さわる管理会計 DAY 13 さわるベトナム のトレーニング教材
PART 2 / 3

同じ市場で、2つの戦略を数字にする

ASTRA Manufacturing の主力ラインを1本だけ取り出して、来期の案を2つ計算します。数字は Day 1 の損益計算書と同じものを、並べ替えて使います。金額の単位は 千USD、数量の単位は 千個、単価は USD/個です(千個 × USD/個 = 千USD になります)。

ASTRA Manufacturing — 主力ラインの現状
項目数値備考
販売単価Unit Selling Price20USD/個
販売数量Unit Sales Volume200千個
変動費単価Unit Variable Cost12USD/個。材料・外注・出来高給
固定費Fixed Costs800千USD。給与500+管理費300

現状 ── Day 1 の損益計算書を組み替える

Day 1 では、この事業を売上高 4,000、売上原価 2,400、給与 500、管理費 300 という形で見ました。同じ数字を、売上原価を変動費、給与と管理費を固定費として並べ直します。

現状の損益(単位: 千USD)
項目金額計算
売上高Sales4,00020 × 200
変動費Variable Costs(2,400)12 × 200
限界利益Contribution Margin1,6004,000 − 2,400
固定費Fixed Costs(800)給与500+管理費300
営業利益Operating Income8001,600 − 800

限界利益 1,600 は、Day 1 の売上総利益 1,600 と同じ金額になっています。この例では売上原価がすべて変動費だと置いたためで、いつも一致するわけではありません。実際の損益計算書では、費用の中に数量と連動する部分としない部分が混ざります。その分解の手続きは、このあとの回で扱います。

ここで新しく1つ、道具を足します。

戦略A ── 単価を10%下げて、数量を25%取りに行く

営業チームの案です。コストリーダーシップ寄りの打ち手にあたります。

  1. 販売単価 20 × (1 − 10%) = 18 USD/個
  2. 販売数量 200 × (1 + 25%) = 250 千個
  3. 売上高 18 × 250 = 4,500
  4. 変動費 12 × 250 = 3,000 単価を下げても、1個あたりの材料費は下がりません
  5. 限界利益 4,500 − 3,000 = 1,500
  6. 営業利益 1,500 − 800 = 700

売上高は 4,000 から 4,500 へ、12.5%増えました。営業利益は 800 から 700 へ、12.5%減りました。

戦略B ── 単価を10%上げて、数量が15%減るのを受け入れる

差別化寄りの打ち手です。検査を内製化して精度と納期で選ばれる代わりに、価格に敏感な客層が離れる、という想定を置きます。

  1. 販売単価 20 × (1 + 10%) = 22 USD/個
  2. 販売数量 200 × (1 − 15%) = 170 千個
  3. 売上高 22 × 170 = 3,740
  4. 変動費 12 × 170 = 2,040
  5. 限界利益 3,740 − 2,040 = 1,700
  6. 営業利益 1,700 − 800 = 900

売上高は 4,000 から 3,740 へ、6.5%減りました。営業利益は 800 から 900 へ、12.5%増えました。

3つを並べる

売上でいちばんの案が、利益では最下位になる ASTRA Manufacturing 主力ライン ── 金額の単位: 千USD 現状 単価 20 × 数量 200 売上高 4,000 限界利益 1,600 営業利益 800戦略A 低価格・量を取る 単価 18(−10%)× 数量 250(+25%) 売上高 4,500 限界利益 1,500 営業利益 700戦略B 高付加価値・単価を取る 単価 22(+10%)× 数量 170(−15%) 売上高 3,740 限界利益 1,700 営業利益 900売上 +500 営業利益 −100 売上 −260 営業利益 +100値下げしたのは単価の10%。減ったのは1個あたりの限界利益の25%(8 → 6)。分母が違うので、売上が増えても限界利益は戻らない。
図3 現状・戦略A・戦略B ── 売上の順と営業利益の順は逆になる
現状・戦略A・戦略Bの比較(金額の単位: 千USD)
項目現状戦略A
低価格・量
戦略B
高付加価値
販売単価(USD/個)201822
販売数量(千個)200250170
単位あたり限界利益(USD/個)8610
売上高4,0004,5003,740
変動費(2,400)(3,000)(2,040)
限界利益1,6001,5001,700
限界利益率40.0%33.3%45.5%
固定費(800)(800)(800)
営業利益800700900

売上高の順は 戦略A > 現状 > 戦略B。営業利益の順はちょうど逆で、戦略B > 現状 > 戦略A。売上でいちばんの案が、利益では最下位になりました。

なぜ売上が増えたのに、営業利益は減ったのか

答えは単位あたり限界利益にあります。

同じ「−2」でも、分母が違います。単価に対しては10%でも、1個あたりに残る利益に対しては25%です。値引き分は変動費が肩代わりしてくれないので、まるごと限界利益から出ていきます。限界利益率が低い商売ほど、同じ値下げ率が利益に効く度合いが大きくなる、というのはこの構造から来ています。

一方で数量は25%しか増えません。0.75 × 1.25 = 0.9375。つまり限界利益は現状の約94%に落ちます。1,600 × 0.9375 = 1,500 で、計算した数字と一致します。固定費 800 は数量が増えても変わらないので、限界利益の目減り 100 が、そのまま営業利益の目減り 100 になりました。

