株主資本が1,100増えた ── その内訳を、1本ずつ指させますか
この回で分かること
- 株主資本の5つの構成要素(資本金・APIC・利益剰余金・自己株式・AOCI)を区別して指させる
- 株主資本等変動計算書(SOCIE)を読み、期首から期末までの増減を事由ごとに説明できる
- 現金配当・株式配当・株式分割・自己株式が、株主資本のどこをどう動かすかを判定できる
株主資本の5つの箱と、変動計算書が見せる通り道
貸借対照表の株主資本の欄には、期末の残高が1つ書いてあるだけです。期首6,900が期末8,000になっていたら、増えた1,100はどこから来たのか。純利益の500しか思い浮かばないなら、残りの600の出どころを、今日の1枚の表で説明できるようになります。
会議室で起きたこと
決算のまとめの時期。東京本社の経理部長・中島から「株主資本の変動明細を送ってほしい」と連絡が入り、拠点長のケンがCFOのリンのところへ相談に来た場面です。
ケン: リンさん、本社の中島部長から「株主資本の変動明細がほしい」と連絡が来ました。貸借対照表の資本の部を見ているんですが、合計8,000という数字が載っているだけで……。
リン: 期首はいくらだったか覚えてる?
ケン: 前期末の表では6,900でした。1,100増えていますね。純利益が500だったから……あれ、600足りません。
リン: そこに気づけたら、今日は半分終わりよ。その1,100の中身を事由ごとに分解して見せる表が、株主資本等変動計算書──SOCIEなの。
ケン: Day 1で名前だけ出てきた表ですね。
リン: そう。今期のASTRAは、新株を発行して900調達した。純利益が500。配当を150宣言した。自己株式を100買い戻した。そしてOCIがマイナス50。足し引きしてみて。
ケン: 900+500−150−100−50で……1,100。ぴったり合いました。
リン: 貸借対照表は期末の残高しか見せない。SOCIEは、期首から期末までの通り道を見せる。役割分担なのよ。
ケン: 自己株式というのは、自社の株を買い戻すことですよね。あれは資産に載るんですか?
リン: いい質問。資産ではなくて、資本のマイナス項目。Contra Equity と呼ぶわ。試験でもよく狙われるところ。
ケン: OCIも初めて意識しました。純利益とは別なんですか?
リン: 損益計算書を通らずに資本へ直接入る損益があるの。それがOCI。純利益とOCIを合わせたものが包括利益。今日はここまで含めて、3つ持ち帰って。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| statement of changes in equity (SOCIE) | 株主資本等変動計算書。期首から期末までの資本の動きを示す |
| additional paid-in capital (APIC) | 資本剰余金。払込額のうち額面を超える部分 |
| par value | 額面。株式に設定される名目上の金額($1 par など) |
| treasury stock | 自己株式。会社が買い戻した自社株 |
| contra-equity account | 資本のマイナス項目。自己株式が典型例 |
| accumulated OCI (AOCI) | その他包括利益累計額。純利益を通らない損益の累計 |
| comprehensive income | 包括利益。純利益+OCI |
| declare a dividend | 配当を宣言する。宣言の時点で利益剰余金が減る |
今日おさえる3つ
- 株主資本の5つの箱(資本金・APIC・利益剰余金・自己株式・AOCI)
- SOCIE ── 期首6,900から期末8,000までの通り道
- 株式配当・株式分割・自己株式のルールと、Articulationの完成
株主資本は5つの箱でできている
Day 2では、貸借対照表の資本の部を「資本金」と「利益剰余金」の2行で見ました。実際の資本の部は、次の5つの箱でできています。
| 構成要素 | 中身 | 期末残高 |
|---|---|---|
| 資本金Common Stock | 払込額のうち額面(par value)に相当する部分 | 1,000 |
| 資本剰余金APIC | 払込額のうち額面を超える部分 | 2,600 |
| 利益剰余金Retained Earnings | 累積純利益から累積配当を差し引いた残高 | 4,600 |
| 自己株式Treasury Stock | 買い戻した自社株。資本のマイナス項目 | (100) |
| その他包括利益累計額AOCI | 純利益を通らない損益の累計 | (100) |
| 株主資本合計Total Equity | 8,000 |
資本金とAPIC ── 払い込まれたお金は2つに分かれる
株主が払い込んだお金は、1つの箱には入りません。資本金(Common Stock) に入るのは額面(par value)に相当する部分だけです。額面は法律上の名目金額で、$1 のようにごく小さく設定されるのが一般的です。額面を超えた残りは 資本剰余金(APIC: Additional Paid-In Capital) に入ります。$1 par の株式を $4.50 で発行すれば、1株あたり $1 が資本金、$3.50 がAPICです。投資家が払った金額の大部分は、実はAPIC側に着地します。この配分計算は第2部で実際にやります。
