経理は毎月なにをしているのか
登場する人物・会社・工場・金額は、すべて架空の設例です。実在のものとは関係ありません。
① 前に読む(数字を動かす前・ケンの独白)
2026年11月初旬・VSIP Bắc Ninh
本社との月次会議で、管理部門の課長にこう聞かれた。
「10月の数字、いつ出ますか」
答えられなかった。
「経理に確認します」と言って、その場は終わった。工場の稼働率も、不良率も、出荷実績も、聞かれればその場で答えられる。会計の数字だけ、いつ出るのかを知らない。
見えていないもの
月末になると、経理の部屋の電気が遅くまでついている。リンと、部下が2人。何をしているのかは知らない。
聞いたことがないわけではない。先月、通りがかりに「忙しそうですね」と言ったら、リンが画面を指して説明してくれた。日本語だった。
それでも、分からなかった。
言葉の問題ではない。 出てくる言葉は分かるのに、それが何のためにやっている作業なのかが分からない。受け取る側に、置き場所がなかった。
お互い笑って終わった。
判は押している
会計のことは分からないが、判は毎月押している。
支払依頼書が束で回ってくる。3枚複写になっていて、1枚ずつサインしろと言われる。1枚でいいのではと言ったら、だめだと返ってきた。
赤いペンでサインしたら、書き直しになった。理由は聞かなかった。持ってきたマイも困った顔をしていたので、決まりなのだろうと思ってそのまま書き直した。
細かい。そう思ってきた。
引き出しの中
先週、机の引き出しを整理していて、出張の領収書が出てきた。
8月の分だ。ホーチミンに2泊したときのタクシーとホテル。マイから「経費精算を出してください」と2回言われていたのを、そのつど後回しにしていた。
3週間、自分の引き出しの中で止まっていた。
これが止まっている間、何が止まっていたのか。何も止まっていなかったのか。それすら分からない。
分からないことの形が変わった
ここまでの4回で、自分の明細も、1人採るといくらかかるかも、残業でどこまで回せるかも出せるようになった。
ただ、あれは全部人件費の話だ。会社全体で毎月何が回っているのかは、まだ何も見えていない。
分からないことがなくなったのではなく、分からないことの形が変わっただけだという気がしている。
翌朝
「リンさんたちが毎月なにをしているのか、順番が知りたいんです」
リンは少し考えてから、聞き返した。
「どこまでを『経理の仕事』だと思っていますか」
「……月末に締めて、税金を計算して、申告する、くらいでしょうか」
「では、その最初の『締める』は、何がそろったら始められますか」
「証憑、ですかね」
「はい。そして、その証憑を出すのはケンさんです。」
「引き出しに3週間入れていた分もありますが」
「それが何日ずれるかを、Excelで出しましょう。 順番は法律が決めていますから、計算できます」
「期限の一覧はもらえますか」
「法定の期限なら、Excelに入れておきます。 ただ、それだけでは足りません」
「足りない、というのは」
「法定の表に書いてあるのは『遅くともこの日』だけです。うちが月ごとの申告なのか、四半期ごとなのか。締めに何日かかるのか。ケンさんの会社の実際の日付は、条文には書いてありません。 一覧を眺めるより、締め日の方から逆に聞きに来てもらう形にしましょう」
「また逆算ですか」
「今回は数字の逆算ではなく、順番の逆から聞きに来てもらいます。 聞き方は用意します」
② 数字を動かす
右のさわれる表を使います。Excelと同じ作りで、青い文字のセルが書き換えられる欄です。書き換えると、つながっているセルが全部動きます。
セルをクリックしてください。 上の数式バーにそのセルの式が出て、参照元(そのセルが使うセル)が青、参照先(そのセルを使うセル)が茶に色づきます。その数字が何で、どこから来ているのかは、これで追えます。上のタブでシートを切り替えられます。
「演習:自分で埋める」に切り替えると計算セルが空欄になり、数字でも =C6-D6 のような数式でも入れて答え合わせができます。詰まったら「答えを見る」。
先に動かしてください。 下の③は、動かしたあとに読むものです。
③ 後に読む(動かしたあと・ケンとリンの対話)
【場面】 翌朝の30分。ケンが、締切の表を開いたノートパソコンを持ってくる。
順番は、決まっている
リン「まず、証憑を出すのを10日遅らせたとき、経理に残る日数は何日減りましたか」
ケン「23日から13日。ちょうど10日減りました」
リン「どれくらい減ると思っていましたか」
ケン「正直、少しは吸収されると思っていました。経理の側で先に進めておく余地があるだろう、と」
リン「ありません。帳簿は証憑に基づいて書く、と条文が決めています(会計法88/2015 第26条2項)。証憑が無い取引は、帳簿に書けません」
ケン「マイさんが月末に何度も催促に来るのは、それでしたか」
リン「はい。マイさんが集め終わらないと、私たちが始められません。あの催促は、マイさんの性格ではありません」
ケン「順番を入れ替えることはできない」
リン「はい。証憑 → 帳簿 → 締め → 決算書。 決算書を作る前に必ず帳簿を締める、というところまで条文に書いてあります(同 第26条6項)。会計ソフトを入れても、この順番は変わりません(同 第26条7項)」
