さわる管理会計 DAY 11 さわるベトナム のトレーニング教材
PART 2 / 3

同じ1年を、2つの基準で作り直す

Day 11 は総まとめの回なので、新しい数字を作らずにすでに一度計算した数字を持ってきます。題材は2つ。前半は Day 5 で扱った Horizon Trading の部品在庫、後半は Day 6 で扱った ASTRA の設備Aです。どちらも一度US GAAPで計算し切ったものを、今日はIFRSで測り直します。別々の会社の別々の資料なので、混ぜずに順番に片づけてください。

題材① Horizon Trading の主力部品ライン

右の演習パネルと同じデータです。ミンの会社の主力部品1ラインだけを切り出した、1年ぶんの損益です。

Horizon Trading — 主力部品ラインの年次データ(単位: 千USD)
項目金額備考
売上高5,400300個 × 単価18
販売可能総額(期首在庫+当期仕入)6,250Day 5 と同じ。500個ぶん
LIFOでの期末在庫(200個)2,200Day 5 で計算済み
FIFOでの期末在庫(200個)2,850Day 5 で計算済み
販売管理費350このラインへの直課分
開発費支出(新型部品)300うち200は資産計上の要件を満たす
資産計上分の当期償却費40IFRSで資産計上した場合のみ発生
建物の再評価差益(税引後)250IFRSで再評価モデルを選んだ場合のみ
法人税率20%両基準で同じとする

Day 5 の仕入は 100個×10 → 250個×12 → 150個×15 と単価が5割上がった年でした。値上がりの幅が大きい年ほど原価配分の差は開きます。ここでは差がはっきり見えるように、その年のデータをそのまま使っています。

同じ取引データから、2つの当期純利益 Horizon Trading 主力部品ライン ── 単位: 千USD・法人税率20% 同じ1年の取引 Same Transactions売上 5,400 / 販売可能総額 6,250販管費 350 / 開発費支出 300 US GAAP で作る LIFO ・ 開発費は全額費用売上原価 6,250 − 2,200 = 4,050開発費 300 をその期の費用に税引前利益 700 - 法人税 140 IFRS で作る FIFO ・ 開発費の一部を資産計上売上原価 6,250 − 2,850 = 3,400費用は 100 + 償却 40 = 140税引前利益 1,510 - 法人税 302 当期純利益 Net Income 560 当期純利益 Net Income 1,208差 648 ── 営業力の差ではなく、原価配分と開発費の扱いの差
図3 同じ取引データ、2つの当期純利益 ── 差 648 の出どころ

US GAAPで作る ── LIFO、開発費は全額費用

  1. 売上原価 販売可能総額 6,250 − LIFO期末在庫 2,200 = 4,050
  2. 売上総利益 5,400 − 4,050 = 1,350
  3. 開発費 支出 300 を全額その期の費用にします。資産計上はしません
  4. 税引前利益 1,350 − 販管費 350 − 開発費 300 = 700
  5. 当期純利益 700 × (1 − 20%) = 560

IFRSで作る ── FIFO、開発費の一部は資産計上

  1. 売上原価 販売可能総額 6,250 − FIFO期末在庫 2,850 = 3,400
  2. 売上総利益 5,400 − 3,400 = 2,000
  3. 開発費 300のうち200は要件を満たすので無形資産に計上し、費用になるのは残り 100。ただし資産計上した200から当期の償却費 40 が出ます。費用合計は 100 + 40 = 140
  4. 税引前利益 2,000 − 販管費 350 − 140 = 1,510
  5. 当期純利益 1,510 × (1 − 20%) = 1,208
同じ1年を2つの基準で(単位: 千USD)
科目US GAAPIFRS
売上高Sales Revenue5,4005,400
売上原価COGS(4,050)(3,400)
売上総利益Gross Profit1,3502,000
販売管理費SG&A(350)(350)
開発費Development Cost(300)(100)
開発資産の償却費Amortization(40)
税引前利益Income Before Tax7001,510
法人税等Income Tax(140)(302)
当期純利益Net Income5601,208

取引はひとつも変えていません。売った個数も、仕入れた単価も、払った開発費も同じです。それでも当期純利益は 560 と 1,208。ケンが「Horizonは粗利率が高い」と感じたのは、営業力ではなく原価配分の仮定の差でした。

差を1行ずつ分解する

「利益が倍以上違う」で止めず、どの論点がいくら効いたのかまで下ろします。

純利益 648 の差の内訳(単位: 千USD)
論点US GAAPIFRS税引前の差
棚卸資産の原価配分LIFO → COGS 4,050FIFO → COGS 3,400+650
開発費全額費用 300費用 100 + 償却 40 = 140+160
税引前利益の差7001,510+810
法人税(20%)(140)(302)−162
当期純利益の差5601,208+648

分解できると、次の年の話ができるようになります。開発費の 160 は、資産計上した200が残りの年数で償却されていくにつれて逆向きに戻ってきます。前倒しで利益が出たのではなく、費用の計上時期が後ろにずれただけだからです。一方、在庫の 650 は単価が上がり続けるかぎり毎年つき続けます。同じ「利益を大きく見せる違い」でも、性質はまったく別です。

再評価差益 250 はどこへ行くか

Horizonは倉庫の建物にIFRSの再評価モデルを採用し、当期の再評価差益は税引後で 250 でした。この 250 は当期純利益には入りません。原則としてその他の包括利益(OCI)に計上され、資本の部の再評価剰余金に積まれます。

