さわるベトナム会計 DAY 3 さわるベトナム のトレーニング教材

会社が払っている人件費の総額

全5回 / 参照時点 2026年8月 / 先に②で表を動かしてから③を読む

登場する人物・会社・工場・金額は、すべて架空の設例です。実在のものとは関係ありません。

さわれる表 ─ 会社が払っている人件費の総額

① 前に読む(数字を動かす前・ケンの独白)

2026年9月・VSIP Bắc Ninh

採用の稟議書が回ってきた。

製造課のリーダーから「1人足りない」と言われて、そのまま2か月が過ぎていた。総務人事のマイが書類を作って、あとはケンのサインを待っている。

紙は1枚だった。募集する職種と、人数と、提示する月給が 15,000,000

その1行を見ながら、手が止まった。

この紙に書いていないもの

先月、自分の給与明細を分解したときに、会社が払っている保険料の話が出てきた。労働者が引かれている額のほかに、会社側が別に納めている分がある。率も違う、という話だった。

つまり、この15,000,000は、会社が実際に払う額ではない。

いくら足りないのかが分からない。1割なのか、3割なのか。

日本にいたころ、人を1人採るときに「給料の1.5倍で見ておけ」と言われたことがある。誰かがそう言っていたのを覚えているだけで、根拠は知らない。ベトナムでその数字が何倍なのかは、聞いたことがない。

本社への報告

来週、本社の管理部門と月次のテレビ会議がある。増員の件は当然聞かれる。

「その人、年間でいくらかかるんですか」

そう聞かれたときに、15,000,000×12 と答えるのは、たぶん間違っている。

しかも本社が知りたいのは月額ではなく、年額だ。予算に載るのはそちらだから。

もう1つ、引っかかっていること

先月Excelで分かったのは、自分の社会保険が上限で止まっている、ということだった。総支給が増えても、引かれる額が増えない。

では、会社側も同じように止まっているのだろうか。

止まっているなら、駐在員を1人増やすのと、現地採用を1人増やすのとでは、会社の負担の増え方がまるで違うことになる。同じ「1人」でも意味が違う。

そんなことが本当にあるのか、確かめたことはない。

稟議書を持ったまま

このまま判を押せば、書類としては通る。誰も困らない。先月までなら、押していた。

ただ、押したあとに何が起きるかを、自分は説明できない。

100人分の台帳のときと、また同じ場所に立っている。違うのは、今回は自分がどこを知らないのかが分かっていることだ。

翌朝

「採用の稟議なんですが、15,000,000の人を1人採ると、会社は実際いくら払うことになりますか」

リンは稟議書を見て、それから聞き返した。

同じくらいの給与の方の明細は、手元にありますか

「台帳にありますが……会社側の率を、私は1つも知りません」

率は、要らない部分があります。 法律が『会社は労働者の2倍』とだけ決めている項目があるんです。その2倍を使えば、率を知らなくても金額は出ます」

「先月と同じやり方ですか」

「同じです。明細に出ている数字から、出ていない数字を出します。

「全部出ますか」

出ます。ただ、1つだけ、率が2つある項目があります。 どちらを納めているかは、会社によって違うんです。そこは両方入れて、確かめながら進めましょう」


② 数字を動かす

右のさわれる表を使います。Excelと同じ作りで、青い文字のセルが書き換えられる欄です。書き換えると、つながっているセルが全部動きます。

セルをクリックしてください。 上の数式バーにそのセルの式が出て、参照元(そのセルが使うセル)が青、参照先(そのセルを使うセル)が茶に色づきます。その数字が何で、どこから来ているのかは、これで追えます。上のタブでシートを切り替えられます。

「演習:自分で埋める」に切り替えると計算セルが空欄になり、数字でも =C6-D6 のような数式でも入れて答え合わせができます。詰まったら「答えを見る」。

先に動かしてください。 下の③は、動かしたあとに読むものです。


③ 後に読む(動かしたあと・ケンとリンの対話)

【場面】 翌朝の30分。ケンが、採用の稟議書とノートパソコンを並べて置く。

明細に1行も出てこないもの

ケン「会社が払っている総額は 92,185,000 と出ました。総支給が 80,000,000 なので、115%です」

リン「では、その差の 12,185,000 の中身を、上から言ってみてください」

ケン「社会保険が 8,602,000、健康保険が 1,518,000、失業保険が 800,000。ここまでは自分の明細にも同じ名前の欄があります。残りが……労災で 253,000、労働組合費で 1,012,000」

