さわる管理会計 DAY 5 さわるベトナム のトレーニング教材

売掛金の1,350、ぜんぶ回収できますか ── 引当金と、在庫の原価の配り方

全3部 / 前提知識: Day 1〜4(財務諸表の基本。とくに Day 2 の貸借対照表) / 最終更新 2026-08-22

この回で分かること

  • エイジング分析から貸倒引当金を計算し、貸借対照表に載る純売掛金を指させる
  • 同じ仕入データからFIFO・LIFO・加重平均の売上原価を計算し、利益への影響の向きを言える
  • 期末在庫の数え間違いが当期と翌期の利益にどう出るかを、方向つきで説明できる
PART 1 / 3

売掛金と棚卸資産 ── 「回収できる額」と「原価の配り方」

貸借対照表の売掛金は「請求した金額」であって、「入ってくる金額」ではありません。倉庫の在庫は「買った値段」で載りますが、同じ部品を10で仕入れた月と15で仕入れた月があったら、どちらの値段で載せるのでしょうか。Day 5 は、資産の中でもいちばん動きの多いこの2つ ── 売掛金と棚卸資産の測り方です。

会議室で起きたこと

ASTRA Manufacturing の月次財務レビュー。ケンが Day 2 で見た貸借対照表を持って、リンのところへ来た場面です。

ケン: リンさん、Day 2 で見た貸借対照表の売掛金 1,350 なんですが、あれは全額入ってくる前提の数字ですよね。もし取引先が払えなくなったら、どうなるんですか?

リン: いいところに気づいたわね。会計は「全額入ってくる」とは考えないの。回収できないと見込まれる分をあらかじめ見積もって、貸倒引当金として売掛金から差し引いておく。これが引当金法よ。

ケン: 見積もりって、どうやるんですか? 未来のことなのに。

リン: ASTRAはエイジング分析を使っているわ。1,350を「請求からの経過日数」で3つのグループに分けて、古いグループほど高い貸倒率を掛ける。合計すると54。だから貸借対照表で意味を持つのは1,350そのものではなくて、54を引いた1,296のほうなの。

ケン: もし実際にある取引先が倒産したら、そのときにあらためて損失を計上するんですか?

リン: しないの。引当金とその取引先の売掛金を同時に取り崩すだけだから、純額は動かない。損失は見積もった時点でもう計上済み、という考え方ね。

ケン: なるほど……。そういえば先週、Horizon Trading のミンさんと食事をしたんです。「うちは売掛金をファクタリングで早めに現金化している」と言っていました。

リン: 商社らしいわね。ファクタリングは売掛金を第三者に売って、回収を待たずに現金へ変える方法。遡求権なしの契約なら、貸倒れのリスクごと手放せる。……ミンさんの会社は在庫も大きいでしょう。棚卸資産の話は出なかった?

ケン: 出ました。「IFRSに移行したときLIFOをやめた」と言っていて、正直、相づちしか打てませんでした。

リン: 今日の後半はまさにその話よ。同じ仕入データでも、原価の配り方 ── FIFO・LIFO・加重平均 ── で売上原価と利益が変わるの。値上がり局面なら、FIFOがいちばん利益が大きく見える。Horizonの数字を単純にした例で、3通り計算してみましょう。

この場面で出てくる英語

Key Words & Expressions
English意味
accounts receivable売掛金(A/R)
allowance for credit losses貸倒引当金
aging analysisエイジング分析。売掛金を経過日数で分類する手法
write off(回収不能が確定した債権を)帳簿から落とす、償却する
factoringファクタリング。売掛金の売却による資金化
without recourse遡求権なし。買い手(ファクター)が貸倒リスクを負う条件
cost flow assumption原価配分の仮定。FIFO・LIFO・加重平均などの総称
carrying value帳簿価額。財務諸表に載っている金額

今日おさえる3つ

  1. 売掛金は総額ではなく、貸倒引当金を差し引いた純額で読む
  2. 棚卸資産の原価配分には4つの手法があり、値上がり局面では利益の見え方が変わる
  3. 下がったら帳簿も下げる(低価法)。数え間違いは2年に響く(棚卸資産誤謬)

