつ費用になるだけです。
リン: だから利益は無事なのよ。現金だけが 280 出ていく。逆に減価償却費のほうは、費用に載るけれど現金は1も動かない。だから資金予算には入れないの。
ケン: 費用の表と、現金の表で、載る項目そのものが違うということですか。
リン: そう。同じ会社の同じ年度を、違う定規で測るの。しかも年度の合計で足りていても、期中のどこかで足りなくなることがある。だから四半期に割って見るのよ。足りなくなるなら、先に銀行と話す。予算を組む目的の半分は、そこにあるわ。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| cash budget | 資金予算。期間中の現金の出入りを予定する表 |
| cash receipts | 現金収入。回収して手元に入る現金 |
| cash disbursements | 現金支出。実際に払い出す現金 |
| collection pattern | 回収パターン。売上をいつ現金化するかの割合 |
| payment terms | 支払条件。仕入代金をいつ払うかの取り決め |
| cash excess or deficiency | 資金の過不足 |
| minimum cash balance | 最低所要現金残高 |
| line of credit | 当座借越枠、短期の借入枠 |
| non-cash expense | 非現金費用。減価償却費が代表例 |
今日おさえる3つ
- 資金予算は4つの箱でできている。現金収入 → 現金支出 → 資金の過不足 → 財務、の順に上から積む
- 売上と入金、仕入と支払は、それぞれ別のタイミングで動く。予算では回収率と支払率で置く
- 減価償却費は費用だが支出ではないので、資金予算には載せない。逆に設備の購入代金は費用でないが支出なので載せる
資金予算は、4つの箱でできている
資金予算(Cash Budget)が答えるのは1つです。「この期間、手元の現金は足りるか」。答えを出す道筋は、どの教科書でもだいたい同じ4段になっています。
| 区分 | English | 中身 |
|---|---|---|
| ① 現金収入 | Cash Receipts | 当期売上のうち当期に回収する分 + 前期以前の売掛金の回収分 |
| ② 現金支出 | Cash Disbursements | 材料の支払・人件費・経費の支払・設備の購入 |
| ③ 資金の過不足 | Cash Excess or Deficiency | 期首現金 +(収入 − 支出)= 財務の前の現金残高。これを最低所要現金残高と比べる |
| ④ 財務 | Financing | 借入・返済・配当。不足なら借り、余っていれば返す |
順番には意味があります。①と②で「事業そのものが現金を生んだか、食ったか」が決まり、③で「足りるか」が決まり、④は足りなかったときの手当てと、株主や銀行への支払いです。④を先に決めることはできません。
「利益が出ているか」ではなく「払えるか」を見る表
見積損益計算書(Day 20)は、期間の稼ぎを測ります。資金予算が測るのは、期間中に払えるかどうかです。黒字の会社でも、入金より先に支払いが来れば手元の現金は尽きます。年度の1枚だけでなく四半期や月にも割って作るのは、年度でならすと期中の不足が見えなくなるからです。
売上と入金は、同じ期に起きない
Day 1 で見た発生主義(Accrual Basis)は、収益を稼得した時点で認識します。現金の受け渡しは別のタイミングです。資金予算は、その別のタイミングのほうを追いかけます。発生主義の裏返しだと考えると、位置づけがはっきりします。
予算表では、この差を回収率で置きます。
当期の現金収入 = 当期売上 × 当期回収率 + 前期売上 × 翌期回収率
Cash receipts = Current sales × current-period collection % + Prior sales × following-period collection %
回収率は、過去の実績(売掛金の回収実績や滞留日数)から置きます。80%・20% のように2期に分ける形が基本ですが、3期に分けたり、貸倒れの見込み分を回収されない率として抜いたりすることもあります。
ここでつまずく2つ
1つ目は、当期の売上高をそのまま現金収入に書いてしまうことです。売上高は発生主義の数字なので、そのままでは資金予算に入れられません。
2つ目は、前期からの回収を忘れることです。回収が翌期にずれるということは、前期の売上の一部が今期に入ってくるということでもあります。片側だけ調整すると、現金収入が実態より小さく出ます。
仕入と支払も、同じ期に起きない
材料の側にも同じズレがあります。買掛金の支払サイト(payment terms)です。当期に購入した材料のうち何割を当期に払い、何割を翌期に回すか。式の形は回収とまったく同じで、向きだけが逆です。
当期の材料支払 = 当期購入額 × 当期支払率 + 前期購入額 × 翌期支払率
ここで使うのは、Day 17 で分けた2つの数字のうち購入額のほうです。使用額ではありません。使用額は製造原価に乗って見積損益計算書へ行き、購入額は買掛金と支払を通って資金予算へ来ます。同じ材料の話が、行き先の違う2つの数字になるという話が、ここで効いてきます。
在庫を積み増す期は購入額が使用額を上回るので、損益に出てくる材料費より多くの現金が出ていきます。在庫方針は損益より先に資金に効く、というDay 17 の話は、この行で数字になります。
人件費と経費はどうか
