同じ投資を、3通りに測ってみる
ASTRA Manufacturing が持っている投資と無形資産を、1セットの数字で通します。今日出てくる金額はすべてこの表から出発します。
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| Pacific Logistics 社債 取得原価(額面と同額) | 1,000 |
| 同 期末の公正価値 | 1,060 |
| 同 年間の受取利息(クーポン 4%) | 40 |
| Nexus Digital 会社全体の価値(想定) | 4,000 |
| 同 当期純利益 / 配当総額 | 400 / 100 |
| ASTRAの持分 30% の取得原価 | 1,200 |
| [比較用]持分 10% だった場合の取得原価 / 期末の公正価値 | 400 / 440 |
| [比較用]持分 70% を取得する場合の対価 / 非支配持分の公正価値 | 2,800 / 1,200 |
| 同 Nexus Digital の識別可能純資産の公正価値 | 3,400 |
| 特許権 取得原価 / 残存する法的期間 | 600 / 10年 |
| 商標権(更新可能) 取得原価 / 期末の公正価値 | 400 / 350 |
| [翌期]Nexus事業(報告単位)の公正価値 / のれんを含む帳簿価額 | 3,900 / 4,100 |
単位: 千USD(年数・比率を除く)
Step 1 評価差額を出す
まず、分類に関係なく決まる数字を1つ出します。
評価差額 = 期末の公正価値 1,060 − 取得原価 1,000 = +60
この60が、これから3つの行き先に分かれます。分類の議論はすべて「60をどこに置くか」の議論です。
Step 2 3分類で並べる
| 分類 | 純利益への影響 | OCIへの影響 | 期末の貸借対照表計上額 |
|---|---|---|---|
| 売買目的Trading | 100 | 0 | 1,060 |
| 売却可能AFS | 40 | 60 | 1,060 |
| 満期保有HTM | 40 | 0 | 1,000 |
- 売買目的 受取利息 40 + 評価益 60 = 100 が純利益に入る
- AFS 純利益に入るのは受取利息 40 だけ。評価益 60 はOCIへ回り、資本のAOCIに積まれる
- 満期保有 純利益に入るのは受取利息 40 だけ。時価評価しないので、貸借対照表は償却原価 1,000 のまま
売買目的と満期保有の純利益の差 = 100 − 40 = 60
同じ社債、同じ1年、同じ利息です。差を作ったのは分類の選択だけでした。
つまずきポイント ── 利息まで動かさない
「満期保有は時価評価しないのだから、純利益への影響はゼロ」としてしまうのが典型的なミスです。時価に評価し直さないだけで、受取利息40は現実に入金されている収益であり、どの分類でも純利益に入ります。ゼロになるのは評価差額の部分だけです。
もうひとつ、AFSとHTMは純利益への影響がどちらも40で同じになります。両者の違いは純利益ではなく、OCIに60が乗るかと貸借対照表が1,060か1,000かに出ます。純利益だけを見比べていると、この2つの分類は同じに見えてしまいます。
Step 3 同じ株を、3つの比率で持ってみる
Nexus Digital の会社全体の価値を4,000とし、持分比率だけを変えて処理を比べます。
10% ── 公正価値法
- 受取配当金 配当総額 100 × 10% = 10(収益に計上)
- 評価差額 期末の公正価値 440 − 取得原価 400 = +40(純利益に計上)
- 純利益への影響 10 + 40 = 50。貸借対照表には 440 が載る
投資先が400稼いだことは、こちらの帳簿には直接出てきません。出てくるのは、受け取った配当と、市場が付けた値段の変化だけです。
30% ── 持分法
- 持分法投資利益 Nexusの当期純利益 400 × 30% = 120(純利益に計上)
- 受取配当 配当総額 100 × 30% = 30(収益にせず、投資勘定から減額)
- 期末の投資勘定 1,200 + 120 − 30 = 1,290
70% ── 連結法
支配しているので、Nexusの収益・費用を100%合算し、他人の取り分をあとで分けます。
- 連結後の当期純利益 Nexusの利益 400 が全額、連結損益計算書に含まれる
- 非支配持分に帰属する利益 400 × 30% = 120
- 親会社株主に帰属する利益 400 × 70% = 280
| 持分 | 手法 | 自社の純利益に入る額 | 貸借対照表での見え方 |
|---|---|---|---|
| 10% | 公正価値法 | 50 | 投資有価証券 440 の1行 |
| 30% | 持分法 | 120 | 投資勘定 1,290 の1行 |
| 70% | 連結法 | 280 | Nexusの資産・負債が全額並び、非支配持分が資本の部に立つ |
つまずきポイント ── 配当を2回数えない
持分法で最も多い誤りが、受取配当30を収益に計上してしまうことです。そうすると期末の投資勘定も 1,200 + 120 = 1,320 のままになり、純利益は150に膨らみます。利益はすでに120として取り込み済みなので、配当は儲けではなく投資の回収です。投資勘定に足すのは利益、引くのは配当と、方向を固定してください。
逆に公正価値法(10%)では、投資先の利益400には一切触れず、受け取った配当10だけを収益にします。同じ「配当」という言葉でも、手法によって扱いが正反対になります。
Step 4 のれんを計算する
70%を取得する想定で、のれんを出します。
- 取得対価 2,800(70%分)
- 非支配持分の公正価値 1,200(残る30%分)
- 合計 2,800 + 1,200 = 4,000(会社全体の価値)
- 識別可能純資産の公正価値 3,400
- のれん 4,000 − 3,400 = 600
