ベトナムに住んで9年目になります。
これだけ長く住んでいても、多くの日本人と同様にベトナム語がほとんど話せません。
入国したばかりの頃は、やる気満々でした。「すぐに話せるようになるだろう」と高をくくっていたのです。というのも、私はアメリカの大学を卒業しており、ビジネスレベルの英語は身につけていましたし、学生時代に授業を取っていた間はスペイン語も多少話せたからです。「語学には自信がある」。それが私のスタート地点でした。
しかし、ベトナム語は思うようにいきませんでした。
なぜ英語はできたのに、ベトナム語はこれほどまでにできないのか。その理由が、9年目にして大学の語学学校に通い始めたことで、ようやく言語化できました。
今回は、私の「ベトナム語・敗北の歴史」と、そこから見えた大人の語学学習の落とし穴について書きたいと思います。
敗北の歴史:褒められても、怒られてもダメ
まずは、私がこれまでいかに挫折してきたか、その「死屍累々」の歴史をご紹介します。
1年目:独学とマンツーマンの限界

入国直後は、日本から持ってきたテキストやYouTubeを見ながらブツブツと独り言を言う日々。その後、意を決してマンツーマンの語学学校に入りました。週2回、90分の授業です。
しかし、ここで早くも挫折します。
先生は大学で日本語を専攻している綺麗な女子学生。「私のように発音して」と言われますが、そもそもその音が聞き取れないし、再現もできません。たまに「OK」と褒められても、何が良かったのか自分でも分からない。かといって、発音が違うと何度も直される。美人に「違う!」と怒られ続けるのは、男のメンタルには想像以上に堪えました。
90分間対面し続けるプレッシャーと、終わりのない発音矯正に疲れ果て、「中級に進む前にひと休みしよう」と休学。そのまま数年間、ベトナム語に対して「見ざる・聞かざる・言わざる」を決め込みました。
挫折している間も一応はもがきつづけた
挫折している間も何もしていないわけではありませんでした。
自分でテキストを買って勉強しては挫折を繰り返してきました。人生でToi ten la ◯◯みたいなのを何十周も繰り返しては忘れみたいなのではギネス記録くらいかもしれません。
また、グループレッスンを探しました。グループレッスンがあるとウェブサイトに書いてあるスクールでもトライアルに行ってみると個人レッスンで、リンゴの絵が載ったカラフルなテキストを使い、明らかに間違った発音をしているのに、先生が満面の笑みで「すご〜い!」と褒めてくれます。
これには、まるで子供扱いされているようで居心地の悪さを感じてしまいました。
怒られてもダメ、褒められてもダメ。自分がこんなに面倒くさい人間だとは思いませんでした。
6年目:優しさとオンラインの限界

その後、仕事で結構中国人に会うようになり、ベトナム語が流暢な人にも多く会いました。
ある食事会で、同僚の女性が、ベトナム語で中国人と会話をしていて、私とは上司と部下の関係の話し方なのに、その中国人とは年上でお客さんの会社の社長なのに、ベトナム語でまるでお姉さんのような感じで話していた。私もこんな感じでいじられたい。その中国人が羨ましくてついにベトナム語を再度学習する決意をした。
オンラインベトナム語講座を提供する会社を通して、朝6時半からオンラインレッスンを開始しました。先生は奇遇にも勤務先のお客さんの会社の社員。前回の学生講師とは違い経験豊富です。しかし、初級テキストを一通り終えたところでモチベーションが尽き、またもやドロップアウト。
その後:コーチングへの逃避

「誰かに教えてもらうからダメなんだ」と思い、今度は「自習を管理してもらう」コーチング形式に切り替えました。
英語学習で効果を感じていた「音読」や「瞬間翻訳」を取り入れ、1年半ほど続けました。しかし、チェック時にはできても、すぐに忘れてしまう。結局、これも早朝のオンラインだったので続けられず自然消滅しました。
「退屈」な授業で見えた、語学の本質
何をやっても続かない自分に嫌気がさしていた私が、現在通っているのが現地の大学付属の語学学校です。
正直に言います。授業は本当につまらないです。

