本音の営業利益 2,400 が、提出予算では 1,368 になるまで
Oceanic Foods の来期予算を題材にします。スジンの会社は3つの部門で回っていて、部門ごとに数字を出して本社に提出します。ここでは、各部門長が心の中で見込んでいる金額(本音)と、提出前に上乗せする幅(保険率)の両方が分かっている、という前提を置きます。実務では前者は見えませんが、見えないものを見せるのがこの計算例の目的です。
| 部門 | 本音の見積り | 金額 | 提出前の調整 | 率 |
|---|---|---|---|---|
| 営業部Sales | 来期の売上見込み | 12,000 | 控えめに書く(割り引く) | 5% |
| 製造部Production | 来期の製造費用見込み | 7,200 | 厚めに書く(上乗せ) | 4% |
| 管理部門SG&A | 来期の販売管理費見込み | 2,400 | 厚めに書く(上乗せ) | 6% |
単位: 千USD。保険率は各部門長が「このくらいなら誰にも咎められない」と考えている幅です。
ステップ1 各部門の提出額を出す
売上は引き算、費用は足し算です。方向が逆になるだけで、狙いはどちらも同じ「達成を楽にする」ことです。
- 営業部の提出売上予算 12,000 ×(1 − 5%)= 11,400
- 製造部の提出費用予算 7,200 ×(1 + 4%)= 7,488
- 管理部門の提出費用予算 2,400 ×(1 + 6%)= 2,544
| 項目 | 本音 | 提出 | 差 |
|---|---|---|---|
| 売上高Sales | 12,000 | 11,400 | (600) |
| 製造費用Production Cost | 7,200 | 7,488 | 288 |
| 販売管理費SG&A | 2,400 | 2,544 | 144 |
売上の差の 600 は「隠した売上」、費用の差の 288 と 144 は「使わないかもしれない枠」です。どれも1部門の中では小さく見えます。
ステップ2 2つの営業利益を並べる
| 科目 | 提出予算 | 本音どおりなら |
|---|---|---|
| 売上高Sales Revenue | 11,400 | 12,000 |
| 製造費用Production Cost | (7,488) | (7,200) |
| 販売管理費SG&A Expenses | (2,544) | (2,400) |
| 営業利益Operating Income | 1,368 | 2,400 |
- 提出予算の営業利益 11,400 − 7,488 − 2,544 = 1,368
- 本音どおりの営業利益 12,000 − 7,200 − 2,400 = 2,400
営業利益率で見ると、提出予算は 1,368 ÷ 11,400 = 12.0%、本音では 2,400 ÷ 12,000 = 20.0%。8ポイントの差が、誰の目にも触れないまま計画に入っています。
ステップ3 スラックを積み上げる
差額をそのまま引いても出ますが、どこから来たのかが分かるように、売上側と費用側に分けて積み上げます。
| 出どころ | 計算 | 金額 |
|---|---|---|
| 売上側に隠れた分 | 12,000 − 11,400 | 600 |
| 製造費用の上乗せ | 7,488 − 7,200 | 288 |
| 販売管理費の上乗せ | 2,544 − 2,400 | 144 |
| 費用側の小計 | 288 + 144 | 432 |
| 予算スラック合計Total Budgetary Slack | 600 + 432 | 1,032 |
検算すると 2,400 − 1,368 = 1,032 で一致します。
この 1,032 を売上と比べると 1,032 ÷ 12,000 = 8.6% にすぎません。ところが本音の営業利益と比べると 1,032 ÷ 2,400 = 43.0% です。**利益は売上と費用の差額なので、率の小さい調整が差額の上では大きく響きます。**部門長が「5%くらい」と考えた幅が、全社では利益の4割を持っていった、というのがこの表の意味です。
ステップ4 見かけの達成率
来期、3つの部門が本音どおりに仕事をしたとします。実績の営業利益は 2,400。予算は 1,368 でした。
- 予算達成率 2,400 ÷ 1,368 = 175.4%
- 予算超過額 2,400 − 1,368 = 1,032(スラックの金額と同じ)
誰も特別なことをしていないのに、報告書の上では大幅な予算超過になります。逆に言えば、この会社では予算超過という言葉がもう意味を持っていません。差異分析(Day 25 以降)にかけても、出てくるのは「有利差異1,032」という数字だけで、それが実力なのかスラックの戻りなのかを区別できないからです。
ステップ5 もう1ポイントずつ、を試す
保険率を営業6%・製造5%・管理7%に、それぞれ1ポイントだけ上げてみます。
| 科目 | 率 5/4/6 | 率 6/5/7 | 差 |
|---|---|---|---|
| 売上高 | 11,400 | 11,280 | (120) |
| 製造費用 | (7,488) | (7,560) | (72) |
| 販売管理費 | (2,544) | (2,568) | (24) |
| 営業利益 | 1,368 | 1,152 | (216) |
| スラック合計 | 1,032 | 1,248 | 216 |
3人がそれぞれ1ポイント動かしただけで、計画上の営業利益は 216 減り、本音との差は 1,248 に広がりました。この感度の高さが、予算スラックを見つけにくくしている理由でもあります。1部門の紙の上には、動いた形跡がほとんど残りません。