識別可能純資産とは、個別に切り出して測れる資産と負債の差額です。Nexusが持つ機械やソフトウェア、契約は測れます。測れなかった600 ── 顧客との関係やチームの練度に払った分が、のれんとして残ります。
つまずきポイント ── 非支配持分を足し忘れる
2,800 − 3,400 × 70% = 2,800 − 2,380 = 420 と計算してしまう誤りがあります。これは親会社の持分に対応する部分だけを取り出した金額です。連結の貸借対照表にはNexusの資産・負債が100%載るので、のれんも会社全体に対応する金額で計上します。ここでは非支配持分の公正価値1,200を足した4,000から引くのが筋の通った計算です。
Step 5 のれんの減損 ── 翌期に一度に来る
のれん600は償却しません。翌期、Nexus事業(報告単位)の公正価値が3,900に下がり、のれんを含む帳簿価額が4,100だったとします。
- 比較 帳簿価額 4,100 > 公正価値 3,900
- 減損損失 4,100 − 3,900 = 200
- のれん残高 600 − 200 = 400
損失はのれんの残高600が上限です。仮に差額が800だったとしても、のれんを超えて落とすことはありません。そして切り下げたのれんは、翌年に事業が持ち直しても戻しません。何年も損益計算書に出てこなかったものが、ある年に200まとめて出てくる ── これが「償却しない資産」の怖さです。
Step 6 無形資産の償却と減損
- 特許権(有限寿命) 600 ÷ 10年 = 年 60 の償却。期末の帳簿価額は 600 − 60 = 540
- 商標権(無限寿命) 償却なし。帳簿価額 400 と公正価値 350 を比べ、差の 50 を減損損失として計上。切り下げ後の帳簿価額は 350
- 無形資産が今期の純利益に与えた影響 償却 60 + 減損 50 = △110
商標権は償却されないので、何もしなければ400のまま何年も置かれます。だからこそ毎期、公正価値と突き合わせる手続きが要ります。「償却しない」と「価値が減らない」は別のことです。
今期の純利益に効いた金額をまとめる
社債をAFSに分類していた場合の、この4つの合計です。
| 項目 | 純利益 | OCI |
|---|---|---|
| 社債の受取利息(AFS) | 40 | |
| 社債の評価差額(AFS) | — | 60 |
| 持分法投資利益(Nexus 30%) | 120 | |
| 特許権の償却 | (60) | |
| 商標権の減損 | (50) | |
| 合計 | 50 | 60 |
もし社債を売買目的に分類していれば、純利益の合計は50ではなく110になります。事業のほうは1円も変わっていません。Day 1 で「純利益 + OCI = 包括利益」と見た2本の線のうち、どちらに60を流すかを決めているのが分類だ、ということです。
この回で出てきた英語表現
| Expression | 意味 | 使う場面 |
|---|---|---|
| mark to market | 時価に評価し直す | 売買目的・AFSの期末処理を説明するとき |
| recycle to earnings | OCIから純利益へ振り替える | AFSの売却時の処理を説明するとき |
| pick up 30% of the earnings | 利益の30%を取り込む | 持分法の投資利益を報告するとき |
| step acquisition | 段階取得。持分を買い増して手法が変わること | 10%から30%へ買い増す場面を議論するとき |
| impairment charge | 減損損失(の計上額) | のれんや商標権の切り下げを報告するとき |
用語集
| 日本語 | English | 定義 |
|---|---|---|
| 売買目的有価証券 | Trading Securities | 短期売買を目的とする区分。時価評価し、評価差額を純利益に計上する |
| 満期保有有価証券 | Held-to-Maturity (HTM) | 満期まで保有する意思と能力がある債券。償却原価で測定する |
| 売却可能有価証券 | Available-for-Sale (AFS) | 上記いずれにも当たらない区分。時価評価し、評価差額はOCIへ |
| 公正価値 | Fair Value | 市場で取引されるであろう価格 |
| 償却原価 | Amortized Cost | 取得原価に割引・プレミアムの償却を反映した金額 |
| 公正価値法 | Fair Value Method | 影響力がない株式投資(目安20%未満)に用いる手法 |
| 持分法 | Equity Method | 重要な影響力がある場合(目安20〜50%)の手法。投資勘定を利益で増やし配当で減らす |
| 連結法 | Consolidation Method | 支配がある場合(目安50%超)の手法。資産・負債・損益を全額合算する |
| 重要な影響力 | Significant Influence | 投資先の経営方針に関与できる関係。持分法の適用根拠 |
| 非支配持分 | Non-Controlling Interest (NCI) | 連結子会社のうち親会社に帰属しない持分。資本の部に表示する |
| 無形資産 | Intangible Assets | 形のない資産。有限寿命は償却、無限寿命は減損テストのみ |
| 償却 | Amortization | 無形資産の取得原価を耐用年数にわたって費用配分すること |
| のれん | Goodwill | 取得対価+非支配持分の公正価値 − 識別可能純資産の公正価値 |
| 報告単位 | Reporting Unit | のれんの減損テストを行う単位となる事業のまとまり |
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing、Nexus Digital、Pacific Logistics ほか)と人物、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)