来月の原価はいくらですか ── 2点で引いた線と、12点で引いた線
この回で分かること
- 混合費を y = a + bx の形に分け、高低点法と回帰分析でそれぞれ固定費と変動費単価を推定できる
- 決定係数R²が何を測っている数字かを説明し、その予測式を予算にそのまま使ってよいかを判断できる
- 移動平均法と指数平滑法で次期を予測し、MADなどの誤差指標を根拠にどちらを採るかを決められる
高低点法と回帰分析 ── 同じ実績から、違う固定費が出てくる
来期の予算を作るとき、売上高の見込みは営業が持ってきます。では製造間接費はいくらと置くのか。「去年と同じくらい」で置いた予算は、生産量が動いた瞬間に外れます。
会議室で起きたこと
ASTRA Manufacturing の会議室。ケンが、リンの元同僚である Priya から届いた相談メールを持ってきた場面です。Priya は Stellar Automotive(自動車部品)で予算をまとめています。
ケン: リンさん、Priyaさんからメールが来ました。来期の製造間接費をいくらで置けばいいか分からない、と。12か月分の実績表が付いています。
リン: あそこは主力ラインの受注が細ってから、月ごとの生産量の振れが大きくなったのよね。Day 6 で設備の減損の話をしたでしょう。あの会社。
ケン: そうです。生産量が 25 から 45 まで動いています。間接費も 470 から 770 まで。……これ、簡単じゃないですか。いちばん忙しかった月といちばん暇だった月を線で結べば、傾きが変動費で、切片が固定費ですよね。
リン: 高低点法ね。教科書の順番としては合っているわ。でも聞くけれど、その2つの月って、どんな月だった?
ケン: ……いちばん忙しかった月は、急な特急対応で残業と特別便が集中した月です。いちばん暇だった月は、長い連休で操業日数そのものが少なかった月。
リン: つまりケンさんは、12か月のうちいちばん普通じゃない2か月を選んで、そこに線を通そうとしているの。
ケン: あ。残りの10か月は1回も使わないんですね。
リン: そう。だから回帰分析がある。12点ぜんぶからの縦のずれが最小になるように線を引く方法。同じ実績表から出てくる固定費が、高低点法では 95、回帰では 156 くらいになるわ。工場を止めても消えない費用の見積りが、6割ちがうということ。
ケン: 6割……。どちらが正しいんですか。
リン: 正しいかどうかは決められないの。決められるのは「どちらのほうが実績によく当てはまっているか」まで。そのための数字がR²(決定係数)よ。そしてもうひとつ宿題がある。式に入れる x ── 来月の生産量そのものを、誰が決めるの?
ケン: ……それも予測ですね。
リン: ええ。だから今日は2階建てになるわ。1階が「生産量から原価を出す式」、2階が「その生産量を過去の推移から読む」。そして最後に、その予測がどれだけ外れたかを測る物差しを持って帰ってもらう。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| cost estimation | 原価予測、原価の見積り |
| cost driver | 原価作用因。原価を動かす活動量(生産量・機械時間など) |
| high-low method | 高低点法。最高操業度と最低操業度の2点から固変分解する方法 |
| least squares | 最小二乗(法)。縦のずれの二乗和を最小にする線の引き方 |
| goodness of fit | 当てはまりのよさ。R²が測っているもの |
| outlier | 外れ値。他の点から大きく離れた観測値 |
| relevant range | 関連範囲。その原価構造が成り立つと考えてよい活動量の幅 |
| smoothing constant | 平滑化定数。指数平滑法で直近の実績にかける重み(α) |
今日おさえる3つ
- 混合費を y = a + bx に分ける2つの道具(高低点法と回帰分析)と、答えが割れる理由
- 決定係数R²の読み方と、回帰式を使ってよい範囲
- 時系列そのものを予測する方法(移動平均・指数平滑)と、予測の誤差を測る物差し
混合費を分ける、という仕事
製造間接費のような原価は、まったく動かない部分と、生産量に比例して動く部分が混ざっています。これを混合費(Mixed Cost)と呼びます。予算を作るには、この2つに割っておく必要があります。割れていれば、生産量の見込みが変わったときに費用の見込みを引き直せるからです。
分けた結果は、いつもこの形に書けます。
| 記号 | 読み方 | 意味 |
|---|---|---|
| y | 従属変数Dependent Variable | 予測したい総原価。生産量に「ついてくる」側 |
| a | 切片Intercept | 固定費。x が 0 でも残る部分 |
| b | 傾きSlope | 単位あたり変動費。x が1増えると y がいくら増えるか |
| x | 独立変数Independent Variable | 原価作用因。生産量・機械運転時間・直接作業時間など |
どちらが x でどちらが y かを取り違えないでください。生産量が増えたから間接費が増えたのであって、間接費を増やしたから生産量が増えたのではありません。y は結果、x は原因の側に置きます。
高低点法 ── 2点だけで線を引く
高低点法(High-Low Method)の手順は3行で終わります。
- 活動量が最高の月と最低の月を選ぶ。原価が最高・最低の月ではなく、x のほうで選ぶ
- b =(高点の原価 − 低点の原価)÷(高点の活動量 − 低点の活動量)
- a = 高点の原価 − b × 高点の活動量(低点で計算しても同じ値になります)
長所は速いことです。電卓ひとつで出ますし、途中の数字を人に説明できます。短所は、その2点が全体を代表しているという保証がどこにもないことです。棚に並んだ12個のデータから2個だけ取り出し、残り10個を捨てている ── 高低点法とはそういう方法です。
しかも選ばれるのは端の2つ、つまりいちばん忙しかった月といちばん暇だった月です。残業や特別便が集中した月、操業日数そのものが短かった月。異常が起きやすい月が、構造的に選ばれてしまいます。この2点のどちらかが外れ値(Outlier)だと、傾きも切片もまとめて狂います。
