純利益は500、なのに現金は730減った ── キャッシュフロー計算書を間接法で読む
この回で分かること
- 現金が動く取引を、C/F計算書の3区分(営業・投資・財務)に振り分けられる
- 間接法の調整3種類を挙げ、減価償却費を足し戻し売却益を引く理由を説明できる
- 純利益500と現金増減−730のズレを、調整項目を使って1行ずつ説明できる
純利益は500、なのに現金は730減った ── キャッシュフロー計算書を間接法で読む
損益計算書は「利益が出た」と言っている。銀行口座は「現金が減った」と言っている。どちらも正しい、が答えです。この2枚の言い分をつなぐ橋がキャッシュフロー計算書で、Day 1でリンが口にした「今月は手元の現金がむしろ減っているの」に、今日ようやく数字で答えが出ます。
会議室で起きたこと
Day 1の月次財務レビューから数日後。拠点長のケンが、銀行残高の推移表を印刷してCFOのリンのところへ来た場面です。
ケン: リンさん、先日の宿題です。純利益は500なのに、現金は1,530から800まで減っていました。730はどこに消えたんでしょう。
リン: 消えてはいないわ。行き先は全部、キャッシュフロー計算書に書いてある。現金の出入りを、営業・投資・財務の3つの活動に分けて説明する表よ。
ケン: 3つに分ける必要があるんですか? 現金がいくら減ったかなら、銀行の残高を見れば分かりますが……。
リン: 残高で分かるのは「減った」という結果だけ。3つに分けると「なぜ減ったか」が語れるの。ASTRAの場合、営業活動は+440。本業はちゃんと現金を稼いでいる。
ケン: では、犯人は本業以外ですね。
リン: 投資活動が−1,320。新しいラインの設備に1,500払ったでしょう。財務活動は借入と配当を差し引きして+150。440−1,320+150で、答えは−730。
ケン: 設備投資で減っただけなら、悪い話ではない……という理解でいいですか?
リン: そう読むのが3区分の目的よ。同じ「現金−730」でも、本業が稼いだ現金を投資に回したのか、本業自体が現金を失っているのかで、意味がまるで違う。
ケン: 営業活動の440は、どう計算したんですか? 純利益の500と微妙にずれています。
リン: 間接法といって、純利益から出発して「現金が動いていないもの」を直していくの。たとえば減価償却費は、費用だけど現金は出ていないから足し戻す。設備の売却益は、現金の出入りを投資活動に載せるから逆に引く。
ケン: 足したり引いたり……符号を間違えそうです。
リン: 最初はみんな間違えるわ。判断の軸はひとつだけ。「その行で、現金は本当に動いたか」。今日はそこを徹底的にやりましょう。
この場面で出てくる英語
| English | 意味 |
|---|---|
| statement of cash flows | キャッシュフロー計算書(C/F) |
| operating activities | 営業活動。本業による現金の出入り |
| investing activities | 投資活動。設備や有価証券など長期資産の売買 |
| financing activities | 財務活動。借入・返済・配当など資金調達に関する現金の動き |
| indirect method | 間接法。純利益から出発して営業CFへ調整する方法 |
| add back | 足し戻す。「add back depreciation(減価償却費を足し戻す)」の形でよく使う |
| gain on sale of equipment | 設備売却益 |
| net change in cash | 現金の純増減 |
今日おさえる3つ
- C/F計算書の3区分 ── 営業・投資・財務は、何が違うのか
- 間接法 ── 純利益から営業CFへ。調整は3種類しかない
- 符号のルール ── 足すか引くかは「現金が動いたか」で決める
現金の出入りは、3つの活動で説明する
キャッシュフロー計算書Statement of Cash Flowsは、一定期間の現金の増減を3つの活動区分に分けて表示する財務諸表です。他の3つの財務諸表(Day 1〜3で見たIS・SOCIE・BS)は発生主義で作られているため、「利益が出ているのに現金が足りない」が普通に起こります。そのズレを説明する係が、この表です。
| 区分 | 中身 | 含まれる例 | ASTRAの数字 |
|---|---|---|---|
| 営業活動Operating Activities | 本業による現金の出入り | 売上代金の回収、仕入・給与・利息・税金の支払 | +440 |
| 投資活動Investing Activities | 長期資産の売買 | 設備の購入・売却、有価証券の購入・売却 | −1,320 |
