売掛金の1,350、ぜんぶ回収できますか ── 引当金と、在庫の原価の配り方
この回で分かること
- エイジング分析から貸倒引当金を計算し、貸借対照表に載る純売掛金を指させる
- 同じ仕入データからFIFO・LIFO・加重平均の売上原価を計算し、利益への影響の向きを言える
- 期末在庫の数え間違いが当期と翌期の利益にどう出るかを、方向つきで説明できる
売掛金と棚卸資産 ── 「回収できる額」と「原価の配り方」
貸借対照表の売掛金は「請求した金額」であって、「入ってくる金額」ではありません。倉庫の在庫は「買った値段」で載りますが、同じ部品を10で仕入れた月と15で仕入れた月があったら、どちらの値段で載せるのでしょうか。Day 5 は、資産の中でもいちばん動きの多いこの2つ ── 売掛金と棚卸資産の測り方です。
会議室で起きたこと
ASTRA Manufacturing の月次財務レビュー。ケンが Day 2 で見た貸借対照表を持って、リンのところへ来た場面です。
ケン: リンさん、Day 2 で見た貸借対照表の売掛金 1,350 なんですが、あれは全額入ってくる前提の数字ですよね。もし取引先が払えなくなったら、どうなるんですか?
リン: いいところに気づいたわね。会計は「全額入ってくる」とは考えないの。回収できないと見込まれる分をあらかじめ見積もって、貸倒引当金として売掛金から差し引いておく。これが引当金法よ。
ケン: 見積もりって、どうやるんですか? 未来のことなのに。
リン: ASTRAはエイジング分析を使っているわ。1,350を「請求からの経過日数」で3つのグループに分けて、古いグループほど高い貸倒率を掛ける。合計すると54。だから貸借対照表で意味を持つのは1,350そのものではなくて、54を引いた1,296のほうなの。
ケン: もし実際にある取引先が倒産したら、そのときにあらためて損失を計上するんですか?
リン: しないの。引当金とその取引先の売掛金を同時に取り崩すだけだから、純額は動かない。損失は見積もった時点でもう計上済み、という考え方ね。
ケン: なるほど……。そういえば先週、Horizon Trading のミンさんと食事をしたんです。「うちは売掛金をファクタリングで早めに現金化している」と言っていました。
リン: 商社らしいわね。ファクタリングは売掛金を第三者に売って、回収を待たずに現金へ変える方法。遡求権なしの契約なら、貸倒れのリスクごと手放せる。……ミンさんの会社は在庫も大きいでしょう。棚卸資産の話は出なかった?
ケン: 出ました。「IFRSに移行したときLIFOをやめた」と言っていて、正直、相づちしか打てませんでした。
リン: 今日の後半はまさにその話よ。同じ仕入データでも、原価の配り方 ── FIFO・LIFO・加重平均 ── で売上原価と利益が変わるの。値上がり局面なら、FIFOがいちばん利益が大きく見える。Horizonの数字を単純にした例で、3通り計算してみましょう。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| accounts receivable | 売掛金(A/R) |
| allowance for credit losses | 貸倒引当金 |
| aging analysis | エイジング分析。売掛金を経過日数で分類する手法 |
| write off | (回収不能が確定した債権を)帳簿から落とす、償却する |
| factoring | ファクタリング。売掛金の売却による資金化 |
| without recourse | 遡求権なし。買い手(ファクター)が貸倒リスクを負う条件 |
| cost flow assumption | 原価配分の仮定。FIFO・LIFO・加重平均などの総称 |
| carrying value | 帳簿価額。財務諸表に載っている金額 |
今日おさえる3つ
- 売掛金は総額ではなく、貸倒引当金を差し引いた純額で読む
- 棚卸資産の原価配分には4つの手法があり、値上がり局面では利益の見え方が変わる
- 下がったら帳簿も下げる(低価法)。数え間違いは2年に響く(棚卸資産誤謬)
売掛金 ── 「満額もらえる」前提では載せない
売掛金Accounts Receivableは、商品やサービスを掛け(後払い)で売ったときに生じる、顧客への請求権です。掛け売りをする限り、一部が回収できなくなるのは避けにくい現実です。そこで会計は、回収できないと見込まれる金額をあらかじめ見積もり、貸倒引当金Allowance for Credit Lossesとして売掛金から控除します。これを怠ると、貸借対照表の資産が「実際には入ってこないお金」の分だけ膨らんで見えてしまいます。
この「見積もって先に費用にする」やり方が引当金法Allowance Methodです。見積もりの入口によって、2つのアプローチに分かれます。
| アプローチ | 何を見積もるか | やり方 |
|---|---|---|
| BS法Balance Sheet Approach | 貸倒引当金の期末残高(あるべき残高) | エイジング分析。売掛金を経過日数別に分け、グループごとの貸倒率を掛けて合計する |
| IS法Income Statement Approach | 当期の貸倒費用 | 当期の信用売上高に、過去の実績から求めた貸倒率を掛ける |
ASTRAはBS法、つまりエイジング分析Aging Analysisを使っています。発想は単純で、「古い売掛金ほど戻ってこない可能性が高い」。だから経過日数でグループを区切り、古いグループほど高い率を掛けます。
貸倒が確定したとき ── 純額は動かない
ある取引先の回収不能が確定したら、その売掛金を償却Write-offします。このとき引当金と売掛金を同時に取り崩すので、差し引きの純売掛金は変わりません。損失はすでに見積もりの段階で計上済みだからです。「倒産のニュースが出た期に、あらためて大きな損失が出る」わけではない、というのが引当金法の要点です。
