昨日と今日、8月16日と17日の週末。私たちの会社の会議室は、いつもと違う静かな、しかし確かな熱気に包まれていました。講師としてお招きしたStart Train社のSonさんを中心に、全スタッフがPCに向かい、これまで「知っているつもり」だったExcelというツールの、真の可能性に触れています。
第1章:愕然としたシンガポール出張の朝 - すべての始まり

全ての始まりは、先月のある朝のことでした。シンガポールへの出張のために、私は空港に向かうべく会社のドアへ手をかけようとしていました。その時、「サインをお願いしたい!」とスタッフに呼び止められました。自分の席で待つこと数分。しかし、書類は一向に出てきません。5分が10分になり、私の焦りは募っていきました。
業を煮やした私は、彼女のデスクの後ろへ回り込み、ペンを片手に画面を覗き込みました。そして、目の前で繰り広げられていた光景に、私は愕然としました。
彼女は、複数のExcelファイルから特定のセルの値を一つひとつ手でコピーし、別のファイルの所定の場所にペーストし、その一部を削除したりくっつけたりと……というとんでもなく非効率な方法で、その一枚の書類を作成していたのです。関数だけでも数秒で終わるはずの作業に、彼女は何十分も費やしていました。
その時、これまで頭の中に霧のようにかかっていた様々な疑問が、一つの像を結んだ気がしました。
私たちの会社は、一部システムを導入しているものの、まだまだマニュアル作業が多いのが実情です。特にベトナムの事務所は、従業員の人数が多い割に、誰もが「忙しい、忙しい」と口にする。私は当初、その原因を業務全体をカバーできるシステムがないことや、ワークフローの問題だと考えていました。「もっと良いシステムを導入すれば解決するはずだ」と。
しかし、あの朝、私は悟ったのです。問題はシステムではない。もっと根源的な、従業員一人ひとりの基本的なスキルにあるのだ、と。コンピュータースキル、コミュニケーションスキル。
そして何より、最も身近なツールであるはずのExcelを、私たちは全く使いこなせていなかった。膨大な機能を持つはずのExcelが、私たちの手にかかると、ただの「計算もできる四角い電気の紙」に成り下がっていたのです。
思い起こせば4年前、私がこの会社に来た当初にも、この問題の根深さを予感させる出来事がありました。事業を把握しようと各部署からデータを集めたものの、そこには愕然とするしかありませんでした。製品コードや材料コードといった、部署を横断して情報を繋ぐべき「共通言語」が存在せず、製品や材料の呼び方すら人によってバラバラ。結局、関数を使ってデータを統合することは不可能で、一つひとつの情報を人に聞いて回り、手作業で繋ぎ合わせるしかなかったのです。
第2章:「Excel習熟度のパラドックス」- ベトナム人材のポテンシャルと現実のギャップ

ベトナムの若者たちは、Microsoft Office Specialist (MOS) 世界学生大会で毎年世界トップクラスの成績を収めています。例えば2025年の大会では、Excel 365部門で銅メダルを獲得し、国別対抗でも世界トップ5と評価されるほど、極めて高い技術的ポテンシャルを証明しています。この事実は、体系的なトレーニングと明確な目標さえあれば、彼らが世界最高水準のスキルを習得できることを明確に示していました。
他方で、私たちのオフィスを含む多くの企業現場では、Excelは依然として基本的なデータ入力や手作業の管理業務に限定的に使われ、その高度な分析機能は眠ったままです。Excelは分析ツールではなく、印刷を前提とした単なる「電子の紙」として使われています。各種申請業務はExcelで作ったフォーマットを紙に出力して行われ、データは「ぐちゃぐちゃと散乱」している。
AIによると、このギャップは、決して従業員の能力不足に起因するものではなく、ベトナム特有の労働観(キャリアアップと報酬への強い意欲)、階層的な組織文化(明確な指示を好む傾向)、そして何より、デジタルツールを戦略的に活用するという私たち経営層の意識の遅れが複合的に絡み合った結果とのことでした。
なんだ、オレのせいか。と反省し、私は全社的な知っているはずのエクセルの能力向上の研修の必要性を確信しました。
第3章:失敗から学んだ研修設計 - なぜ「ブートキャンプ」でなければならなかったのか