売掛金 ── 「満額もらえる」前提では載せない

売掛金Accounts Receivableは、商品やサービスを掛け(後払い)で売ったときに生じる、顧客への請求権です。掛け売りをする限り、一部が回収できなくなるのは避けにくい現実です。そこで会計は、回収できないと見込まれる金額をあらかじめ見積もり、貸倒引当金Allowance for Credit Lossesとして売掛金から控除します。これを怠ると、貸借対照表の資産が「実際には入ってこないお金」の分だけ膨らんで見えてしまいます。

この「見積もって先に費用にする」やり方が引当金法Allowance Methodです。見積もりの入口によって、2つのアプローチに分かれます。

引当金法の2つのアプローチ
アプローチ何を見積もるかやり方
BS法Balance Sheet Approach貸倒引当金の期末残高(あるべき残高)エイジング分析。売掛金を経過日数別に分け、グループごとの貸倒率を掛けて合計する
IS法Income Statement Approach当期の貸倒費用当期の信用売上高に、過去の実績から求めた貸倒率を掛ける

ASTRAはBS法、つまりエイジング分析Aging Analysisを使っています。発想は単純で、「古い売掛金ほど戻ってこない可能性が高い」。だから経過日数でグループを区切り、古いグループほど高い率を掛けます。

貸倒引当金は「経過日数 × 貸倒率」で見積もる エイジング分析 ── ASTRA・単位: 千USD 売掛金 総額 Accounts Receivable (Gross)請求書ベースの合計1,350 0〜30日 0–30 days残高 900× 1% → 9 31〜60日 31–60 days残高 300× 5% → 15 61日以上 over 60 days残高 150× 20% → 30 貸倒引当金 Allowance 9 + 15 + 30 = 54 貸借対照表での表示 B/S Presentation売掛金 1,350貸倒引当金 (54)純売掛金(帳簿価額) 1,296古い売掛金ほど戻ってこない可能性が高い ── だから経過日数で区切り、率を変えて見積もる
図1 エイジング分析 ── 売掛金1,350から貸倒引当金54を見積もり、純額1,296で表示する

貸倒が確定したとき ── 純額は動かない

ある取引先の回収不能が確定したら、その売掛金を償却Write-offします。このとき引当金と売掛金を同時に取り崩すので、差し引きの純売掛金は変わりません。損失はすでに見積もりの段階で計上済みだからです。「倒産のニュースが出た期に、あらためて大きな損失が出る」わけではない、というのが引当金法の要点です。

これに対して直接償却法Direct Write-off Methodは、見積もりをせず、実際に回収不能になった期にはじめて費用を計上する方法です。売上を計上した期と損失を計上する期がずれてしまうため、US GAAPでは原則として認められていません(金額の重要性が乏しい場合などに限られます)。

引当金法と直接償却法
引当金法Allowance Method直接償却法Direct Write-off Method
費用にするタイミング回収不能を見積もった期回収不能が確定した期
売上との対応売上と同じ期に費用が立つ期がずれる
US GAAP原則こちら原則不可

ファクタリング ── 回収を待たずに現金へ

売掛金は「待てば入ってくる資産」ですが、待てない場面もあります。ファクタリングFactoringは、売掛金を第三者(ファクター)に売却して、回収期日より前に現金化する手法です。ポイントは、貸倒れのリスクを誰が持つかです。

ファクタリングの2つの条件
条件貸倒リスク会計上の扱い
遡求権なしWithout Recourseファクターが負う売却として扱い、売掛金は貸借対照表から外れる
遡求権ありWith Recourse売り手が一部を持ち続けるリスクが残るため、実質的には担保付きの借入として扱われることがある

棚卸資産 ── 「買った値段」が1つに決まらない

棚卸資産Inventoryは、販売する目的で持っている商品・製品・仕掛品・原材料の総称です。原価で載せる、というルール自体は単純です。問題は、同じ品物を違う値段で仕入れているときに起こります。10で仕入れた部品と15で仕入れた部品が倉庫に混ざっていて、そこから1個売れたら、売上原価は10でしょうか、15でしょうか。