| 財務活動Financing Activities | 資金の調達と返済 | 借入・返済、株式の発行、配当の支払 | +150 |
営業CFがプラスなら、本業が現金を生んでいるということです。投資CFは、成長のために設備投資をしている企業ではマイナスになるのが普通で、マイナスであること自体は悪い知らせではありません。3つの合計が現金の純増減Net Change in Cashになり、期首の現金に足すと期末の現金になります。この期末残高が、同じ日付の貸借対照表の現金と一致する ── Day 3で学んだArticulationの、最後の接続点です。
紛らわしい分類 ── 利息と配当
試験でも実務でも迷いやすいのが、利息と配当です。US GAAPでは次のように分類します(IFRSでは利息・配当の区分に選択の余地があります)。
| 項目 | 区分 | 考え方 |
|---|---|---|
| 利息の支払Interest Paid | 営業活動 | 借入の元本返済は財務活動だが、利息は営業に入れる |
| 利息・配当の受取Interest / Dividends Received | 営業活動 | 受け取る側は営業 |
| 配当の支払Dividends Paid | 財務活動 | 株主への分配は資金調達の裏返し |
| 法人税の支払Income Taxes Paid | 営業活動 | 原則として営業に入れる |
「配当は、受け取れば営業、支払えば財務」。この非対称が引っかけの定番です。
間接法 ── 純利益を現金ベースに直す
間接法Indirect Methodは、損益計算書の純利益を出発点に、そこから「現金ベース」へ調整して営業CFを出す方法です。純利益は発生主義で計算された数字なので、現金の動きとズレている行を1つずつ直していきます。調整は3種類しかありません。
調整1 非現金費用を足し戻す
減価償却費の足し戻しAdd Back Depreciationが代表です。減価償却費は損益計算書では費用ですが、現金は1ドルも出ていきません(現金が出たのは設備を買った過去の時点です)。純利益はこの分だけ「現金より少なく」出ているので、足し戻します。ASTRAでは+120です。ここを引いてしまうのが、いちばん多い符号ミスです。
調整2 非営業損益を除去する
売却損益の調整Adjustment for Gains and Lossesです。設備売却益80は純利益に入っていますが、売却で受け取った現金は投資活動の区分に載せます。営業に置いたままだと同じ現金を2回数えることになるので、営業からは引いて追い出します。売却損なら逆で、足し戻します。「益は引く、損は足す」。直感と逆に見えるので、理由ごと覚えてください。
調整3 運転資本の増減を調整する
運転資本の増減調整Working Capital Adjustmentsです。発生主義と現金主義のズレは、売掛金や棚卸資産、買掛金といった流動項目の増減に表れます。ルールは対称です。
| 動き | 調整 | 理由 |
|---|---|---|
| 流動資産の増加(売掛金・棚卸資産など) | 引く | 売ったのに現金は未回収/現金が在庫に化けた |
| 流動資産の減少 | 足す | 回収が進んだ・在庫を現金に戻した |
| 流動負債の増加(買掛金など) | 足す | 受け取ったのに、まだ払っていない。現金が手元に残っている |
| 流動負債の減少 | 引く | 支払が進んで現金が出た |
迷ったら自分の財布で考えます。現金が出て行った動きなら引く、支払を待ってもらっているなら足す。それだけです。
直接法と、表に載らない取引
営業活動の見せ方にはもう1つ、直接法Direct Methodがあります。「顧客からの入金」「仕入先への支払」のように、現金の受取と支払を項目別にそのまま並べる方法です。現金の流れは直感的に見えますが、採用する場合も純利益との調整表の開示が求められるのが一般的で、実務では間接法が主流です。このDayでは「直接法という見せ方がある」ことと間接法との違いが言えれば十分です。
もう1つ、C/F計算書の本体に載らない重要な取引があります。非現金取引の開示Significant Non-Cash Activitiesです。たとえば「社債を発行して、その対価として設備を取得した」場合、現金は1ドルも動いていないので3区分のどこにも載りません。しかし投資と財務の両方に関わる重要な取引なので、注記での開示が求められます。「現金が動いていないから何も書かない」ではない、という点だけ覚えておいてください。
ここまでが道具の説明です。第2部では、ASTRAの実際の数字で、純利益500から期末現金800までを一本の線でつなぎます。
この教材に登場する企業(ASTRA Manufacturing)と人物(ケン・リン)、および金額はすべて架空です。
特定の国の法令には依拠しない、一般的な会計の考え方を扱います(初版 2026年8月)