さわる管理会計 DAY 13 さわるベトナム のトレーニング教材

売上を伸ばす計画が、利益を減らす計画だった ── 戦略を数字に翻訳する

全3部 / 前提知識: Day 1〜12(セクションA 財務諸表の読み方) / 最終更新 2026-08-23

この回で分かること

  • 使命・ビジョンから戦略計画・戦術計画・業務計画・予算までの階層を、どれがどの時間軸の話かを言い分けられる
  • ファイブフォース分析とSWOT分析を使って、集めた材料を外部・内部それぞれの枠に振り分けられる
  • コストリーダーシップと差別化のどちらを取るかが、単価・数量・費用のどこに出るかを指させる
PART 1 / 3

戦略的計画のしくみ ── 使命から予算までの一本の線

Day 12まで、この教材がやってきたのは「できあがった数字を読む」練習でした。今日から入るセクションBは、向きが逆になります。まだどこにも無い数字を、これから自分で作る。その最初の一歩が戦略的計画です。ここでの選択が、来期の売上と利益の形をほとんど決めてしまいます。

会議室で起きたこと

ASTRA Manufacturing の会議室。来期の事業計画のフォーマットが本社から届いた朝の場面です。

ケン: リンさん、来期の事業計画の様式が本社から来ました。売上目標と利益目標を書く欄があります。営業チームからは「単価を10%下げれば数量が25%は伸びる」という案が上がっていて。

リン: その案、いい話に聞こえる?

ケン: 売上は 4,000 から 4,500 に増える計算です。悪くないと思うのですが。

リン: 利益のほうは?

ケン: ……そこは計算していませんでした。

リン: そこが今日から変わるところなの。Day 12までは、できあがった財務諸表を読む練習だったでしょう。ここからは、まだ存在しない数字を自分で作る話になる。決算書ではなく計画書ね。

ケン: 計画書は、数字から書き始めるんですか。

リン: それが順番としては危ないの。先に決めるのは「うちが何で勝つつもりか」。それを数字に翻訳する。逆から始めると、目標がいつのまにか「去年より少し多い数字」になってしまうから。

ケン: 何で勝つか……安さ、でしょうか。

リン: それも一つの答え。ただし安さで勝つと決めたなら、変動費を削る手も、量をさばく設備も要る。品質で勝つと決めたなら、単価を上げて、数量が減るのを受け入れることになる。どちらも成立しうるけれど、途中で混ぜると危ないの。

ケン: 混ぜると、どうなるんですか。

リン: いちばん高い費用構造のまま、いちばん安い値段をつけることになりやすい。だから戦略は「何をやるか」と同じくらい「何をやらないか」を決める作業だと言われるの。

ケン: 決めるための材料は、どこから持ってくるんですか。

リン: 外と中の両方から。外は競合・仕入先・顧客・新規参入・代替品。中はうちの設備と人と工程。それを1枚にまとめる道具がSWOT。順に見ていきましょう。営業の案を数字にするのは、そのあとよ。

ケン: 分かりました。持ち帰るのは3つ、ですね。

この場面で出てくる英語

Key Words & Expressions
English意味
strategic planning戦略的計画。中長期に「何で勝つか」を決める作業
mission statement使命記述書。何のために存在するかを短く書いたもの
vision statementビジョン。いつまでにどうなっていたいかの姿
competitive advantage競争優位。同業に対して持っている優位性
barriers to entry参入障壁。新しい競合が入ってくるのを妨げるもの
bargaining power交渉力。買い手・売り手が価格を動かせる力
cost leadershipコストリーダーシップ。低い費用構造で勝つ戦略
differentiation差別化。価格以外の価値で勝つ戦略
trade-offトレードオフ。何かを取れば何かを手放す関係
contribution margin限界利益。売上高から変動費を差し引いた金額
balanced scorecardバランスト・スコアカード。戦略を4つの視点の指標に落とす枠組み
contingency planコンティンジェンシープラン。前提が崩れたときの代替案
rolling forecastローリング予測。期の途中で先の見通しを更新し続ける方法

