同じ市場で、2つの戦略を数字にする
ASTRA Manufacturing の主力ラインを1本だけ取り出して、来期の案を2つ計算します。数字は Day 1 の損益計算書と同じものを、並べ替えて使います。金額の単位は 千USD、数量の単位は 千個、単価は USD/個です(千個 × USD/個 = 千USD になります)。
| 項目 | 数値 | 備考 |
|---|---|---|
| 販売単価Unit Selling Price | 20 | USD/個 |
| 販売数量Unit Sales Volume | 200 | 千個 |
| 変動費単価Unit Variable Cost | 12 | USD/個。材料・外注・出来高給 |
| 固定費Fixed Costs | 800 | 千USD。給与500+管理費300 |
現状 ── Day 1 の損益計算書を組み替える
Day 1 では、この事業を売上高 4,000、売上原価 2,400、給与 500、管理費 300 という形で見ました。同じ数字を、売上原価を変動費、給与と管理費を固定費として並べ直します。
| 項目 | 金額 | 計算 |
|---|---|---|
| 売上高Sales | 4,000 | 20 × 200 |
| 変動費Variable Costs | (2,400) | 12 × 200 |
| 限界利益Contribution Margin | 1,600 | 4,000 − 2,400 |
| 固定費Fixed Costs | (800) | 給与500+管理費300 |
| 営業利益Operating Income | 800 | 1,600 − 800 |
限界利益 1,600 は、Day 1 の売上総利益 1,600 と同じ金額になっています。この例では売上原価がすべて変動費だと置いたためで、いつも一致するわけではありません。実際の損益計算書では、費用の中に数量と連動する部分としない部分が混ざります。その分解の手続きは、このあとの回で扱います。
ここで新しく1つ、道具を足します。
- 単位あたり限界利益Unit Contribution Margin = 販売単価 − 変動費単価 = 20 − 12 = 8 USD/個。1個売るごとに固定費の回収に回せる金額
- 限界利益率Contribution Margin Ratio = 限界利益 ÷ 売上高 = 1,600 ÷ 4,000 = 40%
戦略A ── 単価を10%下げて、数量を25%取りに行く
営業チームの案です。コストリーダーシップ寄りの打ち手にあたります。
- 販売単価 20 × (1 − 10%) = 18 USD/個
- 販売数量 200 × (1 + 25%) = 250 千個
- 売上高 18 × 250 = 4,500
- 変動費 12 × 250 = 3,000 単価を下げても、1個あたりの材料費は下がりません
- 限界利益 4,500 − 3,000 = 1,500
- 営業利益 1,500 − 800 = 700
売上高は 4,000 から 4,500 へ、12.5%増えました。営業利益は 800 から 700 へ、12.5%減りました。
戦略B ── 単価を10%上げて、数量が15%減るのを受け入れる
差別化寄りの打ち手です。検査を内製化して精度と納期で選ばれる代わりに、価格に敏感な客層が離れる、という想定を置きます。
- 販売単価 20 × (1 + 10%) = 22 USD/個
- 販売数量 200 × (1 − 15%) = 170 千個
- 売上高 22 × 170 = 3,740
- 変動費 12 × 170 = 2,040
- 限界利益 3,740 − 2,040 = 1,700
- 営業利益 1,700 − 800 = 900
売上高は 4,000 から 3,740 へ、6.5%減りました。営業利益は 800 から 900 へ、12.5%増えました。
3つを並べる
| 項目 | 現状 | 戦略A 低価格・量 | 戦略B 高付加価値 |
|---|---|---|---|
| 販売単価(USD/個) | 20 | 18 | 22 |
| 販売数量(千個) | 200 | 250 | 170 |
| 単位あたり限界利益(USD/個) | 8 | 6 | 10 |
| 売上高 | 4,000 | 4,500 | 3,740 |
| 変動費 | (2,400) | (3,000) | (2,040) |
| 限界利益 | 1,600 | 1,500 | 1,700 |
| 限界利益率 | 40.0% | 33.3% | 45.5% |
| 固定費 | (800) | (800) | (800) |
| 営業利益 | 800 | 700 | 900 |
売上高の順は 戦略A > 現状 > 戦略B。営業利益の順はちょうど逆で、戦略B > 現状 > 戦略A。売上でいちばんの案が、利益では最下位になりました。
なぜ売上が増えたのに、営業利益は減ったのか
答えは単位あたり限界利益にあります。
- 値下げしたのは単価の 10%(20 → 18、−2)
- 減ったのは単位あたり限界利益の 25%(8 → 6、−2)
同じ「−2」でも、分母が違います。単価に対しては10%でも、1個あたりに残る利益に対しては25%です。値引き分は変動費が肩代わりしてくれないので、まるごと限界利益から出ていきます。限界利益率が低い商売ほど、同じ値下げ率が利益に効く度合いが大きくなる、というのはこの構造から来ています。
一方で数量は25%しか増えません。0.75 × 1.25 = 0.9375。つまり限界利益は現状の約94%に落ちます。1,600 × 0.9375 = 1,500 で、計算した数字と一致します。固定費 800 は数量が増えても変わらないので、限界利益の目減り 100 が、そのまま営業利益の目減り 100 になりました。
値下げを取り返すのに、いくつ売る必要があったのか
「25%では足りない」と分かったなら、次に出す数字は「では何%なら足りるのか」です。単価を18に下げたあとで、現状の限界利益 1,600 を保つのに必要な数量を逆算します。
現状の 200 千個に対して 約33%増です。営業チームの見込みは25%増(250千個)でしたから、8ポイント足りませんでした。ここまで出しておくと、会議の論点が「値下げに賛成か反対か」から「33%増を取れる根拠があるか」に変わります。
