売上を伸ばす計画が、利益を減らす計画だった ── 戦略を数字に翻訳する
この回で分かること
- 使命・ビジョンから戦略計画・戦術計画・業務計画・予算までの階層を、どれがどの時間軸の話かを言い分けられる
- ファイブフォース分析とSWOT分析を使って、集めた材料を外部・内部それぞれの枠に振り分けられる
- コストリーダーシップと差別化のどちらを取るかが、単価・数量・費用のどこに出るかを指させる
戦略的計画のしくみ ── 使命から予算までの一本の線
Day 12まで、この教材がやってきたのは「できあがった数字を読む」練習でした。今日から入るセクションBは、向きが逆になります。まだどこにも無い数字を、これから自分で作る。その最初の一歩が戦略的計画です。ここでの選択が、来期の売上と利益の形をほとんど決めてしまいます。
会議室で起きたこと
ASTRA Manufacturing の会議室。来期の事業計画のフォーマットが本社から届いた朝の場面です。
ケン: リンさん、来期の事業計画の様式が本社から来ました。売上目標と利益目標を書く欄があります。営業チームからは「単価を10%下げれば数量が25%は伸びる」という案が上がっていて。
リン: その案、いい話に聞こえる?
ケン: 売上は 4,000 から 4,500 に増える計算です。悪くないと思うのですが。
リン: 利益のほうは?
ケン: ……そこは計算していませんでした。
リン: そこが今日から変わるところなの。Day 12までは、できあがった財務諸表を読む練習だったでしょう。ここからは、まだ存在しない数字を自分で作る話になる。決算書ではなく計画書ね。
ケン: 計画書は、数字から書き始めるんですか。
リン: それが順番としては危ないの。先に決めるのは「うちが何で勝つつもりか」。それを数字に翻訳する。逆から始めると、目標がいつのまにか「去年より少し多い数字」になってしまうから。
ケン: 何で勝つか……安さ、でしょうか。
リン: それも一つの答え。ただし安さで勝つと決めたなら、変動費を削る手も、量をさばく設備も要る。品質で勝つと決めたなら、単価を上げて、数量が減るのを受け入れることになる。どちらも成立しうるけれど、途中で混ぜると危ないの。
ケン: 混ぜると、どうなるんですか。
リン: いちばん高い費用構造のまま、いちばん安い値段をつけることになりやすい。だから戦略は「何をやるか」と同じくらい「何をやらないか」を決める作業だと言われるの。
ケン: 決めるための材料は、どこから持ってくるんですか。
リン: 外と中の両方から。外は競合・仕入先・顧客・新規参入・代替品。中はうちの設備と人と工程。それを1枚にまとめる道具がSWOT。順に見ていきましょう。営業の案を数字にするのは、そのあとよ。
ケン: 分かりました。持ち帰るのは3つ、ですね。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| strategic planning | 戦略的計画。中長期に「何で勝つか」を決める作業 |
| mission statement | 使命記述書。何のために存在するかを短く書いたもの |
| vision statement | ビジョン。いつまでにどうなっていたいかの姿 |
| competitive advantage | 競争優位。同業に対して持っている優位性 |
| barriers to entry | 参入障壁。新しい競合が入ってくるのを妨げるもの |
| bargaining power | 交渉力。買い手・売り手が価格を動かせる力 |
| cost leadership | コストリーダーシップ。低い費用構造で勝つ戦略 |
| differentiation | 差別化。価格以外の価値で勝つ戦略 |
| trade-off | トレードオフ。何かを取れば何かを手放す関係 |
| contribution margin | 限界利益。売上高から変動費を差し引いた金額 |
| balanced scorecard | バランスト・スコアカード。戦略を4つの視点の指標に落とす枠組み |
| contingency plan | コンティンジェンシープラン。前提が崩れたときの代替案 |