今日おさえる3つ

  1. 計画には階層がある ── 使命・ビジョンから、戦略・戦術・業務、そして予算へ
  2. 戦略は分析から出てくる ── 外を見る道具と、中を見る道具と、まとめる道具
  3. 戦略の選択は数字に出る ── 単価・数量・変動費・固定費のどこが動くかが戦略ごとに違う

計画には階層がある

計画には階層がある ── 下の段は、上の段の翻訳 使命から予算まで。時間軸は下へ行くほど短く、粒度は細かくなる 使命・ビジョン Mission / Vision何のために存在し、いつまでにどうなりたいか 戦略計画 Strategic Plan何で勝つか。そして何をやらないか 戦術計画 Tactical Plan戦略を、年単位の部門の打ち手に割る 業務計画 Operational Plan今月・今週やること。生産計画と要員シフト 予算 Budget打ち手に金額を割り当てる ── Day 14 からの範囲 期限を置かない/5〜10年3〜5年1〜2年数週間〜1年通常1年経営陣・取締役会経営陣+機能の責任者部門長現場の管理者各部門+経理時間軸主に作る人上とつながっていない予算は、去年の実績に少し足しただけの数字になりやすい
図1 計画の階層 ── 使命から予算までの一本の線

「計画を立てる」と一言で言っても、10年先の話と来週の話が同じ紙に乗ることはありません。上から下へ、時間軸が短くなり、粒度が細かくなり、作る人が現場に近づいていきます。

計画の階層
何を決めるか時間軸主に作る人ASTRAでの例
使命Mission何のために存在するか期限を置かない経営陣・取締役会止まらない部品を現地の製造業に届ける
ビジョンVisionいつまでに、どうなっていたいか5〜10年経営陣北部の精密部品で、最初に名前が挙がる工場になる
戦略計画Strategic Plan何で勝つか/何をやらないか3〜5年経営陣+各機能の責任者汎用品の量産に寄せるか、高精度品に寄せるか
戦術計画Tactical Plan戦略を年単位の打ち手に割る1〜2年部門長検査工程を内製化する/第2ラインを入れる
業務計画Operational Plan今月・今週やること数週間〜1年現場の管理者月次の生産計画と要員シフト
予算Budget打ち手に金額を割り当てる通常1年各部門+経理Day 14以降で組み立てる

この表で覚えておきたいのは、下の段は上の段の翻訳だという点です。予算はゼロから作る書類ではなく、戦術計画に値札を付けたもの。戦術計画は、戦略計画を今年の担当者の仕事に割ったもの。上とつながっていない予算は、去年の実績に少し足しただけの数字になりやすく、達成しても何が前進したのかが説明できません。

戦略計画と戦術計画は、何が違うのか

境目で迷ったら、やめる自由があるかどうかで分けると整理しやすくなります。戦略計画は「高精度品に寄せる/汎用品はやらない」のように、事業の姿そのものを選び直す判断です。戦術計画は、その選択を前提として「では検査をどう強くするか」を決めます。前提を疑うのが戦略、前提の中で最善を探すのが戦術、と考えてください。

戦略は分析から出てくる

思いつきと戦略の差は、材料の量と、材料を置く場所が決まっていることです。使う道具は大きく3種類あります。

外を見る ── ファイブフォース分析

その業界がそもそも儲かる構造になっているかを、5つの力で点検します。自社の努力の前に、業界の形が利益率の上限をかなり決めてしまう、という見方です。

5つの力Five Forces
見るところASTRAで具体的に
既存企業間の競争Rivalry競合の数、市場の成長率、固定費の重さ同じ工業団地に、似た加工を持つ地場メーカーが複数ある
新規参入の脅威Threat of New Entrants参入障壁の高さ(設備投資・認証・規模の経済)設備と品質認証が障壁になる。ただし汎用品ほど障壁は低い
代替品の脅威Threat of Substitutes別の手段で同じ用途を満たせるか金属部品から樹脂部品への置き換え
買い手の交渉力Bargaining Power of Buyers買い手の集中度、切り替えコスト、情報量売上の4割が上位2社。値下げ要求が通りやすい
売り手の交渉力Bargaining Power of Suppliers供給元の数、材料の代替性指定された規格の鋼材は、調達先が数社に限られる