自己株式 ── 資本のマイナス項目(Contra Equity)
自己株式(Treasury Stock) は、会社が市場から買い戻した自社株です。自社の株を持っているのだから資産に見えますが、資産としては計上しません。「株主に払い込んでもらったお金の一部を返した」と考えて、資本から控除します。このように資本の部にありながら残高がマイナスに働く勘定を Contra Equity(資本のマイナス項目) と呼びます。取得した金額(取得原価)がそのままマイナス表示される、というのが基本の形です。
AOCI ── 純利益を通らなかった損益の置き場
損益の中には、損益計算書を通らずに資本へ直接入るものがあります。売却可能有価証券(AFS)の未実現損益や、外貨換算調整などです。これらを その他の包括利益(OCI) と呼び、その累計額が その他包括利益累計額(AOCI: Accumulated Other Comprehensive Income) として資本の部に置かれます。
そして、純利益とOCIを合わせたものが 包括利益(Comprehensive Income) です。ASTRAの今期なら、純利益 500 + OCI −50 = 包括利益 450。純利益だけを見ていると、AFSの未実現損失50が視界から消えます。企業の経済的な地位が今期どれだけ動いたかを見るなら、包括利益まで見る必要があります。
優先株式 ── もう1つの株式
優先株式(Preferred Stock) は普通株式とは別枠の株式で、配当や残余財産の分配で優先権を持つ代わり、通常は議決権がありません。発行していれば資本金の中で普通株式と区別して表示します。ASTRAは普通株式のみの発行なので今期のSOCIEには出てきませんが、CMA試験では選択肢によく登場します。
SOCIE ── 期首から期末への通り道を見せる表
株主資本等変動計算書(SOCIE: Statement of Changes in Equity) は、5つの箱それぞれについて「期首残高 → 当期の変動 → 期末残高」を示す表です。縦に変動の事由(新株発行・純利益・配当・自己株式・OCI)、横に5つの箱を並べた行列の形をとります。貸借対照表が期末のスナップショットだとすれば、SOCIEはそこへ至る動画です。ASTRAの数字で実際に組み立てるのは第2部でやります。
資本の中で完結する取引 ── 配当・株式配当・株式分割
株主への還元や株式の操作には、似ているのに扱いがまったく違うものが並びます。ここはCMA試験の頻出ポイントです。
| 取引 | 株主資本合計 | 処理 |
|---|---|---|
| 現金配当Cash Dividend | 減る | 宣言した時点で利益剰余金を減らす |
| 株式配当・小規模Small Stock Dividend | 変わらない | おおむね発行済株式の20〜25%未満。時価で利益剰余金から資本金・APICへ振り替える |
| 株式配当・大規模Large Stock Dividend | 変わらない | おおむね20〜25%超。額面で利益剰余金から資本金へ振り替える |
| 株式分割Stock Split | 変わらない | 額面を比率で下げるだけ。仕訳そのものが不要 |
| 自己株式の取得Treasury Stock Purchase | 減る | 取得原価で資本から控除。利益剰余金は減らさない |
見分けるコツは「会社からお金が出ていくか」です。現金配当と自己株式の取得はお金が出ていくので合計が減ります。株式配当と株式分割は株数の話をしているだけで、お金は動きません。だから株主資本の合計は変わらず、箱の間の振り替え(または額面の書き換え)で終わります。
Articulation ── Day 1 の予告が、ここで完成する
Day 1で「純利益は損益計算書からSOCIEの利益剰余金へ流れる」と予告しました。今日、その通り道が実物で見えます。
| 接続元 | 項目 | 接続先 | ASTRAでの例 |
|---|---|---|---|
| 損益計算書 | 純利益 | SOCIE | 純利益 500 が利益剰余金の列に流れ込む |
| SOCIE | 各箱の期末残高 | 貸借対照表 | 期末合計 8,000 がBSの資本の部と一致する |
| 損益計算書 | 純利益 | C/F(間接法) | 純利益 500 が営業CFの出発点(Day 4で扱う) |
SOCIEは、損益計算書と貸借対照表のあいだに立つ「つなぎの表」です。純利益がここを通ってはじめて、貸借対照表の利益剰余金にたどり着きます。1か所でも数字がズレれば、パッケージ全体が合わなくなる──中島部長が変動明細を求めてくるのは、この整合を確かめるためです。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing)と人物(ケン・リン・中島)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)