| rolling forecast | ローリング予測。期の途中で先の見通しを更新し続ける方法 |
今日おさえる3つ
- 計画には階層がある ── 使命・ビジョンから、戦略・戦術・業務、そして予算へ
- 戦略は分析から出てくる ── 外を見る道具と、中を見る道具と、まとめる道具
- 戦略の選択は数字に出る ── 単価・数量・変動費・固定費のどこが動くかが戦略ごとに違う
計画には階層がある
「計画を立てる」と一言で言っても、10年先の話と来週の話が同じ紙に乗ることはありません。上から下へ、時間軸が短くなり、粒度が細かくなり、作る人が現場に近づいていきます。
| 段 | 何を決めるか | 時間軸 | 主に作る人 | ASTRAでの例 |
|---|---|---|---|---|
| 使命Mission | 何のために存在するか | 期限を置かない | 経営陣・取締役会 | 止まらない部品を現地の製造業に届ける |
| ビジョンVision | いつまでに、どうなっていたいか | 5〜10年 | 経営陣 | 北部の精密部品で、最初に名前が挙がる工場になる |
| 戦略計画Strategic Plan | 何で勝つか/何をやらないか | 3〜5年 | 経営陣+各機能の責任者 | 汎用品の量産に寄せるか、高精度品に寄せるか |
| 戦術計画Tactical Plan | 戦略を年単位の打ち手に割る | 1〜2年 | 部門長 | 検査工程を内製化する/第2ラインを入れる |
| 業務計画Operational Plan | 今月・今週やること | 数週間〜1年 | 現場の管理者 | 月次の生産計画と要員シフト |
| 予算Budget | 打ち手に金額を割り当てる | 通常1年 | 各部門+経理 | Day 14以降で組み立てる |
この表で覚えておきたいのは、下の段は上の段の翻訳だという点です。予算はゼロから作る書類ではなく、戦術計画に値札を付けたもの。戦術計画は、戦略計画を今年の担当者の仕事に割ったもの。上とつながっていない予算は、去年の実績に少し足しただけの数字になりやすく、達成しても何が前進したのかが説明できません。
戦略計画と戦術計画は、何が違うのか
境目で迷ったら、やめる自由があるかどうかで分けると整理しやすくなります。戦略計画は「高精度品に寄せる/汎用品はやらない」のように、事業の姿そのものを選び直す判断です。戦術計画は、その選択を前提として「では検査をどう強くするか」を決めます。前提を疑うのが戦略、前提の中で最善を探すのが戦術、と考えてください。
戦略は分析から出てくる
思いつきと戦略の差は、材料の量と、材料を置く場所が決まっていることです。使う道具は大きく3種類あります。
外を見る ── ファイブフォース分析
その業界がそもそも儲かる構造になっているかを、5つの力で点検します。自社の努力の前に、業界の形が利益率の上限をかなり決めてしまう、という見方です。
| 力 | 見るところ | ASTRAで具体的に |
|---|---|---|
| 既存企業間の競争Rivalry | 競合の数、市場の成長率、固定費の重さ | 同じ工業団地に、似た加工を持つ地場メーカーが複数ある |
| 新規参入の脅威Threat of New Entrants | 参入障壁の高さ(設備投資・認証・規模の経済) | 設備と品質認証が障壁になる。ただし汎用品ほど障壁は低い |
| 代替品の脅威Threat of Substitutes | 別の手段で同じ用途を満たせるか | 金属部品から樹脂部品への置き換え |
| 買い手の交渉力Bargaining Power of Buyers | 買い手の集中度、切り替えコスト、情報量 | 売上の4割が上位2社。値下げ要求が通りやすい |
| 売り手の交渉力Bargaining Power of Suppliers | 供給元の数、材料の代替性 | 指定された規格の鋼材は、調達先が数社に限られる |
冒頭の会話に出てきた「単価を10%下げる」という案は、この表でいえば買い手の交渉力が強い状態への対応です。力の分析をしておくと、その案が攻めなのか、押されて出た案なのかが区別できます。
外の大きな流れ ── PEST分析