冒頭の会話に出てきた「単価を10%下げる」という案は、この表でいえば買い手の交渉力が強い状態への対応です。力の分析をしておくと、その案が攻めなのか、押されて出た案なのかが区別できます。

外の大きな流れ ── PEST分析

業界の中だけでなく、業界の外側の環境も見ます。頭文字は Political(政治・法規制)、Economic(経済)、Social(社会・人口)、Technological(技術)。ASTRAでいえば、輸入関税の枠組み、為替と賃金の動き、現地の労働人口の構成、加工技術の世代交代がここに入ります。5つの力が「この業界の中の話」なのに対し、PESTは「業界ごと動かしてしまう話」を拾う道具だと考えると混同しにくくなります。

中を見る ── バリューチェーンとコアコンピタンス

自社の側は、活動を分解して見ます。バリューチェーンValue Chainでは、事業を主活動(購買物流・製造・出荷物流・販売とマーケティング・サービス)と支援活動(全般管理・人事・技術開発・調達)に分け、どの活動が価値を生み、どの活動が費用ばかり食っているかを見ます。

その中で、次の3つを満たすものがコアコンピタンスCore Competencyと呼ばれます。

  1. 顧客が感じる価値に直接つながっている
  2. 他社がまねしにくい
  3. 1つの製品だけでなく、他の分野にも応用できる

3つ目があるため、「設備が新しい」はコアコンピタンスになりにくい、と説明されることが多いところです。買えばまねできますし、その設備の外には広がりません。「不良を出さずに公差を詰める段取りのノウハウ」のほうが候補になります。

集めて1枚にする ── SWOT分析

集めた材料を、4つの枠に置き直す SWOT分析 ── 内部か外部か(自社の意思で変えられるか)で切る 中を見る Internal Analysisバリューチェーンコアコンピタンス 外を見る External AnalysisファイブフォースPEST 強み・弱みへ 機会・脅威へ追い風(プラス)向かい風(マイナス) 強み Strengths内部・追い風例: 加工精度が上位 弱み Weaknesses内部・向かい風例: 検査が外注 機会 Opportunities外部・追い風例: 自動車生産が伸長 脅威 Threats外部・向かい風例: 競合が新工場を建設4象限を埋めた時点では、まだ材料。強み×機会・弱み×脅威と組み合わせて、はじめて打ち手になる
図2 外と中を見て、SWOTの4象限に置き直す

外の分析と中の分析を、内部か外部か追い風か向かい風かの2軸で並べ直したものがSWOT分析です。

SWOT分析SWOT Analysis
追い風(プラス)向かい風(マイナス)
内部(自社で変えられる)強みStrengths
例: 加工精度が地域で上位
弱みWeaknesses
例: 検査工程が外注で納期が読めない
外部(自社では変えられない)機会Opportunities
例: 現地の自動車生産が伸びている
脅威Threats
例: 同じ団地に競合が新工場を建てた

分類でつまずくのは、たいてい内部と外部の線引きです。自社の意思で変えられるものが内部、変えられないものが外部。競合の設備投資は外部ですが、それに対抗して自社が投資するかどうかは内部の話になります。

そして4象限を埋めただけでは計画になりません。組み合わせて打ち手にする段があります。

組み合わせて打ち手にする
組み合わせ考え方ASTRAでの例
強み × 機会強みを機会にぶつけて伸ばす精度を武器に、伸びている自動車向けへ入る
強み × 脅威強みで脅威をしのぐ競合が入れない公差の領域に軸足を移す
弱み × 機会弱みを埋めて機会を取りにいく検査を内製化して、短納期の引き合いに応える
弱み × 脅威撤退・縮小も選択肢に入れる価格勝負になった汎用品の一部から手を引く