再評価差益の行き先(単位: 千USD)
US GAAPIFRS
当期純利益5601,208
その他の包括利益(再評価差益)250
包括利益Comprehensive Income5601,458

つまずくのはここです。「IFRSは資産の値上がりを帳簿に反映できる=そのぶん利益が増える」と覚えていると、250 を純利益に足してしまいます。純利益に効く違い(在庫・開発費)と、包括利益にだけ効く違い(再評価)は、別の引き出しに入れてください。

題材② 設備Aの減損を、IFRSで測り直す

ここからは会社も資料も変わります。ASTRA の設備A、Day 6 で減損テストを通した資産です。前提は Day 6 のまま持ってきます。

設備A ── 3年目末の状況(単位: 千USD)
項目金額
帳簿価額(取得原価1,200・残存価額200・耐用年数5年・定額法)600
将来の割引前キャッシュフロー合計550
処分費用控除後の公正価値480
使用価値(将来CFの割引現在価値)510

Day 6 では使用価値を使いませんでした。US GAAPの手順に出てこない数字だからです。IFRSでは、この 510 が主役になります。

US GAAP ── 2段階

  1. 第1段階 回収可能性 割引前CF合計 550 < 帳簿価額 600 → 不合格。第2段階へ
  2. 第2段階 測定 減損損失 = 600 − 公正価値 480 = 120。切り下げ後の簿価は 480

IFRS ── 1段階

  1. 回収可能価額を決める 処分費用控除後の公正価値 480 と 使用価値 510 の高いほう510
  2. 簿価と比べる 帳簿価額 600 > 回収可能価額 510 → 減損損失 = 90。切り下げ後の簿価は 510

同じ事実から、減損損失は 120 と 90。差は 30 です。US GAAPには割引前CFによる足切りがあるので「そもそも減損しない」結論になることもありますが、この設備は足切りを通過できませんでした。一方IFRSは足切りがない代わりに、公正価値だけでなく使用価値も見るので、使い続ける価値が高い資産は切り下げが小さく済みます。手順が違うので、どちらの基準の減損損失がいつも大きくなる、とは言えません。

戻入 ── 上限は「減損がなかった場合の簿価」

4年目、受注が戻って回収可能価額が 480 に回復したとします。切り下げ後の簿価は、残りの耐用年数2年・残存価額200で償却を続けているので、4年目末は次のようになっています。

減損後の4年目(単位: 千USD)
US GAAPIFRS
減損後の簿価(3年目末)480510
4年目の減価償却費 (簿価 − 200) ÷ 2年(140)(155)
4年目末の簿価340355
減損がなかった場合の4年目末の簿価400400
戻入額045

IFRSの戻入額は「回収可能価額 480 まで戻す」のではありません。減損がなかった場合の簿価 400 が上限なので、400 − 355 = 45 が戻入額になります。取りすぎた分を返すだけで、儲けにはしない、という考え方です。US GAAPは保有を続ける資産の戻入を認めないため、簿価は 340 のまま進みます。

誤りやすいのは 480 − 355 = 125 と計算してしまうことです。上限を忘れると、減損しなかった会社より簿価が大きくなってしまいます。

この回で出てきた英語表現

Words & Phrases
Expression意味使う場面
in accordance with IFRSIFRSに準拠して相手先の財務諸表がどの基準かを確かめるとき
reconcile the difference差異を突き合わせて説明する2基準の利益差を内訳に分けて示すとき
recoverable amount回収可能価額IFRSの減損テストを説明するとき
value in use使用価値使い続けた場合の価値を示すとき
capitalize資産計上する開発費を費用にせず資産に載せるとき
revaluation surplus再評価剰余金再評価差益の行き先を説明するとき

用語集

この回に出てきた用語
日本語English定義
国際財務報告基準IFRS: International Financial Reporting Standards国際会計基準審議会が定める会計基準。多くの国・地域で採用されている
米国会計基準US GAAP米国で一般に公正妥当と認められた会計原則
原則主義Principles-Based原則を示し当てはめを判断に委ねる基準の作り。IFRSの特徴とされる
規則主義Rules-Based要件や数値基準を細かく置く基準の作り。US GAAPの特徴とされる
コンバージェンスConvergence異なる会計基準を近づけていく取り組み
後入先出法の不採用LIFO not permitted under IFRSIFRSでは後入先出法による原価配分が認められていない
再評価モデルRevaluation Model固定資産を公正価値で測り直す方法。IFRSで選択でき、差額は原則OCIへ
回収可能価額Recoverable Amount処分費用控除後の公正価値と使用価値のうち高いほう
使用価値Value in Useその資産を使い続けて得られる将来CFの割引現在価値
減損の戻入Reversal of Impairment切り下げた簿価を戻す処理。IFRSはのれん以外で上限つきに可、US GAAPは不可とされる
開発費の資産計上Capitalization of Development CostsIFRSでは要件を満たす開発費を無形資産に計上する
統合報告Integrated Reporting: IR財務情報と非財務情報を1つの報告書で結び、価値創造を説明する枠組み
6つの資本Six Capitals財務・製造・知的・人的・社会関係・自然の6つ。統合報告の基本単位
価値創造プロセスValue Creation Processインプット→事業活動→アウトプット→アウトカムと資本が形を変える流れ

この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Horizon Trading)と人物(ケン・リン・ミン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)。会計基準は改訂されることがあるため、受験時は最新の出題範囲で確認してください