リン下の2つは、ケンさんの明細のどこに出ていましたか

ケン「出ていません。探しましたが、欄そのものがない」

リン「そうです。会社だけが納めるものなので、労働者の明細には現れません。 労働組合費は、組合に入っている人がいるかどうかとは関係なく、企業が納めます(労働組合法 50/2024 第29条1項b)」

ケン「見えないものが 1,265,000 ある、ということですね。総支給の1.6%ほど」

【経理が細かい理由】

労働組合費 2% の計算相手は、総支給ではなく「強制社会保険の算定基礎賃金の総額」と条文が定めている(労働組合法 50/2024 第29条1項b)。

先月、社会保険の算定基礎に「どの手当が入るか」で経理がこだわる、という話が出た。 その線引きは、社会保険だけの話ではない。同じ線が労働組合費にもかかっている。

手当の名前を1つ変えると、動く先が2つある。

払わなくてよかったかもしれない0.2%

ケン「労災の率だけ、入力セルになっていました」

リン「原則は0.5%です(政令58/2020 第4条1項a。158/2025で改正)。ただ、条件を満たして申請すると、0.3%になります(同 第5条)。どちらを納めているかは、会社によって違います」

ケン「うちはどちらですか」

リン「申請の書類はマイさんが持っています。あとで3人で見ましょう。その前に、両方入れてみましたか

ケン「入れました。差は月 101,200。総支給の0.1%ほどです。……ほとんど動かない」

リン「今日決めようとしているのは、採用の判断です。0.1%で判断が変わるなら、その判断はもともと危ういと思います

ケン「では、この差は気にしなくていい」

リン判断は、です。金は別です。 年にしてみてください」

ケン「101,200 × 12 で……1,214,400」

リン「新しく採る方だと、年 360,000 です。オペレーターの給与水準で1人年 360,000 ですから、100人いれば年 36,000,000。判断は変わりませんが、金は変わります

ケン「保険の率で、こちらから動かせるものがあるとは思いませんでした」

リン「率のほとんどは法律で決まっていて、動かせません。これだけは、会社の側に選択肢があります。 主な条件として、3年間、安全衛生と社会保険の違反で罰金を受けていないこと、労災の定期報告を3年間きちんと出していること、労災の頻度が下がっていること——が挙げられています。ただし条件の正確な文言と年数は、政令58/2020 第5条の原文で確かめてください。私の手元では条文本体を確認できていません

提示額の差ほど、会社の負担は開かない

リン「では本題です。新しく採る方と、ケンご自身を並べました。提示額に対する倍率は、それぞれいくつでしたか

ケン「新しい方が 1.235倍、私が 1.152倍。……揃っていない」

リンどちらが上限に当たっていましたか

ケン「私です。……そうか、私の会社負担は算定基礎の 50,600,000 で止まっている。総支給は 80,000,000 なのに」

リン「そのとおりです。上限に当たっている人は、給与が高くても会社の保険料はそれ以上増えません。 労働組合費も同じ算定基礎を使うので、同じところで止まります」

ケン「全部が止まるんですか」

リン「いいえ。BHTNだけは別です。BHTNの上限は 106,200,000 で、ケンさんの 80,000,000 はまだその下ですから、給与を上げれば会社のBHTNは増え続けます。止まっているのはBHXH・BHYT・労災・労働組合費の4つです」

ケン「提示額の比を見ると 5.33倍。でも会社が払う総額の比は 4.98倍でした」

リン提示額の差ほど、会社の負担は開かないということです。高い方には上限が効いていますから」

ケン「逆に言うと、安い人ほど倍率が重い

リン「はい。現地採用を10人採るのと、駐在員を1人増やすのとでは、この倍率の違いが効いてきます」

【日本との比較】

日本にも社会保険料の上限(標準報酬月額の等級上限)があり、会社負担が頭打ちになる仕組み自体は同じ。 違うのは上限に当たる人の割合で、駐在員の給与水準では上限に当たることが多い一方、現地採用の給与では当たらないことが多い。 同じ会社の中に、上限の内と外が並んでいる状態になりやすい。