給与のように期中にほぼ全額を払うものは、費用と支出のタイミングがほぼ重なるので、予算表では発生額をそのまま置くことが多くなります。ただし賞与のようにまとめて払うものは、支払う期に寄せて置きます。経費も同じで、前払いや未払いの慣行がある費目は、支払時期のほうに合わせて置き直します。
減価償却費は、資金予算に入れない
ここが資金予算でいちばん問われるところです。
減価償却費(Depreciation)は費用ですが、その期に現金が出ていく費用ではありません。現金が出ていったのは設備を買った期です。減価償却は、その支出を耐用年数にわたって費用に配分しているだけなので、資金予算に載せる現金はありません。
| 項目 | 見積損益計算書 | 資金予算 |
|---|---|---|
| 減価償却費Depreciation Expense | 費用として載る | 載せない(現金が動かない) |
| 設備の購入代金Purchase of Equipment | 載らない(資産の取得) | 支払った期に全額を載せる |
| 材料の購入代金Materials Purchased | 載らない(使った分だけ原価へ) | 支払条件にしたがって載せる |
| 売上高Sales | 稼得した期に全額載る | 回収した期に、回収した分だけ載る |
Day 18 の固定製造間接費 208 の中には、減価償却費 110 が含まれていました。営業費用予算にはこの 110 が入っていますが、資金予算にはそれに対応する行がありません。行が無いことが正しい姿です。
Day 4 のキャッシュフロー計算書で、間接法は純利益に減価償却費を足し戻しました。あれと同じ費目です。純利益から出発する間接法では「引きすぎた分を戻す」形になり、現金の動きだけを直接積み上げる資金予算では「最初から入れない」形になります。やっていることは同じで、出発点が違うだけです。
覚え方 資金予算に載せてよいのは、銀行口座の明細に出てくるものだけです。減価償却費の明細は、口座には出てきません。
最低所要現金残高と、短期借入
③の資金の過不足で出すのは、財務の前の現金残高です。
財務前の現金残高 = 期首現金 +(現金収入合計 − 現金支出合計)
これをゼロと比べるのではなく、最低所要現金残高(Minimum Cash Balance)と比べます。手元の現金がゼロぎりぎりでは、想定外の支払いに耐えられないからです。会社は「常に 600 は置いておく」といった水準を方針として先に決めておきます。銀行との約定で下限が定められている場合もあります。
必要借入額 = 最低所要現金残高 − 財務前の現金残高(不足しているとき)
期末現金残高 = 財務前の現金残高 + 借入 − 返済 − 配当
借入は、実務上は 10 や 100 の単位に丸めて申し込むのがふつうです。逆に余剰が出ている期は、④で返済を先に当てます。返済すれば利息の負担が減りますが、返しすぎて次の期に足りなくなっては意味がないので、返済額も最低所要現金残高を割らない範囲で決めます。
年度で足りていても、期中で足りないことがある
年度の合計だけを見て「現金は足りている」と判断すると、期中の谷を見落とします。在庫を積む四半期、設備の代金を払う四半期、賞与を払う四半期は、その期だけ支出が大きく膨らみます。ASTRAの来期も、年度では現金を生む計画なのに、第1四半期だけは最低所要現金残高を割り込みます。第2部で実際に割って確かめます。
利息をどこに置くか
短期借入の利息は、支払う期の④に置きます。四半期末に借りて翌四半期に利息を払う設計なら、その四半期の資金予算には利息は出てきません。試験問題では「期首に借りて期末に利息を払う」といった条件が文章で与えられるので、条件文の読み取りがそのまま答えを分けます。
資金予算は、見積キャッシュフロー計算書につながる
資金予算で並べた行は、Day 20 の見積キャッシュフロー計算書で3区分に組み替えられます。同じ現金の動きを、別の切り口で並べ直すだけです。
| 資金予算の行 | 見積キャッシュフロー計算書の区分 |
|---|---|
| 売掛金の回収、材料の支払、人件費・経費の支払 | 営業活動Operating |
| 設備の購入 | 投資活動Investing |
| 借入・返済・配当の支払 | 財務活動Financing |
そして資金予算の期末現金残高は、見積貸借対照表の現金の行と一致します。ここが合わないまま先へ進むと、見積貸借対照表の貸借が合いません。
つまずきやすいところ
| よくある間違い | 正しい見方 |
|---|---|
| 売上高をそのまま現金収入に書く | 回収率を掛ける。前期売上からの回収も足す |
| 減価償却費を現金支出に入れる | 入れない。現金は設備を買った期に出ている |
| 設備の購入代金を資金予算から落とす | 費用ではないが支出。払った期に全額を載せる |
| 材料の使用額で支払を計算する | 支払の元になるのは購入額。使用額は損益側の数字 |
| 財務前残高がプラスなら借りなくてよいと考える | 比べる相手はゼロではなく最低所要現金残高 |
| 年度合計だけで資金予算を組む | 四半期・月にも割る。年度でならすと期中の不足が消える |
第2部では、ASTRAの2027年度を、この4つの箱に落とします。年度で見れば現金を生む計画が、期首の現金 800 を 782 まで減らして着地し、しかも第1四半期には借入を要する。その内訳を数字で見ます。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturingほか)と人物、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)