この「どの単価を売上原価に配るか」の決め方が、原価配分の仮定Cost Flow Assumptionです。選択肢は4つあります。

棚卸資産の原価算定 4手法
手法考え方備考
個別法Specific Identification1個ずつ実際の仕入単価を追跡する宝石・大型機械など、個体を識別できる場合
先入先出法FIFO: First-In, First-Out古い仕入から順に売上原価へ配る期末在庫は新しい単価で残る
後入先出法LIFO: Last-In, First-Out新しい仕入から順に売上原価へ配るIFRSでは認められていない。期末在庫は古い単価で残る
加重平均法Weighted Average総原価÷総数量の平均単価で配る価格変動をならす

どの手法を選んでも、「期首在庫+当期仕入」の合計金額(販売可能総額)は変わりません。変わるのは、その合計を売上原価と期末在庫にどう切り分けるかだけです。だから、売上原価が大きく出る手法は期末在庫が小さく出る ── 両者は表裏の関係にあります。

値上がり局面では、選んだ手法で利益の見え方が変わる

仕入単価が上がり続けている局面を考えます。FIFOは古い(安い)単価から売上原価に配るので、売上原価が小さく、利益は大きく見えます。LIFOはその逆で、新しい(高い)単価から配るので売上原価が大きく、課税所得が小さくなります。米国企業がLIFOを選ぶことがあるのはこの節税効果のためですが、ミンの会社のように、IFRSで報告する段になるとLIFOは使えません。

値上がり局面での影響の向き
手法売上原価期末在庫利益の見え方
FIFO小さい(古い安値で計算)大きい(新しい高値で残る)大きく見える
LIFO大きい(新しい高値で計算)小さい(古い安値で残る)小さく見える(課税所得も小さい)
加重平均両者の中間両者の中間中間

値下がり局面では、この向きがそっくり逆になります。「FIFOは利益が大きく出る」と丸暗記するのではなく、「古い単価から配るのか、新しい単価から配るのか」で考えると、どちらの局面でも向きを導けます。

買った後に起きること ── 低価法と、数え間違い

下がったら帳簿も下げる ── 低価法

在庫の市場価値が仕入値を下回ることがあります。流行遅れ、型落ち、販売価格の下落。このとき原価のまま載せ続けると、資産を過大に見せることになります。そこで低価法Lower of Cost or NRVは、原価と正味実現可能価額のうち低いほうで在庫を計上します。

正味実現可能価額NRV: Net Realizable Value= 予想販売価格 − 完成・販売までにかかる追加コスト

原価よりNRVが低ければ評価損を計上し、逆にNRVが原価を上回っても帳簿は上げません。損は早めに、益は確定してから ── 保守主義の考え方が棚卸資産に現れたルールです。

数え間違いは2年に響く ── 棚卸資産誤謬

棚卸資産誤謬Inventory Errorsは、期末在庫の数え間違い・評価間違いのことです。期末在庫は「売上原価の引き算の相手」なので、間違いはそのまま当期の利益に出ます。しかも当期の期末在庫は翌期の期首在庫になるため、翌期には逆向きの間違いとして再登場します。

棚卸資産誤謬 ── 数え間違いは2年に響く Inventory Errors ── 期末在庫を100過大にカウントした場合(単位: 千USD) 当期 ── 数え間違えた年 Year 1期末在庫 +100(過大)→ 売上原価 −100(過少)→ 純利益 +100(過大に見える) 翌期の期首へ 翌期 ── 間違いが流れ込む年 Year 2期首在庫 +100(過大スタート)→ 売上原価 +100(過大)→ 純利益 −100(過少に見える)期末在庫の誤りは翌期の期首在庫に持ち越され、2年合計では打ち消し合う(自己修正的)ただし各年度の利益はどちらも誤ったまま ── 年度比較や利益連動の評価には影響が残る
図3 棚卸資産誤謬 ── 当期と翌期に逆向きの影響が出て、2年で相殺される

2年合計では打ち消し合う(自己修正的)とはいえ、各年度の利益はどちらも誤ったままです。年度ごとの業績比較や、利益に連動する評価・報酬に効いてしまう ── だから「2年で消えるなら放っておいてよい」とはなりません。

この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing・Horizon Trading)と人物(ケン・リン・ミン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)