さわる管理会計 DAY 14 さわるベトナム のトレーニング教材
PART 2 / 3

本音の営業利益 2,400 が、提出予算では 1,368 になるまで

Oceanic Foods の来期予算を題材にします。スジンの会社は3つの部門で回っていて、部門ごとに数字を出して本社に提出します。ここでは、各部門長が心の中で見込んでいる金額(本音)と、提出前に上乗せする幅(保険率)の両方が分かっている、という前提を置きます。実務では前者は見えませんが、見えないものを見せるのがこの計算例の目的です。

Oceanic Foods 来期予算の材料(単位: 千USD)
部門本音の見積り金額提出前の調整
営業部Sales来期の売上見込み12,000控えめに書く(割り引く)5%
製造部Production来期の製造費用見込み7,200厚めに書く(上乗せ)4%
管理部門SG&A来期の販売管理費見込み2,400厚めに書く(上乗せ)6%

単位: 千USD。保険率は各部門長が「このくらいなら誰にも咎められない」と考えている幅です。

ステップ1 各部門の提出額を出す

売上は引き算、費用は足し算です。方向が逆になるだけで、狙いはどちらも同じ「達成を楽にする」ことです。

  1. 営業部の提出売上予算 12,000 ×(1 − 5%)= 11,400
  2. 製造部の提出費用予算 7,200 ×(1 + 4%)= 7,488
  3. 管理部門の提出費用予算 2,400 ×(1 + 6%)= 2,544
提出された数字と、本音の数字
項目本音提出
売上高Sales12,00011,400(600)
製造費用Production Cost7,2007,488288
販売管理費SG&A2,4002,544144

売上の差の 600 は「隠した売上」、費用の差の 288 と 144 は「使わないかもしれない枠」です。どれも1部門の中では小さく見えます。

ステップ2 2つの営業利益を並べる

Oceanic Foods — 提出予算と本音(単位: 千USD)
科目提出予算本音どおりなら
売上高Sales Revenue11,40012,000
製造費用Production Cost(7,488)(7,200)
販売管理費SG&A Expenses(2,544)(2,400)
営業利益Operating Income1,3682,400

営業利益率で見ると、提出予算は 1,368 ÷ 11,400 = 12.0%、本音では 2,400 ÷ 12,000 = 20.0%。8ポイントの差が、誰の目にも触れないまま計画に入っています。

ステップ3 スラックを積み上げる

1部門あたりは数%。全社では、利益の43% Oceanic Foods ── 単位: 千USD(本音の営業利益 2,400 と、提出予算の営業利益 1,368) 本音どおりなら出る営業利益 2,400 提出された予算では 予算の営業利益 1,368 営業部が下げた売上 600 製造の上乗せ 288 管理の上乗せ 144 予算スラック 1,032 売上 −5% 費用 +4% 費用 +6%利益は差額なので、率の小さい調整が差額の上では大きく響く
図2 部門の「保険」が、全社の利益からいくら削るか

差額をそのまま引いても出ますが、どこから来たのかが分かるように、売上側と費用側に分けて積み上げます。

予算スラックの内訳(単位: 千USD)
出どころ計算金額
売上側に隠れた分12,000 − 11,400600
製造費用の上乗せ7,488 − 7,200288
販売管理費の上乗せ2,544 − 2,400144
費用側の小計288 + 144432
予算スラック合計Total Budgetary Slack600 + 4321,032

検算すると 2,400 − 1,368 = 1,032 で一致します。

この 1,032 を売上と比べると 1,032 ÷ 12,000 = 8.6% にすぎません。ところが本音の営業利益と比べると 1,032 ÷ 2,400 = 43.0% です。**利益は売上と費用の差額なので、率の小さい調整が差額の上では大きく響きます。**部門長が「5%くらい」と考えた幅が、全社では利益の4割を持っていった、というのがこの表の意味です。

ステップ4 見かけの達成率

来期、3つの部門が本音どおりに仕事をしたとします。実績の営業利益は 2,400。予算は 1,368 でした。

誰も特別なことをしていないのに、報告書の上では大幅な予算超過になります。逆に言えば、この会社では予算超過という言葉がもう意味を持っていません。差異分析(Day 25 以降)にかけても、出てくるのは「有利差異1,032」という数字だけで、それが実力なのかスラックの戻りなのかを区別できないからです。

