さわる管理会計 DAY 11 さわるベトナム のトレーニング教材

同じ1年なのに、利益が2つある ── IFRSとUS GAAPの分かれ道と、統合報告

全3部 / 前提知識: Day 1〜10(とくに Day 5 棚卸資産・Day 6 固定資産と減損・Day 9 法人税会計) / 最終更新 2026-08-23

この回で分かること

  • Day 1〜10で扱った論点について、IFRSとUS GAAPで扱いが分かれる箇所を論点別に指させる
  • 基準の違いが当期純利益を大きく見せる方向か小さく見せる方向かを、理由つきで言える
  • 統合報告の6つの資本と価値創造プロセスを説明し、財務諸表との役割の違いを述べられる
PART 1 / 3

IFRSとUS GAAPの差異マップ ── 何が、どちらに、どれだけ効くか

取引はひとつも変わっていないのに、報告する基準を替えるだけで利益が変わる。Day 11 はその「変わり方」を論点ごとに棚おろしする回です。ここまでの10日で置いてきた宿題 ── LIFOが使えない、減損を戻せない、開発費を資産にできる ── が、この回に集まってきます。なお会計基準は改訂されることがあるため、以下の差異は「一般にこう整理される」ものとして読み、受験時には最新の出題範囲で確かめてください。

会議室で起きたこと

ASTRA Manufacturing の会議室。ケンが、取引先の Horizon Trading(ミン社長の会社)から届いた年次報告書を持ってきた場面です。

ケン: リンさん、ミンさんから Horizon Trading の年次報告書が届いたんです。うちと似た部品を扱っているのに、売上総利益率がずいぶん高くて。営業がうまいということでしょうか。

リン: その報告書の頭のほうに、「IFRSに準拠して作成」と書いてない?

ケン: ……書いてあります。それが関係あるんですか。

リン: 大ありよ。Day 5 でやったでしょう。IFRSでは後入先出法が認められていないの。値上がりの局面でLIFOをやめてFIFOに替えれば、売上原価は小さくなって粗利は大きく出る。取引はひとつも変わっていなくてもね。

ケン: 待ってください。それだと、うちの数字と並べても意味がないということですか。

リン: 意味がなくなるわけではないの。ただ、差がどこから来ているかを分けてからでないと危ない。この10日で扱った論点は、ほとんどどれかの場所でIFRSとUS GAAPが分かれるわ。在庫、固定資産、減損、開発費、リース、税金。

ケン: ぜんぶですか。

リン: ぜんぶ。しかも向きがそろっていないの。利益が大きく出る方向に働く違いもあれば、小さく出る方向のものもある。だから「IFRSのほうが利益は大きい」と一言では言えない。今日はHorizonの1年ぶんを両方の基準で作り直して、差を1行ずつ分解しましょう。

ケン: そういえばその報告書、財務諸表の前に40ページくらい別のものが付いていました。工場の写真とか、従業員の研修時間とか、水の使用量とか。

リン: それが統合報告ね。財務諸表に載らない資本 ── 人、知識、自然環境、取引先との関係 ── まで含めて、会社がどうやって価値を作っているかを1冊で語る枠組みよ。ミンさんが取引先に配っているのは、たぶんそちらが目当て。

ケン: 数字の話と、写真の話が、同じ報告書に入っているんですね。

リン: 入っているというより、つながっているの。Day 1 で「財務諸表には人材もブランドも載らない」と話したでしょう。あの穴を埋めにいく報告書だと思えばいい。

ケン: 分かりました。差異のほうから見ていきます。

リン: ひとつだけ先に言っておくわ。この差の一覧は固定ではないの。基準はどちらも改訂されるし、近づいた項目もある。試験を受けるときは、そのときの出題範囲で確かめてね。持ち帰るのは3つ。

この場面で出てくる英語

Key Words & Expressions
English意味
in accordance with IFRSIFRSに準拠して。財務諸表の冒頭に置かれる準拠宣言
principles-based原則主義。原則を示し、当てはめは判断に委ねる作り
rules-based規則主義。細かい規定と数値基準を積む作り
convergenceコンバージェンス。基準を近づけていく取り組み
recoverable amount回収可能価額。IFRSの減損で簿価と比べる金額
value in use使用価値。使い続けて得られるCFの割引現在価値
revaluation model再評価モデル。固定資産を公正価値で測り直す方法
reversal of impairment減損の戻入。切り下げた簿価を戻すこと
integrated reporting統合報告。財務と非財務を1つの報告書で語る枠組み
value creation価値創造。会社が資本を使って価値を生む一連の流れ

今日おさえる3つ

  1. 同じ取引でも、基準が違えば利益が違う ── 差がどの論点から来ているかを分解する
  2. Day 1〜10の論点別・差異マップ(在庫・固定資産・減損・開発費・リース・税・CF区分)
  3. 統合報告 ── 6つの資本と価値創造プロセス