払った額のうち、届く額

リン「最後に。会社が払う 18,525,000 と、その方の手取りを比べてください」

ケン「手取りが 13,425,000。……72.5%しか届いていない」

リン残りの27.5%は、どこへ行きましたか

ケン「会社側の保険料と労働組合費……あとは本人から引かれる社会保険。両方とも保険です。税金は」

リン税金はいくらでしたか

ケン「0でした。……これ、間違っていませんか」

リン「合っています。本人控除が 15,500,000 あるので(決議110/2025/UBTVQH15)、社会保険を引いたあとの額がそこに届かない方は、個人所得税がかかりません」

ケン「日本の感覚だと、給料をもらっていれば誰でも少しは引かれるものだと思っていました」

リンベトナムでは、そうとは限りません。 現地採用の方の多くは、この線の下にいます」

稟議書に戻る

ケン「稟議書には 15,000,000 と書いてあります。会社が実際に払うのは 18,525,0001.235倍です

リン年にすると、いくらですか

ケン「……222,300,000 VND。日本語で言うと2億2,230万VNDです」

リン「本社が予算に載せるのはその数字です。15,000,000×12 の 180,000,000 ではありません。差は 42,300,000 あります

ケン「日本で言われていた『給料の1.5倍』は、ここでは1.235倍ということですか」

リンこの方については、この月については、そう出ました。 上限に当たっている方だと1.152倍でしたし、手当の構成が変わればまた動きます。倍率を覚えるのではなく、明細から出せるようになった、と考えてください

【社長が見る数字】

見るもの この設例での値 なぜ見るか
提示額 15,000,000 本人と交渉する額。会社の負担ではない
1人あたりの実コスト(月) 18,525,000 実際に出ていく額。提示額の1.235倍
同(年) 222,300,000 本社が予算に載せる数字
上限に当たっている人との差 1.235倍 vs 1.152倍 駐在員と現地採用で、増え方が違う

採用を1人決めるということは、年 222,300,000 の固定費を決めるということ。 提示額だけを見て判断すると、その感覚が持てない。

ケン「これで採用の判断はできそうです」

リン「1つだけ、先に確かめておくことがあります。いま製造課は残業で回していますね

ケン「はい。それなりに出ています」

リン人を入れるかどうかの前に、残業でどこまで回せるのかを見ておいた方がいいと思います。 次はそこにしましょう」


④ 試してみたことの答え合わせ

問い 答えのある場所
提示額に対する倍率が2人で違う。どちらが高く、なぜか 「提示額の差ほど、会社の負担は開かない」(新規1.235倍 / ケン1.152倍。上限が効くため)
会社が払う額のうち本人に届くのは何%か。残りはどこへ行ったか 「払った額のうち、届く額」(72.5%。残りは労使双方の保険料と労働組合費)
算定基礎AとBが、ケンでは違う。新しく採る人ではどうか 15,000,000 はどちらの上限よりも下なので、AもBも 15,000,000 で同じになる(第2章の「上限が2つ」の続き)
労災の率を0.5%から0.3%に変えると、年額はいくら変わるか 「払わなくてよかったかもしれない0.2%」(ケンの設例で年 1,214,400。新しく採る人なら年 360,000)

⑤ 力だめし(9問)

この回で確かめたことを、数字と条文の両方から問います。表を一度動かしてから解いてください。間違えた問題は「弱点」として記録され、あとから「弱点だけ解く」で戻れます。


⑥ この回の用語

略語/越語 正式・各語の意味 日本語
KPCĐ Kinh phí công đoàn(kinh phí=経費/công đoàn=労働組合) 労働組合費(企業が納める2%
Đoàn phí đoàn=団/phí=費 組合費(組合員本人が納める分。KPCĐとは別)
Quỹ tiền lương quỹ=基金・原資/tiền lương=賃金 賃金原資(労働組合費2%の計算相手=算定基礎の総額)
TNLĐ-BNN Tai nạn lao động - Bệnh nghề nghiệp(tai nạn=事故/bệnh=病) 労災・職業病保険(会社のみ負担・明細に出ない
Tiền lương làm căn cứ đóng căn cứ=根拠/đóng=納める 算定基礎賃金(会社側の計算にも同じものを使う)

参照時点と主要根拠法令

法令はこの時点のものです。実際の判断にあたっては、最新の条文と、必要に応じて専門家の確認をお願いします。

法令はこの回の末尾に挙げた時点のものです。実際の判断にあたっては、最新の条文と、必要に応じて専門家の確認をお願いします。