同じ1年を、2つの基準で作り直す
Day 11 は総まとめの回なので、新しい数字を作らずにすでに一度計算した数字を持ってきます。題材は2つ。前半は Day 5 で扱った Horizon Trading の部品在庫、後半は Day 6 で扱った ASTRA の設備Aです。どちらも一度US GAAPで計算し切ったものを、今日はIFRSで測り直します。別々の会社の別々の資料なので、混ぜずに順番に片づけてください。
題材① Horizon Trading の主力部品ライン
右の演習パネルと同じデータです。ミンの会社の主力部品1ラインだけを切り出した、1年ぶんの損益です。
| 項目 | 金額 | 備考 |
|---|---|---|
| 売上高 | 5,400 | 300個 × 単価18 |
| 販売可能総額(期首在庫+当期仕入) | 6,250 | Day 5 と同じ。500個ぶん |
| LIFOでの期末在庫(200個) | 2,200 | Day 5 で計算済み |
| FIFOでの期末在庫(200個) | 2,850 | Day 5 で計算済み |
| 販売管理費 | 350 | このラインへの直課分 |
| 開発費支出(新型部品) | 300 | うち200は資産計上の要件を満たす |
| 資産計上分の当期償却費 | 40 | IFRSで資産計上した場合のみ発生 |
| 建物の再評価差益(税引後) | 250 | IFRSで再評価モデルを選んだ場合のみ |
| 法人税率 | 20% | 両基準で同じとする |
Day 5 の仕入は 100個×10 → 250個×12 → 150個×15 と単価が5割上がった年でした。値上がりの幅が大きい年ほど原価配分の差は開きます。ここでは差がはっきり見えるように、その年のデータをそのまま使っています。
US GAAPで作る ── LIFO、開発費は全額費用
- 売上原価 販売可能総額 6,250 − LIFO期末在庫 2,200 = 4,050
- 売上総利益 5,400 − 4,050 = 1,350
- 開発費 支出 300 を全額その期の費用にします。資産計上はしません
- 税引前利益 1,350 − 販管費 350 − 開発費 300 = 700
- 当期純利益 700 × (1 − 20%) = 560
IFRSで作る ── FIFO、開発費の一部は資産計上
- 売上原価 販売可能総額 6,250 − FIFO期末在庫 2,850 = 3,400
- 売上総利益 5,400 − 3,400 = 2,000
- 開発費 300のうち200は要件を満たすので無形資産に計上し、費用になるのは残り 100。ただし資産計上した200から当期の償却費 40 が出ます。費用合計は 100 + 40 = 140
- 税引前利益 2,000 − 販管費 350 − 140 = 1,510
- 当期純利益 1,510 × (1 − 20%) = 1,208
| 科目 | US GAAP | IFRS |
|---|---|---|
| 売上高Sales Revenue | 5,400 | 5,400 |
| 売上原価COGS | (4,050) | (3,400) |
| 売上総利益Gross Profit | 1,350 | 2,000 |
| 販売管理費SG&A | (350) | (350) |
| 開発費Development Cost | (300) | (100) |
| 開発資産の償却費Amortization | — | (40) |
| 税引前利益Income Before Tax | 700 | 1,510 |
| 法人税等Income Tax | (140) | (302) |
| 当期純利益Net Income | 560 | 1,208 |
取引はひとつも変えていません。売った個数も、仕入れた単価も、払った開発費も同じです。それでも当期純利益は 560 と 1,208。ケンが「Horizonは粗利率が高い」と感じたのは、営業力ではなく原価配分の仮定の差でした。
差を1行ずつ分解する
「利益が倍以上違う」で止めず、どの論点がいくら効いたのかまで下ろします。
| 論点 | US GAAP | IFRS | 税引前の差 |
|---|---|---|---|
| 棚卸資産の原価配分 | LIFO → COGS 4,050 | FIFO → COGS 3,400 | +650 |
| 開発費 | 全額費用 300 | 費用 100 + 償却 40 = 140 | +160 |
| 税引前利益の差 | 700 | 1,510 | +810 |
| 法人税(20%) | (140) | (302) | −162 |
| 当期純利益の差 | 560 | 1,208 | +648 |
分解できると、次の年の話ができるようになります。開発費の 160 は、資産計上した200が残りの年数で償却されていくにつれて逆向きに戻ってきます。前倒しで利益が出たのではなく、費用の計上時期が後ろにずれただけだからです。一方、在庫の 650 は単価が上がり続けるかぎり毎年つき続けます。同じ「利益を大きく見せる違い」でも、性質はまったく別です。
再評価差益 250 はどこへ行くか
Horizonは倉庫の建物にIFRSの再評価モデルを採用し、当期の再評価差益は税引後で 250 でした。この 250 は当期純利益には入りません。原則としてその他の包括利益(OCI)に計上され、資本の部の再評価剰余金に積まれます。
| US GAAP | IFRS | |
|---|---|---|
| 当期純利益 | 560 | 1,208 |
| その他の包括利益(再評価差益) | — | 250 |
| 包括利益Comprehensive Income | 560 | 1,458 |
つまずくのはここです。「IFRSは資産の値上がりを帳簿に反映できる=そのぶん利益が増える」と覚えていると、250 を純利益に足してしまいます。純利益に効く違い(在庫・開発費)と、包括利益にだけ効く違い(再評価)は、別の引き出しに入れてください。
題材② 設備Aの減損を、IFRSで測り直す
ここからは会社も資料も変わります。ASTRA の設備A、Day 6 で減損テストを通した資産です。前提は Day 6 のまま持ってきます。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 帳簿価額(取得原価1,200・残存価額200・耐用年数5年・定額法) | 600 |