戦略Bについても同じ逆算ができます。単価を22に上げると単位あたり限界利益は10になるので、
想定していた数量減は15%なので、20%までは耐えられる計算になります。戦略Aは見込みが8ポイント足りず、戦略Bは5ポイントの余裕がある。 同じ「10%だけ単価を動かす」案でも、余裕の向きが逆になりました。
営業レバレッジ ── 変動しやすさも一緒に見る
もう1つ、計画を比べるときの指標を出しておきます。
売上が1%動いたときに営業利益が何%動くかの倍率です。
| 限界利益 | 営業利益 | 営業レバレッジ | |
|---|---|---|---|
| 現状 | 1,600 | 800 | 2.00倍 |
| 戦略A | 1,500 | 700 | 2.14倍 |
| 戦略B | 1,700 | 900 | 1.89倍 |
戦略Aを選んだ場合、数量がさらに10%伸びれば限界利益は 1,650、営業利益は 850 で、営業利益は 21.4% 増えます(2.14 × 10%)。逆に10%割れば同じ倍率で落ちます。戦略Aは上振れも下振れも大きく、戦略Bは振れが小さい。 利益の水準だけでなく、この振れ方も判断材料になります。
つまずきやすいところ
- 売上目標と利益目標を同じものとして扱う。この例では、売上でいちばんの案が利益で最下位でした。売上高だけを目標に置くと、値下げが最短の達成手段になります
- 値下げ率をそのまま利益の減り方だと思う。効くのは単価に対する率ではなく、単位あたり限界利益に対する率です
- 固定費が同じという前提を確かめない。戦略Aで250千個を作るには、現在のラインで足りるでしょうか。増強に固定費が100かかるなら、戦略Aの営業利益は 1,500 − 900 = 600 まで落ちます。前提が変わると結論も変わるので、第1部でいう「前提を書いておく」がここで効いてきます
- 変動費単価が単価と一緒に動くと考える。売値を下げても、材料費は下がりません。下げるには別の打ち手(歩留まり改善・調達先の見直し)が要ります
この回で出てきた英語表現
| Expression | 意味 | 使う場面 |
|---|---|---|
| top line / bottom line | 売上高/最終利益 | 売上と利益のどちらを伸ばす話かを区別するとき |
| price cut | 値下げ | 単価を下げる案を説明するとき |
| volume growth | 数量の伸び | 値下げの見返りを説明するとき |
| break even on the price cut | 値下げ分を取り返す | 必要数量を逆算した結果を伝えるとき |
| margin erosion | 利益率の目減り | 値下げが限界利益率を下げていることを指すとき |
| underlying assumption | 前提 | 計画の前提を明示するとき |
用語集
| 日本語 | English | 定義 |
|---|---|---|
| 戦略的計画 | Strategic Planning | 中長期に「何で勝つか/何をやらないか」を決める作業 |
| 使命 | Mission | 組織が何のために存在するかを示したもの |
| ビジョン | Vision | いつまでに、どうなっていたいかを示したもの |
| 戦略計画 | Strategic Plan | 3〜5年の時間軸で、事業の姿を選び直す計画 |
| 戦術計画 | Tactical Plan | 戦略を1〜2年の部門の打ち手に割った計画 |
| 業務計画 | Operational Plan | 数週間〜1年の、現場の実行計画 |
| SWOT分析 | SWOT Analysis | 強み・弱み・機会・脅威の4象限で内部と外部を整理する手法 |
| ファイブフォース分析 | Five Forces Analysis | 業界の収益構造を5つの力で点検する手法 |
| 参入障壁 | Barriers to Entry | 新規参入を妨げる要因(設備投資・認証・規模の経済など) |
| PEST分析 | PEST Analysis | 政治・経済・社会・技術の4つで外部環境の大きな流れを見る手法 |
| バリューチェーン | Value Chain | 事業を主活動と支援活動に分けて価値と費用を見る枠組み |
| コアコンピタンス | Core Competency | 顧客価値につながり、まねしにくく、応用の利く中核能力 |
| 競争優位 | Competitive Advantage | 同業に対して持っている優位性 |
| コストリーダーシップ | Cost Leadership | 低い費用構造を武器に価格で勝つ戦略 |
| 差別化 | Differentiation | 価格以外の価値で選ばれることを狙う戦略 |
| 集中戦略 | Focus Strategy | 特定の顧客層・地域・用途に絞り込む戦略 |
| 限界利益 | Contribution Margin | 売上高から変動費を差し引いた金額 |
| 限界利益率 | Contribution Margin Ratio | 限界利益 ÷ 売上高 |
| 単位あたり限界利益 | Unit Contribution Margin | 販売単価 − 変動費単価 |
| 営業レバレッジ | Degree of Operating Leverage | 限界利益 ÷ 営業利益。売上の変動が営業利益に効く倍率 |
| バランスト・スコアカード | Balanced Scorecard | 戦略を財務・顧客・内部業務プロセス・学習と成長の4視点の指標に落とす枠組み(詳細はセクションC) |
| コンティンジェンシープラン | Contingency Plan | 前提が崩れた場合に備えて用意しておく代替案 |
| ローリング予測 | Rolling Forecast | 期の途中でも先の見通しを更新し続ける方法 |
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing)と人物(ケン・リン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な経営管理・管理会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)