戦略の選択は、数字のどこに出るか

一般に、競争の基本的な戦略は3つに整理されます。ここが本日の要で、選んだ戦略ごとに、損益計算書の動く行が違います

3つの基本戦略と、数字に出る場所
戦略ねらい数字に出やすい形崩れ方
コストリーダーシップCost Leadership業界の中で低い費用構造をつくる単価が下がり、数量が増える。変動費単価を下げる代わりに、設備などの固定費が増えやすい数量が想定どおり伸びないと、下げた単価だけが残る
差別化Differentiation価格以外の価値で選ばれる単価が上がり、数量は減りやすい。開発費や品質関連の固定費が増える顧客が違いを認めないと、単価だけが浮いて数量が落ちる
集中Focus特定の顧客層・地域・用途に絞る数量は小さくなるが、限界利益率は高くなりやすい絞った市場そのものが縮むと、逃げ場がない

リンが「途中で混ぜると危ない」と言ったのは、この表の右2列がかみ合わないためです。差別化のために増やした固定費を抱えたまま、コストリーダーシップの価格をつければ、高い費用構造と安い単価が同居します。どちらの戦略でも説明できない位置に留まることを、行き詰まりの典型として挙げる教科書は多くあります。

「売上目標」だけを置くと、値下げが最短ルートになる

ここまでを一言でまとめると、こうなります。戦略は、単価・数量・変動費単価・固定費のどれをどちらに動かすかの宣言である。 そして売上高は単価と数量の掛け算にすぎないので、売上目標だけを掲げると、単価を下げて数量を取るのがいちばん手早い達成手段になります。それが利益にとってどうかは、まったく別の計算です。

営業チームの案 ── 単価10%減、数量25%増 ── が利益にどう出るのかは、第2部で最後まで計算します。先に結論の形だけ言っておくと、売上が増える案と、利益が増える案は、同じとはかぎりません。

よい戦略計画には、何が書いてあるか

CMAの出題で問われやすいのは、計画の中身そのものより「計画が計画として機能する条件」です。一般に、次のような点が挙げられます。

決めた戦略を、どう測り続けるか ── バランスト・スコアカード

戦略を選んだあとに残るのは、「その戦略どおりに進んでいるかを、何で見るか」という問題です。売上や利益だけを見ていると、来期の数字を守るために来々期の種を潰す、という動き方を止められません。そこで、財務の指標と、財務に先行する指標を並べて持つ枠組みが使われます。バランスト・スコアカードBalanced Scorecard: BSCです。

バランスト・スコアカードの4つの視点
視点問いASTRAで置きそうな指標
財務の視点Financial株主・本社にどう見えるか営業利益、限界利益率
顧客の視点Customer顧客にどう見えるか納期遵守率、主要顧客の継続率
内部業務プロセスの視点Internal Business Processどの工程で優れている必要があるか不良率、段取り替え時間
学習と成長の視点Learning and Growth変わり続ける力をどう保つか多能工の人数、技能認定の取得数

下の3つが上の1つを支える、という順に読みます。人が育ち(学習と成長)、工程がよくなり(内部業務プロセス)、顧客が離れなくなり(顧客)、その結果として財務の数字が出る、という因果の並びです。この教材でBSCを扱うのはここまでにします。指標の選び方、目標値の置き方、実績との突き合わせ方は業績管理の話なので、セクションCで改めて扱います。今日は「戦略は指標に翻訳できる」という枠組みの存在だけ持ち帰ってください。

計画は、一度作って終わりではない

年に一度だけ計画を作る会社では、期の途中で前提が変わっても、次の計画づくりまで数字が更新されません。これを避けるために、期の途中でも先12か月ぶんの見通しを更新し続けるローリング予測Rolling Forecastを併用する方法があります。四半期ごとに1四半期先を足していけば、いつ見ても手元には1年ぶんの見通しがある、という考え方です。予算そのものの作り方は Day 14 以降で扱います。

セクションBは、ここから「戦略を年度の数字に落とす」方向へ進みます。Day 14 で予算編成の考え方とプロセスに入り、そこから先は売上予算・製造予算・現金予算と、階層の下へ降りていきます。今日決めた「何で勝つか」は、その先で1行ずつ金額になっていきます。

第2部では、営業チームの案(単価を下げて量を取る)と、その反対の案(単価を上げて量を手放す)を、同じデータで最後まで計算します。戦略の言葉が、損益計算書のどの行で違いになるのかを確かめてください。

この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing)と人物(ケン・リン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な経営管理・管理会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)