利益は出ている。では、来月の支払いは回るのか ── 貸借対照表を「1年」の線で切って読む
この回で分かること
- 会計等式(資産=負債+株主資本)で、貸借対照表の左右が一致する理由を説明できる
- 勘定科目を「1年以内か、営業循環か」の基準で流動・非流動に分類できる
- 長期借入金の流動部分と繰延税金負債という2つの例外ルールを、分類問題に適用できる
貸借対照表は、3つのブロックと1本の線でできている
「利益は出ています」と報告した直後に、「で、来月の支払いは回るのか」と聞かれて言葉に詰まる。この問いの答えは損益計算書には書いてありません。書いてあるのは、貸借対照表の上半分です。
会議室で起きたこと
ASTRA Manufacturing の月次財務レビューの続き。損益計算書の読み方を覚えたケンが、今度は貸借対照表を持ってリンのところへ来た場面です。
ケン: リンさん、損益計算書は利益の行を追えるようになりました。でもこちらの貸借対照表は、正直、科目の半分が何のことか分かりません。
リン: 正直でよろしい。まず性格の違いから。損益計算書は「一定期間の成績」、貸借対照表は「ある時点の残高」。動画と写真の違いね。
ケン: 資産=負債+株主資本、という式は覚えています。
リン: 会計等式ね。式を覚えているなら、次は並び方。この表、上から適当に並んでいるわけではないの。資産は現金に近い順、負債は支払期限が近い順。
ケン: 現金に近い順……売掛金は数か月で回収するから上のほう、工場の設備は10年使うから下のほう、ということですか。
リン: その通り。そして途中に1本の線が引いてある。「1年以内」の線。1年以内に現金になる資産が流動資産、1年以内に支払う負債が流動負債。
ケン: この「長期借入金の流動部分 300」というのは何ですか。長期なのに流動って、矛盾していませんか。
リン: いい質問。うちの長期借入金は総額4,800。そのうち300は、この12か月で返す分なの。名前は長期でも、期限が近い300だけは流動負債に引っ越させる。読み手が知りたいのは「近々出ていくお金」だから。
ケン: なるほど。では、この繰延税金負債500も、1年以内に解消する見込みなら流動に動かすんですか。
リン: そこはひっかけ。繰延税金負債だけは、解消の時期にかかわらず非流動に置くルールなの。理由は法人税会計を学ぶ回に回すから、今日はルールとして持って帰って。
ケン: 分類のルールが分かると、この表が「安全度の表」に見えてきますね。1年以内に入るお金と、出ていくお金を比べられる。
リン: それが今日のゴール。うちの流動資産は7,200、流動負債は3,500。この差と比率が、来月の支払いが回るかを語るの。今日は3つだけ。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| balance sheet | 貸借対照表(B/S)。ある時点の財政状態を示す |
| snapshot | スナップショット。P/Lが「期間」なのに対し、B/Sは「時点」の情報 |
| current / non-current | 流動/非流動。1年(または営業循環期間)が分類の線 |
| operating cycle | 営業循環期間。現金→仕入→販売→回収→現金のサイクル |
| current portion of long-term debt | 長期借入金の流動部分。1年以内に返済する分 |
| deferred tax liability | 繰延税金負債。分類は非流動に固定されている |
| classify / reclassify | (勘定科目を)分類する/再分類する |
| come due | (支払いの)期限が来る |
今日おさえる3つ
- 貸借対照表の3つのブロック(資産・負債・株主資本)と会計等式
- 「1年以内か」で切る流動・非流動の分類ルール
- 例外の2つ ── 長期借入金の流動部分と、動かない繰延税金負債
貸借対照表は「ある時点の写真」
貸借対照表Balance Sheetは、ある特定の日に「会社が何を持ち、誰にいくら借りていて、株主の取り分がいくらか」を写した財務諸表です。損益計算書が「4月1日から4月30日まで」の期間を語るのに対し、貸借対照表には「4月30日現在」と1つの日付が付きます。同じ会社でも、日付が変われば残高は変わります。
表の骨格は3つのブロックです。
| ブロック | 意味 | ASTRAの金額 |
|---|---|---|
| 資産Assets | 会社が持っているもの(お金の使いみち) | 16,500 |
| 負債Liabilities | 返す義務のあるお金(債権者から借りた分) | 8,500 |
| 株主資本Shareholders' Equity | 株主の取り分(出資と、稼いで残した分) | 8,000 |
