増産すれば1個あたりは安くなる、と言い切れるか ── 営業費用予算を変動費と固定費に分けて組む
この回で分かること
- 直接労務費予算・製造間接費予算・販管費予算が、それぞれどの数字から出発するかを言える
- 変動費は「率 × 操業度」で、固定費は「期間の総額」で組むという作り分けを説明できる
- 製造間接費の予定配賦率を計算し、操業度が変わると1個あたりの配賦額がどう動くかを示せる
直接労務費・製造間接費・販管費を、率で組むか総額で置くか
Day 17 で、販売 1,000個に対する必要生産量 1,040個まで出しました。今日はその 1,040個を作るのに、いくらかかるかを積んでいきます。ここで多くの人がやる近道が「去年の1個あたりの原価に、来年の生産量を掛ける」です。この近道は、費用の半分については正しく、もう半分については嘘になります。
会議室で起きたこと
2026年11月、ASTRA Manufacturing で2027年度の予算を作っている場面です。ケンが営業費用予算の下書きをリンに見せています。
ケン: リンさん、来年度の営業費用予算を作ってみました。今年の実績を製品1個あたりに割り戻して、来年の生産量を掛けています。
リン: 割り戻したのは、どの費用?
ケン: 全部です。労務費も、工場の間接費も、販管費も。1個あたりにしておけば、生産量が決まった瞬間に予算が出ますから。
リン: では聞くわね。来年うちが1個も作らなかったとしたら、工場建物の減価償却費はいくらになる?
ケン: ……ゼロにはならないです。建物はそこにあるので。
リン: 工場長の給料は?
ケン: それも出ます。作っても作らなくても。
リン: それが答えなの。1個あたりに割り戻していい費用と、割り戻すと嘘になる費用がある。変動費は操業度に比例して増えるから、率で組める。固定費は期間の総額で決まっているから、総額のまま置く。
ケン: でも決算では、固定費も1個あたりに配賦していますよね。200 USDとか。
リン: しているわ。ただしそれは原価計算の結果であって、予算の作り方ではないの。順番が逆。先に総額を置いて、あとで操業度で割る。割ったあとの1個あたりは、操業度が変わるたびに変わる数字よ。
ケン: 今年の200 USDは「今年の生産量で割った200 USD」だから、来年にそのまま持っていくと、生産量を変えた意味が消える……ということですか。
リン: そう。ちょうどいい実例があるの。Pacific Logistics の Raj から、出荷の運賃を年間の固定契約にしないかと提案が来ているわ。
ケン: 出荷ごとの従量課金を、年間いくらの固定に変える、と。
リン: 変えると、その費用は予算の中で置き場所が移る。率で組む費用から、総額で置く費用へ。予算どおりの売上なら金額はほとんど同じでも、売上がずれたときの効き方がまるで違うの。今日はそこまで持ち帰って。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| operating expense budget | 営業費用予算 |
| direct labor budget | 直接労務費予算 |
| manufacturing overhead | 製造間接費 |
| allocation base | 配賦基準(何に比例させて配るか) |
| predetermined overhead rate | 予定配賦率 |
| activity level | 操業度(作業時間や生産量で測る仕事の量) |
| on a per-unit basis | 1個あたりで(見る/置く) |
| committed cost | コミッテッドコスト。すでに約束してしまった固定費 |
今日おさえる3つ
- 営業費用予算は、直接労務費・製造間接費・販管費という3つの束でできている
- 変動費は「率 × 操業度」、固定費は「期間の総額」で組む。作り方が逆になる
- 製造間接費の予定配賦率は「総額 ÷ 操業度」。だから操業度が変われば1個あたりも変わる
営業費用予算は、3つの束でできている
前回の売上予算と生産予算で、売る量 1,000個と作る量 1,040個が決まりました。そこから先は、決まった量にぶら下がる費用を順番に置いていく作業です。
| 予算 | 出発点になる数字 | 組み立て方 |
|---|---|---|
| 直接労務費予算Direct Labor Budget | 生産予算の生産量 | 生産量 × 1個あたり直接作業時間 × 賃率 |
| 製造間接費予算Manufacturing Overhead Budget | 総直接作業時間(操業度) | 変動分は 操業度 × 率、固定分は年間の総額 |
| 販売費及び一般管理費予算SG&A Budget | 売上予算の売上高 | 変動分は 売上高 × 率、固定分は年間の総額 |
出発点が2つあることに気をつける
製造側の予算は「作る量」から出発し、販売側の予算は「売る量」から出発します。在庫を増やす年度や減らす年度では、この2つは一致しません。ASTRAの2027年度はまさにその年度で、売る量は 1,000個、作る量は 1,040個です。直接労務費は 1,040個ぶん増えますが、変動販売費は 1,000個ぶんしか増えません。
この教材では、直接材料費予算は生産予算とセットで前回(Day 17)扱ったものとして進めます。製品1個あたりの材料費は 1.0 千USD でした。今日はその次にある、労務・間接費・販管費の3つを組みます。
直接労務費予算は、時間を経由する
直接労務費Direct Laborは、金額から金額を出すのではなく、いったん時間に変換してから金額に戻します。
- 生産量 × 製品1個あたりの標準直接作業時間 = 総直接作業時間