ステップ5 もう1ポイントずつ、を試す

保険率を営業6%・製造5%・管理7%に、それぞれ1ポイントだけ上げてみます。

保険率を1ポイントずつ上げたとき(単位: 千USD)
科目率 5/4/6率 6/5/7
売上高11,40011,280(120)
製造費用(7,488)(7,560)(72)
販売管理費(2,544)(2,568)(24)
営業利益1,3681,152(216)
スラック合計1,0321,248216

3人がそれぞれ1ポイント動かしただけで、計画上の営業利益は 216 減り、本音との差は 1,248 に広がりました。この感度の高さが、予算スラックを見つけにくくしている理由でもあります。1部門の紙の上には、動いた形跡がほとんど残りません。

ステップ6 増分予算とゼロベース予算を比べる

管理部門の 2,400 を例にします。増分予算なら、前期の枠に物価上昇分として3%を足して 2,400 × 1.03 = 2,472。一方、業務を1つずつ棚卸しして必要額を積み直した(ゼロベース)ところ、2,180 になったとします。

この 292 は、前期の枠を出発点にしていた限り議題に上がらなかった金額です。増分予算の弱点はここにあります。ただしゼロベース予算は積み直しの作業量が大きいため、毎期・全部門で回すのは負担が重く、間接部門を数年に一度の周期で対象にする、といった使い方をする会社もあります。

つまずきポイント

この計算でよく起きる間違い
間違い何が起きるか直し方
売上にも上乗せしてしまう12,000 × 1.05 = 12,600 になり、スラックが逆向きになるスラックは「達成を楽にする向き」。売上は下げ、費用は上げる
3つの率を足して使う5+4+6=15%を売上に掛けるなど、根拠のない数字になる率は掛ける相手(売上・製造費用・管理費)が違う。金額に直してから足す
スラックを売上比だけで見る8.6%と出て「小さい」と誤読する利益に対する比率(43.0%)も併せて見る
達成率の分母と分子を逆にする1,368 ÷ 2,400 = 57.0% となり、未達に見える達成率は実績 ÷ 予算。分母は予算

この回で出てきた英語表現

Words & Phrases
Expression意味使う場面
build in a cushion余裕を仕込む見積りに保険を入れていることを指摘するとき
pad the numbers数字を水増しする費用予算が厚いと感じたとき
roll up the budgets部門予算を合算する全社の予算損益を作るとき
favorable variance有利差異実績が予算を上回ったときの表現
beat the budget予算を上回る達成状況を口頭で報告するとき
from the ground up一から積み直してゼロベース予算の考え方を説明するとき

用語集

この回に出てきた用語
日本語English定義
総合予算Master Budget運営予算と財務予算を1つに束ねた全社の予算
運営予算Operating Budget売上から営業費用までの事業活動の予算。予算損益計算書に着地する
財務予算Financial Budget資金予算・設備投資予算・予算貸借対照表など、お金の裏付けの予算
売上予算Sales Budgetマスターバジェットの起点となる、販売数量と価格の計画
生産予算Production Budget販売数量に製品在庫の増減を加減して作る生産数量の計画
予測財務諸表Pro Forma Financial Statements実績ではなく計画から作成した財務諸表
制約要因Constraining Factor生産能力や材料調達など、予算の起点を売上以外に移す上限要因
予算委員会Budget Committee全社の予算方針と前提条件を決め、部門間を調整する組織
予算マニュアルBudget Manual書式・提出期限・使用する前提を統一するための手引き
予算サイクルBudget Cycle編成・執行・実績との比較・次期への反映という一巡
トップダウン予算Authoritative Budgeting経営層が数字を決めて各部門に配る方式
参加型予算Participative Budgeting数字を作る現場が編成に参加する方式
予算スラックBudgetary Slack収益を控えめに、費用を厚めに見積もることで仕込まれた余裕
ゼロベース予算Zero-Based Budgeting前期をゼロとみなし、支出を一つずつ正当化して積み直す方式
増分予算Incremental Budgeting前期の実績や予算を出発点に、増減分だけを議論する方式
継続予算Continuous / Rolling Budget一期間が終わるたびに先の一期間を足し、常に一定期間先までを持つ予算
アクティビティベース予算Activity-Based Budgeting活動ごとの必要量から所要資源を積み上げる方式
改善予算Kaizen Budgeting一定率の改善をあらかじめ予算に織り込む方式
ストレッチゴールStretch Goal簡単には届かない水準に置いた目標
変動予算Flexible Budget実績の活動量に合わせて組み替える予算(Day 22)

この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing、Oceanic Foods ほか)と人物、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)