回帰分析 ── 全部の点で線を引く
回帰分析(Regression Analysis)は、すべての点から線までの縦方向のずれ(残差)を二乗して合計し、それがいちばん小さくなる線を選びます。これが最小二乗法(Least Squares Method)です。二乗するのは、プラスのずれとマイナスのずれが打ち消し合わないようにするためと、大きく外れた点により重く責任を負わせるためです。
独立変数が1つなら単回帰(Simple Regression)、2つ以上なら重回帰(Multiple Regression)です。この回で扱うのは単回帰だけですが、実務では「生産量」と「段取り回数」の両方で間接費を説明したくなる場面があり、そのときは重回帰になります。なお重回帰では、独立変数どうしが強く相関していると係数が不安定になります(多重共線性Multicollinearity)。
決定係数R²の読み方
決定係数(Coefficient of Determination, R²)は、y のばらつきのうち何割を x で説明できたかを表します。0 から 1 の間の値をとり、1 に近いほど点が線の近くに並んでいます。単回帰では、相関係数 r を二乗したものが R² です。
| R² | 意味 | 予算に使うときの態度 |
|---|---|---|
| 0.90 前後以上 | y の変動の9割方を x で説明できている | 関連範囲の中でなら、そのまま予測式として使える |
| 0.50 前後 | 半分は説明できているが、半分は別の要因 | x の選び直し、または変数の追加を検討する |
| 0.20 以下 | ほとんど説明できていない | その x は原価作用因として妥当か、から疑う |
3つ、注意が要ります。
- R²が高いことは、因果関係の証明ではありません。 相関があるだけの2つの数字でも、R²は高く出ます
- R²は当てはまりの指標であって、当たる指標ではありません。 過去12か月によく当てはまった式が、来月も当たるとはかぎりません
- データを増やせば増やすほどよい、とも言えません。 3年前の月次を混ぜれば、当時の設備・人員・単価まで一緒に混ざります
関連範囲の外は、線の外
推定した式が成り立つのは、実績データが存在した活動量の幅の中だけです。これを関連範囲(Relevant Range)と呼びます。25〜45 千個の実績から作った式に x = 90 を入れれば数字は出ますが、その水準ではラインの増設や監督者の増員が起きて、固定費 a そのものが階段状に上がっているはずです。関連範囲の外へ式を伸ばすこと(外挿Extrapolation)は、予測ではなく期待になります。
来月の x は、誰が決めるのか
原価の式ができても、そこに入れる生産量が要ります。過去の推移から次の1期を読む代表的な方法が2つあります。どちらも「直近の実績に、過去の実績をどれだけ混ぜるか」の設計だと思ってください。
| 移動平均法Moving Average | 指数平滑法Exponential Smoothing | |
|---|---|---|
| 式 | 直近 n 期の実績の単純平均 | 次期予測 = α × 当期実績 + (1 − α) × 当期予測 |
| 過去への重み | 直近 n 期に等しく 1/n。それ以前は 0 | 古くなるほど幾何級数的に小さくなる(0にはならない) |
| 持っておくデータ | 直近 n 期ぶんの実績 | 直前の予測値ひとつと α だけ |
| 調整つまみ | n を大きくするほど平らになる | α を大きくするほど直近に敏感になる |
| 弱いところ | トレンドがあると、常に後ろにずれる | 同じく、トレンドや季節性はそのままでは追えない |
どちらも、上がり続ける/下がり続ける動き(トレンド)や、毎年同じ月に山が来る動き(季節性)を、そのままでは表現できません。トレンドや季節性が明らかにあるなら、時系列を「趨勢・季節・循環・不規則」の要素に分けてから組み立て直す方法をとります。
予測は、当たり外れではなく誤差の大きさで測る
予測を「当たった/外れた」で語ると、そこで話が終わります。管理会計では、外れた量を数字にして、手法どうしを比べるところまでを仕事にします。誤差は 実績 − 予測 で定義し、そのままでは正負が打ち消し合うため、絶対値にするか二乗します。
| 指標 | English | 計算 | 性格 |
|---|---|---|---|
| 平均絶対偏差 | MADMean Absolute Deviation | 誤差の絶対値の平均 | 単位がそのまま残り、いちばん読みやすい |
| 平均二乗誤差 | MSEMean Squared Error | 誤差の二乗の平均 | 大きな外し方を強く罰する。単位が二乗になる |
| 二乗平均平方根誤差 | RMSERoot Mean Squared Error | MSEの平方根 | MSEの性格のまま、単位を元に戻したもの |
| 平均絶対百分率誤差 | MAPEMean Absolute Percentage Error | 誤差の絶対値 ÷ 実績 の平均 | %表示。単位の違う製品どうしを比べられる |
大外しを1回でも避けたい局面なら MSE や RMSE を、平均的にどれだけずれるかを見たいなら MAD を、単位の異なる品目を横並びにしたいなら MAPE を見ます。指標を選んでから手法を比べるのが順番で、手法を決めてから都合のよい指標を探すのは逆です。
第2部では、Priya の12か月の実績表を実際に開きます。同じ表から高低点法と回帰で違う式を作り、来月の生産量を2つの方法で予測し、その予測がどれだけ外れていたかを測ります。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Stellar Automotive)と人物(ケン・リン・Priya)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な管理会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)