これに対して直接償却法Direct Write-off Methodは、見積もりをせず、実際に回収不能になった期にはじめて費用を計上する方法です。売上を計上した期と損失を計上する期がずれてしまうため、US GAAPでは原則として認められていません(金額の重要性が乏しい場合などに限られます)。
| 引当金法Allowance Method | 直接償却法Direct Write-off Method | |
|---|---|---|
| 費用にするタイミング | 回収不能を見積もった期 | 回収不能が確定した期 |
| 売上との対応 | 売上と同じ期に費用が立つ | 期がずれる |
| US GAAP | 原則こちら | 原則不可 |
ファクタリング ── 回収を待たずに現金へ
売掛金は「待てば入ってくる資産」ですが、待てない場面もあります。ファクタリングFactoringは、売掛金を第三者(ファクター)に売却して、回収期日より前に現金化する手法です。ポイントは、貸倒れのリスクを誰が持つかです。
| 条件 | 貸倒リスク | 会計上の扱い |
|---|---|---|
| 遡求権なしWithout Recourse | ファクターが負う | 売却として扱い、売掛金は貸借対照表から外れる |
| 遡求権ありWith Recourse | 売り手が一部を持ち続ける | リスクが残るため、実質的には担保付きの借入として扱われることがある |
棚卸資産 ── 「買った値段」が1つに決まらない
棚卸資産Inventoryは、販売する目的で持っている商品・製品・仕掛品・原材料の総称です。原価で載せる、というルール自体は単純です。問題は、同じ品物を違う値段で仕入れているときに起こります。10で仕入れた部品と15で仕入れた部品が倉庫に混ざっていて、そこから1個売れたら、売上原価は10でしょうか、15でしょうか。
この「どの単価を売上原価に配るか」の決め方が、原価配分の仮定Cost Flow Assumptionです。選択肢は4つあります。
| 手法 | 考え方 | 備考 |
|---|---|---|
| 個別法Specific Identification | 1個ずつ実際の仕入単価を追跡する | 宝石・大型機械など、個体を識別できる場合 |
| 先入先出法FIFO: First-In, First-Out | 古い仕入から順に売上原価へ配る | 期末在庫は新しい単価で残る |
| 後入先出法LIFO: Last-In, First-Out | 新しい仕入から順に売上原価へ配る | IFRSでは認められていない。期末在庫は古い単価で残る |
| 加重平均法Weighted Average | 総原価÷総数量の平均単価で配る | 価格変動をならす |
どの手法を選んでも、「期首在庫+当期仕入」の合計金額(販売可能総額)は変わりません。変わるのは、その合計を売上原価と期末在庫にどう切り分けるかだけです。だから、売上原価が大きく出る手法は期末在庫が小さく出る ── 両者は表裏の関係にあります。
値上がり局面では、選んだ手法で利益の見え方が変わる
仕入単価が上がり続けている局面を考えます。FIFOは古い(安い)単価から売上原価に配るので、売上原価が小さく、利益は大きく見えます。LIFOはその逆で、新しい(高い)単価から配るので売上原価が大きく、課税所得が小さくなります。米国企業がLIFOを選ぶことがあるのはこの節税効果のためですが、ミンの会社のように、IFRSで報告する段になるとLIFOは使えません。
| 手法 | 売上原価 | 期末在庫 | 利益の見え方 |
|---|---|---|---|
| FIFO | 小さい(古い安値で計算) | 大きい(新しい高値で残る) | 大きく見える |
| LIFO | 大きい(新しい高値で計算) | 小さい(古い安値で残る) | 小さく見える(課税所得も小さい) |
| 加重平均 | 両者の中間 | 両者の中間 | 中間 |
値下がり局面では、この向きがそっくり逆になります。「FIFOは利益が大きく出る」と丸暗記するのではなく、「古い単価から配るのか、新しい単価から配るのか」で考えると、どちらの局面でも向きを導けます。
買った後に起きること ── 低価法と、数え間違い
下がったら帳簿も下げる ── 低価法
在庫の市場価値が仕入値を下回ることがあります。流行遅れ、型落ち、販売価格の下落。このとき原価のまま載せ続けると、資産を過大に見せることになります。そこで低価法Lower of Cost or NRVは、原価と正味実現可能価額のうち低いほうで在庫を計上します。
正味実現可能価額NRV: Net Realizable Value= 予想販売価格 − 完成・販売までにかかる追加コスト
原価よりNRVが低ければ評価損を計上し、逆にNRVが原価を上回っても帳簿は上げません。損は早めに、益は確定してから ── 保守主義の考え方が棚卸資産に現れたルールです。
数え間違いは2年に響く ── 棚卸資産誤謬
棚卸資産誤謬Inventory Errorsは、期末在庫の数え間違い・評価間違いのことです。期末在庫は「売上原価の引き算の相手」なので、間違いはそのまま当期の利益に出ます。しかも当期の期末在庫は翌期の期首在庫になるため、翌期には逆向きの間違いとして再登場します。
2年合計では打ち消し合う(自己修正的)とはいえ、各年度の利益はどちらも誤ったままです。年度ごとの業績比較や、利益に連動する評価・報酬に効いてしまう ── だから「2年で消えるなら放っておいてよい」とはなりません。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Horizon Trading)と人物(ケン・リン・ミン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)