問題の根源が基本的なスキル不足にあると特定したことで、次なる課題は「どうやって全社のスキルを底上げするか」でした。
まず考えたのは、学習教材を配布し、各自で学んでもらうこと。練習教材を配賦するところまでは行きました。しかし、そのことを朝礼で話すとかなりの白けた反応。言葉には出さなかったものの、「Excel?そんなもんつかえてるよ。何をいまさら」的な。
また、練習したかどうか習得できたかどうかを「誰がそれを確認するの?」という壁にぶつかりました。日々の業務に追われる中で、強制力のない自己学習が浸透するはずもありません。
次善の策として、安価なオンラインコースの導入を検討しました。しかし、これも現実的ではありませんでした。誰もが「忙しい」と口にする状況で、自主的に学習するのは、もともと興味のある一部のスタッフに限られます。ましてや、自宅に帰ってから学習する人はさらに限定されるでしょう。
私たちは、全員が、強制的に、同じ時間、同じ場所で、集中して学ぶ環境が必要でした。そして、ただ学ぶだけでなく、2日間で別人になれるような、没入型で実践的な体験が不可欠でした。
そこで私たちが探し始めたのが、「ブートキャンプ」形式の研修だったのです。
研修には大きく分けて2つのカテゴリーがあると考えていました。
レクチャー型。: ほとんどのオンラインプラグラムがそのような傾向があるのですが、関数の使い方だとかを説明する感じ。ベトナムの文化を考えると、ほとんどの研修会社がこの部類ではないかと考えていた。
特訓型: 実際に手や体を動かして使って体で習得するもの。
関数などは、今はAIとかでああしたい、こうしたいと言えば作ってくれるので、覚えた方が良いけど覚えなくても良い。重要なのは、そういう便利機能があることを知ること、それで何が可能になるのかと視野を広げること。
「なぜ、その機能を使うのか」「このビジネス課題を解決するためには、どうデータを整理し、分析すべきか」という思考法そのものを、前者、すなわちブートキャンプのような実践的アプローチで学ぶ必要があるのだ、と。
これはベトナム人従業員の文化的背景とも完全に一致しています。彼らはキャリアアップと報酬に直結するスキルであれば、驚異的なモチベーションで学習に取り組みます。ただ「Excelの便利な機能を学びましょう」では響かない。「この研修を受ければ、あなたは社内で価値の高い分析レポートを作れるようになり、キャリアアップに繋がる。そのために、この具体的なプロジェクトを完成させよう」という、明確なゴールと実利に根差したアプローチこそが必要でした。
そのためか、今回の研修を伝えてから、私の耳に入ってくるコメントは、教材配布時の白けた感じとは違い、研修を楽しみにしているというポジティブなものが多かった。(もちろんめんどくせぇ。なんで休日に的な意見も耳に入ってきた)。
第4章:Start Train社を選んだ理由

数ある提案の中で、Start Train社のプログラム「Excel for Business Analytics」は、まさに私たちが探し求めていた「実践的ブートキャンプ」の哲学を体現していました。彼らのカリキュラムは、単なる機能の学習ではありません。
これは、「課題発見→データ整理→分析→可視化→報告」というビジネスの思考プロセスそのものでした。彼らが教えようとしていたのはExcelというツールの操作方法ではなく、Excelを武器にビジネス課題を解決するための「考え方」だったのです。
さらに、彼らのアプローチは、私たちが直面していた「静かな病」への直接的な処方箋でもありました。彼らが重視するのは、単にいくつかの関数を教えることではなく、「標準化」。つまり、全従業員が統一されたデータフレームワークで作業できる基盤を作ることでした。これこそ、非効率とエラーの根源を断ち切るための、最も効果的でROIの高い解決策だと確信しました。
機能説明に終始しがちな他の研修とは一線を画す、この目的志向のアプローチ。そして、それがベトナム人従業員の持つ文化的特性と学習意欲に完璧に合致していること。これこそが、私たちがStart Train社に決めた最大の理由です。
MITスローン・マネジメント・レビューの調査によれば、エクセルスキルや標準化ができていなく、別の人の手に渡ったときに理解しにくかったり大幅な改造が求められるような「不良データ」は、企業の年間収益の15%から25%もの損失に繋がる可能性があるといいます。データは「戦略的資産」ではなく、完全に「経営上の負担」となっていたのです。
Start Train社のウェブサイトでは、この状況「静かな病」呼んでいました。多くの企業が「誰でもExcelくらい使える」と思っていますが、「使える」と「正しく、標準化された方法で使える」ことは全くの別物です。この認識のズレこそが、私たちの会社を蝕んでいた病の正体でした
Start Train社は、ローカルのニーズを深く理解し、実践的な成果にコミットする姿勢が一貫していました。彼らこそが、私たちの課題を根本から解決してくれる最高のパートナーだと確信したのです。
ちなみに、AIが進めてきたハノイにあるもう一社に連絡をとったらすぐにZaloで「Hi, I am Excel teacher. I can teach anything. What do you want to learn?」というような信念のなさそうなメッセージが来たのでやめて、わざわざホーチミンから費用をかけてStart Train様にお願いすることにした。
第5章:研修を終えて。私たちが手に入れるもの

これを書いている今は、研修2日目の昼休み。
昨日は私はお客さんを訪問していたし、ベトナム語での講義なので今日も事務所にいて参加はしていませんが、となりの会議室からはかなりエネルギッシュな声が聞こえてきます。
これまで断片的に知っていた知識が、一つの線として繋がっていく感覚を、そして自分の手で複雑なデータから意味のある答えを導き出す達成感を味わっているようです。
私が望んでいるのは、全社共通の「データ活用の思考法」という、新しいOS(オペレーティングシステム)を社員全員が身に着けることです。
これにより、部署間の連携はスムーズになり、データに基づいた意思決定が加速します。そして何より、これまで非効率な作業に忙殺されていたスタッフたちが、その時間とエネルギーを、より創造的で付加価値の高い仕事にチャレンジするために使えるようになるのです。
将来的には、大規模なシステム導入を視野に入れています。しかし、今の認識のままでは、どんなに優れたシステムを導入しても宝の持ち腐れになっていたでしょう。今回の研修は、そのための揺ぎない土台作りでもありました。
ベトナム人従業員は、世界トップクラスのポテンシャルを秘めています。私たちの役割は、そのポテンシャルを信じ、それを解き放つための適切な環境と、明確な道筋を提供することです。今回の研修は、そのための、そして会社の未来を変えるための、大きな大きな一歩なのだと確信しています。


