さわる管理会計 DAY 10 さわるベトナム のトレーニング教材

入金は1,000、当期の売上は812 ── 契約書の金額は、いつ「売上」になるのか

全3部 / 前提知識: Day 1(発生主義と損益計算書)・Day 2(負債の流動/非流動) / 最終更新 2026-08-23

この回で分かること

  • 1本の契約を5ステップの順にたどり、その契約に履行義務がいくつあるかを示せる
  • 取引価格を独立販売価格の比で各履行義務に配分し、配分額を計算できる
  • 一時点の認識と経時的な認識を見分け、当期の収益と契約負債の残高を出せる
PART 1 / 3

収益認識の5ステップと、複数の履行義務への配分

契約書に総額1,000と書いてある。その1,000が年内に全額入金される。それでも、今期の売上は1,000にはなりません。契約書の金額は「いくら受け取る権利があるか」で、売上は「約束をどれだけ果たしたか」だからです。

会議室で起きたこと

ASTRA Manufacturing の会議室。12月決算の着地見込みを詰めている場面です。拠点長のケンが、Horizon Trading と結んだ契約書をCFOのリンに持ってきました。Horizon Trading の Minh 社長は、ケンが営業時代から付き合いのある相手です。

ケン: リンさん、Horizon Trading の契約が決まりました。総額1,000千USDです。Minhさんが「年内に全額振り込む」と言ってくれています。今期の売上は1,000ですよね。

リン: 入金は1,000ね。でも今期の売上は1,000にはならないわ。

ケン: 契約書にも1,000と書いてあって、お金も入るのに、ですか。

リン: 契約書の金額は「いくら受け取る権利があるか」。売上に立てられるのは「こちらが約束をどれだけ果たしたか」の分だけ。Day 1 でやった発生主義よ。あのときは売上が先で現金があとだった。今回は逆で、現金が先に来て、収益があとから来るの。

ケン: 果たした分……。機械は9月に納めて、検収も終わっています。

リン: ケンさんは、この契約で何を売ったつもり?

ケン: 加工機を1台です。

リン: 契約書には3つ書いてあるわ。加工機の本体、据付と立上げ、それから2年間の保守。どれもHorizon Tradingが単独でも買えるもの。だから約束は1つではなく3つ。これを履行義務(performance obligation)と呼ぶの。

ケン: 3つに分けると、何が変わるんですか。

リン: 終わる時期が違うでしょう。本体は引き渡した瞬間に終わり。据付は工事が進んだぶんだけ。保守は2年かけて少しずつ。終わり方の違うものを1本にまとめてしまうと、いつ売上に立てるのかが決まらなくなるの。

ケン: では、1,000を3つに割るんですね。値段は本体の分しか書いていませんが、どう割るんですか。

リン: 単独で売ったらいくらか、で割る。独立販売価格(standalone selling price)ね。本体900、据付150、保守200。足すと1,250。それを1,000で売っているから、250ぶん値引きしているのと同じ。

ケン: その250は、どれかに押しつけるんですか。

リン: 押しつけない。1,000 ÷ 1,250 = 0.80 を3つ全部に掛けるの。本体720、据付120、保守160。合計は1,000に戻るわ。

ケン: それで、今期に立てられるのは……

リン: 本体は検収済みだから720が全部。据付は年末時点で6割で72。保守は24か月のうち3か月ぶんで20。合わせて812。残りの188は売上ではなく、契約負債という負債になるの。

ケン: 入金1,000、売上812、負債188。……本社に「今期1,000売れました」と報告しなくてよかったです。

リン: この順番を決めているのが5ステップモデル。今日はその5段を、この契約1本で通しましょう。

この場面で出てくる英語

Key Words & Expressions
English意味
revenue recognition収益認識。収益をいつ・いくら計上するかの決め方
performance obligation履行義務。顧客への「別個の約束」1つぶん
transaction price取引価格。約束を果たす見返りに受け取ると見込む対価
standalone selling price (SSP)独立販売価格。単独で売ったらいくらか
allocate配分する。取引価格を各履行義務に割り振ること
satisfy an obligation履行義務を充足する。約束を果たすこと
over time / at a point in time経時的に/一時点で(収益を認識するタイミングの2つの型)
contract liability契約負債。受け取ったがまだ収益にできていない分

今日おさえる3つ

  1. 収益認識の5ステップ ── この順番でしか収益は決まらない
  2. 1本の契約を履行義務に分け、独立販売価格の比で取引価格を配る
  3. 一時点か経時か ── 契約書の金額と当期の売上が別物になる理由