2つの基準は、そもそも作りが違う

IFRSInternational Financial Reporting StandardsとUS GAAP米国会計基準の違いは、個々の規定の前に、基準そのものの作り方の違いとして語られるのが一般的です。

作りの違い(一般的な整理)
IFRSUS GAAP
基本の姿勢原則主義Principles-Based規則主義Rules-Based
書き方原則と判断の枠組みを示す。当てはめは作成者の判断に委ねる部分が大きい要件・数値基準・業種別の個別規定を細かく置く
長所として挙げられる点取引の実態に合わせやすい同じ事実に対して答えがぶれにくい
短所として挙げられる点会社ごとの判断の幅が出る形式を満たすだけの処理を招くことがある

この違いは、そのまま差異の出かたに現れます。たとえば減損では、US GAAPが「まず割引前CFで足切りする」という手順を置くのに対し、IFRSは「回収可能価額と比べる」という原則を1つ置くだけです。手順の数が違うので、同じ事実から違う結論が出ることがあります。

なお両者は長く歩み寄りの作業を続けてきており、収益認識のように、ほぼ同じ内容にそろった領域もあります。「対立する2つの体系」ではなく「重なりの大きい2つの体系で、まだ分かれている場所がある」と捉えるほうが実態に近い、というのが一般的な説明です。

Day 1〜10の論点別・差異マップ

Day 1〜10 の宿題が、ここに集まる 論点別の主な差異 ── 一般的な整理。基準は改訂されることがある 棚卸資産 Inventory ── Day 5GAAP: LIFO も選べるIFRS: LIFO は認められない 固定資産の測定 Fixed Assets ── Day 6GAAP: 取得原価モデルのみIFRS: 再評価モデルも可(OCIへ) 減損テスト Impairment ── Day 6GAAP: 2段階(割引前CF→FV)IFRS: 1段階(回収可能価額) 減損・評価減の戻入 Reversal ── Day 5, 6GAAP: 認められないIFRS: 上限つきで戻入できる 開発費 Development Cost ── Day 7GAAP: 原則すべて費用IFRS: 要件を満たせば資産計上 リース(借手) Lessee ── Day 8GAAP: 2分類IFRS: 単一モデル 繰延税金資産 Deferred Tax Asset ── Day 9GAAP: 全額+評価性引当額IFRS: 見込まれる範囲で認識 C/Fの利息・配当 Classification ── Day 4GAAP: 区分が定められているIFRS: 一定の選択ができる 収益認識 Revenue ── Day 105ステップの枠組みは共通差は限定的とされる向きはそろっていない。だから「IFRSのほうが利益は大きい」とは一言で言えない
図1 論点別の差異マップ ── Day 1〜10 で置いてきた宿題

ここまでの10日で置いてきた宿題を、論点ごとに並べます。「利益への向き」の欄は、その違いだけを取り出したときにIFRS側の当期純利益がどちらに動きやすいかを示しています。実際には複数の違いが同時に効くため、合計の向きは会社ごとに変わります。

論点別の主な差異(一般的な整理)
論点US GAAPIFRS利益への向き(IFRS側)
棚卸資産の原価配分Cost Flow個別法・FIFO・LIFO・加重平均から選択LIFOは認められない値上がり局面では大きく出やすいDay 5
棚卸資産の評価減の戻入Reversal of Write-down戻入は認められない原価を上限に戻入できる回復した期に大きく出るDay 5
有形固定資産の測定Measurement of PP&E取得原価モデルのみ取得原価モデルと再評価モデルの選択純利益は原則動かない(差額はOCIへ)Day 6
減損テストImpairment Test2段階(割引前CF → 公正価値)1段階(簿価 vs 回収可能価額)減損を認識する場面が増えやすいDay 6
減損の戻入Reversal of Impairment保有継続資産の戻入は認められないのれん以外は上限つきで戻入できる回復した期に大きく出るDay 6
研究費・開発費R&D原則として発生時に費用(ソフトウェア等に例外)研究費は費用。開発費は要件を満たせば資産計上支出した期は大きく出やすいDay 7
リース(借手)Lessee Accountingファイナンスとオペレーティングの2分類単一モデル(短期・少額を除き、償却+利息)契約の前半は小さく出やすいDay 8
繰延税金資産DTA全額を認識したうえで評価性引当額で調整回収が見込まれる範囲で認識表示は違うが着地は近いDay 9
C/Fの利息・配当の区分区分が定められている一定の範囲で区分を選択できる純利益は動かない(営業CFは動く)Day 4
収益認識の5ステップほぼ共通の枠組み。差は限定的とされるDay 10

「利益が大きく出る」は、得なのか

ここで立ち止まっておきたいのは、利益が大きく出ることは有利とはかぎらない、という点です。Day 5 で見たとおり、値上がり局面でLIFOを使う会社があるのは、売上原価を大きくして課税所得を小さくできるからでした。IFRSに移った会社はその手を使えません。つまり同じ会社でも、報告する基準によって「見え方」と「払う税金」が別方向に動くことがあります。

