Stellar Automotive の製造間接費 ── 高低点法・回帰・時系列予測を1本につなぐ
Priya から届いた Stellar Automotive の12か月分です。生産量(千個)と製造間接費(千USD)だけの、素朴な表です。
| 月 | 生産量 x(千個) | 製造間接費 y(千USD) | その月に起きたこと |
|---|---|---|---|
| 1 | 32 | 568 | |
| 2 | 36 | 612 | |
| 3 | 28 | 528 | |
| 4 | 40 | 655 | |
| 5 | 34 | 588 | |
| 6 | 25 | 470 | 長い連休。操業日数そのものが短かった(最低点) |
| 7 | 38 | 632 | |
| 8 | 30 | 552 | |
| 9 | 42 | 668 | |
| 10 | 35 | 598 | |
| 11 | 45 | 770 | 特急対応。残業と特別便が集中した(最高点) |
| 12 | 34 | 592 |
単位: 生産量=千個、製造間接費=千USD
手順1 高低点法で式を作る
選ぶのは x(生産量)が最高の月と最低の月です。原価が最高・最低の月ではありません。ここでは第11月(45 千個)と第6月(25 千個)です。
- 単位あたり変動費 b (770 − 470) ÷ (45 − 25) = 300 ÷ 20 = 15(千USD/千個)
- 固定費 a 高点から: 770 − 15 × 45 = 770 − 675 = 95
- 検算 低点から: 470 − 15 × 25 = 470 − 375 = 95 一致します
高低点法の式は y = 95 + 15x です。
つまずきやすいところ
手順3の検算は「この式が合っている」ことの確認にはなりません。同じ2点から出した a を、同じ2点で確かめているだけだからです。一致するのは当然で、一致しなかったときに分かるのは「どこかで計算を間違えた」ことだけです。
手順2 回帰分析で式を作る
12点すべてを使います。手で出すなら、Σ(合計)を4つ作るところから始めます。
| 月 | x | y | xy | x² |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 32 | 568 | 18,176 | 1,024 |
| 2 | 36 | 612 | 22,032 | 1,296 |
| 3 | 28 | 528 | 14,784 | 784 |
| 4 | 40 | 655 | 26,200 | 1,600 |
| 5 | 34 | 588 | 19,992 | 1,156 |
| 6 | 25 | 470 | 11,750 | 625 |
| 7 | 38 | 632 | 24,016 | 1,444 |
| 8 | 30 | 552 | 16,560 | 900 |
| 9 | 42 | 668 | 28,056 | 1,764 |
| 10 | 35 | 598 | 20,930 | 1,225 |
| 11 | 45 | 770 | 34,650 | 2,025 |
| 12 | 34 | 592 | 20,128 | 1,156 |
| Σ(n = 12) | 419 | 7,233 | 257,274 | 14,999 |
傾き b と切片 a は、この4つの合計だけで出ます。
- b の分子 n Σxy − Σx Σy = 12 × 257,274 − 419 × 7,233 = 3,087,288 − 3,030,627 = 56,661
- b の分母 n Σx² − (Σx)² = 12 × 14,999 − 419² = 179,988 − 175,561 = 4,427
- 傾き b 56,661 ÷ 4,427 = 12.80(千USD/千個)
- 平均 xの平均 = 419 ÷ 12 = 34.92 yの平均 = 7,233 ÷ 12 = 602.75
- 切片 a yの平均 − b × xの平均 = 602.75 − 12.80 × 34.92 = 602.75 − 446.90 = 155.9
回帰の式は y = 155.9 + 12.80x です。Excelなら SLOPE関数・INTERCEPT関数、または分析ツールの回帰分析で同じ数字が出ます。
決定係数R²も出しておく
Σy² = 4,422,941 を追加で作ると、相関係数 r が出ます。
- 分母の後半 n Σy² − (Σy)² = 12 × 4,422,941 − 7,233² = 53,075,292 − 52,316,289 = 759,003
- r = 56,661 ÷ √(4,427 × 759,003) = 56,661 ÷ 57,966 = 0.977
- R² = 0.977² = 0.955
製造間接費のばらつきの 95.5% を、生産量だけで説明できているという意味です。残りの 4.5% は、生産量以外の何か ── 残業の入れ方、特別便、修繕のタイミング ── が動かしている部分です。
手順3 2つの式を並べる
| 高低点法 | 回帰分析 | 差 | |
|---|---|---|---|
| 使ったデータ点 | 2点 | 12点 | − |
| 固定費 a | 95 | 155.9 | 60.9 |
| 単位あたり変動費 b | 15 | 12.80 | 2.20 |
| 第10月(x = 35、実績 598)の当てはめ | 620 | 603.9 | − |
| 第10月の誤差(実績 − 予測) | −22 | −5.9 | − |