| 将来の割引前キャッシュフロー合計 | 550 |
| 処分費用控除後の公正価値 | 480 |
| 使用価値(将来CFの割引現在価値) | 510 |
Day 6 では使用価値を使いませんでした。US GAAPの手順に出てこない数字だからです。IFRSでは、この 510 が主役になります。
US GAAP ── 2段階
- 第1段階 回収可能性 割引前CF合計 550 < 帳簿価額 600 → 不合格。第2段階へ
- 第2段階 測定 減損損失 = 600 − 公正価値 480 = 120。切り下げ後の簿価は 480
IFRS ── 1段階
- 回収可能価額を決める 処分費用控除後の公正価値 480 と 使用価値 510 の高いほう = 510
- 簿価と比べる 帳簿価額 600 > 回収可能価額 510 → 減損損失 = 90。切り下げ後の簿価は 510
同じ事実から、減損損失は 120 と 90。差は 30 です。US GAAPには割引前CFによる足切りがあるので「そもそも減損しない」結論になることもありますが、この設備は足切りを通過できませんでした。一方IFRSは足切りがない代わりに、公正価値だけでなく使用価値も見るので、使い続ける価値が高い資産は切り下げが小さく済みます。手順が違うので、どちらの基準の減損損失がいつも大きくなる、とは言えません。
戻入 ── 上限は「減損がなかった場合の簿価」
4年目、受注が戻って回収可能価額が 480 に回復したとします。切り下げ後の簿価は、残りの耐用年数2年・残存価額200で償却を続けているので、4年目末は次のようになっています。
| US GAAP | IFRS | |
|---|---|---|
| 減損後の簿価(3年目末) | 480 | 510 |
| 4年目の減価償却費 (簿価 − 200) ÷ 2年 | (140) | (155) |
| 4年目末の簿価 | 340 | 355 |
| 減損がなかった場合の4年目末の簿価 | 400 | 400 |
| 戻入額 | 0 | 45 |
IFRSの戻入額は「回収可能価額 480 まで戻す」のではありません。減損がなかった場合の簿価 400 が上限なので、400 − 355 = 45 が戻入額になります。取りすぎた分を返すだけで、儲けにはしない、という考え方です。US GAAPは保有を続ける資産の戻入を認めないため、簿価は 340 のまま進みます。
誤りやすいのは 480 − 355 = 125 と計算してしまうことです。上限を忘れると、減損しなかった会社より簿価が大きくなってしまいます。
この回で出てきた英語表現
| Expression | 意味 | 使う場面 |
|---|---|---|
| in accordance with IFRS | IFRSに準拠して | 相手先の財務諸表がどの基準かを確かめるとき |
| reconcile the difference | 差異を突き合わせて説明する | 2基準の利益差を内訳に分けて示すとき |
| recoverable amount | 回収可能価額 | IFRSの減損テストを説明するとき |
| value in use | 使用価値 | 使い続けた場合の価値を示すとき |
| capitalize | 資産計上する | 開発費を費用にせず資産に載せるとき |
| revaluation surplus | 再評価剰余金 | 再評価差益の行き先を説明するとき |
用語集
| 日本語 | English | 定義 |
|---|---|---|
| 国際財務報告基準 | IFRS: International Financial Reporting Standards | 国際会計基準審議会が定める会計基準。多くの国・地域で採用されている |
| 米国会計基準 | US GAAP | 米国で一般に公正妥当と認められた会計原則 |
| 原則主義 | Principles-Based | 原則を示し当てはめを判断に委ねる基準の作り。IFRSの特徴とされる |
| 規則主義 | Rules-Based | 要件や数値基準を細かく置く基準の作り。US GAAPの特徴とされる |
| コンバージェンス | Convergence | 異なる会計基準を近づけていく取り組み |
| 後入先出法の不採用 | LIFO not permitted under IFRS | IFRSでは後入先出法による原価配分が認められていない |
| 再評価モデル | Revaluation Model | 固定資産を公正価値で測り直す方法。IFRSで選択でき、差額は原則OCIへ |
| 回収可能価額 | Recoverable Amount | 処分費用控除後の公正価値と使用価値のうち高いほう |
| 使用価値 | Value in Use | その資産を使い続けて得られる将来CFの割引現在価値 |
| 減損の戻入 | Reversal of Impairment | 切り下げた簿価を戻す処理。IFRSはのれん以外で上限つきに可、US GAAPは不可とされる |
| 開発費の資産計上 | Capitalization of Development Costs | IFRSでは要件を満たす開発費を無形資産に計上する |
| 統合報告 | Integrated Reporting: IR | 財務情報と非財務情報を1つの報告書で結び、価値創造を説明する枠組み |
| 6つの資本 | Six Capitals | 財務・製造・知的・人的・社会関係・自然の6つ。統合報告の基本単位 |
| 価値創造プロセス | Value Creation Process | インプット→事業活動→アウトプット→アウトカムと資本が形を変える流れ |
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Horizon Trading)と人物(ケン・リン・ミン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)。会計基準は改訂されることがあるため、受験時は最新の出題範囲で確認してください