契約書の金額と、当期の売上は別のもの

現金が先に入り、収益はあとから来る Day 1 の発生主義の裏返し ── 入金 1,000 のうち、当期の収益は 812(単位: 千USD) 7月 契約 10月 入金 12月末 決算 2027年以降 現金 1,000 が入る 損益計算書にはまだ1も載らない 貸借対照表に 契約負債 1,000 当期の収益は 812 本体 720 + 据付 72 + 保守 20 契約負債の残りは 188 残り 188 の行き先 据付 48 + 保守 140 充足につれて収益へ Day 1 は「売上が先、現金があと」= 売掛金。Day 10 は「現金が先、売上があと」= 契約負債どちらも同じ発生主義の規則から出てくる。現金の動きは、収益をいつ立てるかを決めていない
図3 入金 1,000 と当期収益 812 ── 現金が先、収益はあと

Day 1 では、4月に出荷して6月に入金される場面を見ました。売上が先、現金があと。そのあいだの差額は売掛金として資産に載っていました。

今回はその裏返しです。10月に1,000が入金され、その時点でこちらが果たしている約束は一部だけ。現金が先、収益があと。差額は契約負債(Contract Liability)という負債に載ります。前受収益(Deferred / Unearned Revenue)と呼ばれることもあります。

方向は逆ですが、規則は同じです。現金がいつ動いたかは、収益をいつ立てるかを決めていない。 決めているのは「約束をどこまで果たしたか」だけです。この判定を、契約ごとに手ぶらでやると人によって答えが変わってしまうため、判断の順番を定めたのが5ステップモデルです。米国基準(ASC 606)と国際基準(IFRS 15)で、この5段の骨格はおおむね共通しています。

収益認識の5ステップ

収益認識の5ステップ ASTRA × Horizon Trading の契約(総額 1,000千USD)に当てはめる ① 契約の識別 Step 1 — Identify the contract with the customerASTRA と Horizon Trading の契約書1本。承認・権利・支払条件・経済的実質・回収可能性を確かめる ② 履行義務の識別 Step 2 — Identify the performance obligations in the contract本体・据付・2年保守の3つ。顧客が単独で便益を得られ、他と区別できるなら別々の約束として扱う ③ 取引価格の決定 Step 3 — Determine the transaction price受け取る対価は 1,000。変動対価(値引・ボーナス)や重要な金融要素があれば、ここで調整する ④ 取引価格の配分 Step 4 — Allocate the transaction price to the performance obligations独立販売価格 900 : 150 : 200 の比で配る。1,000 ÷ 1,250 = 0.80 を掛けて 720 / 120 / 160 ⑤ 収益の認識 Step 5 — Recognize revenue when (or as) each performance obligation is satisfied本体は一時点で 720。据付は進捗 60% で 72、保守は24か月中3か月で 20 ── 当期は 812 順番は入れ替えられない。②で分けそこねると、⑤で「いつ売上に立てるか」を決められなくなる
図1 収益認識の5ステップ ── 契約1本を上から順に分解する
5ステップモデルと、Horizon Trading 契約への当てはめ
ステップやることこの契約では
① 契約の識別Identify the Contract会計上の「契約」といえるかを確かめる署名済みの契約書1本。支払条件も回収可能性も問題なし
② 履行義務の識別Identify Performance Obligations約束をいくつに分けるかを決める本体・据付・2年保守の3つ
③ 取引価格の決定Determine the Transaction Price受け取ると見込む対価の総額を確定する1,000(変動対価なし)
④ 取引価格の配分Allocate the Transaction Price独立販売価格の比で各履行義務へ割り振る720 / 120 / 160
⑤ 収益の認識Recognize Revenue充足したもの・充足した分だけ収益にする当期は 812、残り 188 は契約負債

ステップ2が肝 ── 履行義務の識別

5つのうち、実務でいちばん判断が割れるのがステップ2です。ここで分ける数を間違えると、そのあとの配分もタイミングもまとめてずれます。

約束を別個の履行義務として扱うかどうかは、おおむね2つの角度で見ます。

Horizon Trading の契約では、加工機は据付を他社に頼んでも使えますし、保守は本体とは別に契約する会社もあります。どれも単独で成り立つので、3つの履行義務です。逆に、複数の部材と工事を組み合わせて1本の生産ラインに仕上げるような契約では、部材と工事が一体で1つの成果物になるため、まとめて1つの履行義務として扱うことがあります。「契約書の条項の数」でも「請求書の行数」でもなく、顧客にとっての約束の数で数える、という点が判断の軸です。

ステップ3 取引価格の決定

取引価格(Transaction Price)は、約束を果たす見返りに受け取ると見込む対価です。定価ではなく、値引き後の実際の金額を使います。

固定額だけの契約なら、契約書の総額がそのまま取引価格になります。ただし次のようなものが含まれる場合は、ここで調整が入ります。

この契約は固定額1,000で、いずれにも当たりません。取引価格は1,000です。

ステップ4 取引価格の配分

配分の基準は独立販売価格(Standalone Selling Price)です。その財やサービスを単独で売るとしたらいくらか、を各履行義務について置き、その比で取引価格を割ります。