この3つの関係を1本の式にしたのが会計等式Accounting Equationです。
資産 = 負債 + 株主資本(A = L + E)
左右が一致するのは偶然ではありません。会社の資産は、どれも誰かのお金で買われています。借りたお金(負債)か、株主のお金(資本)か。出どころのないお金で買った資産は存在しないので、使いみちの合計と出どころの合計は同じ額になります。
株主資本の2行だけ、先に顔を覚える
株主資本ブロックの中身を細かく見るのはDay 3の仕事です。今日は代表の2行だけ紹介します。
- 資本金Common Stock ── 株主が払い込んだ元手のうち、株式の額面に相当する部分。「額面」という考え方があること自体を、ここで覚えておいてください
- 利益剰余金Retained Earnings ── 創業からの累積純利益から、株主への配当を差し引いた残高。Day 1で計算した純利益500は、配当しなければここに積み上がります
株主資本には他にも項目があります(ASTRAでは合計2,400)。その分解はDay 3で行います。
「1年」の線が、資産と負債を2つに切る
3つのブロックの内側には、もう1本の線が引かれています。分類基準はこうです。
1年以内(または営業循環期間のいずれか長い方)に、現金になる・支払うか。
営業循環Operating Cycleとは、現金→仕入→販売→回収→現金と一巡するサイクルのことです。多くの企業ではこの一巡は1年より短いので、実務の感覚としては「1年以内かどうか」で判定して差し支えありません。ただしウイスキーの熟成のように仕入から販売まで数年かかる業種では、営業循環の方が長くなり、数年物の在庫でも流動資産に分類されます。
| 区分 | 代表科目 |
|---|---|
| 流動資産Current Assets | 現金 800/売掛金 3,200/棚卸資産 3,000/前払費用 200 |
| 非流動資産Non-current Assets | 有形固定資産(純額)8,500/無形資産 800 |
| 流動負債Current Liabilities | 買掛金 1,800/未払給与 400/短期借入金 1,000/長期借入金の流動部分 300 |
| 非流動負債Non-current Liabilities | 長期借入金 4,500/繰延税金負債 500 |
並び順にもルールがあります。資産は現金に換わりやすい順に上から並べます。これを流動性順配列Order of Liquidityと呼びます。現金が先頭、次に売掛金、棚卸資産と続き、10年使う設備は下の方。読み手は表の上半分を見るだけで、「すぐ動かせるお金がどれだけあるか」をつかめます。
例外を2つだけ覚える
分類ルールの本体はシンプルですが、試験でも実務でも狙われる例外が2つあります。
長期借入金の流動部分(Current Portion of Long-term Debt)
契約上は長期のローンでも、返済期限が12か月以内に迫った部分は流動負債に再分類します。ASTRAの長期借入金は総額4,800。うち300がこの12か月で返す分なので、貸借対照表では「長期借入金の流動部分 300」が流動負債に、残り4,500が非流動負債に載ります。ローンの名前ではなく、期限の近さで置き場所が決まります。
繰延税金負債(Deferred Tax Liability)
会計上の利益と税務上の利益にズレがあるとき、将来支払う税金の義務として計上される負債です。この科目だけは、解消が1年以内に見込まれる場合でも非流動負債に分類する、と決められています。仕組みはDay 9で扱うので、今日は「1年基準の例外」という置き場所のルールだけ持ち帰ってください。分類問題で「1年以内に解消見込みだから流動」と答えさせるのが定番のひっかけです。
この分類が生む2つの物差し
流動・非流動に切り分けた瞬間、貸借対照表から短期の安全度を測れるようになります。
- 運転資本Working Capital = 流動資産 − 流動負債。1年以内に入るお金と出るお金の差額で、短期の支払い余力を「金額」で示します。ASTRAは 7,200 − 3,500 = 3,700
- 流動比率Current Ratio = 流動資産 ÷ 流動負債。同じ余力を「倍率」で示します。ASTRAは 7,200 ÷ 3,500 = 2.06倍
冒頭の「来月の支払いは回るのか」への答えは、この2つの数字にあります。実際に手を動かして組み立てるのは、次の第2部です。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturingほか)と人物、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)