高低点法は固定費を 95 と見ています。回帰は 155.9。ラインを止めても消えない費用の見積りが1.6倍ちがうことになります。設備を遊ばせたときに何が残るかを議論するなら、この差はそのまま結論の差になります。
第11月(x = 45)に当てはめると、高低点法は 95 + 15 × 45 = 770 で、実績とぴったり合います。ただしこれは精度の証拠ではありません。その点を通るように線を引いたから合っているだけです。回帰は同じ月を 731.9 と見積もり、38.1 外します。回帰は「第11月は普通ではなかった」という意見を持っている、という読み方をします。
手順4 来月の生産量を予測する
原価の式に入れる x が要ります。生産量の12か月の推移から、2つの方法で第13月を読みます。
3か月移動平均法
直前3か月の単純平均です。第7月の予測なら、第4・5・6月の実績を平均します。
| 月 | 実績 x | 計算 | その月の予測 |
|---|---|---|---|
| 7 | 38 | (40 + 34 + 25) ÷ 3 | 33.0 |
| 8 | 30 | (34 + 25 + 38) ÷ 3 | 32.3 |
| 9 | 42 | (25 + 38 + 30) ÷ 3 | 31.0 |
| 10 | 35 | (38 + 30 + 42) ÷ 3 | 36.7 |
| 11 | 45 | (30 + 42 + 35) ÷ 3 | 35.7 |
| 12 | 34 | (42 + 35 + 45) ÷ 3 | 40.7 |
| 13 | これから | (35 + 45 + 34) ÷ 3 | 38.0 |
指数平滑法(α = 0.5)
次期予測 = α × 当期実績 + (1 − α) × 当期予測。α = 0.5 なので「実績と予測のまん中を取る」だけです。出発点として、第1月の予測を 32.0 としています(前年12月から引き継いだ予測値という設定です)。
| 月 | 実績 x | その月の予測 F | 次の月の予測 = 0.5 × 実績 + 0.5 × 予測 |
|---|---|---|---|
| 1 | 32 | 32.0 | 0.5 × 32 + 0.5 × 32.0 = 32.0 |
| 2 | 36 | 32.0 | 0.5 × 36 + 0.5 × 32.0 = 34.0 |
| 3 | 28 | 34.0 | 0.5 × 28 + 0.5 × 34.0 = 31.0 |
| 4 | 40 | 31.0 | 0.5 × 40 + 0.5 × 31.0 = 35.5 |
| 5 | 34 | 35.5 | 0.5 × 34 + 0.5 × 35.5 = 34.8 |
| 6 | 25 | 34.8 | 0.5 × 25 + 0.5 × 34.8 = 29.9 |
| 7 | 38 | 29.9 | 0.5 × 38 + 0.5 × 29.9 = 33.9 |
| 8 | 30 | 33.9 | 0.5 × 30 + 0.5 × 33.9 = 32.0 |
| 9 | 42 | 32.0 | 0.5 × 42 + 0.5 × 32.0 = 37.0 |
| 10 | 35 | 37.0 | 0.5 × 35 + 0.5 × 37.0 = 36.0 |
| 11 | 45 | 36.0 | 0.5 × 45 + 0.5 × 36.0 = 40.5 |
| 12 | 34 | 40.5 | 0.5 × 34 + 0.5 × 40.5 = 37.2 |
| 13 | これから | 37.2 | (表示は小数第1位まで。途中は丸めずに計算しています) |
移動平均は 38.0、指数平滑は 37.2。近い数字ですが、どちらを採るかは好みでは決めません。
手順5 どちらの予測手法を採るかを、誤差で決める
第7月から第12月までの6か月について、それぞれの手法が出していた予測と実績を突き合わせます。誤差は 実績 − 予測 です。
| 月 | 実績 | 移動平均の予測 | 誤差 | 指数平滑の予測 | 誤差 |
|---|---|---|---|---|---|
| 7 | 38 | 33.0 | +5.0 | 29.9 | +8.1 |
| 8 | 30 | 32.3 | −2.3 | 33.9 | −3.9 |
| 9 | 42 | 31.0 | +11.0 | 32.0 | +10.0 |
| 10 | 35 | 36.7 | −1.7 | 37.0 | −2.0 |
| 11 | 45 | 35.7 | +9.3 | 36.0 | +9.0 |
| 12 | 34 | 40.7 | −6.7 | 40.5 | −6.5 |
| 絶対値の合計 | 36.0 | 39.5 |
| 指標 | 3か月移動平均 | 指数平滑 α=0.5 | 読み方 |
|---|---|---|---|
| MAD | 6.0 | 6.6 | 36.0 ÷ 6 = 6.0 / 39.5 ÷ 6 = 6.6 |
| MSE | 47.6 | 51.6 | 誤差を二乗して平均。単位は「千個の二乗」 |
| RMSE | 6.9 | 7.2 | MSEの平方根。単位が千個に戻る |
| MAPE | 15.4% | 17.2% | 誤差の絶対値 ÷ 実績 の平均 |
4つの指標がそろって移動平均のほうが小さく出ました。指標によって結論が割れなかったので、この6か月に関しては 3か月移動平均を採る、と言えます。Priya が第13月に置く生産量は 38.0 千個です。
つまずきやすいところ
MADが 6.0 ということは、平均して 6 千個ぶんずれるという意味です。生産量が 34 前後の会社にとって、6 のずれは小さくありません。「移動平均のほうがまし」と「移動平均なら当たる」は別の話です。誤差指標は手法を選ぶための物差しであって、選んだ手法の精度を保証するものではありません。