観察できる価格があればそれを使います。単独では売っていないなど観察できない場合は、見積ります。代表的な見積り方は3つです。

独立販売価格が観察できないときの見積り
方法考え方
調整後市場評価アプローチAdjusted Market Assessmentその市場で顧客がいくらなら払うかを、競合の価格などから見積る
予想コストにマージンを加算Expected Cost Plus a Margin履行にかかる見込コストに、通常の利益率を上乗せする
残余アプローチResidual Approach取引価格から他の履行義務のSSPを引いた残りを充てる。価格が大きくばらつく場合など、使える場面が限られる

配分の実際の計算は第2部でやりますが、押さえるべきは1点です。契約全体の値引きは、原則としてすべての履行義務に比例して配る。 「値引きは本体の分だ」と決め打ちにすると、本体の収益が小さくなり保守の収益が大きくなって、当期と翌期以降の利益配分がずれます。

ステップ5 収益の認識 ── 一時点か、経時か

最後に、各履行義務をいつ収益にするかを決めます。型は2つです。

経時的に認識(Over Time)できるのは、次の3つの条件のどれか1つを満たす場合です。

経時的に収益を認識できる条件(どれか1つを満たせばよい)
条件典型例
顧客が、こちらの履行につれて便益を受け取り、同時に消費する清掃・警備・保守などの継続的サービス
こちらの履行が資産を作り、または価値を高め、その資産を顧客が支配している顧客の敷地内で行う建設・改修工事
他に転用できない資産を作っており、かつ完了した部分の対価を請求できる強制力のある権利がある特定顧客専用の設備の製作

どれにも当たらなければ、一時点で認識(At a Point in Time)します。基準になるのは支配(control)が顧客に移ったかどうかで、代金を請求できる現在の権利、法的所有権、物理的な占有、リスクと経済価値の移転、顧客による検収といった手がかりで判断します。

Horizon Trading の契約では、加工機の本体が一時点、据付と保守が経時になります。

進捗の測り方 ── インプット法とアウトプット法

経時的に認識すると決めたら、次は「今どこまで進んだか」を測ります。測り方は大きく2系統です。

進捗の測定方法
方法測るもの
インプット法Input Method投入した資源の量。コスト比例法が代表発生原価 ÷ 見積総原価、投入した労働時間、機械時間
アウトプット法Output Method顧客に引き渡した成果の量引渡した単位数、達成したマイルストーン、出来高の測量、経過期間

据付のような工事では、発生した原価を見積総原価で割るインプット法(コスト比例法)がよく使われます。手元の帳簿の数字だけで測れるのが利点です。ただし投入は成果と一致しないことがあります。材料を先に大量に現場へ置いただけで進捗が進んで見えたり、手戻りで余計にかかった原価まで進捗として拾ってしまったりする ── これがインプット法の弱点です。使う原価の範囲をあらかじめ決めておく必要があります。

保守のように、期間を通じて同じようにサービスを提供する契約では、経過期間で按分します。24か月のうち3か月なら 3/24 です。

契約負債 ── 売上に立てられなかった分の行き先

代金を受け取ったのに、まだ約束を果たしていない部分。これが契約負債です。資産ではなく負債であることが要点で、「まだサービスを提供する義務が残っている」ことを表しています。Day 2 で見た流動・非流動の区分では、1年以内に充足する見込みの部分が流動負債、それより先が非流動負債に並びます。

逆に、約束は果たしたのに請求権がまだ無条件でない ── たとえば全工程の完了を条件に請求できる契約で、工事の一部だけが終わっている ── という場合は、契約資産(Contract Asset)という資産になります。無条件に請求できる状態になったものが売掛金です。

契約負債の残高が急に膨らんでいるとき、それは受注が好調な証拠でもあり、引渡しが滞っている証拠でもあります。どちらなのかは残高の数字だけでは分かりません。履行義務ごとの内訳を見て初めて判断できる、というのが管理会計側からこの科目を見るときの読み方です。

収益が決まると、費用の期も決まる

マッチング原則(Matching Principle)は、収益に対応する費用を同じ期に計上するという考え方です。収益をいつ認識するかが決まると、対応する原価をいつ費用にするかも自動的に決まります。

据付で当期に60の原価が出ていて、据付の収益として72を認識するなら、原価60も当期の費用です。もし据付を「工事が全部終わってから一括で収益にする」と決めていたなら、当期に出ている原価60も費用にはせず、資産として繰り越すことになります。収益の認識時期を動かすと、費用の認識時期もついて動く ── 収益認識が利益計画に効いてくるのは、この連動があるからです。

次の第2部では、この契約1本を5ステップの順に通して、当期の収益812と契約負債188まで計算し切ります。

この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing、Horizon Trading ほか)と人物、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)