同じ仕入データで、売上原価を3通り作る
今日の題材は2つ。前半はASTRAの売掛金 1,350、後半はミンの会社 Horizon Trading の部品在庫です。どちらも小さな表から始めて、貸借対照表に載る数字まで手で運びます。
エイジング分析で貸倒引当金を出す
ASTRAの売掛金 1,350 を、請求からの経過日数で3つに分けたものが次の表です。
| 経過日数 | 残高 | 貸倒率 | 引当額 |
|---|---|---|---|
| 0〜30日 | 900 | 1% | 9 |
| 31〜60日 | 300 | 5% | 15 |
| 61日以上 | 150 | 20% | 30 |
| 合計 | 1,350 | — | 54 |
- グループごとに掛ける 900 × 1% = 9、300 × 5% = 15、150 × 20% = 30
- 足す 9 + 15 + 30 = 貸倒引当金 54
- 売掛金から引く 純売掛金 = 1,350 − 54 = 1,296。これが貸借対照表で意味を持つ帳簿価額です
つまずきやすいのは、1,350全体に1つの率を掛けてしまうことです。エイジング分析の狙いは「古いものほど高い率」なので、グループ別に掛けてから足します。率を1本にしてよいなら、そもそも経過日数で分ける必要がありません。
同じ仕入データで、売上原価を3通り作る
ここからは Horizon Trading の部品在庫です。同じ型番の部品を、値上がり局面で3回に分けて仕入れています。
| 区分 | 数量 | 単価 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 期首在庫 | 100個 | 10 | 1,000 |
| 仕入① | 250個 | 12 | 3,000 |
| 仕入② | 150個 | 15 | 2,250 |
| 販売可能総額 | 500個 | — | 6,250 |
| 当期販売数量 | 300個 | → 期末在庫は 200個 | |
売れたのは300個。この300個に「どの単価を配るか」で、売上原価(COGS)と期末在庫が変わります。
FIFO ── 古い層から順に配る
- 売れた300個を古い順に 期首 100個 × 10 = 1,000、続けて仕入①から 200個 × 12 = 2,400。COGS = 3,400
- 期末の200個は新しい順に残る 仕入② 150個 × 15 = 2,250、仕入①の残り 50個 × 12 = 600。期末在庫 = 2,850
- 検算 3,400 + 2,850 = 6,250 ✓
LIFO ── 新しい層から順に配る
- 売れた300個を新しい順に 仕入② 150個 × 15 = 2,250、続けて仕入①から 150個 × 12 = 1,800。COGS = 4,050
- 期末の200個は古い順に残る 期首 100個 × 10 = 1,000、仕入①の残り 100個 × 12 = 1,200。期末在庫 = 2,200
- 検算 4,050 + 2,200 = 6,250 ✓
加重平均 ── ぜんぶ混ぜてから配る
- 平均単価を出す 総原価 6,250 ÷ 総数量 500個 = 12.5。単価の単純平均(10+12+15)÷3 = 約12.3 ではない点に注意。数量の重みが要ります
- COGS 300個 × 12.5 = 3,750
- 期末在庫 200個 × 12.5 = 2,500。検算: 3,750 + 2,500 = 6,250 ✓
3つを並べて分かること
| 手法 | COGS | 期末在庫 | 合計 |
|---|---|---|---|
| FIFO | 3,400 | 2,850 | 6,250 |
| 加重平均 | 3,750 | 2,500 | 6,250 |
| LIFO | 4,050 | 2,200 | 6,250 |
合計はどの手法でも 6,250 のまま動きません。動くのは切り分け方だけです。売上高が同じなら、COGSの差はそのまま税引前利益の差になります。この値上がり局面では、FIFOと加重平均の差が 350、FIFOとLIFOの差は 650。同じ仕入・同じ販売なのに、選んだ手法だけで利益がこれだけ変わって見える ── ミンの会社がIFRS移行でLIFOをやめたとき、比較可能性が論点になるのはこのためです。
低価法を当てはめる
FIFOで計算した期末在庫 2,850 に、低価法を当てはめてみます。この部品の販売価格が下がってきたとします。
- NRVを出す 予想販売価格 2,900 − 販売までの追加コスト 200 = NRV 2,700
- 低いほうを採る 原価 2,850 > NRV 2,700 → 評価損 = 2,850 − 2,700 = 150。在庫は 2,700 で計上します
- 逆のケース NRVが 3,000 なら原価 2,850 のまま。帳簿を上げる処理はしません
数え間違いの影響を確かめる
期末在庫を 100 過大に数えた場合を、方向だけ追います。
| 当期 | 翌期 | 2年合計 | |
|---|---|---|---|
| 在庫 | 期末在庫 +100 | 期首在庫 +100 | — |
| COGS | −100(過少) | +100(過大) | ±0 |
| 純利益 | +100(過大) | −100(過少) | ±0 |
過少計上なら全部の符号が逆になります。「期末在庫と当期利益は同じ向き、翌期は逆向き」とセットで覚えると、演習で迷いません。
この回で出てきた英語表現
| Expression | 意味 | 使う場面 |
|---|---|---|
| aging analysis | エイジング分析 | 売掛金の滞留状況を報告するとき |
| write off | 帳簿から落とす、償却する | 回収不能が確定した債権を処理するとき |
| without recourse | 遡求権なし | ファクタリングの条件を確認するとき |
| cost flow assumption | 原価配分の仮定 | 在庫の評価方法を説明するとき |
| write-down | 評価減 | 低価法で在庫の帳簿価額を下げるとき |
| self-correcting | 自己修正的 | 棚卸資産誤謬の2期間の影響を説明するとき |
用語集
| 日本語 | English | 定義 |
|---|---|---|
| 売掛金 | Accounts Receivable | 掛け売りで生じる顧客への請求権 |
| 貸倒引当金 | Allowance for Credit Losses | 回収不能の見積額。売掛金から控除して表示する |
| 引当金法 | Allowance Method | 貸倒を事前に見積もって費用計上する方法。BS法とIS法がある |
| 直接償却法 | Direct Write-off Method | 回収不能の確定時に費用計上する方法。US GAAPでは原則不可 |
| エイジング分析 | Aging Analysis | 売掛金を経過日数別に分類し、率を掛けて引当額を出す手法 |
| ファクタリング | Factoring | 売掛金を第三者に売却して早期に資金化する手法。遡求権あり/なしで扱いが変わる |
| 棚卸資産 | Inventory | 販売目的で保有する商品・製品・仕掛品・原材料 |
| 個別法 | Specific Identification | 1個ずつ実際の仕入単価を追跡する原価算定法 |
| 先入先出法 | FIFO | 古い仕入から順に売上原価へ配る方法 |
| 後入先出法 | LIFO | 新しい仕入から順に売上原価へ配る方法。IFRSでは不可 |
| 加重平均法 | Weighted Average | 総原価÷総数量の平均単価で配る方法 |
| 低価法 | Lower of Cost or NRV | 原価とNRVの低いほうで棚卸資産を計上するルール |
| 正味実現可能価額 | NRV: Net Realizable Value | 予想販売価格から完成・販売の追加コストを引いた額 |
| 棚卸資産誤謬 | Inventory Errors | 期末在庫の誤計上。当期と翌期の利益に逆向きに影響し、2年で相殺される |
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Horizon Trading)と人物(ケン・リン・ミン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)