もうひとつ。再評価モデルで固定資産の帳簿価額が上がっても、その差額は原則としてその他の包括利益(OCI)に入り、当期純利益は動きません。「IFRSは資産を上げられるから利益が増える」と覚えてしまうと、この行で間違えます。純利益に効く違いと、資本(包括利益)にだけ効く違いを分けて持っておいてください。

同じ設備、違う減損

Day 6 で扱ったASTRAの設備Aを、そのまま IFRS で測り直すとどうなるか。手順の数が違うので、途中の判定も結論も変わります。

減損テストの手順の違い
US GAAPIFRS
比べる相手①割引前CF合計 → ②公正価値回収可能価額=「処分費用控除後の公正価値」と「使用価値」の高いほう
足切りあり(割引前CFが簿価以上なら減損なし)なし
割引の有無第1段階は割引しない使用価値は割り引く
戻入認められないのれん以外は上限つきで認められる

US GAAPの第1段階に割引前のCFを使うのは、いわば「使い続けてなんとか回収できるなら、時価が下がっていても切り下げない」という判断です。IFRSにはこの足切りがないため、時価も使用価値も簿価を下回れば、その時点で減損が入ります。具体的な金額は第2部で通します。

統合報告 ── 財務諸表に載らない資本を語る

6つの資本が、事業を通って形を変える 統合報告の価値創造プロセス ── Integrated Reporting 財務資本(Financial) 製造資本(Manufactured) 知的資本(Intellectual) 人的資本(Human) 社会関係資本(Social) 自然資本(Natural) 財務諸表に載るのは、上の2つだけ インプット 事業活動 Business Activities仕入・保管・配送品質検査・技術提案 アウトプット アウトプット Outputs出荷した部品 10万個 アウトカム Outcomes技能が上がった(人的資本 +)水の使用が増えた(自然資本 −) 資本が増減して、次の年の元手になる
図2 6つの資本と価値創造プロセス ── 統合報告が語ろうとしていること

Day 1 で「財務諸表には人材もブランドも自社で育てた無形資産も載らない」と確認しました。統合報告Integrated Reporting: IRは、その載らない部分まで含めて、会社が中長期にどう価値を生むのかを1つの報告書で説明しようとする枠組みです。国際統合報告評議会(IIRC)が2013年に公表したフレームワークが出発点で、その後の組織再編を経て、現在はIFRS財団のもとで扱われています。体制や名称は変わることがあるため、最新の情報を確認してください。

6つの資本

統合報告では、会社が使い、また生み出すものを6種類の資本として整理します。財務諸表に載るのは、おおむね1つ目と2つ目だけです。

6つの資本Six Capitals
資本中身Horizon Trading の報告書での例
財務資本Financial事業に使える資金。自己資本・借入・営業CF手元資金と借入枠
製造資本Manufactured建物・設備・物流網などの物的な基盤倉庫3拠点と配送網
知的資本Intellectual特許・ノウハウ・システム・ブランド部品の型番データベース
人的資本Human従業員の技能・経験・意欲1人あたり研修時間
社会・関係資本Social and Relationship顧客・仕入先・地域との関係と信頼取引先との継続年数
自然資本Natural水・エネルギー・原材料などの環境資源倉庫の電力使用量と水の使用量

覚え方としては、財務諸表に載る2つ(財務・製造)と、載らない4つ(知的・人的・社会関係・自然)で分けると混乱しにくくなります。ケンが「工場の写真と研修時間が載っていた」と言ったのは、後ろの4つを見せているページでした。

価値創造プロセス

6つの資本は、置いてあるだけでは価値になりません。統合報告は、資本が事業を通って形を変えていく流れを示すことを求めます。

  1. インプットInputs どの資本を、どれだけ投じたか
  2. 事業活動Business Activities その資本を何に使ったか
  3. アウトプットOutputs 直接生まれた製品・サービス・副産物
  4. アウトカムOutcomes その結果として6つの資本がどう増減したか

つまずきやすいのはアウトプットとアウトカムの区別です。アウトプットは「出てきたもの」、アウトカムは「その結果として資本がどう変わったか」。部品を10万個出荷したがアウトプット、その過程で従業員の技能が上がった(人的資本の増加)、地下水の使用量が増えた(自然資本の減少)がアウトカムにあたります。売れた個数だけを並べても統合報告にはならない、というのがこの区別の意味です。

そしてこの流れの外側に、ガバナンス、リスクと機会、戦略、業績、見通しといった要素が置かれ、報告書全体が1つの物語として読めるように構成されます。財務諸表が「起きたことの結果」を語るのに対し、統合報告は「これから何で稼ぐつもりか」を資本の言葉で語ろうとする ── 役割の違いはここにあります。

この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Horizon Trading)と人物(ケン・リン・ミン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)。会計基準は改訂されることがあるため、受験時は最新の出題範囲で確認してください