値下げを取り返すのに、いくつ売る必要があったのか

「25%では足りない」と分かったなら、次に出す数字は「では何%なら足りるのか」です。単価を18に下げたあとで、現状の限界利益 1,600 を保つのに必要な数量を逆算します。

必要数量 = 現状の限界利益 ÷ 値下げ後の単位あたり限界利益 = 1,600 ÷ 6 = 約267 千個

現状の 200 千個に対して 約33%増です。営業チームの見込みは25%増(250千個)でしたから、8ポイント足りませんでした。ここまで出しておくと、会議の論点が「値下げに賛成か反対か」から「33%増を取れる根拠があるか」に変わります。

戦略Bについても同じ逆算ができます。単価を22に上げると単位あたり限界利益は10になるので、

限界利益 1,600 を保てる最低の数量 = 1,600 ÷ 10 = 160 千個(現状比 −20%)

想定していた数量減は15%なので、20%までは耐えられる計算になります。戦略Aは見込みが8ポイント足りず、戦略Bは5ポイントの余裕がある。 同じ「10%だけ単価を動かす」案でも、余裕の向きが逆になりました。

営業レバレッジ ── 変動しやすさも一緒に見る

もう1つ、計画を比べるときの指標を出しておきます。

営業レバレッジDegree of Operating Leverage = 限界利益 ÷ 営業利益

売上が1%動いたときに営業利益が何%動くかの倍率です。

営業レバレッジの比較
限界利益営業利益営業レバレッジ
現状1,6008002.00倍
戦略A1,5007002.14倍
戦略B1,7009001.89倍

戦略Aを選んだ場合、数量がさらに10%伸びれば限界利益は 1,650、営業利益は 850 で、営業利益は 21.4% 増えます(2.14 × 10%)。逆に10%割れば同じ倍率で落ちます。戦略Aは上振れも下振れも大きく、戦略Bは振れが小さい。 利益の水準だけでなく、この振れ方も判断材料になります。

つまずきやすいところ

  1. 売上目標と利益目標を同じものとして扱う。この例では、売上でいちばんの案が利益で最下位でした。売上高だけを目標に置くと、値下げが最短の達成手段になります
  2. 値下げ率をそのまま利益の減り方だと思う。効くのは単価に対する率ではなく、単位あたり限界利益に対する率です
  3. 固定費が同じという前提を確かめない。戦略Aで250千個を作るには、現在のラインで足りるでしょうか。増強に固定費が100かかるなら、戦略Aの営業利益は 1,500 − 900 = 600 まで落ちます。前提が変わると結論も変わるので、第1部でいう「前提を書いておく」がここで効いてきます
  4. 変動費単価が単価と一緒に動くと考える。売値を下げても、材料費は下がりません。下げるには別の打ち手(歩留まり改善・調達先の見直し)が要ります

この回で出てきた英語表現

Words & Phrases
Expression意味使う場面
top line / bottom line売上高/最終利益売上と利益のどちらを伸ばす話かを区別するとき
price cut値下げ単価を下げる案を説明するとき
volume growth数量の伸び値下げの見返りを説明するとき
break even on the price cut値下げ分を取り返す必要数量を逆算した結果を伝えるとき
margin erosion利益率の目減り値下げが限界利益率を下げていることを指すとき
underlying assumption前提計画の前提を明示するとき

用語集

この回に出てきた用語
日本語English定義
戦略的計画Strategic Planning中長期に「何で勝つか/何をやらないか」を決める作業
使命Mission組織が何のために存在するかを示したもの
ビジョンVisionいつまでに、どうなっていたいかを示したもの
戦略計画Strategic Plan3〜5年の時間軸で、事業の姿を選び直す計画
戦術計画Tactical Plan戦略を1〜2年の部門の打ち手に割った計画
業務計画Operational Plan数週間〜1年の、現場の実行計画
SWOT分析SWOT Analysis強み・弱み・機会・脅威の4象限で内部と外部を整理する手法
ファイブフォース分析Five Forces Analysis業界の収益構造を5つの力で点検する手法
参入障壁Barriers to Entry新規参入を妨げる要因(設備投資・認証・規模の経済など)
PEST分析PEST Analysis政治・経済・社会・技術の4つで外部環境の大きな流れを見る手法
バリューチェーンValue Chain事業を主活動と支援活動に分けて価値と費用を見る枠組み
コアコンピタンスCore Competency顧客価値につながり、まねしにくく、応用の利く中核能力
競争優位Competitive Advantage同業に対して持っている優位性
コストリーダーシップCost Leadership低い費用構造を武器に価格で勝つ戦略
差別化Differentiation価格以外の価値で選ばれることを狙う戦略
集中戦略Focus Strategy特定の顧客層・地域・用途に絞り込む戦略
限界利益Contribution Margin売上高から変動費を差し引いた金額
限界利益率Contribution Margin Ratio限界利益 ÷ 売上高
単位あたり限界利益Unit Contribution Margin販売単価 − 変動費単価
営業レバレッジDegree of Operating Leverage限界利益 ÷ 営業利益。売上の変動が営業利益に効く倍率
バランスト・スコアカードBalanced Scorecard戦略を財務・顧客・内部業務プロセス・学習と成長の4視点の指標に落とす枠組み(詳細はセクションC)
コンティンジェンシープランContingency Plan前提が崩れた場合に備えて用意しておく代替案
ローリング予測Rolling Forecast期の途中でも先の見通しを更新し続ける方法

この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing)と人物(ケン・リン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な経営管理・管理会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)