ステップ6 増分予算とゼロベース予算を比べる
管理部門の 2,400 を例にします。増分予算なら、前期の枠に物価上昇分として3%を足して 2,400 × 1.03 = 2,472。一方、業務を1つずつ棚卸しして必要額を積み直した(ゼロベース)ところ、2,180 になったとします。
- 差 2,472 − 2,180 = 292
この 292 は、前期の枠を出発点にしていた限り議題に上がらなかった金額です。増分予算の弱点はここにあります。ただしゼロベース予算は積み直しの作業量が大きいため、毎期・全部門で回すのは負担が重く、間接部門を数年に一度の周期で対象にする、といった使い方をする会社もあります。
つまずきポイント
| 間違い | 何が起きるか | 直し方 |
|---|---|---|
| 売上にも上乗せしてしまう | 12,000 × 1.05 = 12,600 になり、スラックが逆向きになる | スラックは「達成を楽にする向き」。売上は下げ、費用は上げる |
| 3つの率を足して使う | 5+4+6=15%を売上に掛けるなど、根拠のない数字になる | 率は掛ける相手(売上・製造費用・管理費)が違う。金額に直してから足す |
| スラックを売上比だけで見る | 8.6%と出て「小さい」と誤読する | 利益に対する比率(43.0%)も併せて見る |
| 達成率の分母と分子を逆にする | 1,368 ÷ 2,400 = 57.0% となり、未達に見える | 達成率は実績 ÷ 予算。分母は予算 |
この回で出てきた英語表現
| Expression | 意味 | 使う場面 |
|---|---|---|
| build in a cushion | 余裕を仕込む | 見積りに保険を入れていることを指摘するとき |
| pad the numbers | 数字を水増しする | 費用予算が厚いと感じたとき |
| roll up the budgets | 部門予算を合算する | 全社の予算損益を作るとき |
| favorable variance | 有利差異 | 実績が予算を上回ったときの表現 |
| beat the budget | 予算を上回る | 達成状況を口頭で報告するとき |
| from the ground up | 一から積み直して | ゼロベース予算の考え方を説明するとき |
用語集
| 日本語 | English | 定義 |
|---|---|---|
| 総合予算 | Master Budget | 運営予算と財務予算を1つに束ねた全社の予算 |
| 運営予算 | Operating Budget | 売上から営業費用までの事業活動の予算。予算損益計算書に着地する |
| 財務予算 | Financial Budget | 資金予算・設備投資予算・予算貸借対照表など、お金の裏付けの予算 |
| 売上予算 | Sales Budget | マスターバジェットの起点となる、販売数量と価格の計画 |
| 生産予算 | Production Budget | 販売数量に製品在庫の増減を加減して作る生産数量の計画 |
| 予測財務諸表 | Pro Forma Financial Statements | 実績ではなく計画から作成した財務諸表 |
| 制約要因 | Constraining Factor | 生産能力や材料調達など、予算の起点を売上以外に移す上限要因 |
| 予算委員会 | Budget Committee | 全社の予算方針と前提条件を決め、部門間を調整する組織 |
| 予算マニュアル | Budget Manual | 書式・提出期限・使用する前提を統一するための手引き |
| 予算サイクル | Budget Cycle | 編成・執行・実績との比較・次期への反映という一巡 |
| トップダウン予算 | Authoritative Budgeting | 経営層が数字を決めて各部門に配る方式 |
| 参加型予算 | Participative Budgeting | 数字を作る現場が編成に参加する方式 |
| 予算スラック | Budgetary Slack | 収益を控えめに、費用を厚めに見積もることで仕込まれた余裕 |
| ゼロベース予算 | Zero-Based Budgeting | 前期をゼロとみなし、支出を一つずつ正当化して積み直す方式 |
| 増分予算 | Incremental Budgeting | 前期の実績や予算を出発点に、増減分だけを議論する方式 |
| 継続予算 | Continuous / Rolling Budget | 一期間が終わるたびに先の一期間を足し、常に一定期間先までを持つ予算 |
| アクティビティベース予算 | Activity-Based Budgeting | 活動ごとの必要量から所要資源を積み上げる方式 |
| 改善予算 | Kaizen Budgeting | 一定率の改善をあらかじめ予算に織り込む方式 |
| ストレッチゴール | Stretch Goal | 簡単には届かない水準に置いた目標 |
| 変動予算 | Flexible Budget | 実績の活動量に合わせて組み替える予算(Day 22) |
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing、Oceanic Foods ほか)と人物、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)