- 総直接作業時間 × 賃率Wage Rate = 直接労務費予算
回り道に見えますが、この途中で出てくる総直接作業時間が、次の製造間接費予算の土台になります。時間を経由しておくと、間接費の配賦基準がそのまま手に入るということです。賃率には基本給だけでなく、法定福利費など雇用に伴う費用も含めて置くのが実務的です。
変動費と固定費では、予算の作り方が逆になる
| 変動費Variable Cost | 固定費Fixed Cost | |
|---|---|---|
| 先に決めるもの | 1単位あたりの率 | 期間の総額 |
| 予算額の出し方 | 率 × 操業度 | 総額をそのまま置く |
| 操業度が2割増えたら | 総額も2割増える | 総額は変わらない |
| 1個あたりで見ると | 変わらない | 操業度が増えるほど下がる |
| 予算で問うべきこと | 率は妥当か(原単位・単価) | その総額を負う判断は妥当か |
表の下2行が、この回のいちばん大事なところです。総額で見ると動くのは変動費のほうですが、1個あたりで見ると動くのは固定費のほうです。同じ費用を、総額で見るか1個あたりで見るかによって、「動く費用」と「動かない費用」が入れ替わります。
冒頭でケンがやった「去年の1個あたり原価 × 来年の生産量」という近道は、この入れ替わりを見落としたものでした。変動費についてはそれで合いますが、固定費については、去年の操業度で割った数字を来年の操業度に掛け直すことになり、二重に操業度を掛けてしまいます。
固定費にも2つの顔がある
固定費は一括りにされがちですが、予算の会議で扱いが分かれます。
| 種類 | 中身 | 予算編成での扱い |
|---|---|---|
| コミッテッドコストCommitted Fixed Cost | 建物や設備の減価償却費、リース料、保険料、基幹人員の人件費 | すでに設備や契約を持っているために発生する。単年度の予算では動かしにくい |
| 裁量固定費Discretionary Fixed Cost | 広告宣伝費、研修費、研究開発費、展示会の出展費 | その期の金額を経営者の判断で決められる。予算削減の議論はここに集まりやすい |
裁量固定費は削りやすい代わりに、削った効果が翌年以降に出てくることがあります。予算の数字としては1行減らすだけですが、それが将来の売上や品質にどう効くかは、数字の外側で判断する話になります。「削れるところから削る」で会議が終わりそうなときは、この区別を持ち出すと議論の質が変わります。
製造間接費予算と、予定配賦率
製造間接費Manufacturing Overheadは、特定の製品に直接ひもづけられない工場側の費用です。工場の電力費や消耗品費のように操業度と一緒に動くもの(変動製造間接費)と、減価償却費や工場管理者の給与のように動かないもの(固定製造間接費)が混ざっています。予算では、この2つを最初に分けます。
分けて足し戻したあと、製品原価を計算するために1つの率にまとめます。これが予定配賦率Predetermined Overhead Rateです。
予定配賦率 = 製造間接費予算の総額 ÷ 予定操業度(配賦基準の総量)
分母に置く配賦基準Allocation Baseには、直接作業時間、機械稼働時間、直接労務費などが使われます。その工場で間接費と最も一緒に動くものを選ぶのが原則で、労働集約的な工程なら直接作業時間、設備集約的な工程なら機械稼働時間が選ばれやすい、といった具合です。借入金残高のように、工場の仕事量と関係のないものは基準になりません。
なぜ「予定」なのか
実際に発生した製造間接費の総額は、年度が終わるまで確定しません。ところが製品の原価は、期中に受注の可否を判断したり、在庫を評価したりするために必要です。そこで、予算の総額と予定操業度からあらかじめ率を決めておき、期中はその率で配賦します。実際額との差は期末に調整します(この差の分析は、のちのセクションで扱います)。
つまり予定配賦率は、予算から生まれて、1年間ずっと現場で使われる数字です。予算の置き方が製品原価にそのまま出ていく、ということでもあります。
固定費があるから、1個あたりは操業度で動く
予定配賦率をよく見ると、変動分と固定分に分けられます。
予定配賦率 = 変動製造間接費率 + (固定製造間接費の総額 ÷ 予定操業度)
右側の第1項は操業度が変わっても動きません。動くのは第2項の分母だけです。生産量を増やすと、同じ固定費をより多くの製品で分け合うことになり、1個あたりの負担は軽くなります。逆に生産量を落とすと、同じ固定費を少ない製品で背負うことになり、1個あたりは重くなります。
ここから、実務でよく起きる2つのことが説明できます。1つは、稼働率が落ちた工場で製品原価が跳ね上がる現象。もう1つは、「増産すれば1個あたりは安くなる」という説明が、固定費の部分についてだけ正しいということです。作った製品が売れずに在庫として残るなら、1個あたりの原価が下がったこと自体は現金を生みません。数字の上で軽くなることと、会社が得をすることは別の話です。
具体的な金額でこの動きを追うのが第2部です。Day 17 から受け取った 1,040個をもとに、直接労務費・製造間接費・販管費の順に組み立て、製品1個あたりの製造原価をまとめた「原価カード」の形に畳みます。最後に生産量を動かして、配賦率がどう変わるかを見ます。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Pacific Logistics ほか)と人物、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)