業界の中だけでなく、業界の外側の環境も見ます。頭文字は Political(政治・法規制)、Economic(経済)、Social(社会・人口)、Technological(技術)。ASTRAでいえば、輸入関税の枠組み、為替と賃金の動き、現地の労働人口の構成、加工技術の世代交代がここに入ります。5つの力が「この業界の中の話」なのに対し、PESTは「業界ごと動かしてしまう話」を拾う道具だと考えると混同しにくくなります。
中を見る ── バリューチェーンとコアコンピタンス
自社の側は、活動を分解して見ます。バリューチェーンValue Chainでは、事業を主活動(購買物流・製造・出荷物流・販売とマーケティング・サービス)と支援活動(全般管理・人事・技術開発・調達)に分け、どの活動が価値を生み、どの活動が費用ばかり食っているかを見ます。
その中で、次の3つを満たすものがコアコンピタンスCore Competencyと呼ばれます。
- 顧客が感じる価値に直接つながっている
- 他社がまねしにくい
- 1つの製品だけでなく、他の分野にも応用できる
3つ目があるため、「設備が新しい」はコアコンピタンスになりにくい、と説明されることが多いところです。買えばまねできますし、その設備の外には広がりません。「不良を出さずに公差を詰める段取りのノウハウ」のほうが候補になります。
集めて1枚にする ── SWOT分析
外の分析と中の分析を、内部か外部かと追い風か向かい風かの2軸で並べ直したものがSWOT分析です。
| 追い風(プラス) | 向かい風(マイナス) | |
|---|---|---|
| 内部(自社で変えられる) | 強みStrengths 例: 加工精度が地域で上位 | 弱みWeaknesses 例: 検査工程が外注で納期が読めない |
| 外部(自社では変えられない) | 機会Opportunities 例: 現地の自動車生産が伸びている | 脅威Threats 例: 同じ団地に競合が新工場を建てた |
分類でつまずくのは、たいてい内部と外部の線引きです。自社の意思で変えられるものが内部、変えられないものが外部。競合の設備投資は外部ですが、それに対抗して自社が投資するかどうかは内部の話になります。
そして4象限を埋めただけでは計画になりません。組み合わせて打ち手にする段があります。
| 組み合わせ | 考え方 | ASTRAでの例 |
|---|---|---|
| 強み × 機会 | 強みを機会にぶつけて伸ばす | 精度を武器に、伸びている自動車向けへ入る |
| 強み × 脅威 | 強みで脅威をしのぐ | 競合が入れない公差の領域に軸足を移す |
| 弱み × 機会 | 弱みを埋めて機会を取りにいく | 検査を内製化して、短納期の引き合いに応える |
| 弱み × 脅威 | 撤退・縮小も選択肢に入れる | 価格勝負になった汎用品の一部から手を引く |
戦略の選択は、数字のどこに出るか
一般に、競争の基本的な戦略は3つに整理されます。ここが本日の要で、選んだ戦略ごとに、損益計算書の動く行が違います。
| 戦略 | ねらい | 数字に出やすい形 | 崩れ方 |
|---|---|---|---|
| コストリーダーシップCost Leadership | 業界の中で低い費用構造をつくる | 単価が下がり、数量が増える。変動費単価を下げる代わりに、設備などの固定費が増えやすい | 数量が想定どおり伸びないと、下げた単価だけが残る |
| 差別化Differentiation | 価格以外の価値で選ばれる | 単価が上がり、数量は減りやすい。開発費や品質関連の固定費が増える | 顧客が違いを認めないと、単価だけが浮いて数量が落ちる |
| 集中Focus | 特定の顧客層・地域・用途に絞る | 数量は小さくなるが、限界利益率は高くなりやすい | 絞った市場そのものが縮むと、逃げ場がない |
リンが「途中で混ぜると危ない」と言ったのは、この表の右2列がかみ合わないためです。差別化のために増やした固定費を抱えたまま、コストリーダーシップの価格をつければ、高い費用構造と安い単価が同居します。どちらの戦略でも説明できない位置に留まることを、行き詰まりの典型として挙げる教科書は多くあります。
「売上目標」だけを置くと、値下げが最短ルートになる