手順6 予算額に着地させる
x = 38.0 を、2つの原価式にそれぞれ入れます。
| 式 | 固定費 | 変動費 | 合計 | |
|---|---|---|---|---|
| 高低点法 | 95 + 15 × 38.0 | 95 | 570 | 665.0 |
| 回帰分析 | 155.9 + 12.80 × 38.0 | 155.9 | 486.4 | 642.3 |
| 差(高低点法 − 回帰) | −60.9 | +83.6 | +22.7 |
合計の差は 22.7、回帰の予算額に対して 3.5% です。「思ったより小さい」と感じたなら、それが正解です。x = 38 は12か月の実績のほぼ真ん中(平均 34.9)で、2本の線がいちばん接近している場所だからです。
差が開くのは端です。x = 60 まで伸ばすと 高低点法 995.0 に対して回帰 923.9 で、差は 71.1 に広がります。逆に x = 25 まで下げると 高低点法 470.0、回帰 475.9 となり、差の符号が入れ替わります。2本の線は x = 27.7 あたりで交差しているためです。右の演習パネルで B7(予測したい生産量)を動かすと、この交差がそのまま見えます。
なお、x = 60 は実績データの範囲(25〜45)の外です。第1部で触れた関連範囲の外なので、この 995.0 と 923.9 の比較は「線が開いていく様子」を見るためのもので、予算の根拠にはしません。
用語集
| 日本語 | English | 定義 |
|---|---|---|
| 原価予測 | Cost Estimation | 過去の実績から、将来の原価を活動量の関数として見積もること |
| 混合費 | Mixed Cost | 固定的な部分と変動的な部分が混ざった原価 |
| 原価作用因 | Cost Driver | 原価を動かす活動量。回帰式の独立変数 x に置くもの |
| 従属変数 | Dependent Variable | 予測される側の変数(y)。ここでは総原価 |
| 独立変数 | Independent Variable | 予測する側の変数(x)。ここでは生産量 |
| 高低点法 | High-Low Method | 活動量が最高の点と最低の点の2点だけで固変分解する方法 |
| 回帰分析 | Regression Analysis | すべての観測点から、残差の二乗和が最小になる線を求める方法 |
| 単回帰/重回帰 | Simple / Multiple Regression | 独立変数が1つのものが単回帰、2つ以上が重回帰 |
| 最小二乗法 | Least Squares Method | 縦方向のずれ(残差)の二乗和を最小にする線の引き方 |
| 切片 | Intercept (a) | x が 0 のときの y。固定費の推定値 |
| 傾き | Slope (b) | x が1単位増えたときの y の増分。単位あたり変動費の推定値 |
| 決定係数 | Coefficient of Determination (R²) | y のばらつきのうち x で説明できた割合。0〜1 |
| 相関係数 | Correlation Coefficient (r) | 2変数の直線的な関係の強さと向き。−1〜+1。単回帰では r² = R² |
| 外れ値 | Outlier | 他の観測点から大きく離れた値。高低点法では端の点として選ばれやすい |
| 関連範囲 | Relevant Range | その原価構造が成り立つと考えてよい活動量の幅 |
| 外挿 | Extrapolation | 実績データの範囲の外へ式を伸ばして予測すること |
| 多重共線性 | Multicollinearity | 重回帰で独立変数どうしが強く相関し、係数が不安定になる状態 |
| 時系列 | Time Series | 時間の順に並んだ観測値の列 |
| 移動平均法 | Moving Average | 直近 n 期の単純平均を次期の予測とする方法 |
| 指数平滑法 | Exponential Smoothing | 次期予測 = α × 当期実績 + (1 − α) × 当期予測 |
| 平滑化定数 | Smoothing Constant (α) | 指数平滑法で直近実績にかける重み。0〜1 |
| 予測誤差 | Forecast Error | 実績 − 予測 |
| 平均絶対偏差 | MAD (Mean Absolute Deviation) | 誤差の絶対値の平均 |
| 平均二乗誤差 | MSE (Mean Squared Error) | 誤差の二乗の平均。大きな外れを強く罰する |
| 二乗平均平方根誤差 | RMSE (Root Mean Squared Error) | MSEの平方根。単位が元に戻る |
| 平均絶対百分率誤差 | MAPE (Mean Absolute Percentage Error) | 誤差の絶対値 ÷ 実績 の平均。%で表示する |
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Stellar Automotive)と人物(ケン・リン・Priya)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な管理会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)