ケン「引き出しの3週間は、まるごと後ろにずれていたということですか」
リン「そう考えて構いません。 遅れた日数と、経理から削られた日数は、この表では1対1です」
細かいと思っていたもの
ケン「支払依頼書の3枚複写に、3回サインさせられます。あれは何ですか」
リン「出金の証憑は、複写の各葉ごとに署名すると条文にあります(会計法88/2015 第19条3項)。同じ条文で、支出承認権限者とチーフアカウンタントが、支払いを実行する前に署名することも決まっています」
ケン「実行する前、というのが決まっているんですか」
リン「はい。あとから署名を集める形にはできません。」
ケン「赤いペンで書き直しになったのは」
リン「赤インクでの署名は禁止です(同 第19条1項)。同じ条文で、署名を彫ったスタンプも禁止されています。同じ人の署名は一貫していなければならない、とも書いてあります」
【日本との比較】
日本では、社内文書のサインを認印やゴム印で済ませることが多く、インクの色を問われることもまずない。 ベトナムでは、署名の方法そのものが会計法の条文になっている。 「細かい会社だから」ではなく、どの会社でも同じ条文が適用されている。
【経理が細かい理由】
会計証憑には7つの記載事項が求められる(会計法88/2015 第16条1項)。 その中には受け取る側の名称と住所、作成者・承認者の署名が含まれ、金銭の収受・支出に使う証憑では、合計額を数字と文字の両方で書くことになっている。
日本の領収書には宛先住所も承認者署名も要らない。だから「日本では通っていた紙」が、ここでは通らない。 突き返されているのは、担当者の判断ではなく、条文の要求である。
埋まっていない紙に、判を押していた
リン「もう1つ、同じ条文にあります。署名者の責任に属する記載事項が埋まっていない会計証憑に署名することは、厳に禁止されています(第19条2項)」
ケン「……」
リン「どうしました」
ケン「金額欄が空いたまま回ってきた紙に、押した覚えがあります。あとで埋めますから、と言われて」
リン「その形は、条文が名指しで禁じています。」
ケン「中身が分からないまま押している、というのは、ずっと気持ちの問題だと思っていました」
リン「気持ちの問題である部分と、条文の問題である部分が混ざっています。 内容を完全に理解していない署名まで禁止されているわけではありません。禁止されているのは、埋まっていない紙への署名です。そこは分けて考えてください」
ケン「分けると、どうなりますか」
リン「埋まっていない紙は、今日から断れます。 理解の方は時間がかかります。順番としては、断る方が先だと思います」
見えている余裕は、本物より大きい
ケン「25日遅らせたときに『間に合わない』と出ました。逆に言うと、20日までは間に合うということですか」
リン「その表が使っている期限は何でしたか」
ケン「社会保険の納付期限です。翌月末日」
リン「月次の中では、いちばん遅い期限です。税務申告の期限はもっと前にあります」
ケン「その日付は」
リン「月ごとの申告なら、翌月の20日です。四半期ごとの申告なら、翌四半期の最初の月の末日。いまの根拠は政令252/2026ですが、条番号は私の手元では確かめられていません」
ケン「即答なんですね。税金の法律は、今年入れ替わったと聞きましたが」
リン「入れ替わりました。期限の数字は、全部そのまま維持されました。 ただ、置き場所が変わったんです。前は法律の本体に書いてありました(旧38/2019 第44条)。いまの法律は期限を自分では書かず、政令に委ねる作りになりました(108/2025。委任の条番号までは確かめられていません)」
ケン「数字が同じなら、困らないのでは」
リン「1つだけ。去年の資料には『税務管理法 第44条』と書いてあります。その条文は、もうありません。 数字は生き残って、住所が変わりました。数字だけ覚えて根拠を持っていないと、こういう年に迷子になります」
ケン「では、うちのVATは翌月20日ですね」
リン「うちが月ごとの申告かどうかは、条文には書いてありません。 会社の規模で決まって、届け出ています。法定の表で分かるのは『遅くともこの日』まで。うちの実際の日付は、こちらの運用にあります」
ケン「聞きに行けということですね」
リン「はい。私に聞いてください。ただ、何も持たずに聞かれるのと、この表を持って聞かれるのとでは、私の答え方も変わります。 『VATの期限は何日ですか』と『この日に締められる予定ですが、間に合いますか』は、別の質問です」
ケン「後ろの方が、答えやすいですか」
リン「後ろの方が、私も一緒に考えられます」
【社長が見る数字】
| 見るもの | なぜ見るか |
|---|---|
| 月次が締まる日 | 本社に「いつ出ますか」と聞かれて答えられるかどうか |
| 自分が証憑を出すまでの日数 | その日数がまるごと後ろにずれる。 吸収されない |
| 申告・納付の期限(自社の実際の日付) | 一覧表ではなく、自社の運用日。経理から聞き取る |
| 自分の署名が法定である場所 | 出金証憑・決算書。押さない選択肢がない紙がある |
経理の締めを早めることはできないが、証憑を出す日は自分で決められる。 ここが、社長がいちばん早く動かせるレバー。