教科書は文字がぎっしりで、デザイン性など皆無。古すぎて死語になっている単語も出てきます。先生も日本の中学や高校の英語の授業のように淡々と進めるだけで、楽しい/興味の持てるような活動はなし。先生は私の最初の個人レッスンの先生と違い、外国人がベトナム語の発音を身につけられるのは不可能と考えているのか、発音への指摘はあまりない。しかし私にはそれが良い。先生は中国語と英語に堪能なようで、私以外の学生が中国語であることから中国語での説明が多い。
ベトナム人は語学に堪能な人が多いが、公立の学校の授業はもっとつまらないはず。先生だって英語が話せるか定かではない。今は外国人の先生がいる英語学校が至るところにあるが、30代の人たちが若い頃はそんなものはなく、あっても貧しくて行けていなかった。行けていても、授業は私の通っているベトナム語学校のように、日本の英語の授業とほぼ同じだったのではと思う。そんな環境でベトナム人が国から一歩も出ずにどうやってペラペラになるのか不思議だ。
話しが飛んでしまったが、この「つまらなさ」こそが重要だったのです。
先生が話している間や、他の学生が当てられている間、手持ち無沙汰なのでテキストを見るしかありません。文字ばかりのテキストを理解しようと必死に読み、同じセンテンスを強制的に何度も目で追うことになります。
さらに大きいのが「恐怖」です。
クラスメイトは20歳前後の中国人がほとんど。中途入学した私は、彼らに遅れを取りたくない。ただでさえ、ベトナムに8年も住んでいて、来て2ヶ月くらいの彼らよりベトナム語ができない上、「このジジイ、頭悪いな」と思われたくないという一心で、必死に食らいついています。休んでも必死こいて自分で取り戻すために勉強しています。
マンツーマンなら「先生、忘れちゃいました」と甘えられますが、集団授業ではそれが許されない。この強制力が、私の学習姿勢を変えました。
英語学習の成功体験という「呪い」

なぜ、今のスタイルが効果を感じるのか。そして、なぜ今まで失敗し続けたのか。
その答えは、私の「英語学習の成功体験」の解釈ミスにありました。
私は高校3年生から英語を本格的に始めました。ラジオ英会話でブツブツと音読し、怪しい通販教材(『家出のドリッピー』をご存知でしょうか?)を友達から借りて、辞書を引きながらひたすら読み込みました。当時は音読やシャドウィングという言葉は知りませんでしたが、とりあえず何度もブツブツとつぶやきました。
その後、夏休みに留学したい高校生を対象にしたサマーキャンプで初めて外国人と英語を話した時、不思議と英語が口から出てきたのです。とっつきにくかった現在完了や過去完了といったのも自然に使えました。これには驚きました。
その体験や、英語習得の近道みたいな感じでシャドーイングや音読が「効率の良い学習法」として持て囃されるのを見て、私は「英語ができるようになったのは、音読やシャドウィングのおかげだ」と思い込んでいました。
だからベトナム語でも、最初からそれをやろうとした。タイパよく習得しようとしたのです。
しかし、それは大きな間違いでした。
私が英語を話せた背景には、中学・高校での基礎学習に加え、アメリカの大学に入学するためにこなしたTOEFL対策の膨大な問題演習や繰り返し辞書を引いた単語、そして大学での大量の読書とライティングがあったのです。
シャドーイングはあくまで仕上げのトレーニングに過ぎず、その下には「氷山のような巨大なインプット」が隠れていました。
ベトナム語には、その土台がありません。
土台がない状態で、表面的な「効率の良いメソッド」だけを真似しても、身につくはずがなかったのです。
「100のインプットで、1のアウトプット」

最近、Deep Research(深掘り調査)をしていて、アメリカの外交官養成局(FSI)のデータに行き当たりました。
特殊部隊や諜報機関の人でも英語話者がベトナム語を習得するには、約1100時間のトレーニングが必要だそうです。特殊部隊や諜報機関であれば、こうりつよいトレーニング方法があるような感じですが、それでも1100時間です。AIにも「1日15分のスキマ時間でマスターなどという甘い言葉がいかに幻想か、これで理由がお分かりかと思います」と諭されました。隙間時間すら利用できない者には何も身につけられないが、隙間時間だけでは足りないということなのでしょう。
無駄にしてしまった8年を悔いても仕方ありません。
今は、音読やシャドーイングといった「出力系」の練習と並行して、とにかく「大量のインプット」を行うことにしました。
入手可能なベトナム語のテキストを片っ端から買い込み、同じ情報を違う切り口から何度も脳に入れています。自分に合ったレベルの読み物がなければ、AIに生成させて、それを音声読み上げで聞くことも始めました。
「100インプットして、ようやく1アウトプットできる」
英語もそうでした。難しい本を何冊読んでも、日常会話で出るのはごく初歩的な単語ばかり。でも、その「初歩的な会話」を支えているのは、背後にある膨大なインプットなのです。
授業は相変わらずつまらないし、先生は淡々としています。
でも、穴埋め問題や文法変形を一つひとつ地道に解いている今、ようやく「コツ」のようなものを掴み始めています。
ベトナム人がなぜあれほど語学が達者なのか。それは彼らが学校教育で、恐ろしくつまらない反復練習と大量のインプットを耐え抜いてきたからかもしれません。
近道を探すのはやめました。
つまらないテキストと向き合い、泥臭く1100時間の山を登っていこうと思います。