ここまでを一言でまとめると、こうなります。戦略は、単価・数量・変動費単価・固定費のどれをどちらに動かすかの宣言である。 そして売上高は単価と数量の掛け算にすぎないので、売上目標だけを掲げると、単価を下げて数量を取るのがいちばん手早い達成手段になります。それが利益にとってどうかは、まったく別の計算です。
営業チームの案 ── 単価10%減、数量25%増 ── が利益にどう出るのかは、第2部で最後まで計算します。先に結論の形だけ言っておくと、売上が増える案と、利益が増える案は、同じとはかぎりません。
よい戦略計画には、何が書いてあるか
CMAの出題で問われやすいのは、計画の中身そのものより「計画が計画として機能する条件」です。一般に、次のような点が挙げられます。
- やらないことが書いてある ── すべてに取り組むと書いた計画は、優先順位を示していない
- 担当と期限と金額がある ── 誰が、いつまでに、いくらで。ここが空欄だと予算に翻訳できない
- 前提が明示されている ── 市場が何%伸びる前提か、為替をいくらで見ているか
- 前提が崩れたときの代替案がある ── コンティンジェンシープランContingency Plan
- 測れる形になっている ── 達成・未達を後から判定できる指標がある
決めた戦略を、どう測り続けるか ── バランスト・スコアカード
戦略を選んだあとに残るのは、「その戦略どおりに進んでいるかを、何で見るか」という問題です。売上や利益だけを見ていると、来期の数字を守るために来々期の種を潰す、という動き方を止められません。そこで、財務の指標と、財務に先行する指標を並べて持つ枠組みが使われます。バランスト・スコアカードBalanced Scorecard: BSCです。
| 視点 | 問い | ASTRAで置きそうな指標 |
|---|---|---|
| 財務の視点Financial | 株主・本社にどう見えるか | 営業利益、限界利益率 |
| 顧客の視点Customer | 顧客にどう見えるか | 納期遵守率、主要顧客の継続率 |
| 内部業務プロセスの視点Internal Business Process | どの工程で優れている必要があるか | 不良率、段取り替え時間 |
| 学習と成長の視点Learning and Growth | 変わり続ける力をどう保つか | 多能工の人数、技能認定の取得数 |
下の3つが上の1つを支える、という順に読みます。人が育ち(学習と成長)、工程がよくなり(内部業務プロセス)、顧客が離れなくなり(顧客)、その結果として財務の数字が出る、という因果の並びです。この教材でBSCを扱うのはここまでにします。指標の選び方、目標値の置き方、実績との突き合わせ方は業績管理の話なので、セクションCで改めて扱います。今日は「戦略は指標に翻訳できる」という枠組みの存在だけ持ち帰ってください。
計画は、一度作って終わりではない
年に一度だけ計画を作る会社では、期の途中で前提が変わっても、次の計画づくりまで数字が更新されません。これを避けるために、期の途中でも先12か月ぶんの見通しを更新し続けるローリング予測Rolling Forecastを併用する方法があります。四半期ごとに1四半期先を足していけば、いつ見ても手元には1年ぶんの見通しがある、という考え方です。予算そのものの作り方は Day 14 以降で扱います。
セクションBは、ここから「戦略を年度の数字に落とす」方向へ進みます。Day 14 で予算編成の考え方とプロセスに入り、そこから先は売上予算・製造予算・現金予算と、階層の下へ降りていきます。今日決めた「何で勝つか」は、その先で1行ずつ金額になっていきます。
第2部では、営業チームの案(単価を下げて量を取る)と、その反対の案(単価を上げて量を手放す)を、同じデータで最後まで計算します。戦略の言葉が、損益計算書のどの行で違いになるのかを確かめてください。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing)と人物(ケン・リン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な経営管理・管理会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)