署名する側の話
ケン「最後に1つ。年に1回の決算書にも、私のサインが要るんでしょうか」
リン「法定代表者であれば、要ります。作成者・チーフアカウンタント・法定代表者の3人です。そして署名した者が内容に責任を負う、と条文が続きます(会計法88/2015 第29条2項d)」
ケン「内容の責任、ですか」
リン「はい。法定代表者には、経理の体制を作り、チーフアカウンタントを配置し、会計業務を指揮する責任があります。自分の違反には直接の責任、管理下にある人の違反には連帯の責任、と条文にあります(同 第50条)」
ケン「チーフアカウンタント、というのは」
リン「私です。kế toán trưởng。置くことは法定代表者の責任として決まっています(同 第50条2項)。そして、その私は法定代表者の指揮を受ける、とも書いてあります(同 第53条3項)」
ケン「……順番が逆だと思っていました。私が教わる側なので」
リン「教わる側と、責任を負う側は、別です」
ケン「知らなかった、では通らない」
リン「条文の作りとしては、そうなっています。 ただ、脅すつもりで言ったのではありません。理解しなくてよい、という選択肢が用意されていないという話です。だから毎朝30分やっているわけで」
次
ケン「引き出しの領収書を、今日マイさんに出します」
リン「お願いします。そのとき、たぶん何枚か突き返されます」
ケン「え」
リン「それが次の話です。なぜ突き返されるのか、なぜ現金で払うと嫌がられるのか。ケンさんが『理不尽だ』と思っている方を見ましょう」
④ 試してみたことの答え合わせ
| 問い | 答えのある場所 |
|---|---|
| 10日遅らせると経理に残る日数は何日減るか。遅らせた日数と比べて | 「順番は、決まっている」(1対1で減る。吸収されない) |
| 締めに要する日数(B15)を8日から15日に変えると、何日おくれで間に合わなくなるか | ④の行が0を割る位置が7日ぶん手前に来る(10日おくれで残り6日、20日おくれで −4日) |
| 年度末で30日遅らせるとBCTCの提出期限に間に合うか | 間に合う(残り15日)。ただし監査日数を仮の45日で置いているので、自社の値に置き換えて確かめる |
| 法定の期限と、自社の実際の運用は、どこが違い得るか | 法定で分かるのは「遅くともこの日」まで。月次か四半期か・実際の締め日は会社ごと(③「見えている余裕は、本物より大きい」。B15とB26の仮の値も自社の実績に置き換える) |
⑤ 力だめし(9問)
この回で確かめたことを、数字と条文の両方から問います。表を一度動かしてから解いてください。間違えた問題は「弱点」として記録され、あとから「弱点だけ解く」で戻れます。
⑥ この回の用語
| 略語/越語 | 正式・各語の意味 | 日本語 |
|---|---|---|
| Chứng từ kế toán | chứng từ=証憑/kế toán=会計 | 会計証憑(領収書・請求書・支払依頼書) |
| Sổ kế toán | sổ=帳簿 | 会計帳簿 |
| Khóa sổ | khóa=閉じる・締める/sổ=帳簿 | 帳簿を締める |
| BCTC | Báo cáo tài chính(báo cáo=報告/tài chính=財務) | 財務諸表・決算書 |
| Kế toán trưởng | kế toán=会計/trưởng=長 | チーフアカウンタント |
| Người đại diện theo pháp luật | đại diện=代表/pháp luật=法律 | 法定代表者 |
| Tờ khai thuế | tờ khai=申告書/thuế=税 | 税務申告書 |
| Quyết toán thuế | quyết toán=確定・清算 | 税務の確定申告(年1回) |
| Tạm nộp | tạm=仮の/nộp=納める | 仮納付(法人所得税の四半期) |
| Hạn nộp | hạn=期限/nộp=納める・提出する | 提出期限・納付期限 |
参照時点と主要根拠法令
- 参照時点: 2026年8月
- 主要な根拠: 会計法 88/2015/QH13 第16条1項(証憑の記載事項)/同 第19条1項・2項・3項(署名)/同 第26条2項・6項・7項(証憑→帳簿→締め→決算書)/同 第29条2項d・3項(決算書の署名者と90日)/同 第50条(法定代表者の責任)/同 第53条3項(チーフアカウンタントは法定代表者の指揮を受ける)/社会保険法 41/2024/QH15 第34条4項a(納付は翌月末日)
- 確認が取れていないもの: 政令 252/2026/NĐ-CP(申告期限の条番号)/税務管理法 108/2025/QH15(政令への委任の条番号)。期限の数字そのもの(月次は翌月20日/四半期は翌四半期最初の月の末日)は、置き換えられた旧 38/2019 第44条1項a・b で確認できています
法令はこの時点のものです。実際の判断にあたっては、最新の条文と、必要に応じて専門家の確認をお願いします。
法令はこの回の末尾に挙げた時点のものです。実際の判断にあたっては、最新の条文と、必要に応じて専門家の確認をお願いします。